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第16話 猫耳剣士⑥ 尊い祈り

 カーミラが連れ去られた後、アレックスの指揮の元、周囲を警戒しながら彼らは、一本道を進む。


 その先にある扉、その隙間から覗く光景は、悲惨だった。天井から吊るされた男たち。服は着ておらず、皆、裸だ。そして、肌には血が滲んでいた。


 気を付けて見れば、フラスコやビーカーが目に止まり、そこが実験室であることが理解出来たかもしれない。


 いや、不注意というには、彼らには酷というもの。


 それどころか、その部屋にうごめく倒すべき敵の数と位置を確認し、仲間を助ける為に、素早く的確な行動をした彼らの行動は、称賛に値した。


 それに、吊るされた男たちの姿を見て、そこを実験室などと言う者は、感情が死んでいるに違いない。


 その部屋で行われていたのは、人体実験であり、被験者が強制されているのであれば、それは拷問だ。


 ダンジョンの中間に、その拷問部屋はあった。


 その部屋で蠢いていたのは、腐った肉を身にまとう死霊、ゾンビと呼ばれる存在。


 人は、その異形の姿に、死を直感し、残酷に殺される自らを想像し恐怖する。


 そして、何よりも、ゾンビの惨たらしい姿は、人の心の奥底に、それを放置する神の慈悲に疑念を抱かせ、言語化出来ない結論を、恐怖という感情で、人の心に焼き付ける。


「神は、なにも救わない」


 それが、その感情を言語化するとしたら、一番近い言葉だ。


「アレックス副団長、これでは、きりがありません!」

 団員の息は荒い。甲冑には肉片がこびり付き、剣先が定まらず、ふらついている。


 アレックスは、両腕で剣を水平に払い、ゾンビの首を見事にはねる。


「ちっ」

 この部屋に飛び込み、ゾンビと戦い始めてから、彼の舌打ちは、何度目だろう。


 首のないゾンビは、彷徨うようにして、また、彼の前に立ちはだかる。さっき腕を切り落としたゾンビは、どこからか腕を拾い、再生させていた。


「とにかく、皆を解放しろ!」

 アレックスは、立ちはだかるゾンビを足で蹴飛ばす。「ゾンビに、大した戦闘力はない」彼は実感していた。そして、「死なぬ者、相手では勝利は無い」とも思う。


「いや、そもそも死体だったな」

 新たなゾンビの足を狙って切り落とす。


「皆を助けたら、一旦、引きますか?」

 アレックスと背合わせになって、ゾンビと向かい合う騎士団員が、彼に問う。


「いや、隊を二つに割る、一方は、お前が率いろ」

「なら、負傷者の方を、お願いします」

 アレックスと、その団員は、同時に互いのゾンビを切り倒す。


「バカ! いつだって、麗しの乙女を救うのは、男前の役割だろ」

 アレックスは、ニッと笑う。


「ほら、なら、やっぱり俺だ」

 団員の方も、言葉てば譲る気はないと主張するも、顔は、満面の笑みを見せていた。


「ことが終われば、酒を奢ってやる」

 もう一度、アレックスと団員が背合わせになる。


「なら、副団長に譲りますよ。一番、高い酒を注文しますからね」


「じゃあ、ツマミは、カーミラ嬢との夜の話だな」

「やめて下さい、酒が不味くなる」

 彼らは、離れて戦いへと戻って行った。


 混戦は続く、ゾンビの数は多く、減る気配はなく増えていく……。


「しかし、あのセバスというのは、何者だ」

 アレックスが、感嘆の声を上げた。


「副団長、カーミラ嬢は諦めた方が良いですよ」

「手を出したら、あの執事にぶん殴られるに違いない」

 ガハハハ、と団員たちの笑い声。


 それは、冗談であり本気でもあった。

 騎士団の中で最も腕が立つ、副団長のアレックスですら、敵わないと、誰も口には出さないが、そう思っていた。


 アレックスですら、そう思っている。


 セバスは、素手でゾンビたちと戦っていた。その体術は、誰の目にも、達人に見える。


 実際、吊るされた人々を救い出した数も、セバスが一番多い。


「くそ! 流石にうんざりするな!」

 アレックスの苛立ちが最高潮に達した時。


 その光景に、彼と彼らは、神を実感した。


 奥の方へ通じる扉から、淡い光が漏れ出すと、直ぐに、ゾンビたちは、動きを止めた。


 そして、ゾンビは、呻き声を出し、身体を微塵も動かさない。


 まさに奇跡。

 団員たち、誰もが救われたと思う瞬間だった。


 ほっと一息をつく団員たち。

 そこに、老人の落ち着いた声が響く。


 優しくも力強い声。


「お嬢さまが、少し本気を出されたようです」

 セバスは、手をハンカチで拭いている。


「カーミラ嬢が?」

 アレックスには、理解不能だったが、格闘の達人であるセバスの意見に耳を傾けない訳にはいかない。


 それに、セバスは、カーミラの執事であり、一番彼女の身を心配しているはずの存在。


 なのに、セバスは落ち着いている。


「ゾンビたちは、もう襲って来ないでしょう。それどころか、気の毒なことに、お嬢さまのお怒りを恐れている」

 セバスは、服の埃をハンカチで払い、先へ進み始めた。


「ゾンビが、カーミラ嬢を恐れる? ゾンビが恐れるもの、それは……、カーミラ嬢が聖なる力を使った?」

 という考えが、アレックスの頭によぎる。


 セバスは、皆に微笑むと言う。

「ここの主人は、つくづく愚かだ。こんな、粗末で狭いダンジョンに、お嬢さまを招き入れるとは」


 セバスが、奥へ続く扉を開け、騎士団員たちが、後に続いた。


 アレックスが、奥の部屋に入ると、正に、カーミラが、神へ祈りを捧げていた。


 そのように、彼には見えた。


「おお、この淡い光は、カーミラ嬢の祈りの力……」

「ヒッ!」

 咄嗟に、孤児院のシスター、シキさんの声を真似た。だって、あたし、これしか、祈りの言葉は知らないもん!


「聞け! 団員たちよ! カーミラさまの、一心不乱の尊い祈りを無駄にするな! これで、勝てなくて何が騎士だ!」

 アレックスさんが、何事かを大声で叫び、騎士たちが迫力のある音量でときの声を上げた。


 士気は高い。一声で皆を引っ張るアレックスさんは、やっぱり油断ならない人物のようね。


 あたしの魔力を垂れ流し……、もとい、放出することで、あの変態さんの精神支配とやらは、防ぐことが出来る。


 でも、魔法の術式を構築することは、出来ないみたい……。


 ここは、皆んなに頑張ってもらうしか……、って!


「こら! ゾンビさんたち、早く地中に潜りなさい!」

 ぼーっと、突っ立っているゾンビさんが、騎士にぶつかったのが、指の隙間から見えた。

 思わず立ち上がり、大声で叫んでしまう。


「へ、へい、お嬢さま!」

 相変わらずの電波な声で返事をし、次々と、ゾンビさんたちは、地中へと避難していく。


「カーミラさまの一声で、汚れたゾンビたちが去っていく」

 ヤバいわ! アレックスさんに、見られた!


 組んだ手のひらで顔を隠す。あたしの姿がハッキリしないよう魔力の放出を強くした。

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