第1話 勇者を半殺しにして、ごめんなさい……
勇者を半殺しにして、ごめんなさい。
昨日のことを思い出すと、後悔ばかりしてしまう。寝覚めが悪い。もう、最悪といっていい。
やなことばかり思い出しちゃう。
ここ最近、前触れがあった。初めてなのに、知っているという感覚。デジャブという既視感。
ベッドの上は居心地が良い。ふかふかのマットと羽毛たっぷりの掛け布団が、あたしを暖かく包み込んでくれている。
「カーミラさま、お目覚めでしたか」
優しい老人の声。あたしの世話をしてくれているセバス爺が心配そうにしている。
「昨日は、ごめんなさい」
別荘に帰るなり、ベッドに飛び込んだのだ。セバス爺はさぞ心配したに違いない。
「町で何か、ありましたか? まさか、伝説の勇者に……」
「そんな、勇者の男の子になんか、ちょっかい……。いえ、道に迷って、町には行けなかったの、それがショックで……」
乱暴を仕掛けて来たのは、勇者の方だ。そう、正当防衛なのよ!
「はて、男の子? だから、私もご一緒すると」
セバス爺の話は長い。この調子では、お父さま、ドラキュラ伯爵の武勇伝へと至るかもしれない。
ゆっくりとベッドを降りる。
頭に違和感、きっと長い金髪に寝癖が付いているのだろう。めんどくさい……、でも、髪を切ると、大騒ぎになるに違いなかった。それも、おっくうで仕方がなかった。
それよりも、お父さまの名前、ドラキュラなんだから、我ながら笑うしかないわ。
化粧台の前に座る。
セバス爺が丁寧に、髪をとかしてくれた。
鏡に映る私の顔、低い鼻、大きな瞳、小さな唇。ぜんぜん大人ぽくない童顔だ。
吸血鬼といっても、大人の姿までは成長すると、お父さまは仰っていた。普通は、成長しない。でも真祖の力を受け継ぐ、あたしは違うということらしい。
「ホントに、真祖なのかな……」
「なんと、カーミラお嬢様、お嬢様さまこそ、由緒正しい……」
うっ、口に出してもうた。こくり、こくりとリズムを取って頷くことにした。
でも、白いなあ、あたし……。
前世の記憶が断片的に戻ってきた、今のあたしにはわかる、この白さ異常だ。
さらに真っ赤な瞳は、人間に恐怖を与えるに違いないとさえ、想像できてしまう。
魔族と人間は、ただ今、絶賛戦争中。そんな折、山中で、あたしに出会ったら……。
どう、思われるか、あたしには、想像できる。
でも、アイツは……、あたしのことを「化け物」と言った。許せないっ!
セバス爺は、長い話と、あたしの髪を綺麗にとかし終えると部屋を出て行った。
さて、記憶の整理をせねば。
断片的に思い出した前世の記憶。
これが、重要だ。
そう、あたしは、この世界を知っている。遊び尽くしたと言ってもいい。
ここは、よく知っているゲームの世界に酷似している。
その上、お父さまの名前が、ドラキュラ伯爵だ。
もっと早く気づけよ、と昨日のあたしを叱りたいぐらい。
このままでは、あたしは、勇者に間違いなく殺される。それに怒った、セバス爺も、お父さまも、同様に惨殺されちゃう。
あたしたち、ドラキュラ一族は、この魔族と人間の戦争には、反対の立場だ。もともと吸血鬼は、静かに暮らすことが好きなのだ。
血の枯渇による、禁断症状なんて、人間の作り話。ほんの、数滴でお腹なんて、一杯っ!
とにかく、戦争に意味を見出せないお父さまは、魔王さまの説得に失敗してしまった。
それで、伝説の勇者と内々に話を出来ないかと、あたしに白羽の矢がたったのだ。
「可愛いカーミラなら、勇者も乱暴はしないさ」
お父さまは、笑顔であたしに言った。
うそつき!
だって、あたし美人じゃないし……。でもでも、アイツは……!
いや、許そう。汝の罪を、あたしは許すと決めた。勇者なら、仕方がない……。
あたしも、多少は魔法が使える。
姿を変えるぐらいお茶の子さいさいで、出来ちゃう。
肌の血色を良くする。瞳の色は茶色に、長すぎるまつ毛は、少し短く。
カラコンと化粧でも、ことが済みそうだけど、魔法の方が楽チンだわ。
町娘が着てそうな服へと、着替えも完了。
鏡の前で、クルッと回ってみる。
よし、美人、美人……。
でも、やっぱ、童顔だわ、グスン……。
それに、魔法でも、おっぱいは大きくならないらしい……。
とにかく、人間の姿で、勇者と接触、そして、なんとか、穏便に、この戦争を終わらせて、見せるわ!