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霊滅師  作者: シクル
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第二十五話「別離」

「潰してやる……そこらを這っている蟻みたいにだッ! お前らを潰すことなど俺には造作もないことだッ!!」

祐司が叫ぶと、亮太はニヤリと笑って見せた。

「奇遇だな。俺にとっても造作もないことなんだよ。お前を滅することはな」

「黙れ小娘ェェェッッ!!」

完全に頭に血が上っている。巨大な両腕の片方で地面を何度も何度も殴っている。

恐らく……いや、確実に今の祐司は冷静な判断を下すことが出来ない。

あの腕が厄介なのだが、頭に血が上っている状態なら勝率はグンと上がる。先程の言葉はそれを見越しての挑発であった。

「いつまで地面と遊んでるつもりだ? 地面より俺を殴った方が良いんじゃないか? それともお前はそんなこともわからない『馬鹿』なのか?」

止めと言わんばかりに『馬鹿』という言葉を強調する。数分前の会話で、祐司が『馬鹿』という言葉に過剰な怒りの反応を示すことは判明している。

「お前、また俺のこと『馬鹿』って言ったなァーーーッッ!?」

亮太の思惑通り、祐司は激怒した。月乃と亮太の怒りに比べれば、祐司の怒りなど些細なものかも知れないが……。

「ぶっ殺す!!」

在り来たりな言葉と共に、祐司は右腕を振り上げてこちらへ突っ込んで来た。そして腕の届く範囲まで来ると、思い切り亮太に向かって振り下ろした。

亮太は素早く回避すると、素早く祐司の懐へと駆けた。

「『馬鹿』はお前だ小娘!! 左腕を忘れるなァ!!」

今度は空いている左腕を祐司は亮太に向かって横に振った。

「ッ!」

亮太の横から巨大な腕が迫って来る。が、亮太はニヤリと笑った。

「やっぱ『馬鹿』だな」

亮太は呟くと、祐司の左腕の方へ向き、後ろへ数歩退いた。そしてその位置から祐司の左腕に向けて真っ直ぐに刀の刃先を向ける。

「しま―――」

祐司が気づいた頃には既に遅い。ズブリと。音を立てて刀は左腕に突き刺さっていた。

「あああああああああああああッッ!!!」

「痛いか? 痛いだろ?」

亮太は刀を左腕から抜くと、ゆっくりと祐司の元へ歩み寄る。

「だけどな」

祐司の目の前まで来ると、亮太は刀を思い切り振り上げた。

「お前が菊にやってきたことの方が、今のお前よりずっと痛いんだよッ!!!」

そして、振り下ろす。

勢いよく振り下ろされた刀は綺麗に祐司の身体を両断した。切断されて左右にわかれた祐司の身体は地面に倒れ、徐々に消えて行った。

「ま、コイツが菊に何をしたかなんて俺は知らないんだけどね」

スッキリしたのか、亮太がおどけて見せると

『うわ、さっきかっこよかったのに今ので台無し』

と、月乃から呆れ気味のコメントが返ってきた。



沈黙。

ほんの数秒足らずであるにもかかわらず、まるで永遠なのではないかと錯覚させるような沈黙であった。

大鎌を少し自分に向けて引けばすぐにでも目の前の男を殺せる詩祢。

二度目の死が目前となり、ガクガクと震え、恐怖で一言も発することが出来ないでいる菊の父である男。

そして詩祢の後ろで過去のトラウマで完全に怯え切っている菊。

「ま、待ってくれ……!」

沈黙を破ったのは、菊の父であった。

未だに震えてはいるものの、なんとか言葉を発することが出来るくらいには落ち着いてきたのだろう。

「貴方に喋る権限はない。このまま自然に成仏するか、私にココで首を狩られるか……貴方に許された権限は、そのどちらかを選ぶことだけよ」

菊の父は不満そうな表情をしつつも、言葉を発するのをやめた。

「確か貴方、既に悪霊化してたわよね? 身体の一部分でも変質させたら、その時は貴方の首を容赦なく狩るわ」

ピタリと。菊の父は密かに変質させようとしていた右手を、元の形に戻した。

