第一話「死亡」
6作目となりました。
シクルです。
今作のテーマは「霊」です。
在り来たりではありますが扱いやすい、幽霊をメインにやっていきたいと思います。
「不穏ね……。どこかで誰かが死んでいそうだわ」
ボソリと。神社の境内を箒で掃きながら、一人の巫女が呟いた。
巫女は箒を動かす手を一時止め、空を見上げた。
数十分前まで鬱陶しい程に照っていた太陽が、今では暗雲に隠され、雨が降りそうな雲行きである。
「ええ。そうね……貴女みたいな厄介な死に方をしなければ良いのだけれど……」
この場にいるのは巫女一人だけだというのに。彼女はまるで誰かと会話しているかのように言葉を続けた。
「ごめんなさい、別に貴女自身が厄介だと言っている訳ではないのよ?でも死に方は厄介でしょう?」
今度は一人で謝罪を始めた。傍から見れば奇妙な光景である。
「例えるなら……そうね。蜂蜜そのものは厄介じゃないけれど、手に入れるまでの工程は厄介でしょう?それと同じよ」
微妙に分かりづらい例えだった。
巫女は再び箒を動かし、掃除を始める。
「……何かありそうね」
チラリと空を一瞥すると、巫女はまた呟いた。
死ぬ時くらい、綺麗な空を見たかったものだ。
が、その願望は叶わず、最後に見た――――否、今も見続けている空は暗雲が立ち込めていた。
少年、黒沢亮太は実体のない身体で溜息を吐いた。
溜息を吐けたのかどうかすら怪しいが、深く追究するのはやめよう。
「何で死んじまったかなー」
亮太は実体がないことを除けば生前と全く変わらぬ姿で浮遊していた。
町に昔からある巨大な時計塔の時間を見る限り、現在は放課後。
亮太はいつの間にやら死亡し、実体のない状態で浮遊していたのだ。
幽体とか言うやつなのだろうか……。
とにかく、亮太は現在死亡している。
いつどこで、何故死んだのか、全く記憶がない。奇妙な話である。
確実なのは「死んでいる」というショッキングな事実だけである。
亮太はもう一度、溜息を吐いた。
「あ…………」
授業中。城谷月乃は絶句した。
眼前に広がる光景は、明らかに通常の授業では見られない光景だった。
月乃の目の前にいるのは、首を吊った男子生徒の死体。否、霊。
ブランブランと身体と口から垂らした舌を揺らし、月乃とコンタクトを取ろうとする。
我慢。我慢よ月乃。
心の内で自分に言い聞かせる。が、彼女の身体は震えるばかりだ。
「城谷、どうした?顔色悪いぞ?」
「あ、いえ……大丈夫……です」
教師に問われ、大丈夫だと答えるが……。実は全然大丈夫じゃない。
この教室は自殺者がいるという曰く付きである。
大抵その手の噂は本物で、こういう教室で授業をすれば、必ずいつか霊感体質の月乃はこういった類の霊に遭遇する。
何故こんな所で自殺をしたのだろう彼は。
理科室。週に二度は必ず使うこの教室で、彼に遭遇する確率は非常に高い。
気にしないようにしていれば見えることはないのだが、一度彼を認識し、かつ彼にこちらを認識されるとこうなる。
地縛霊となっている彼は救いを求め、必死でこちらとコンタクトを取ろうとする。
『ア……ァァ……』
やめろ。首を動かすな。そんなことしたら……
ボトリと。音を立てて(月乃にしか聞こえないが)彼の頭部と胴体部が千切れ、机の上に落ちた。
「うっ……」
吐き気を催し、月乃の意識は徐々に遠のいていく。
「先生ー。城谷がまた倒れましたー」
「誰か保健室まで運んでやれ」
意識を失い、ぐったりした月乃を数人の友人達が保健室へと運んで行った。
「ハァ……」
保健室で目を覚まし、近くにあった鏡を見て月乃は溜息を吐く。
老婆のように真っ白な髪。幼少の頃はよくこれでいじめられたものだ。
月乃の家、城谷家は霊感の強い一族であり、生まれた時から白髪の子はかなりの霊感と霊力を持つと伝わっているらしい。
月乃の強力な霊力が原因で、昔から病弱だったらしい母は月乃を産んですぐ亡くなったらしい。
幾度も思った。何故私が……と。
失神してしまう程霊の怖い月乃にとって、この体質は迷惑極まりないものであった。
身体が弱い訳でもないのに、霊がそこら中をうろついているせいで度々失神。
おかげで周囲の人間からは身体が弱いのではないかと勘違いされてしまっている。
憎かった。
この白髪が、体質が。
艶も長さも普通の女の子と変わらないのに。
色が。この白さが。母を奪った原因であり、月乃が過去に苛められた原因であり、見たくもない霊を見てしまう原因なのである。
何度か染めても見たが、一週間も経たない内に白に戻ってしまう。
「……」
嫌な過去を振り払うかのように、月乃はブンブンと首を横に振った。
携帯で時間を確認すると既に放課後。部活に所属していないのでもう帰れる。
月乃は保健室を出て、教室に戻ると急いで荷物をまとめ、学校を出るのだった。
「することねー」
亮太は誰にも届かぬ声で呟いた。
とりあえず町をフラフラとうろついてみたものの、何もすることがない。
成仏しようかとも思ったが、死因もわからないまま成仏するのは嫌だ。それに、成仏する気があるのなら元々現世に留まっているハズがない。
うろついている間に何度か霊を見たが、どの霊も亮太には無関心なようだ。
「…………お」
ふと、一人の少女が目についた。
美しく長い、白髪の少女だった。
顔も整っており、綺麗だ。スタイルも悪くない。
「生きてる内にあんな娘に会いたかったな……」
そう呟き、亮太は少し落胆する。
どうせ見えていないだろうと高を括り、亮太は彼女の後を付いて行くことにした。
彼女の後姿を眺めながら、彼女の後ろを付いて行く。
歩く度に少し揺れる美しい白髪が、亮太を魅了した。
―――――刹那。
不意に感じる戦慄。
背後だ。背後に何かがいる。
亮太に明確な敵意を向けた何かが背後にいる。
直感的に把握し、恐る恐る振り返る。
「……猿?」
人間と同じサイズくらいの巨大な白猿がそこにいた。
恐らく霊だろう。
同じ白でも少女のものとは別物だ。
「……よっ」
無駄だと分かりつつも、亮太は白猿と挨拶を交わそうと試みる。
返ってきた返事は――――
「キィー!!」
鳴き声。それも敵意剥き出しの。
と、同時に白髪少女がこちらを振り向く。
その時には既に亮太は白猿から逃げ出し始めていた。
「……へ?」
「……え?」
亮太と、白髪少女の間の抜けた声が同時に響く。
そして…………
二人の身体は同時に、言葉そのままの意味で――――交わった。