第十六話「決意」
激しい轟音と共に亮太のすぐ横で壁が凹んだ。ぽろぽろと欠片が地面に落ちるのを見て、亮太はあの弾の威力を再確認させられていた。
「この……クソガキ……」
青年は、足元でうつ伏せになっている浩太をギロリと睨んだ。
「間に……あった?」
浩太はよろよろと立ち上がると、亮太の方を見た。
「浩太……」
『今の内に攻撃してっ!』
月乃の声にハッとさせられ、亮太は刀を構えると青年の方へ駆けだした。
「どいてろ!! 浩太!」
コクリと。何も言わずに浩太は頷き、その場から数メートル離れた場所へと走って行った。
どうやら、まだ逃げる気はないらしい。
「死に損ないめ……ッ」
亮太が刀を振ると、すかさず青年は槍の先でそれを受けた。
「そう何度も防がれてたまるかッッ!!」
亮太は刀を一旦槍から離し、槍の下へ潜り込むように屈んだ。
「ッ!?」
そのまま槍に向かって斬り上げるように亮太は刀を振る。
スパリと。槍と、槍の先が切断される。刃を失った槍は最早ただの棒である。
「槍が……ッ」
青年が呟いている間にも亮太は動きを止めず、体勢を整えるとすぐに刀を振り上げた。
「じゃあな」
短く呟くと、亮太はそのまま青年に向かって刀を振り下ろした。
刀で人を斬る感覚……「殺し」に快感を覚えるような人間ではない亮太にとっては心地良いものではなかった。が、「殺し」は二度目だ。もっとも、一度目二度目ともに相手は死人なのだが……。
「まだ……だ……!」
傷口を押さえながら青年がよろめきつつも必死にこらえて立ち続ける。
「やめとけ。元々お前は死んでんだよ」
「うるさい……主様を蘇らせるまでは……ッッ」
チラリと。青年は己が主である骸骨を一瞥する。
『時雨……。時雨……』
「―――ッ」
突如、聞こえた声に青年は耳を疑った。
「主様……!?」
消えたハズの。消滅したハズの。己とは違い、死を受け入れ成仏したハズの主の声だった。
『もう良い。もう良いのだ時雨よ』
主の声は優しく、青年の耳に届いた。
「しかし主様……ッ」
主の声は亮太達には届いていないらしく、「何やってんだ?」と怪訝そうにこちらを見ている。
『お前はよくやったよ……。私とともに来い、今の我らにこの世は合わぬ』
「主様……」
青年は痛む傷口を押さえながらも主の方を見、そしてコクリと頷いた。
「……わかりました。どこまでもついていきますよ。主様」
青年が消えた。
それを確認すると、亮太は近くに落ちている鞘を拾い、刀を収めた。
「ふぅ……」
そしてチラリと浩太を一瞥し、月乃の身体から抜けた。
「あ、アンタ……」
「何だよ?」
「良いの? 弟に何も言わなくて……」
「……」
亮太は霊体のままそっと浩太に近づき、手を伸ばした。
「浩太……」
浩太はこちらを向き、駆け寄った―――――月乃の元へ。
無残にも亮太の身体は浩太をすり抜けた。
「浩……太」
わかっていた。こうなることくらい。もう何日も前から覚悟していたじゃないか。
――――もう自分は家族と触れ合うことなど出来ないと。
「お姉さん、ありがとうございます」
「え、ええ……」
笑顔で礼を言う浩太に、月乃は気まずそうに答える。
「霊から助けてもらったことと、それと……」
一瞬間をおきうつむくが、すぐに浩太は月乃を真っ直ぐに見る。
「兄に会えた気がします」
「……そう」
そう答える月乃の顔は、笑ってはいたがどこか悲しげであった。
浩太は「それでは」と手を振ると、この部屋を足早に去って行った。
「……」
月乃は浩太が部屋から出たのを確認すると、立ちすくむ亮太を見た。
「迷ってた」
「……え?」
「このままお前と一緒に霊と戦って、それで俺の何になるんだろうって。俺は本当にそれで良いのか、本当にそれで記憶が戻るのかって……考えてた」
声が震えている。泣いているのが顔を見なくてもわかった。
「そんなことよりさ、このままでも家に戻れば、誰か一人くらいは月乃みたいに俺のことが見えて、また一緒にいられるんじゃないかって……」
「だけど……ッ」
涙を隠そうと、必死にこらえて亮太は上を見上げた。
「今日、浩太を見て思ったんだ……俺と浩太はもう、二度と触れ合うことはないって……。俺は霊で、あいつは生きた人間なんだ……。いい加減俺は、自分が霊であることを納得しなくちゃいけないんだ」
「だから――――」
ギュッと拳を握りしめ、亮太は言葉に力を込めた。
「俺はお前と戦い続けるッッ! それで、俺の死因を突き止めるんだッ! そのついでに、霊に襲われる人達も、俺達の手で救うッッ!!!」
叫んだ。声高らかに。己が決意を。月乃に伝えるために。
「……わかったわよ。これからもよろしくね、亮太」
月乃は初めて、亮太の名を呼び、微笑んだ。




