第二十一話「記憶」
恥辱恥辱恥辱恥辱恥辱恥辱辱恥辱恥辱恥辱辱恥辱恥辱恥辱辱恥辱恥辱恥辱辱恥辱恥辱恥辱。
凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱凌辱。
終わることのなく繰り返される行為。何度も何度も何度も何度も何度も。
暴行を受け。辱められ。汚され。犯され。
悪意。憎しみ。欲望。その他様々な感情。およそ想像しうる全ての醜い感情を一身に受け、彼女の身体は汚され続けた。
心身共に傷、創、疵、瑕、キズ。
いっそ死んでしまいたいと思い始めて数日後。
今まで異常に強烈に辱められた後、彼女は―――――命を断たれた。
「菊、菊?」
出雲神社の境内。先程からボーっとしている菊に声をかけてみる。
いつもなら「はい?」と笑顔で返事をするハズなのだが、今日の彼女は少し変だ。
「菊、聞こえてる?」
少し語気を荒げると、ピクリと菊の肩が動いた。
「え、あ、はい?」
「さっきからどうしたの? ずっとボーっとしてるなんて……らしくないわよ?」
「え……? 私ボーっとしてました?」
自覚すらないのか。詩祢は溜息を吐いた。
「してました。私が箒を動かしてる間、ずっとよ」
「そう……ですか。ごめんなさい」
「まあ、貴女でもボーっとすることはあるでしょうけど」
そう言って詩祢は再び箒を動かし始める。
「あの、詩祢さん」
「何?」
箒を止め、菊の方を向く。
いつもの明るい彼女からは想像出来ないような、少し暗い表情だった。その暗い表情の原因を、詩祢は直感的に理解した。
「何か……思い出したの?」
―――菊の記憶。
月乃の所にいる亮太と同じく、死亡時の記憶がない。否、菊の場合は記憶が一つもない。
何故自分が死んだのか。元々自分は誰なのか。そもそもいつの時代の人間なのか。「菊」という名前以外の全てを菊は失っていた。
「…………」
詩祢の問いに、菊は答えなかった。
「菊……」
何を思い出したのだろうか。菊の記憶は、彼女自身が成仏するためにかなり重要な手がかりとなる。少しでも思いだしたのなら早く伝えて欲しい。すぐに力になれるからだ。
が、菊は黙ってうつむいたままだった。
「言いたくないなら……後でも良いわ。今日はもう戻りましょう」
「あ、はい」
木霊町の郊外の一軒家で大家事、居住者の火の不始末が原因。
小さい記事だったが、月乃はそれを入念に読んだ。
「火事?」
後ろから亮太が問うと、月乃はコクリと頷いた。
「木霊町の郊外だから、結構近い位置よ」
そう言って月乃は新聞を閉じた。
「何で火事の記事なんてチェックすんだよ?」
「火事みたいな事故が起きると、人間が高確率で死ぬでしょ? 今回だって死者が二人出てる。こういう突発的な死亡は霊化しやすいのよ」
「なるほどね……」
「霊化するってことは、私達に依頼が入るかもってことよ」
そう言って、月乃は溜息を吐いた。
圭子の事件以来、月乃はずっと元気がなかったのだが、時間が経つにつれて普通に会話が出来るくらいには回復した。
一時はどうなることかと心配したものだったが、今は亮太も安心している。
「火事……ねえ」
それならすぐに死因がわかって楽だろうな。などと亮太は考えてしまう。
月乃と共に霊に関わり始めてもう一ヶ月が過ぎようとしている。なのに、亮太は自分の死因の手がかりを一切見つけられていなかったりする。
思い出そうとしても思い出すことが出来ず、完全に手詰まりであった。
月乃にも何度か相談したのだが、月乃にも解決策を見つけることは出来なかった。
「まあ、次に私達に依頼が入るとしたらこの家で死んだ人が悪霊化したとか、そんなところだと思うわ」
「……全身焼け爛れてそうだな」
その姿を想像してしまったのか、月乃は真っ青な顔になり、亮太を部屋から追い出した。
勿論、後でちゃんと謝った。
菊が、記憶が戻ったと思しき反応を示してから数日後。詩祢の元に一件の依頼が来た。
何日か前に郊外の一軒家で起きた火事。どうやらその焼け跡が中々撤去されないらしい。
原因は、霊。焼け跡に近付くと霊が現れ、呪い殺されるだのと噂が立っているらしい。
死者はまだ出ていないが、死者が出るのは時間の問題だろう。
危険度はBランク。前回受けた件とは違い、既に悪霊化が確認されているためだ。
で、その一軒家の位置なのだが……。その場所の写真を見た時の菊の反応は普通ではなかった。
ガクガクと涙を流しながら震え、理由を問うても「わからない」と答えるだけだった。
恐らく本当にわからないのだろう。原因不明の怯え。戻りつつある菊の記憶。
あの一軒家が菊の記憶と何らかの関係があるのは明白だろう。
既に他の霊滅師が依頼を受けているらしく、今日の夜には出発するらしい。
「私達も、行くわよ」
「詩祢……さん」
「きっとこの件は菊の記憶と関係がある……そうでしょう?」
詩祢の問いに、菊はコクリと頷いた。
「なら行きましょう。記憶、取り戻したいでしょう?」
詩祢は、菊が頷いたのを確認すると、出発のための準備を始めた。