第8話 孤児院③ ワイバーン
「そこを退けよ、ブス!」
「カーミラさん、なんで?」
ナツくんとアキくんは、リュックを背負っていた。
「アキくん、何処へ行くつもり?」
「ブスには、関係ないだろう!」
アンタには、聞いてない。あたしが微笑みかけると、彼は、後退りをする。きっと、あたしの笑顔が彼には眩しくてしょうがないのだろう。
「お医者さまが、パナセアが有れば、園長先生の病気が治ると言っていたから……」
「そ、そうだよ、町には、その薬草は、売ってないんだい! ずっと探ししてるけど、無いんだ!」
アキくんの背中に隠れ、ナツくんが吠えた。
彼は、ずっと歩き回っていたらしい。ロープを持って、女の子に悪戯をしながら……。彼の将来が心配で頭が痛くなっちゃう。
「図鑑には、町の外、沼向こうの丘に自生していると書いてあったんだ」
ほらっここと、アキくんは、本を開いて、あたしに見せてくれた。そして、彼は、あたしに目で訴えてくる。「自分たちを見逃せ」と……。
その純粋な瞳は、あたしの胸にキュンキュンと突き刺さる。
「ブスには、関係ないだろ!」
アンタも、大概よね……、でも……、
「いいえ、関係あるわ」
なぜ、パナセアが、手に入らないのか?
それは、沼地を住処かとする、あいつらのせいだろう。
ホントなら勇者御一行に、行ってもらうのが一番だけど……。
アイツの怪我の具合では無理だろう。
「あたしが摘んで来て上げるわ」
別荘に帰るには少し遠回りになるけど、仕方がないわ。
「そんなのダメです! 危険です!」
少しお庭で騒ぎ過ぎたようだ。シスターのシキさんまで、目を覚ましてしまった。
気づけば、セバス爺も彼女の横に立っている。
「大丈夫よ」
「いいえ、お嬢さまは、知らないんです! 世間知らずなんです! その辺りには、恐ろしい魔物が住んでるんです!」
知ってるわよ!
だから、
「いいえ、大丈夫です」
と答えた。
「ダメです! 絶対にダメなんですう!」
と彼女は、譲ってくれない。
もう〜、
「どうせ、通り道なんだから大丈夫なんです!」
「えっ! あんな危険な場所が通り道……」
彼女は目を泳がせた。それは、セバス爺で止まる。
「そうですか、セバスさまがお強いんですね」
と彼女は納得し、
「なら、わたしも付いて行きます」
と言う、ダメに決まってるじゃない!
「お嬢さま、ご同行を許可していただけないでしょうか?」
セバス爺は、逆方向に走り始めた。
「もういいわ、勝手になさい」
セバス爺は、静かに微笑み、シスターのシキさんは「ありがとうございます。それでは、準備して参ります」と走って行った。
「腕が鳴るぜ!」
ナツくんとアキくんは、行く気満々の様子。
「あなたたちは、留守番よ」
「なんだよ、ブス!」
「留守番をしなさい!」
ハウス、ハウスなんだらね!
ナツくんが、キャンとなって固まった。
セバス爺がこっそりと耳打ちをしてきた。
「私たちだけで、摘んでくるより、都合が良いと考えてます」
ホントにそれだけよねっ!
町の外へと出る。
しばらくすると森が深くなり、生い茂った木々の枝が、陽の光を遮ってくれて心地良い。
それにしても、シスターのシキさんは、着込みすぎた。ずんぐりむっくり、もう春だというのに、雪だるまのように見えちゃう。
悪戯な風が枝葉を揺らす。
「キャッ」
とシキさんが悲鳴を上げる。
無邪気な野うさぎが茂みを揺らすと、
「キャッ、キャッ」
とまたまた悲鳴を上げるシキさん……。
「もう、離れなさいっ!」
いちいちセバス爺に飛びつく、シキさんを引き離す! セバス爺は、ニッコリと微笑んでいる。
彼女は心配しすぎだ。大抵の魔物は、本能であたしたちの正体を察知して近づいて来ない。
「ぎゃーー!」
全然、可愛らしくない悲鳴、シキさんは、あたしに抱きつきながら、腰を抜かしてしまう。
彼女は、爬虫類が嫌いらしい。
「あら、トカゲは嫌いだったからしら?」
「お嬢さまは、ものを知らなすぎます。ああ、神さま、どうか、お救いください」
シスターのシキさんは、その本職を遺憾なく発揮する。膝をつき、天を仰ぐような、祈りの姿。
神さまも忙しい身の上だろうから、個人の些事には構ってくれないだろう。彼女は健気だと思う。
でも、少し大袈裟だわ。
「失礼ね。あのトカゲの名前ぐらい知ってるわよ。あれは、ワイバーン、図体が大きくて、羽が生えてる身の程を知らない、生意気なトカゲよ」
「な、なにを言ってるのよ! この世間知らずう!」
シスターのシキさんが祈りのを忘れた。
「お嬢さま、ここは、わたしが……」
セバス爺が、彼女の前で良いところを見せようとする。でも、させないわ!
「あんな、トカゲ、ちょっと驚かせば逃げていくわよ」
ワイバーンのそばまで、一瞬で距離を詰める。鈍重の爬虫類は、それを目で追うこともできまい。
そのお腹へ、チョンと一撃を掌底で入れる。
そのままワイバーンは、大空の彼方へと消えて行った。
「ほら、トカゲなんて、臆病な生き物でしょ?」
納得して頂けたかしら?
彼女は、とても感銘を受けたらしい。
まさに目からうろこで言葉も出ないのか、アゴが外れたかのように、口を大きく開けている。
「う、うそよ、これは幻覚よ。そうで無ければ、ワイバーンを一撃で仕留めるなんて……」
彼女の意味不明な言葉に、セバス爺は、シルクハットを外して、白鳩を飛ばした。
セバス、何をしてるの? 理解できないわ!
「さっきのは、幻覚だったんだわ」
彼女は、何かにケリをつけた様子。
それにしても、弱い魔物ばかりで、つまらないわっ!
戻ってきた白鳩は、セバス爺のシルクハットに収まった。




