第二十六話「晴天」
晴れの日が好きです。だって晴れてる日って一緒に心も晴れるような気がしませんか?
鬱陶しい程に照りつける太陽を見上げ、詩祢は菊の言葉を思い出していた。
数日前、菊が成仏してからというものずっとこんな感じだ。
何をしようにも菊の言葉を、菊の笑顔を、何度も何度も繰り返し思い出すようになっていた。
菊はもういない。行くべき場所に行ったのだと。頭では理解しているつもりでいた。
なのに、ただ神社の周りを箒で掃除しているだけだと言うのに……。隣には菊がいて、今にも「詩祢さん!」と、声をかけてくれるのではないかと期待している自分がいた。
――――弱い。精神的に自分は弱い。そう思ってしまう。
割り切らなければならない。彼女は、菊はもういないのだと。
それでも、無意識の内に菊の姿を探していた。きっとふざけて隠れているだけなんだと、自分に都合のいいように解釈し、何もない場所をうろうろしてしまう自分がいる。
何をやっているんだ私は……。
心の内で自分に悪態を吐く。
こんな様子では、先に向こうへ行っている菊に心配をかけてしまう。
胸の奥が熱くなる。もう何度目かわからなくなる程流したというのに、詩祢の目はまた涙を流そうとしている。
「あの……」
不意に声が聞こえ、ハッと我に帰るとそこには白髪の少女がいた。
城谷月乃……。黒沢亮太も一緒かと思ったが、彼女の周囲に亮太はいなかった。
「あ、あらつっきーじゃない。どうしたの?」
「詩祢さん、大丈夫……ですか?」
心配そうな面持ちで問うてくる月乃。詩祢を本気で心配してくれているのだろう。
「……。少し、お茶でも飲んで行く?」
「あ、はい」
お茶と茶菓子を用意して、詩祢は月乃と共に賽銭箱の前に座った。
「何かすいませんわざわざ……」
申し訳なさそうに頭を下げる月乃に、詩祢は「良いのよ別に」と笑顔で答えた。
「あ、このお饅頭、おいしいです」
お茶を飲みつつ詩祢も饅頭を一口、口にする。
「あら、本当」
二人で顔を見合せて笑った。
「あの、菊ちゃんのこと……」
やはりそのことで心配しているのか。正直動揺したが、月乃の前でみっともなく取り乱すようなことはしたくない。詩祢は平静を装い、お茶を啜った。
「大丈夫よ。もう落ち着いたから」
嘘だ。心の内で自分に向かって叫ぶ。
落ち着いてなどいない。本当は「菊」という名前を聞いたり、口にするだけで涙が出そうな程辛い。それでも必死に耐えて、平静を装い、嘘を吐いた。
気づけば、詩祢は月乃から目を逸らしていた。
「私、わかります……。詩祢さんが今、どんな気持ちなのか」
「……」
「菊ちゃんがいなくて、すごく寂しいと思いますけどその……元気出して下さい」
「……が……るの」
ボソリと。呟く。
月乃から目を逸らしたままで。
「え……?」
「貴女に何がわかるの……?」
涙声で呟く。無意識の内に詩祢は涙を流していた。
「貴女に何がわかるの……? 二度も大切な物を失った私の気持ちが、貴女にわかるの……?」
早苗……。過去に失った友人の名が脳裏を過ぎる。
「――――わかります。だから私の方を向いて下さい。詩祢さん」
わかる訳ないでしょ。そう答えようとして、詩祢は思い直した。
ああ、そうか。彼女にはわかるハズだ。彼女は、城谷月乃はつい先日親友を失ったばかりだ。
自分と……同じ。
逸らしていた目を、涙で濡れた目を、月乃へ向けた。
「泣きましょう。詩祢さん。我慢しなくて良いんです。こういう時は、涙でも何でも感情をハッキリ表してスッキリした方が後で落ち着くんです」
「月乃ちゃん……」
「私が、そうでしたから」
そっと月乃が詩祢に近付き、詩祢の頭を抱き寄せる。
その瞬間に、詩祢は吹っ切れたように声を上げて泣いた。
怖くて呼べなかった。読んでも返事がないことを知っていたから呼べなかった。大事な大事な親友の名を、詩祢は何度も読んだ。
涙が、月乃の服を濡らした。
「何か……すいません。私の方が年下なのに、調子に乗っちゃって……」
「ううん。良いのよ。ありがとう、つっきー」
散々泣いたため、目を真っ赤に腫らしたまま詩祢は笑顔で礼を言う。
「それじゃ、私はこれで行きますね」
「うん。また来てね」
月乃は立ち上がると、「お茶とお茶菓子、ありがとうございました」と言ってペコリと頭を下げてその場を立ち去った。
その背中を見ながら、詩祢は「礼を言うのは私の方よ」と呟いた。
何だか非常に清々しい。思いっきり泣いたせいだろうか。
お茶とお茶菓子を片づけ、掃除を再開する。
しばらく周辺を掃いて、ふと空を見上げる。
太陽が輝き、日光で辺りを照らしている。
晴れの日が好きです。だって晴れてる日って一緒に心も晴れるような気がしませんか?
もう一度、菊の言葉を思い出す。
この菊の問いに、詩祢は答えていなかった。答えずに適当なことを言って誤魔化したのを覚えている。
何故ならその時の詩祢には好きな天気などなかったからだ。その時は本当にどうでも良かった。でも今ならハッキリと答えられる。
「私も、晴れの日の方が好きよ。貴女と同じで、心が晴れるもの。でも、照りつける日光は好きになれないけどね」