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第17話 猫耳剣士⑦ 大嫌い

 指の隙間から微かに広がる光景。

「にゃっ」

 ミケちゃんの特徴的な悲鳴。

 彼女は壁に打ち付けられながらも、直ぐに体制を立て直し、あたしの指の隙間から見えなくなった。


 騎士たちも、各々が奮戦しているのが伝わってくる。


 荒々しい息遣い、弾き返され、地に打ち付けられ、肉体が跳ねる鈍い音。苦痛に耐え、それでも漏れてしまう声。


 互いに鼓舞しあう掛け声。

「カーミラさまが見ておられるぞ! 立て、そして戦え!」


 その言葉が胸に刺さる。


「お嬢さま、ここは、セバスを頼り、自重されるようお願い致します」

 セバス爺の耳打ち、いつもの優しい声。

 爺は、直ぐに傍を去り、あたしは、その場を動かない。


 ローグという、ここの主人マスターは、爺が苦戦する相手とは思えない。

 本当に、ここが最下層だとして、セバス爺たちが、目の前で戦っている現実を考えると……。


「なんて、ちっちゃいダンジョンなのよ」

 バッカじゃないの!


 だから、あのローグと名乗る主人マスターも弱いはず!

 あたしが、あの変態の権能という精神支配を防ぎさえすれば……。


「ククク、愚かですね。魔力で強化した、私には、いかなる攻撃も通じはしない」

 アレックスさんの一撃が、ローグの指先で弾かれる。


「騎士というものは、やはりつまらん。やはり、改良をせんと、使い物にはならんな」

「き、貴様、団長たちに何をした!」

 アレックスさんが起き上がった様子。


「実験ですよ。そう、実験です! 生きた人間が、どこまで強くなれるか、興味ありませんか? 弱い者を、支配しても役に立ちませんからね。まあ、成果といえば、苦痛に歪む声と顔を……。ああ、あの苦悶と屈辱の表情は、素晴らしかったですよ! 最高でした! あなた達も、私を喜ばせて下さい!」

 ローグの動きが止まったように感じる。


「少し、黙れにゃっ!」

 その声と同時に、凄まじい衝撃音がする。


 そして、あたしの足元に、その声の主の悲鳴と落下音が聞こえた。


「獣人なら強いと思ってましたが、この程度ですか? 残念ですね。改良をしなければ、なりません」

 ローグは、クククッと笑っている。


 アレックスさんと、他の騎士たちは、すり足で、ローグとの距離を測っていた。


 指の隙間から見える、狭い視界。


「おっと、御老人、無駄ですよ。ここでは、魔法は使えない」

 ローグの姿が見えない。

 さっきまでの場所にいない!


「ぐわっ」

 セバスの呻き声!


 セバス爺が倒れている!


「何をしようとしたか興味はありますが、まあ、後で聞くとしましょう。さて、あなた方には、勝ち目は、ありません。ゾンビを退けたのには、驚きましたが、それだけです。狩場であるダンジョンを狭くし、残った余力で、自らを強化しているのです。つまり、凡人には、届くことが出来ない、高みに、私はいる」

 ローグの魔力が高まるのを感じる。


 セバス爺は、人の姿で本領が発揮出来ていない。もしかしたら、元の姿に、戻れないのかもしれない。


 セバス爺が、勝てない相手。


 なら……、でも……。


「絶対に、諦めないのにゃ!」

 ミケさんが、必死で、飛び込む!


 その姿を、あたしは、ハッキリと視界に捉えた。


 彼女は、いつだって必死だ。


 慎重になっていたアレックスさんも、ほかの騎士たちも動き出していた。


 セバス爺が敵わない相手。

 きっと、彼らは……、彼女も、届かない。


 そう思う。


 ローグは、見下すかのようにして、彼と彼女たちの、その必死な精一杯を迎え撃とうしていた。


 セバス爺が敵わない相手。

 大好きなセバス爺を傷つけた相手。


 許せない。


 ミケさんの必死を、アレックスさんの、騎士たちの、必死を、そして勇気を笑う相手。


 許せない!


