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第10話 神さまの仕事

 神さまは世界に無関心な訳ではない。それどころか、世界をつぶさに観察をしている。

 彼は、自らが定めたことわりに忠実だ。当然、このことわりから外れた不浄の地も気にかけていた。


 沼地の浄化、彷徨える魂の救済。


 しかし、神とはいえ、ことわりを外れたものに直接、手は下せない。


 だから、そばの丘から攻めることにした。神聖な力をそこへと注ぐ。


 その奇跡の副産物。

 それがパナセアという薬草だ。


 ただ、そんな神さまの、お節介を面白く思わないものも存在する……。


「カーミラさま、あそこに」

 さっきまで、「きゃーーっ、きゃーーっ」とゾンビたちとの触れ合いに興奮していたシスターのシズさんが、丘の上を指差す。


 そこには、光る野草。なんとも、自己顕示欲が強い薬草ね。


 丘には、意地悪をするものの気配もなく、あっさり抜けそう。なのに、悪い予感がする。それは、デジャブと呼ばれる既視感。


 時々、ゲームの世界に転生していることを失念してしまう。産まれてから十五年、この世界にいるんだもん。そんなことも、あるよね!


 たしかに、薬草採取のシナリオはあったなあ……。あれは確か、ヒロインの姫さまと猫耳がトレードマークのちんまい女剣士が活躍するシナリオだったはず。


 聖堂には、二人の姿が無かったから、きっと、別の場所で、進行しているのだろう。


 シナリオは誰でもクリアーできる簡単なものだから、詳細は忘れたちゃった。でも、確か……。


「カーミラさま、どうかされたんですか?」

「いえ、ちょっと考え事を……。そうそう、アンデットがうじゃうじゃいる沼地は、姫が待つ聖女の素質で難なく攻略」

「カーミラさまは、どこかの国の姫さまで、聖女さま?」

「それから、そう! 意地悪なのが薬草を抜く時」

 ヨイショと薬草を抜くと、聞き慣れた「きゃーーっ! きゃーーっ!」というシキさんの声。


「そうなのよ! これよっ! いきなりドラゴンが出て、それが結構な強敵で……」

 ドラゴンが、牙を剥き出しにして、あたしの話の腰を折る。


「ちょっと、黙ってなさい」

 失礼なドラゴンの鼻っ柱を叩く。地響きの音が結構大きい。


 シスターのシズさんが、地割れに落ちそうなのを救い、彼女をお姫さま抱っこをしながら、その場を離れる。


 あら、結構、ガチで大きいのね。


「お嬢さま、仕置きは、わたしがいたしましょう」

 セバス爺が変身を解こうとする。


「爺は、黙ってなさい」

 変身を解くのは、不味いかしら。


「カ、カーミラさま」

 沼地では、陽気にはしゃいでいたカーミラさん、頬を真っ赤にして、泣き出しそうになっていた。


 アイツの仲間の姫さまとポンコツ女剣士は、何をしてるのかしら?


 どうやら、あたしが当たりを引いてしまったらしい……。


 相手はドラゴン……。

 あたしたちアンデットとは、別の意味でことわりを外れた種族。


 強大な力のみを求め、世界の頂点であらんとする自己顕示欲の塊。そして、彼らは、神さえも否定し支配下にしようする身の程を弁えていない種族。


 世界のことわりを外れ、永遠の静寂を愛する吸血鬼とは、真逆の存在、犬猿の仲と言ってもいい。


 ドラゴンの瞳、爬虫類独特の感情ない瞳が、あたしを見つめている。

 その巨体の歩みで、丘は見る影もなく崩れ去った。


 人のような矮小な存在では、倒せないと思わせる威圧感は確かにある。


 ゲームでは、ここで女神が登場し、ポンコツ女剣士に奇跡を授けていた。


 そんな助けは、あたしにはないだろう。


 ドラゴンは、ゆっくりと顎門を動かし、喉をさらけ出す。その奥に見える炎の塊。


 ドラゴン最大の武器、灼熱の炎のブレスが、あたしたちに向けて吐き出された。


「お嬢さま!」

 前に出ようとするセバス爺を、片手で制する。


 炎は、あたしたち吸血鬼には、有効な攻撃。

 でも、相手が悪いわ。


 前方に障壁を展開する。幾重にも描かれる魔法陣。その結界内は、あたしの魔力に満たされ、淡く光り始めた。


「カーミラさま、お綺麗です」

 完璧な防御結界、シスターのシズさんも、短期間で魔法に対する理解が深まったみたい。

 顔を真っ赤にして、色っぽい目で、あたしを見つめる。ん? 色っぽいって、なんで?