「早く決めなさい。私が痺れを切らした場合も、容赦なく貴方の首を――――」

「ま、待って下さい!」

多少苛立ちを感じ、大鎌ピクリと動かした詩祢を制止したのは、意外にも菊であった。

「……菊?」

「お、お父さんと……少し話させて下さい……」

「え……?」

意外な要求であった。まさか菊がこの男と話をしたがるとは……。

「記憶は戻りましたから、心配しないで下さい。お父さんが何かしようとしても、私には詩祢さんがついています……。そうですよね?」

「……ええ。確かにそうね」

今更菊はこの男と話をしてどうしようと言うのだろう。意味があるとは思えない。

「……貴方は私のお父さん……ですよね? 義父とかじゃないんですよね?」

「ああ、そうだ。お前は久野菊。ワシの本名は久野正行。正真正銘お前の父親だ」

「そう……ですか」

その男……正行の言葉を聞いて、菊はうつむく。が、すぐに顔を上げると正行を睨みつけた。

「なら…………ならなんでっ! 実の父親の貴方は私にあそこまでのことが出来たのっ!? 昔は怖くて聞けなかった……! 自分は本当にお父さんの娘なんだろうかって、ずっと気になってた! 私は実の娘じゃないから虐げられてるんじゃないかって、ずっと思ってたっ!!」

今まで溜まっていたものを全て吐き出すかの如く、菊は自分の想いを正行に伝えた。ふと足元を見れば震えているのがわかる。まだ怖いのだろう。しかしそれでも、勇気を振り絞って菊は叫んでいるのだろう。

「でも、違うんだね……。私、お父さんの娘なんだね……?」

目にいっぱいの涙を溜めて問う菊に、正行はゆっくりと頷いた。

「すまなかった」

詩祢の予想に反し、正行は菊に謝罪の言葉を告げた。

「お前には、本当に悪いことをした……。何度謝っても償いきれない」

あろうことか土下座までし始めた。

詩祢は目の前の光景に目を疑った。

合って間もない相手だが、正行はこんなにも簡単に謝罪するとは思えなかった。それどころか、余計に菊を傷つけるような言葉を浴びせるものだと思っていた。

「お前の母、弓子が病で逝ってからというもの、ワシの中にはストレスと空虚感が残るばかりだった……。お前を、その捌け口にしてしまったことを、ワシはお前が死んでからずっと後悔していた…………」

土下座しているせいで顔は見えないが、「うっ……うっ……」と泣いているような声さえ聞こえる。

「お父さん……。顔を上げて下さい」

「菊……」

正行は顔を下げたまま服の袖で目をゴシゴシと擦ると、顔を上げた。

「二人で、成仏しましょう」

「ああ……」

菊が手を差し伸べると、正行はその手を取り、立ち上がった。

「詩祢さん」

「……わかったわ」

菊に促され、詩祢は大鎌の刃を正行から離した。

「ありがとうございます」

正行は詩祢にペコリと頭を下げると、菊と手を繋ぎ、菊と共に詩祢から数歩離れた。

「詩祢さん、今までありがとうござ――――」

菊が言いかけたその瞬間だった。

「――――ッ!?」

がっしりと菊の手を掴んでいるのは変質し、異様な色をしているが紛れもなく正行の手だった。

「お父……さ……」

「馬鹿な所は母譲りだな菊。ワシの嘘にコロッと騙されるしなぁ」

――――騙されていた。

菊は正行に騙されていたのだ。恐らくあの泣き声も嘘。単なる泣き真似だ。

騙されていたことへの屈辱と、正行に対する怒りが同時に溢れ、詩祢は再び大鎌を構えた。

「動くな!! それにお前がその大鎌を振れば、ワシもろとも菊を切ることになるぞ?」

グッと。大鎌を強く握る。正行はすぐにでも滅さなければならない。が、今振れば正行ごと菊を切ることになる。

「そん……な……お父さん……」

「さっきの話だがな、ほとんど嘘だ。ワシは別にストレスも空虚感もない。純粋にお前を虐げたかっただけだ。実の親子ってのは本当だがな。それと、弓子を殺したのはワシだ。病気なんかじゃなかったぞ」

