第十一話「浩太」
吉柳との戦いから数日。亮太と月乃は平穏に過ごしていた。
亮太は危険度Aの相手を滅したということで大変浮かれていたのだが、後程詩祢に聞いてみた所、どうやら吉柳を危険度Aたらしめる理由はあの大量のつぎはぎ少女だったらしく、吉柳自身の実力は単体では危険度B程度だったらしい。
道理で亮太が倒せる訳だ。が、吉柳を滅したことには変わりがないので詩祢は随分と嫌そうに報酬の半分を亮太達に渡した。
代わりに亮太達はあの首吊り霊の報酬(吉柳の報酬の半分にも満たない)を渡した。
ここ数日、亮太はなんだかボーっとしている。
月乃がそう感じたのは昨日のことだった。
いつもなら授業中、鬱陶しい程に話しかけてくるのだが、最近は窓の外を眺めたりしているし、家に戻っても似たような感じだ。
その証拠にさっきから月乃の部屋から窓の外を眺めている。
「ねえ、アンタ……何かあったの?」
月乃が問うと、亮太は首だけを動かして月乃の方を見る。
「……別に。何もねーよ」
何もない……とは思えない。
「でも最近のアンタ何か変よ?」
「そうか?俺は普通だぞ」
どうやら簡単には答えてくれそうもない。
「ま、良いけど」
諦めて月乃が部屋を出ようと亮太に背を向けた時だった。
「俺さ」
不意に、亮太が話し始める。
「急に死んで、死因もわからないままココにいる訳だよな」
よく考えてみれば酷な話だ。
突然死に、死因もわからないまま霊化する。
不安で不安で仕方がない。というのが現在の亮太の心境なのではないのだろうか。
「落ち着いて考えたらさ、親とか、兄弟とか、今頃何してんだろうな……って」
寂しそうな声だった。
月乃は、振り向くことが出来なかった。
今振り向けば、月乃は今まで見たこともないような亮太の表情を見ることになる。
不安で、寂しくて、怯えていて……。そんな亮太を月乃は直視出来る自信がなかった。
「そんなこと……私にわかる訳ないでしょ……」
ポツリと。月乃は呟く。
冷たい言葉だとはわかっている。が、月乃には今の亮太を慰められる自信がなかった。
「そう……だよな」
ボソリと答える亮太に背を向けたまま、月乃は部屋を後にした。
屋敷があった。
この町、木霊町には心霊スポットと呼ばれる場所が非常に多い。
その内の一つがこの屋敷だ。
迷惑なことに小学校の近くにあり屋敷に肝試しに行く小学生が後を絶たない。
大抵は何事もなく帰ってくるのだが……。
稀に。ごく稀に、行方不明になる。
最初の行方不明事件があってから、地元の住民は屋敷に近づかなくなった。
が、まったくではなく、今でも屋敷に入る者はいる。
都会から来た雑誌記者、怖い物見たさで入り込むカップル、そして小学生。
一人、また一人と、少しずつながらも、確実に行方不明者は増えていく。
いつの間にやらその屋敷は「人喰い屋敷」と称されるようになった。
「……人喰い屋敷……か」
パタンと。少年、黒沢浩太は雑誌を閉じた。
兄が死んでから既に一ヶ月が過ぎようとしている。
自分も、両親も、徐々に立ち直り始めている。
だが、浩太は諦めきれずにいた。
死体は見たし、葬式もした。骨だって拾ったのだ。
が、浩太は信じていた。
兄は幽霊になってどこかにいるハズだと。
なんと子供らしい、安直で、希望のある考えだろう。
浩太はそう思うようになって以来、幽霊に関する雑誌や本、漫画や果てには映画に至るまでを漁るように見た。
―――――霊を見れるようになりたい。
そうすればまた兄に会えるかも知れない。
どうにか、どうにか会えないものだろうか……。
ふと、先程の人喰い屋敷のことを思い出す。
「本物の霊に会えば、それから他の霊も見えるようになるかも知れない」
ボソリと呟き、もう一度雑誌を開いた。
位置を確認する。自分の通っている小学校のすぐ近くだ。
行ける。人喰い屋敷になら容易に辿り着ける。
兄にもう一度会いたい一心で、浩太は人喰い屋敷へと足を運ぶことを決めた。
――――その屋敷が、非常に危険なことに気づかずに。
「依頼じゃ」
稜子に呼び出され、月乃が稜子の部屋まで足を運ぶと、いきなり一言。
月乃は軽く溜息を吐いた。
「こないだやったばっかじゃない……」
月乃は首吊り霊と吉柳との戦いを思い出しながら呟く。
気絶はしなかったが本当に怖かった。
特に吉柳から放たれる悪意と狂気は、今まで出会った霊からは一度も感じられなかった物だ。
「まあそう言うな。危険度はB、場所は木霊小学校近くの人喰い屋敷じゃ」
人喰い屋敷……。
何度か聞いたことのある話だ。とは言え、月乃が小学校に通っていた頃の話だ。何でも、中に入れば何人かに一人は行方不明になるのだとか……。
月乃は噂を聞いてすぐ霊が関わっていることに気づいたのだが、他の生徒が気づく訳もなく、月乃の制止を振り切って何人も中に入って行ったものだ。
幸い、月乃の知り合いは全員無事に帰って来たのだが、他の小学校の子供が人喰い屋敷で行方不明になり、それ以来立入禁止となっていた。
そんなに昔からある心霊スポットを何故今更……。
「町長からの依頼でな、稀にしか行方不明者が出ないためあまり気にしていなかったらしい。が、最近増え始めたらしくての……」
「それで、私に依頼って訳ね」
月乃は溜息を吐く。
大丈夫だろうか。ふと、そんな疑問が脳裏をよぎる。
危険度はB、吉柳に比べればマシだろう。
だが、今の亮太で人喰い屋敷のいるであろう霊と戦うことが出来るのだろうか……。
月乃は、急に不安になった。