脅威 その3
アリシアは萌を観ていました。
いいえ、萌というユージの義妹ではなくて。
巫女の継承者を見ているのでした。
機動少女なアリシアの居た世界では、萌という娘の存在は知られていなかったのです。
宇宙の果てから来た、ニャン子星の赤毛族であるアリシアには知らされていなかった娘。
初めてユージに因って明かされた義妹と名乗る少女と出逢った折、戸惑いと疑念が湧いたのです。
一体、萌という少女はユージとどのような関係なのか。
義妹に収まっていられるのは、どうした理由であるのか・・・と。
ニャン子なもう一人の自分を通して、またユージに渡した監視装置に因って調べて行く内に次第に明らかになって来ました。
地図の鍵であるモエルの運命を珠子が引き継いだのは、アリシアの居た一つの未来。
ユージの母である珠子がモエルの意志を引き継ぎ、ドアクダーの陰謀を潰えたさせたのがアリシアの居た歴史。
アリシア自身はその場に居なかったので詳しい状況は、憶測にすぎません。
ですが未来で自分の保安官になったユージの話によれば、悲しい幕引きとなったのを知らされたのです。
ー 過去をやり直す方法が無いのか?
彼は銀河連邦時空局に掛け合いました。
歴史改変は重罪です。
ですが、あまりにも尊い犠牲が支払わされた歴史を修正できるのであれば、と。
時を司る女神と、審判の女神に因って特別な許可が下りたのです。
諸悪の根源であるドアクダーの殲滅になり得るからと、審判が下ったのです。
そこで左銀河連邦時空管理局に白羽の矢が立ちました。
ニャン子星で保安官となったノラ・ユージの許可を執り付け、彼自身がどうなろうとも歴史を修正する作戦を遂行するようにと。
管理局は一人の捜査官を任務に抜擢します。
受け持ち任務地から、ミシェル保安官事務所が担当する事になりました。
ブルドック星に事務所を構えるミシェルは、部下の内で最適任者を選びます。
ニャン子星出身で時空局に優等で入局したアリシア・コウを、ユージの許可を得て仮の部下としたのです。
レミュウス保安官補から事情を聞かされたアリシアは、尊敬するユージの頼みでもあった為に勇んで任務を引き受けたのでした。
<保安官ノラ・ユージの過去に起きた悲劇を回避させよ>
唯一無二の命令がアリシアに下ったのは、ミシェル保安官に因って立案された作戦が発動した時。
地球上に存在するドアクダーを殲滅させ得るかは、総て捜査官のアリシアに懸かっていたのです。
勇んで過去の地球でユージの元へと降り立ったまでは良かったのでしたが。
そこで出くわす事になったのが、萌という正体不明の存在だったのです。
どこかに居る筈の<巫女の継承者>を探そうにも、手がかりが掴めませんでした。
そこで、ニャン子なアリシアを使って探そうと考えたまでは良かったのですが。
萌にも継承者である異能が有る事に気が付いたのです。
それは機動少女の結界に入れたこと。
ユージならいざ知らず、萌という娘までもが結界の中で自分の存在が分るとは思いもよりませんでした。
萌という未知の存在は、<地図の巫女>に覚醒可能。
つまり珠子と同じという事に気が付いたのでした。
ユージが順調に勇者剣士の異能を引き継ごうとしている中、地図の巫女モエルも目覚める事になりました。
本来なら珠子が触媒となり、巫女を目覚めさせる筈なのに・・・です。
アリシアが表立って手を出さずに済んだのは、ユージの覚醒が早まったのもありましたが、
萌という娘がモエルと同化し始めたのが大きく作用していたのです。
ー このまま行けば、珠子を探さずとも引き継がせ得る。
そうなれば、ミシェル保安官から命じられていた珠子の救出を成し遂げられると踏んだのです。
過去の悲劇は萌が受け持つ・・・地図の巫女として破滅を迎えても、珠子ではない。
未来でユージが求めたのは、母である珠子を救う事のみ。
萌という娘を救えとは依頼にも無かった第二義だったですから。
無情ではあるようでしたが、萌という存在が巫女になれば全てが解決すると考えられたのです。
全てが巧くいく筈だった・・・のですが。
ニャン子なアリシアに因って知り得たのは、この世界のユージが強く想う人の存在。
嘗ては母である珠子へ向けられていた愛情が、彼女へと変換されていた事。
どうしてそうなってしまったのか?
なぜ珠子は現れず、萌が居たのか?
消えた母と居る筈のない義妹・・・
勇者剣士を慕う地図の巫女が、数万年の時を越えて目覚めようとしていたのは?
