第15話 猫耳剣士⑤ 支配者
「アレックス殿、ここは抑えて下さい」
セバス爺の強い口調を背中で聞きながら、あたしは一気に前へ出る。
ミケちゃんが動き出す前に!
間に合って!!
「だめよ! ミケちゃん、落ち着いてっ!」
小さな肩に手が届いた。
もう、離さないわよ!
「にゃっ、ちゃんと役に立ってみせるにゃ!」
彼女は、あたしの腕を振り解こうとする。
確かに、彼女の身軽さは尋常ではない、多少の罠があっても大丈夫よね。
それにしても……、
「役に立つって……、あなた……」
この娘は、何を恐れ焦っているのかしら?
その間も続く、うめき声。それが、騎士団たちの、感情を逆撫でしている。
「セバス殿、この先を進めば直ぐです。なぜ、止めるのですか!」
アレックスさんの言う通り。だからこそ、このダンジョンは、とても、やらしい。
「アレックス殿の感情は正しい、だが、我を失ってはいけません」
「しかし、セバス殿、直ぐそこなのです」
アレックスさんも、少し冷静になれば、これは罠だと、気付くはず。でも、彼が、踏み止まるとは限らないわね。
多分、このうめき声の主は、行方不明の別動隊。だからこそ、彼は、危険を顧みない。親しい人との繋がりが激情を生み、彼に、行動を強く促す。
「アレックス殿、助けるという目的を果たすなら、冷静に事を運びなさい!」
「あなたのように、私は冷酷には……なれません……」
「冷酷? 確かに、その通りかもしれません。ここの主人は、趣味が悪い。アレックス殿は、助けたいという気持ちは正しい。私は、それよりも、仕置きがしたくてたまりません!」
うわっ、セバス爺たら、激おこモードじゃない。
「にゃーが先頭を行くにゃ! 皆の力になるにゃ!」
まあ、この娘たら、どうにも意固地なのね。
きっと、アイツのせいね。
アレン、なんの捻りもない名前の勇者が、いつも先陣を切るものだから、それが、力だと勘違いしてる。
あたしと、初めて対峙した時のアイツと、今のあなたは、全然違うわ。
アイツは、きっと大バカだから、もっと純粋だった。
背中に誰かがいるから強くなれる。
仲間が傷つくのを見たくないから先陣を切る。
ああ、なんてバカなのかしら、考えてたら、イライラしてきたわ!
でも、この娘も、知っていてほしい。
「あなたがいるから、皆んなは強くなれるのよ」
「どういう意味にゃ!」
もう、焦っちゃって、ほんと、可愛い娘ね。
空気が揺らぐ。異質な魔力の気配が、微かに漂う。ミケちゃんの直ぐ背後、そこの空間が避け、闇が覗く。
二本の腕が、闇から生えるようにして、伸びてきた。
咄嗟に、ミケちゃんの身体を引き寄せて、あたしと位置を入れ替える。
当然のように、あたしの身体は、得体の知れない腕に掴まれ、闇の中へと、引きずられた。
「そうね、あなたは、ここに居て、皆んなの力になりなさい」
「にゃ! そんな!」
ミケちゃんをトンと弾き飛ばす。
尻もちをついた彼女と、セバス爺への、「ごめなさい」の謝罪は、ちゃんと届いたかしら。
空間が閉じられ、皆がいる光景は、見えなくなった。
皆んな勘違いしてないといいな。
その辺りは、セバス爺に期待しましょう。
だって、皆と離れ、一人になるのは、あたしには好都合なのよ。
「ようこそ、身代わりになった、心優しいお嬢さん。珍しい獣人が欲しかったが、貴女の魔力も中々のものだ」
目の前の男は、スーツを着込み、黒いマントを羽織っていた。なんだろう、全然似合って無くて、カッコ悪い……。
「いつまで、触ってんのよ!」
「イタタタ、なんとも乱暴な、お嬢さんだ」
男と距離を取る。連れ込まれた場所の全貌が掴めた。
「なによ、ここ、物置じゃない」
あたしの思惑は、外れていた。てっきり、捻くれたダンジョンマスターがいる、最下層の部屋だと思っていたのに〜!
「失礼な! 物置では無いわ!」
「そんな、狭くて小汚い物ばかりあるから、てっきり……。可哀想に……、あなた、下っ端さんなのね。早く、ここの主人に会わせなさい。いろいろ、言いたいことがあるんだからっ!!」
あら? 主人を悪く言われて怒ったのかしら?
その忠誠心は感心ね。服の趣味は最悪だけど。
「さっきから失礼なことばかり言いおって。もう、許せん! 私は、ローグ! このダンジョンの支配者だ!」
「へぇーー、で、ここは、ガラクタをしまって置く、物置でよかったかしら」
「ちがーう! ここは、一流の調度品で飾られた。ダンジョン最下層、私の部屋だ! その、無礼な物言い、後悔するがいい!」
えっ! ここ、部屋なの……。
床なんか、何も貼ってなくて、地面がむき出しじゃない!
その地面から、何本もの腕が生えてきた。
腐った肉体を纏う者たち。嗅ぎ慣れた異臭。
「我が僕たちよ。その者を、捕らえよ!」
ゾンビさんたち、こんな所で復活してたのね。成仏できてなくて残念だわ。
襲ってくるゾンビさんを難なくかわす。
もともと、動きが鈍くて、戦闘には、てんで向いてない。だから、あたしに触れることすら出来ない。
「あなた、ゾンビさんたちを操ってるの?」
「その通りです! 今さら恐れても、貴女は許しませんよ。 私こそが支配者。闇の者たちを支配し、いずれ、地上に魔王として君臨するのです」
いや、ゾンビさんには、戦闘力は、無いんですって!
