第十二話「屋敷」
今までのタイトルの付け方が非常に付けづらかったので、全て修正しました。
亮太の状態は、次の日も変わらなかった。いや、むしろ悪化したと言っても過言ではないだろう。
先日の月乃との会話が原因の一つであることは明白だった。が、月乃は負い目を感じながらも、中々謝れずにいた。
いつもの帰り道だが、隣で浮いている亮太はどこか憂鬱そうである。
「ね、ねえ」
「ん?」
恐る恐る話しかけると、亮太は思いの外普通に答えた。
「今晩さ、人喰い屋敷に除霊に行くけど、アンタ大丈夫?」
「……大丈夫」
あまり大丈夫とは思えない。やはり心ここに在らずといった様子だ。
やはり家族のことを考えているのだろうか……。
二度と会えぬ、家族のことを……。
「除霊の時に今みたいにボーっとされてたら困るのよ。しっかりしなさいよね」
我ながら、酷い言い方だと月乃は内心反省する。
うまい言葉が見つからない。今の亮太を慰められるような言葉が、元気づけるような言葉が、月乃には見つけられなかった。
「ああ、悪い。気をつけるよ」
やはりどこか虚ろだ。
心配で心配で仕方がない。自分でもわかっているのに、うまく亮太に伝えることが、月乃は出来ずにいた。
準備は整った。
懐中電灯、水筒、非常用のお菓子、近所の神社で巫女さんから買ったお守り。
浩太はお守りをポケットに、その他の道具をリュックサックに詰め込んだ。
まるでピクニックの準備のようにも見えるが、浩太の表情は決して楽しそうなものではなく、これから人喰い屋敷に行くのだという決意を秘めた、険しい表情であった。
そして、兄に会えるようになるかも知れないという、わずかな期待。
「兄ちゃん……」
ギュッと。ポケットのお守りを握り締めた。
人喰い屋敷……その禍々しい名前を心の内で繰り返す。
名前だけで既に怖い。行くとなればもっと怖い。
自分もまた、行方不明になるかも知れない。
もう家には帰って来れなくなるかも知れない。
いつの間にか、手足が震えていた。
――――恐怖。
頭が、身体が、浩太の全てが恐怖を訴えていた。
後数時間もすれば人喰い屋敷に行かなければならない。いや、これは義務ではない。「行かなければならない」のではなく「行く」のだ。
自分で自分に言い聞かせると、浩太はもう一度ポケットの中のお守りを握り締めた。
「刀、良し。懐中電灯、良し。霊探知機……良し!」
「霊探知機?」
月乃が持っている振り子のような物を見ながら、亮太が問う。
「そう。霊探知機」
月乃は先程から激しく揺れている探知機を嬉しげに亮太に見せつけた。
「この探知機は霊が近付くと揺れる仕組みになってるの。今揺れているのはアンタに反応してるからよ」
「俺に反応するんなら意味ないんじゃないか?」
確かに、亮太にずっと反応しているのなら他の霊に反応してもわからないだろう。が、月乃は得意気に「ふふん」と笑った。
「心配ご無用。憑依している霊には反応しない安物だからアンタは私に憑依しておけば大丈夫よ」
安物、というのが引っかかるがそれなら大丈夫そうだ。
ちなみに霊探知機は霊滅師協会から一つ九百八十円で買えるらしい。
月乃は霊探知機をポケットに入れ、白い布で包まれた刀を背負うと、右手に懐中電灯を持って立ちあがった。
「さ、行くわよ」
「了解」
遂にココまで来てしまった。
人喰い屋敷。
今、浩太はその前にいた。
小学校近くの森の中にひっそりとそびえ立つ洋館。
割れたガラス窓や、所々に張ってある蜘蛛の巣。ひび割れた壁。
その全てが浩太を震えさせていた。
「兄ちゃん……!」
自分を勇気づけるように、呟く。
今は亡き兄を、そして、これからきっと会えるであろう兄。
力強く、ポケットの中のお守りを握り締める。
「行こう!」
自分に言い聞かせるように言うと、浩太は人喰い屋敷の扉を開いた。
近づいたことはなかったが、噂だけは知っていた。
―――人喰い屋敷。
当時同級生が大騒ぎしていたものだ。
そんなことを思い出し、亮太はまたしても生前を懐かしんでしまう。
亮太は、そんな自分に苦笑した。
あまり月乃に心配はかけられない。
口にはしないが、彼女は自分を心配してくれているのだと、亮太にはわかっていた。
現に、先程探知機の件で久々にまともに会話をすれば、どこかホッとしたような表情をしてくれていた。
霊になってしまった自分にも、母のようにとはいかないものの、心配してくれている人間がいるのだ。
そう気づいて、少し安心した。
「やっぱり気味悪いわね……」
隣で月乃が身震いする。
まだ怖がりは直っていないのだと、再確認させられた。
とはいえ、この屋敷は月乃じゃなくても怖いのだろうが……。
「探知機、使うだろ? そろそろ憑くぞ」
「あ、うん」
月乃がコクリと頷くと、亮太はその身体(とは言っても霊体)を月乃にそっと重ねた。
一瞬の快感。そしてすぐに月乃と感覚を共有する。
『良し。憑依完了』
「じゃ、行くわよ」
震えながらも月乃はそう言い、人喰い屋敷の扉を開けたのだった。