第9話 孤児院④ 不浄の地
その大地は、大量の人の生き血を吸い、死んだ者たちの未練が漂う古戦場だった。
それも過去の話、そこは、時が経つにつれ、神の理を外れ、不浄の地となる。
やがて死骸は蘇り、勝手気ままに徘徊する沼地となってしまった。
その沼地のゾンビたちは、人の耳には届かない周波数で会話をする。案外におしゃべりで、電波な存在だった。
今日もゾンビたちは、くだらない会話をしている。
「おい、オマエ、腕をどこで落としたんだ?」
「腕? ああ、この前、人間に襲われたんだ」
「人間に? 人間は怖いよな」
「ああ、魔王さまが、戦争なんて仕掛けるから、最近は、特に凶暴になってんな」
「うだ、うだ」
ゾンビたちの頷きはぎこちない。油断すると、腐った肉が落ちてしまうからだ。
「おい、そういえば聞いたか?」
「何を? 何を?」
「町を挟んだ反対側の森の中に、ドラキュラさまのご息女が来られるらしいぞ」
「その話は古いぞ。もう、来られてるぞ」
「失礼の無いよう。気をつけようぜ」
「んだんだ、ドラキュラさまは、親バカだから、失礼をしたら、とんでもないぞ」
「おい、お前、目玉を落としたぞ」
「見えにくいと思ったんだ」
「お前じゃない、俺のだ!」
「いいや、俺のだ!」
神の理から外れた彼らは、汚れた沼地をノソノソと歩き回りうごめいていた。
彼らの声は、カーミラとセバスの耳には届く。シスターのシキには、不気味な呻き声にしか聞こえていない。
「つまらない会話ね」
一匹のゾンビを見つけ手招きをする。シスターのシキさんは、また神への祈りを始めた。
神の教えを知らないあたしには、その祈りを知らないが、きっと彼女は、彼らの成仏を祈っているのだろう。
優しい娘ねっ。
ゾンビが目の前に来ると、彼女の祈りは「ヒッ!」という言葉で終わる。
「カーミラだけど、ここを、通らせて頂くわよ」
「ヘイ、ドラキュラさまのお嬢さま、合点承知いたしました」
ゾンビは、素直に言うことを聞いてくれた。あたしたち、アンデットは、生者に対して、人間が思うほど興味はない。あたしたちは、静かに暮らしたいだけ。
シスターの彼女にも、その辺りは理解してほしい。
シキさんも、感動したようで、「あわわわ」という言葉にならない声を出し、目に涙を浮かべている。
セバス爺はといえば、また、シルクハットから白鳩を出して遊んでいる。
聖堂で、女魔道士に受けたから、味をしめたみたいね。
でも、その芸、もう見飽きちやった。
それにしても、沼地は、服が汚れちゃう。
誰でも出来る簡単な魔術で、沼地に沈まないように足をおく。
「あわわ、カーミラさま?」
シスターは、魔法がてんでダメらしく、沼地に沈んでしまった。神さまたら、さぼってないで彼女に、ちゃんと魔法を教えなさいよ!
天上にいるという彼には、いろいろと言いたいことがあるけど、彼女を助ける方が先ね。
「もうしょうがないないわね。浮くぐらい出来ないと、笑われちゃうわよ」
「あの、カーミラさま、なんか光ってますっ!」
「そんなの当たり前じゃない!」
もうっ、バカな娘ね! 呆れちゃうわ!
身体中に魔力を巡らせてるのだから当然じゃない!
「セバス爺も、遊んでないで、早く、付いて来なさい!」
セバス爺が、また、シルクハットをいじるものだから、イライラしちゃう!
白鳩も、白鳩で、ポロッポポロッポと鳴きながら、戻るのに必死。
何してるのよ、バカッ!
もう、種がばれてるのよ!
セバス爺は、やっと気づいたようで、肩を落とす。少し、かわいそう……。
「はい、もう、諦めました、お嬢さま」
「そう、なら良いのよ、もう、バレバレなんだから」
「まだ、そこまでは……」
もうっ、セバス爺は、まだ、白鳩の手品に未練があるらしい。よほど女魔法使いが喜んだ時に揺らした胸が気に入ったのね。ホントッ、男たら、すぐこれね!!
シスターのシキさんも、シキさんで、よほどゾンビが珍しいようで、「きゃーーっ、きゃーーっ!」と黄色い悲鳴を上げてやかましい。
「あのー、ゾンビたちが、道を譲ってますけど……」
「当然じゃない」
さっきから、ゾンビたちも、あたしに挨拶してくる。彼女だって、その時は、「あわわ」と宗教的な専門用語で返事をしていた。
「あたしと一緒にいれば、ここは、大丈夫ですよ」
「そうですか、カーミラさまとご一緒なら、ゾンビたちは、手を出さないと……」
「そうよ」
というより、あなただって、ゾンビたちに悪さをしなければ平気なのよ。
これは、あたしたちアンデットが人間に害が無いと知ってもらう良い機会ね。
これを、セバス爺は予期していたんだわ!
「お嬢さま、もう、ほどほどに……」
爺は欲がない。老いてしまうって悲しいわね。
彼女には、徹底的に理解してもらうわ!
ゾンビのそばを通って見ると。シスターにシキさんは、「ヒッ!」という祈りをしてくれた。
分かり合える日は近いわ!