そう言って正行はニヤニヤと笑った。正行が事実を告げる度に、菊の表情は絶望に歪む。

しかし正行は気づいていなかった。


この時点で詩祢の怒りは頂点にまで達していたことを。


「菊、目を閉じなさい。決してこちらを見ては駄目よ」

詩祢に従い、菊はすぐに目を閉じた。

「何をする気だ?」

正行の問いには答えず、詩祢は右目を閉じた。

スッと。詩祢の右指が自分の右眉に置かれ、そのまま右頬まで右指を降ろした。

「私はね。貴方みたいな奴は――――」

詩祢の右眼がしっかりと開かれ、正行を見据えた。

「反吐が出る程嫌いなのっ!!!」

詩祢の右眼と、正行の目が合う。と同時に、正行は苦しみ始めた。

「お、おおおおッ!! 何をしたぁぁぁ!!!」

「黙りなさい。貴方には発言する権利も、現世に魂を留める権利もないわ。早急に消えなさい」

詩祢自身も苦しんでいる。が、必死に抑えて正行を見続ける。

――――呪いの眼。

一瞥するだけで霊魂そのものを苦しめる呪われた眼。

故に己が霊魂をも苦しめる。

「ふざけるなァ!! ワシが消えてたまるかッ!! 酒も!! 女も!!! まだまだ足りていないッ!!」

苦しみながら欲望を露わにする正行。同情の念など微塵もない。

数秒後、すぐに正行はこの世から姿を消した。

天国と地獄があるとすれば、正行がこれから辿り着く場所は確実に地獄であろう。

「詩祢さんっ!」

右眼を酷使したせいか、激しい疲労感に襲われた。

詩祢はその場にドサリと倒れた。

「菊……」

再び右眼を封印し、目を開ける。

心配そうな菊の顔が映った。

「そんな心配そうな顔しないで。私は大丈夫だから」

「詩祢さん……」

目の錯覚だろうか。菊の姿が透けて見える。

否、目の錯覚などではない。成仏しようとしているのだ。記憶の解明がそもそもの目的だったのだ。成仏するのは道理だろう。

「私、透けてるみたいです。成仏……しちゃうみたいです」

「そう、それは良かったわ。貴女が行く場所はきっと天国よ」

「だと良いですね」

しばらく見れていなかった菊の笑顔。だが、その目からは涙が流れていた。

「あれ、何でですかね……」

着物の袖で菊は流れてくる涙を懸命にふき取る。

「私、成仏出来て嬉しいハズなのに、悲しくて……泣いてます……」

「あら、それはおかしいわね。でも奇遇ね……。私も、友達が成仏出来て嬉しいハズなのに……何だか悲しくて泣いてるわ……」

詩祢の目から流れるのもまた、涙であった。

「今まで……ありがとうございました……私、詩祢さんに会えて……ホントに楽しくて……」

「ベタな……言葉ね。でも私は……そういう言葉も……好きよ」

「じゃあ……先に行ってますね……」

見えているのはもうほとんど壁だ。菊の姿はもう消えているのに等しい。

「私の所に来る時は……」

もう涙で顔はぐしゃぐしゃだというのに、それでも菊は無理に笑って見せた。

「ちゃんと、お婆ちゃんになってから来て下さいね」

「……当り前よ」

だから詩祢も、無理に笑って見せた。

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