第二十三話「腕」
嫌な感じだ。この家、外からでも嫌な感じがするというのに、二階に上がると余計に嫌な感じがする。
火事の際にかなりの勢いで燃えていたらしく、二階も所々が焦げており、床もかなり脆くなっている。一歩間違えれば一階まで落とされかねない。
「菊……」
ボソリと呟いてみる。返事はなかった。
見回してみたが、部屋は少ない。どこかの部屋にいるならすぐに会えるだろう。
「……ココかしら」
階段を上って数歩歩いた地点。ドアノブに「きくのへや」と書かれたプレートが下げてあった。
「菊、いるの?」
試しにドアを叩いてみる。が、返事は返ってこない。待っていても無駄だろう。
ガチャリとドアを開け、中へと入る。
「菊の……部屋?」
中に入った途端、詩祢は疑問を抱かずにはいられなかった。
何故なら「きくのへや」と書かれていたハズのその部屋は、彼女の性格からは想像もつかないような部屋だったからだ。
一言で言い表すなら――――殺風景。
白い壁。ポツンと置かれた勉強机。
後は制服などがかけられているだけだ。あまりにも物寂し過ぎる。
「あ、詩祢さん……」
勉強机の椅子がグルリと回り、座っている菊がこちらに身体を向ける。
「菊……。心配したのよ?」
「すいません。ちょっと、懐かしくて……」
はにかんではいるが、その目は笑ってなどいなかった。
まだ、泣きそうなまま……。
「何か、思い出せた?」
「はい、少しくらいは……。学校での友達とか、近所のおばさんとか、そのくらいです」
死因までは行き着いていないのだろうか。それとも、既に思い出しているが言わないだけなのだろうか。
もし後者だとすれば、死因が判明しても成仏出来ないような未練でもあるのだろうか。
いずれにせよ。この家の霊は恐らく菊の家族。接触すればなんらかの事実が発覚するだろう。
「焦げてるな」
「焦げてるわね」
二人して同じような感想を述べる。
キッチン……だったであろうこの部屋は見事なまでに焼け焦げており、天井だったであろう木材までもが転がっている始末だ。
「多分、火事の中心はココだな」
「そうね……。キッチンで火の不始末なんて……。料理をする資格がないと言っても過言ではないわ」
そう言って月乃は溜息を吐いた。
「あれ、お前って料理出来るっけ?」
「出来るわよ」
「何が作れるか言ってみてくれ」
「えーっと……。目玉焼きでしょ、卵焼きでしょ、オムライスでしょ、オムレツでしょ……」
「卵ばっかじゃねーか。どんだけ好きなんだよ」
「いや、だっておいしいじゃない……。卵料理……」
亮太は軽く溜息を吐くと、再度辺りを見回した。
特に気になる場所はない。霊らしき存在も見当たらない。
「やあ、いらっしゃい」
「「ッ!?」」
完全に不意をつかれた。背後から男の声が聞こえ、亮太と月乃は同時に振り向いた。
「そんなに警戒するなよ……。僕はココの住人だぜ?」
ココの住人……つまり悪霊化した霊魂。二人ともそのことに気づくと、すぐに数歩退いた。
目の前の男は、至って普通の青年であった。少し体格の良い角刈りの、町を少し歩けば似たような男に会えそうな……そんな風貌であった。
「俺、久野祐司ってんだ。よろしくな」
スッと差し出されたその手を、月乃は握らなかった。
「……? なんだよ、折角人が握手求めてんだからさ」
「人だった……でしょ? 私の中では悪霊は人にカウントしないわ。悪霊化する前なら別だけれど……」
「いつから気づいてた?」
「アンタ馬鹿なの? 今この家には私達霊滅師しか生きた人間はいないわ。それ以外は霊よ」
「今お前、俺のことなんて言った?」
不意に、男の言葉に殺気が込められる。その勢いに押され、月乃は思わず一歩退いた。
「俺のこと馬鹿って言ったか? 言ったよなぁ? 出会って間もない相手にいきなり馬鹿って言ったよなぁ? それっていけないことなんじゃないかぁ? いけないことだよなぁ……。人に馬鹿って言うのはいけないことだよなぁ? あぁ?」
眉間にしわを寄せながら、祐司は少しずつ月乃の方へと歩み寄る。
「月乃ッ! 代わるぞッ!」
「う、うん!」
祐司に危険を感じた亮太はすぐに月乃の中へと入った。
入ってすぐに拳を握り、身体の主導権が代わったことを確認する。
「人に馬鹿って言うような奴ぁ……」
「――――ッ」
『何アレ!?』
ボコボコと、まるで急速に筋肉が発達するかのように祐司の両腕が巨大化した。その太さは女性のウエストどころではない、まるで柱のようだ。
「お仕置きが必要だッッッ!!!」
『避けてぇっ!!』
思い切り振り上げ、そして振り下ろされた巨大な腕を、亮太は咄嗟に後退することによって避けた。
凄まじい轟音と共に腕が振り下ろされた床が破壊される。
「非常識な威力だなおい……」
「次は当てる」
祐司はニヤリと笑った。