 人であれ、魔物であれ、どんな生き物でも、例え、それがことわりから外れた動く死体であっても、その尊厳を無視し、痛めつけ、時に支配をし、その苦悶と苦痛から、快楽を得る相手。


 絶対に、許せない!!


 そして、一番、許せないのは、なにもしない、あたし自身。


 正体がバレるのを恐れ、顔を隠し、動かないあたしは、あたしが、大嫌い!!


「そこの下衆、いい加減、はしゃぐのは、お辞めなさい!」

 正体なんか、隠す必要ないわ!


 もう、アイツに、勇者には、会えなくなるかもしれないけど……。


 だから、なによっ!

 惚れてるのは、アイツの方なんだからねっっ!


 まだ、ちゃんと話をしたこと、無いけど……。

 多分、そうなのよ!


 あたしは、人の姿から、吸血鬼カーミラ本来の姿になった。


 ミケさん、アレックスさん、騎士たちが、あたしをジッと見ている。


 あなた達は、あたしが弱いと教えてくれた。


「お姉さま、輝いているにゃ……。瞳はルビー、透き通るような、白い肌なのにゃ。お姉さまは、き、き……」

 ミケさんの言葉の続きは、聞きたくないわ。

 きっと、それは「嫌い」という言葉。


 でも、ミケさんには、謝罪とお礼を言いたい。

「ごめんなさい。そして、ありがとう」

「そ、そんな……」


 ミケさんは、固まってしまった。

 そうよね……。あたしは、正体を隠して騙してたんだから……。


「なに、笑ってるのよ!」

「だから、魔法は、ぐはっ」

 ローグの顔面にパンチを入れた。


 ローグは、壁に激突をし、うずくまっている。


 うわっ、手の甲に歯が付いてるじゃない。

 ばっちいわね。


「お嬢さま、少しは、自重を……」

「もう、良いのよ」

 セバス爺が起き上がるのに、手を貸す。


「し、しかし……」

「本当に、もう、良いの……」

 それよりも、セバス爺が大丈夫そうで良かった。


「そんな、あんなに沢山、お屋敷からお洋服を持って来られたのに……」

「べ、別に、アイツの為に、持って来たんじゃ、ないんだからね!」


 バッカじゃないの! バッカじゃないの!!

 だいだい、こっちに来る時は、前世の記憶なんて戻って無いんだから!


「さっきは、油断しま、ぐへっ!」

「誰の許可を得て、立ってるのよっ!」

 もうっ、バッカじゃないの!!


 でも、もっと、いろんな人と、お話がしたかったな……。


「カーミラさま、眩しい……」

 アレックスさんが、苦しそうにして顔を隠した。


 そういえば、魔力がダダ漏れ状態だ。


 そこの、スーツを着た変態エロ親父、ローグのせいね。


「魔法を使えなくするから、あたしが光って、みんなが迷惑しているわ! 何とかなさい!」

「なら、私の炎の魔法で、グッハッ!」

 もう、歯が一杯、手の甲に付いてる!


「お嬢さま、せめて腰に下げた、剣をお使い下さい」

「嫌よ」

「そんな、我が儘を仰っらないで」

「嫌よ、絶対に嫌!」

「どうしてで、ございますか?」

「だって、この剣、不良品なんですもの」


 こんな不良品、あの女神に会ったら、返品してやるんだから!


「ふにょ、ふにょふにょ」

 変態ローグが何を言っているのか聞き取れない。


 もう、いいわ!


 どうせ、正体もバレちゃったし、派手に行きましょう!


「あなた、ここでは魔法が使えないって言ってたわよね」

「ふにょ、ふにょ」


 もう、ちゃんと話しなさいよ!

 バッカじゃないの!


 あたしは、魔法を行使することに決めた。


 多分、この魔法を行使したら、あたしは、逃げるようにして、この場を去らないといけない。


 だって、みんなと、争いたくないもの……。


 ふと周りに目をやると、アレックスさん達が、腰を抜かして、地面に膝を付けていた。


 憎悪の視線を浴びるのも怖かったが、それも、悲しい。


 ダメね……。

 やっぱり、運命に逆らっても……。


 みんな、さようなら……。


 両腕を頭上にかざした。


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