 ドラゴンのブレスは、あたしたちには届かなかった。


 悔しいのか、天に向け、ドラゴンが雄叫びを上げる。


「覚悟なさい、消し炭にしてあげるわ」


 気がつけば、いつの間にか、ワイバーンが一杯、集まっていた。その内の一匹が、ドラゴンの耳元でギャーギャーと喚いている。


 それは、さっき掌底で弾いた一匹かもしれないし、昨日、街へ来る途中、蹴飛ばした一匹かもしれない。どちらにしても、道連れにしてあげる。


 女神から、奇跡を授かった女剣士は、メテオストライクという剣技で、ドラゴンを倒していた。


 なら、

「彼方を彷徨う星屑に命じる、我が解き放たん、そのことわりを外れ、その身を大地にさらせ! 天上級最上位魔法 メテオ!」

 大空を魔法陣が覆う。それが、太陽を覆い隠すと、地上に夜を呼び戻した。

 隕石は、魔法陣の中心から現出し、ドラゴンを目掛け、一直線に落ちる。


「お嬢さま、やり過ぎです」

 セバス爺、そんなことは、ないわよ。


 たかが、天上級。書物で読んだ伝説では、人間の大魔道士でさえ。命と引き換えに使ったっていう記述がある、少し難しいくらいの魔法なんだからね


「メテオストライクなんていう劣化版じゃなくて、本家本元のメテオよ! 感謝なさい!」


 ドラゴンと衝突した隕石は、辺りを粉微塵に吹き飛ばし、「やり過ぎなのよ〜〜」という聞いたこともない若い女性の声を巻き込みながら、爆炎で辺りを覆った。


 どうやら、あたしたち以外の誰かが、あの空にいたらしい……。


 どうしましょう……。


 辺りが落ちつき、視界が戻ってくる。

 丘だった場所には、光る野草の姿があった。


 流石は、エリクサー、違うパナセアだったわ! どんな万病にも効く薬になりそうだと期待させてくれる。


「あの〜」

「カーミラさま、凄いです!!」

 シスターのシキさんは、大喜びだ。


「あの〜」

 さあ、帰って一件落着ねっ!


「あの〜、これを渡すよう、神さまから……」

 ボロボロの服を纏った女が、さっきから、あたしに絡んでくる。真っ裸じゃないところが、あざとくてやらしい女……。


「シズさん、お知り合い」

 彼女は、ブンブンと首を横に振っている。

 セバス爺は?

 爺も首を横に振る。


 やっぱり、赤の他人の痴女ねっ!


「あの〜、恥ずかしいので、早くこれを〜」

「剣なんて、いらないわよっ!」


「もらってくれないと、帰れないんですう!」

「じゃ、しばらく、ここにいなさいよ!」


「あなたバカなの? こんな姿、恥ずかしいに決まってるじゃない!」

「バカっていう方が、バカなんですう! それに、あなたの裸なんて、聖堂に一杯飾ってあったわよ!」


「キー、あんなの、わたしは許可してないわ!」

 女神は、強引に剣を、あたしに預けてきた。


「あの、女神さまって……」

 シスターのリズさんは、半信半疑だ。

 あなたの信仰対象なんだから、責任とって頂戴!


「それでは、わたしは帰らせて頂きます。絶対、この仕返ししますから、覚えてらっしゃい!」

 アッカンベーをしながら女神は消えた。


 どうするのよっ! あたしは、剣なんて振り回さないわよっっ!


 はいどうぞと、セバス爺に剣は渡す。

 その名も知らぬ剣は、爺のシルクハットの中に収まった。


「カーミラさまこそが、真の聖女さまだったんですね」

「ち、違うわよ!」


 こうして、エリクサー、もといパナセアという薬草と、セバス爺の新しい手品の種を手に入れた、あたしたちは、町へと帰還した。

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