第二話「憑依」
妙な高揚感があった。
あの白髪の少女と一つになるような感覚……。
他意はなく、ただそのままの意味で一つに――――――
「何……これ……?」
白髪の少女が、自分の身体を見下ろしながら呟く。
「今誰か入ったでしょ!?」
傍から見れば独り言である。
亮太は何か言おうかと思ったのだが、意志の伝え方がよくわからない。
とりあえず今、亮太は彼女の中にいた。
着ている服の感触、制服のスカートの短さと髪の長さ故に太ももを髪がくすぐる感触、視界、そのどれもを亮太は少女と共有していた。
『あのー』
恐る恐る、声を発してみる。
「アンタね……。私の中に入ったのは……」
伝わったらしい。少女は少し苛立った表情で答えた。
『いやあ、何か弾みで中に入っちゃって……』
「弾みじゃないわよ!!早く出て行って!!」
当然の要求である。
『いや、そんなことよりも……』
「そんなことって……!!」
少女が言いかけた時だった。
「キィー!!」
目の前の白猿が声を上げた。
『アレをなんとかしないと……』
少女と共有している視界が、白猿の方へと移される。
猿にしては巨大な身体。明確に敵意を示した目。鋭く尖った爪と牙。
普通なら見た瞬間腰を抜かすような姿の化け物がそこにいた。
『逃げます?戦います?』
とりあえず問うて見る。が、返事はなかった。
代わりに亮太に伝わったのは感覚を共有しているが故の、少女の震えだった。
「我慢……我慢よ月乃……」
ブルブルと震えながら少女は何度も呟いた。どうやら怯えているらしい。
『お、おい……大丈夫か?』
安否を問うが、少女には伝わっていないらしい。しきりに「我慢よ月乃」と呟いている。
「ウキャーッ!!」
痺れを切らしたのか、白猿が少女目がけて跳びかかった。
と、同時に、少女の意識は飛んだ。
「なッ―――――」
少女の意識が消えたのを感じると同時に、亮太は「喉から」声を発した。
先程までのただ少女に思念を飛ばすだけの声ではなく、正真正銘喉から出た、生身の身体から発せられる声。
甲高い少女の物ではあるが、亮太は今声を発したのだ。
が、感動に打ち震える余裕はない。白猿は跳びかかってきている。
急いで横っ跳びに避ける。
「これは……」
慌てて己の身体を、亮太は見下ろした。
女子制服に身を包み、白く美しい髪を持ったその身体は正しく彼女の物だった。
先程までは意識を共有するだけだったが、今は身体の主導権を握っている。恐らく彼女が意識を失ったのが原因だろう。
「キィ―ッ!!」
白猿は諦めていないらしく、亮太(身体は少女の物)の方をジッと見ている。
亮太は、ニヤリと笑った。
生前、ケンカに明け暮れていた亮太は平穏な日常の中にスリルと戦いを求めていた。
相手が人間だと手加減しなければ大怪我をさせてしまう……そういった心配があるため、全力で戦ったことはなかった。
それ程までに亮太は強かったのだ。
今、目の前にいるのは猿。それも化け猿だ。
ボコるどころか殺したって構わない。
「ホギャァァァァッッ!!」
再び、白猿が亮太に跳びかかる。
亮太はそれを避けず、顔面目がけて右足を突き出した。
ゴッ!と鈍い音がして、白猿の顔面に右足が直撃し、後方に白猿が吹っ飛ぶ。
亮太はすかさず追いかけると倒れた白猿の頭部を右手で掴み、無理やりに起こす。
「起きろよ」
掴んだ頭部を目の前まで引き寄せ、空いている左手で思い切り白猿の顔面を殴る。
「ホギャッ!!」
猿が悲鳴を上げる。
亮太は暴れ出す前に猿の頭から手を放し、適当に放った。
可憐な少女の姿には似つかわしくない、乱暴で強引な戦い方である。
「弱ぇな」
亮太はボソリと呟き、溜息を吐く。
「ウキャァァァッ!!」
白猿は雄たけびを上げ、亮太に向かって再度跳びかかった。
「何だかよくわからんが……成仏しろよッ!!」
跳びかかって来る白猿の動きに合わせて、強烈な回し蹴り。
先程と同じような鈍い音と共に、白猿は再度吹っ飛んだ。
白猿は地面にドサリと落ちる。
「……ん?」
生死(といっても霊なので既に死んでいるが)を確認するため、亮太が倒れた白猿に近付いてみると、白猿の身体が徐々に消えていくではないか。
「あの世にでも……行くのか……?」
答えがないのはわかっていながらも、亮太は問うてみる。
予想通り誰からも答えはなく、白猿の身体は消えて行った。
白猿の身体が消えたのを確認すると、亮太は「ふぅ」と溜息を吐いた。
「さて、この身体でどうするか……。とりあえず元の持ち主が目覚めなきゃだな……」
亮太が腕を組み、これからどうするかなどと考えている時だった。
不意に、車のエンジン音が聞こえる。
気が付けば、亮太のすぐ横に黒い車が止まっているではないか。
ガチャリとドアが空き、中から和服の女性が現れた。
年は二十代前半くらいといった所だろうか……。
「月乃様、お婆様がお呼びです」
月乃……というのはこの身体の少女の名前だろうか……。
「お乗り下さい」
亮太は訳がわからないまま、とりあえず促されるまま車に乗り込んだのだった。