第十九話「転落」
家でお気に入りのアーティストの新曲を聴いている時、携帯の着信音がけたたましくなった。
電話だ。音楽を聴くのをやめ、携帯に目をやる。
「――――ッ」
菅原道子。
携帯にはハッキリとそう表示されていた。
おかしい。もう彼女から徴収されるハズはないのに。
ターゲットは変わり、新たなターゲットとなった子は自分の時とは違ってクラスが一丸となって守られた。
もう道子は自分のクラスには寄り付かない……そう思っていたのに……。
とりあえず携帯を取る。
「もし……もし?」
『ああ、圭子? あたしだよあたし、道子。今からちょっと用事あんだけどさ、学校の屋上まで来てくんない?』
――――徴収だ。
間違いない。またお金を取られる。
それでも拒否することは出来なくて……
「わかり……ました」
彼女は、佐藤圭子は学校へ向かった。
屋上まで行くと、少し苛ついた様子で道子は待っていた。
「菅原先輩……」
「おお、圭子! 待ってたぜ」
この嬉しそうな顔……。これから金を巻き上げれることへの喜びの顔に他ならない。
圭子はギリリと歯ぎしりをした。何故この女はこうも理不尽なのだ。
自分で働こうとせず、圭子から金を巻き上げ、月乃から巻き上げ、そしてまた圭子から金を巻き上げようとしている。
こんなことがまかり通るのは絶対におかしい。
「んじゃ、ほれ」
おどけた調子で道子は圭子に向かって右の手の平を差し出した。
金を渡せという合図だ。
「上納金。わかってんだろ?」
わかっているとも。わかっているが故に圭子は、首を横に振った。
「……ハァ?」
不満そうな声と同時に道子は圭子を睨みつけた。
「渡せません」
一瞬怯みそうになったが、必死に耐えて圭子はキッパリと断った。
「おい、お前ふざけてんじゃねーぞ?」
道子の言葉に怒気がこもる。
「ふ、ふざけてなんかいません。何で私が先輩にお金を渡さなきゃいけないんですか?」
「お前があたしに上納金を払うのは当然のことなんだよっ!」
意味がわからない。そんな筋の通らないことが当然であるハズがない。
「当然じゃありませんっ!! とにかく、先輩に無条件で渡すお金はありません!!」
「なめてんじゃねえぞこらぁッ!!」
案の定、ブチキレた。
圭子はすぐにその場から駆け出した。
「おい、待てッ!!」
圭子が必死に走り、その後ろを道子が追いかける。
圭子は急いで屋上から階段まで戻った。が、道子は思ったよりも速く、既に圭子のすぐ後ろまで来ていた。
「来ないでっ!!」
「だったらとっとと金渡せよ!!」
相変わらず意味不明な理論。
圭子は階段を駆け下りようとした―――その時だった。
「えっ?」
足を滑らせた。
「お、おいっ!」
後ろで道子の声が聞こえる。
徐々に段差が目の前まで迫って来る。
ゴッ!と鈍い音がして。圭子の意識は途切れた。
隣の席には菊の花が置いてあった。
しばしの絶句。それから徐々に状況を把握していく……。
いつもなら鬱陶しい程に騒がしい教室も、今日は嫌に静かだった。
静かな理由も、菊の花も、意味はわかってしまっているけど、月乃はわからなかったことにした。
信じられない。信じたくない。
しばらくすると担任の教員が教室に入って来る。
そして告げる。月乃が信じなかった現実を、信じさせるために。
「佐藤さんは、先日……屋上へ上がる階段から誤って転落し―――」
途中で耳を塞いだ。聞きたくない。いやいやをする幼児の様に首を横に振った。
この場にいたくなくて、月乃は教室から飛び出した。
「お、おい城谷ッ!」
教員の声が聞こえたが、月乃は聞かなかったことにした。とにかくこの場にいたくない。
嘘だ。絶対嘘だ。事実な訳がない。
――――佐藤圭子が死んでいるハズがない。
「亮太、どうじゃ様子は」
月乃の部屋の前で諒子に問われ、亮太は首を横に振った。
「ダメだ。結界が張られててとても中に入れる状況じゃない」
「……その、佐藤圭子とやらは月乃の親友だったのじゃな?」
「ああ。アイツが月乃と仲良くなったから、アイツはクラスに溶け込めたんだ。月乃からすれば感謝してもし足りないくらいの相手だ」
月乃の気持ちを察し、誰も無理に部屋に入ろうとしなかった。
佐藤圭子の死を知ってから約一週間、月乃は部屋に籠って出て来なくなった。
部屋の前に食事を置いておけば最近は食べてくれるようになったが、部屋から出ようとはしない。
亮太でさえ接触することが出来ないため、亮太を含む家中の人間が月乃を心配していた。
勿論、クラスメイトも月乃を心配しているだろう。
「亮太、これから言うことを落ち着いて聞いてくれるか?」
稜子の問いに亮太はコクリと頷く。
「佐藤圭子は、月乃の高校の屋上へ上がる階段で転落死したのじゃな?」
「ああ」
「今朝、その場所に出没する自縛霊の討伐依頼が入った」
「ッ!?」
「断ったが、恐らく他の霊滅師が受けたじゃろう」
自縛霊……。まさか佐藤圭子は現世に未練が残り、自縛霊としてこの世に留まっているのだろうか。
そして討伐依頼が入ったということは……。
「悪霊化……してるのか?」
「いや、まだじゃ。悪霊化前に食い止めてくれという依頼じゃ」
不意に、バタンとドアが勢いよく開く。
「……月乃、お前…………」
月乃だった。いつの間に着替えたのやら、月乃は制服姿で現れた。
「行くわよ。亮太」
「行くってまさか……」
月乃はコクリと頷く。
「圭子に、会いに行く」
ココに来るのは一度目ではない。
前は少し迷ってしまったが、流石にココまでわかりやすく位置が指定してあれば迷わずに辿り着ける。
「でも珍しいですねぇ。詩祢さんがこんなランクの低い依頼を受けるなんて」
隣でふわふわと浮きながら菊が言うと、詩祢は溜息を吐いた。
「今月ヤバいのよ。なりふり構ってられないわ」
巫女装束に身を包み、白い布に包まれた大鎌を持ち、詩祢は夜の学校の中を歩いた。
屋上へと続くあの階段を目指して……。