身体なんか腐ってるし、ほら、あたしが避けるだけで、ゾンビさんたちの身体は、ボロボロになってる。
もしかして、
「あなた、人間なの?」
ゾンビさんたちの、非力さを知らないなんて!
世間知らずにも程があるわよ!
「ふふふ、そうです! 邪神さまに、力を授かった私は、人間を超越し、誰よりも非道になれる! さあ、我が僕たちよ、その娘の服を剥ぎ取ってしまえ!」
「ちょっと、気をつけなさいよ! 唾がとんでるわ!」
うわっ、ばっちい!
もう、めんどくさいわ!
右手に魔力を集中させる。
大魔法は、ダンジョンが崩壊してしまうかもしれない。
だから、簡単な炎の魔法で
「直ぐに、消し炭にしてあげる! 後悔なさい!」
あたしの手のひらの先に、幾重にも展開される魔法陣。
「無駄ですよ!」
その一言で、あたしの魔法は、打ち消された。
相殺とか、障壁で防ぐとは違う。
あたしの魔法は、無効化されちゃった……。
「忘れましたか? このダンジョンの支配者は、主人である私なのですよ。この空間での魔法行使は、全て無効化させて頂きました」
あたしを見る、ローグと名乗った男の舐めるようなやらしい視線で、背筋に寒気が走る。
「もう一つ教えましょうか? 私が邪神さまより、授かった権能を」
「聞きたくないわ!」
もう一度、魔法を試すが、今度は、魔法陣すら展開できない。
「私が邪神さまより授かった権能、それは、精神支配です。何ものも、私に逆らうことはできない。貴女も、私の僕にしてあげましょう。そして、その身体で、私に奉仕をする栄誉を与えましょう」
「その奉仕って、エッチなこと?」
まあ、頷いちゃったわ! なに、この変態! エッチ! スケベ!
でも、魔法行使が出来ないってことは……。
「良いことを思い付きました。あなたには、自我を保ったまま奉仕をしていただきましょう。その方が、お互いに快楽が得られるというもの。いずれ、この世界の女は全て、身も心も、私のものだ!」
世界征服というより、それじや、ただの、ハーレムよ!
魔王というより、スケベ親父じゃない!!
「さあ、私に、跪きなさい。そして、その身体で奉仕をしなさい」
心の中に、やらしい声が直接に響く。
そして、私の魔法は、さっきから解けはじめている。
それは、人の姿を保つ魔法。そのせいで、力が大幅に制限されていた。
でも、ここなら大丈夫。
ダンジョンの最下層、ミケちゃんも騎士団たちも、到底到達することは出来ない場所。
「あなたの身体は、支配しました。しばらくお待ち下さい。ゾンビたちに、服を脱がせてから、その後に、たっぷりと語り合いましょう」
誰が、誰を支配すると、この下衆は、言ったのかしら?
「そんな目で、私を見ても無駄です。嫌がる女を、凌辱することほど、甘美なことは無い」
「あら、なら、貴方は、どんな酷い目にあっても後悔は無いわよね」
ゾンビたちを、片手で制する。
彼らは、もう動くことは出来ない。それに、可哀想に恐怖すら感じているだろう。
「誰が、誰を支配するのかを、もう、一度、言って頂戴」
「ば、馬鹿な……、なぜ、動ける。それに、その赤い瞳、口から覗く牙、死体のように、生気のない白い肌……。屈服しろ! 屈服しろ! 私に従え! 従え! 従ええ!!」
さあ、この変態、そして、女の敵をどう始末しようかしら?
変身を完全に解くため、身体に魔力を走らせる。肌が淡く光っているのを感じた。
ダンジョンの最下層で、本当に良かったわ。
「お嬢さま! セバス爺が助けに参りました!」
「カーミラ嬢、ご無事ですか!」
「お姉さま、助けに来たのにゃ!」
「ヒッ!」
突然にことにビックリして、変な声を出してしまう。それよりも、あたしの姿を見られたらバレちゃう!
「お姉さま! 無事でよかったにゃ!」
ミケちゃんが、腰に飛びついてきた!
ナイスよ! ミケちゃん、やるじゃないっ!
その反動を利用して、地面にうずくまる。
さらに、瞳と牙を隠すために、手のひらを組むようにして顔を隠した。
「ゾンビたちが動いていない……。カーミラさまの祈りの力……」
アレックスさんの小声が聞こえてくる。
あたしが咄嗟に出した「ヒッ!」という変な声を、シスターのシキさんが、祈りの時に唱えていた「ヒッ!」と勘違いしちゃったのね!
「カーミラ嬢を早く、お救いしろ!」
アレックスさん、それは、やめて!!
「あたしのことより、目の前の男を、倒して下さい! 障壁を展開します! 今は、それに集中させてっ!」
ちょっと乱暴な物言いだけど、こっちには来ないで!
「ミケちゃんも、戦って頂戴!」
いい加減、この娘にも離れてほしい。
「お姉さま、分かったのにゃ! にゃーが、変態ぽい男をやっつけるのにゃ!」
ありがとう、ミケちゃん。あと、あの男は、変態ぽいじゃなくて、正真正銘、生粋の変態なのよ!