最初に目覚めを迎えたのは勇者剣士では無かった・・・
考古学者である野良勇人と珠子が出逢った時、二つの意志も出逢えたのです。
二人の血を引いた者同士が、数万年の時を越えて再び出逢った。
勇人にはユージニアスの、珠子にはモエルの遺伝された意志があったのです。
二人が愛し合い、子を授かった・・・その子がユージ。
父の血に含まれた勇者剣士の異能を開花させられたのは、珠子の子であるが故。
かくて、野良有次は勇者剣士として、愛する人を護り抜くべく異能を秘めたのです。
そして本来なら巫女として目覚める筈であった珠子は、ユージに愛を注ぐ筈でした。
ですが、子に対する愛と異性に対する愛は別のモノ。
まだ自分が地図の巫女を継承する運命とは知らなかった珠子は、夫である勇人を愛したのでした。
勇人を愛する珠子に異変が訪れたのは、今再び勇人とアメリアが挑んだメキシコの遺跡上のこと。
考古学者であった珠子と勇人が、何らかの古代文明の跡地であると睨んだ現地に於いて、異変が起きたのです。
独りで現地に足を踏み入れた珠子を、超古代から眠っていた意志が反応してしまいました。
ー 同じ血を引くのなら、もう一度出逢いたい・・・
宇宙船の無限動力は意志を汲んでしまったのです。
地上に居る珠子へ向けて、存在を変換する輝が放たれてしまいました。
肉体も記憶さえも・・・宇宙船の主が思い描く通りに。
モエルの姿として、復活した自分と成って彼が分ってくれるように・・・と。
その瞬間。
停まっていた時が動き始める結果になったのです。
地図の巫女の紋章が珠子についていたように、生み出されたモエルの生まれ変わりにもあったのです。
勇者剣士と出逢えば、それが証となって教えようとするかのように。
ー 萌は珠子だった娘・・・
<地図の巫女>の紋章が萌に現れたのは、アリシアの想像を裏付けていたのです。
ユージの傍に居続けようとする少女は、珠子と同じ痣を持った。
<地図の巫女>を珠子以外が受け継げられる筈が無いのに、萌が覚醒した。
出逢った序盤で機動ポットの装置に因り、萌という娘が継承者たる資格を有しているのが分かりました。
それがまさか珠子を遺伝子単位まで変換させた娘だったとは、想像すら出来ませんでしたが。
地球上で巫女を受け告げるのは珠子唯独りに間違いなかったのです。
アリシアの未来では、ユージの母珠子が地図の巫女として覚醒し、悲劇に見舞われたのです。
運命を引き継いだばっかりに、運命を途絶えさせる悲劇に襲われてしまう。
珠子に因って、秘宝は発動してしまう結果となり・・・消滅してしまうのです。
珠子自身も、地図の巫女だったモエルさえも。
保安官ミシェルから初め以来を受けた折に調べた事実は悲劇でしかなかったのです。
それが過去の地球に来てみれば変わってしまっていた。
アリシアが探すべきは<現地に居る筈のない保安官>ではなく、<地図の巫女の継承者珠子>だったのです。
ユージが勇者剣士の異能を継承するのは成り行き上分かっていました。
だとしたら、モエルは誰に託そうとするのか。
巫女の異能を感じ取れた萌が引き継ぐとは思ってはいましたが、まさか萌という娘が珠子の変換された姿だったなどとは思いもしなかったのです。
モエルが眠りに就いた今となっては、萌という娘だけが真実を知る者の筈でありました。
珠子の記憶が無くなっていようと、萌の躰には継承された事実が浮き出ているのだから。
でも・・・珠子の記憶は全て消されてしまったのでしょうか?
モエルは自分の想いを遂げる為に、継承者である珠子の存在さえも消し去ったというのでしょうか?
珠子の息子であるユージに逢いたい為だけに、その母を消すような非情な人だったのでしょうか?
その答えは・・・萌が握っているのです。
アリシアの前に萌が居ました。
継承した時から、見違えて大人びて来た萌が。
普段なら前と同じように冗談を言う娘でしたが、アリシアと二人だけの今は。
「ねぇ萌。本当にあなたは野良有次の義妹である萌なの?」
もう一度問い質してみたのです。
「話してみない?
必ず秘密は守るって約束するわ」
促すように訊くアリシアが、萌のうなじに浮き上がった紋章を観るのです。
「地図の巫女を継承出来るのは、彼女と彼の血を受け継いだ娘にしか出来ないのよね?」
機動少女として知り得た<珠子>の情報を萌に晒し、真実を知っているのなら話して欲しいと促すのです。
もしも此処に居るのがユージの母であるならと。
「ユージ・・・ユージはきっと約束を守ろうとするわよね?」
まだ遠い目をした萌が訊き返して来ます。
「そう・・・だと思うわ」
何を語る?何を伝えようとしているのか?
次に問われるのは何かと、身構えるのです。
フッ
うなじに描かれた紋章がはっきりと浮き上がりました。
と、同時に。
「<私>を?それとも義妹であるアタシを?」
そう質して来たのです。
聴いたアリシアは確信しました。
珠子は消えてなどいないと。
「ミシェル保安官も仰られました。
2人共救えば良いのだと・・・お告げに来られたのですよ」
アリシアはユージの母と話していたのです。
「あなたも、萌と名付けられた子も。そして<地図の巫女>モエルも、です」
萌の中で目覚めた継承者の異能。
そこにはモエルの願いと運命を託した魂とが秘められていたようです。
「地図の巫女は珠子さんに何を託されたのですか?」
遠くを見たままの萌へ訊くアリシアが、
「宇宙船で眠っている筈のモエルさんは、珠子と何を話したというのです?」
真実を追求するのでした。
知らなければならないと思うから。
悲劇を回避する為にも、知っておかなければならないと思うから。
そうであったのに、萌の口から聞かされたのは。
「知らない方が私達の為だと思いなさい」
拒絶の一言だったのです。
「未来で何が起きようと、この躰でお終いにするのが目的。
それが喩え宇宙を滅ぼす結果に成ろうとも・・・」
「それは愛しい人をも巻き添えにする・・・のではないですか?」
珠子の言霊に対し、アリシアは即答しました。
滅びは悲しむべき未来を産むのだと。
ですが、萌に潜む珠子が答えたのは。
「悪しき者達の手に渡るくらいなら。
秘宝は<私>によって発動させる。
それが彼女と私の共通した結論なのよ」
星を消滅させるだけに留まらない脅威の秘宝。
全宇宙の半分をも消滅させれる程の威力を秘めた、神ならぬ者が手にした終焉の秘宝。
それを発動させて良い筈はない。
「そうまでして・・・終わらせたいの?」
悲劇は繰り返される・・・過去よりも醜悪に染まって。
アリシアはこの時、人の業という罪悪を知ったのです。
想いは未来をも変え得るのだと・・・思い知らされたのでした。
「珠子さん、あなたは本当の萌にならなければならない」
自分の知った、か弱き萌と名乗る少女へ。
「ユージを想うのなら、モエルさんや珠子さんよりも萌で居続けるべきです!」
アリシアが願うのは唯一つ。
珠子救出の為に来訪したのを放棄してでも。
「私は萌という子を見捨てたりしません!
ユージだってきっと。きっとそう願う筈ですから。
愛する者を護るのが勇者剣士であるユージの約束なのですから!」
萌を救うのは自分じゃない。
3人を救えるのは、未来で保安官になるノラ・ユージなのだと告げるのです。
「もしも萌を救えないのなら、彼だって死を選ぶ事になるのですよ?!」
そんな悲劇は堪えれない・・・アリシアも。
「だから!あなたは萌であるべきなのです。
萌だからこそ、邪悪な者達にも打ち勝てる。
ユージに愛されている萌だからこそ、生きなければならないのですよ!」
アリシアは萌の姿を執る珠子とモエルの意志に叫びました。
叛意を促す為と、自分もユージを少なからず愛してしまっていたから。
「彼は必ず約束を果たしてくれる・・・きっとです!」
その約束は、いつ終わるのか・・・
アリシアにだって分からなかった。
未来から来たのに、明日をも知れないから。
必死の叫びは、萌を変えられるのでしょうか?
そして、最悪の瞬間は回避出来るのでしょうか?
動き始めた未来への道は、明るく光あるものなのでしょうか・・・
空港から出て来た者が、タブレット端末に示された地点を確認して嗤いました。
「ここか・・・案外近いな」
画面に表示されているのは首都近郊の乗山市。
「ここに開封出来る者が居るんだな」
手に下げたバックの中で、何かの音がしています。
まるでタイマーの音みたいな・・・金属音が。
「いざとなれば。街ごと吹き飛ばしてでも・・・」
意味深に語る者は、帽子を脱ぎ去ります。
ファサ・・・
帽子から出て来たのは金髪。
長い金髪が靡き、白いスーツ姿の男装の麗人が嗤っていました。
ややこしい話で申し訳ございません。
どうやらユージの母親である珠子の所在が知れたようです。
行方不明になって数年も所在不明だった彼女。
それがどうやら萌の正体だったようなのです。
(いくら探しても持つからない筈ですな)
モエルを継承する筈だった珠子。
アリシアの居た世界ではモエルと共に死んでしまったようなのですが・・・
今度の世界では生き残らねばならないと・・・
それこそが保安官になった未来のユージが願った歴史改変。
珠子を救うことは、萌をも救う・・・
もはや、何を躊躇う事がありましょう。
萌を守るのは珠子を守ると同じなのでしたから。
しかし・・・闇は忍び寄って来ているのです。
次回 悪夢 再び その1
近付くのは闇だけではありません。夏なればこそ!が、やって来ます!!




