嵐の夜 その2
始まる戦闘。
だが、相手の姿はまだ見えない・・・
旋風の嵐が見据えているのは?
嵐の前触れか。
結界の中は静寂に包まれていたんだ。
「どこに隠れている?!なぜ襲って来ないんだ」
今迄のドアクダーなら、いの一番に攻撃して来た筈だ。
それがなぜ、なにも仕掛けて来ないんだ?
辺りを伺いながら、萌や京香先輩にも注意を払う。
「萌、京香先輩と離れるなよ」
「うん、分かってる」
背後に居る萌の声が答えて来る。
今迄だったら恐怖に負けそうになっていたのに、今度は慣れでもしたのかな?
いいや、違うようだ。
京香先輩が萌を掴んでくれているからだ。
合気道の師範代を務める京香先輩が、心細い萌を叱咤激励してくれているようだ。
「感謝しますよ先輩」
振り返った俺が二人へ頷き返す。
萌を独りにしないでくれている京香先輩に頭が上がらない。
初めて遭遇する異次元の闘いにも臆することの無い京香先輩に・・・だ。
「私の事は気にしなくてもいい。妹ちゃんは私が護る」
「頼りにしてますよ京香先輩」
本気で護れるとは思わないけど、憧れの先輩はやっぱり偉大だよ。
二人に気を配りつつ、戦闘を始めようとしている魔法士へと向き直る。
「どこに潜んでやがるんだ?どこから攻撃しようとしてやがる?」
周り中からの威圧感が半端じゃない。
今迄出遭ったドアクダーには感じられなかったのに。
「もしかすると、もう既に攻撃が始まっているのかもしれない」
敵の存在を感知出来ない程、苛つく場面はないな。
敵がどんな奴でどんな方法で攻撃して来るのが分らない以上、こちらから仕掛けるなんて出来ない相談だ。
でも、炙り出すのは出来るかも知れない。
いいや、炙り出すってのは喩えが悪いな。
凍り付かせるってのが正解だろう。
「セッカ!前方にある岩山を凍り付かせてくれ!」
こちらの手の内を晒す事にもなるんだが、こうでもしないと埒が明かないからな。
「承った!」
氷の呪文を唱えるセッカ。
薙刀を持っていない方の手を挿し伸ばすと。
「凍てつく波動!」
氷の塊を出現させて岩目掛けて繰り出したんだ。
ドゴッ!ドガガガガっ!
数本の氷の塊で岩山が瞬時に氷の山へと変えられた。
と?!
ビキビキビキ!
氷の山が割れだす。
「やっぱり!隠れていやがったな」
俺は結界の主が現れたかと思ったんだ。
だけど思い過ごしだったのか、氷の山が崩れただけだったんだ。
「違ったのか・・・」
何も現れないから、勘違いかと思った。
けど、魔法士セッカは正体を見破った。
「くっ?!何とした事だ!
この結界自体が敵の正体だとでも言うのか?!」
耳を疑っちまった。
セッカが敵だというのが、このだだっ広い結界自体だと言ったのを。
「なんだって?
この結界が敵の正体だって?」
もしそれが本当なら、俺達は敵手に堕ちた事になる。
「そうだ主。
実世界では影だったのだからな、この敵は」
元々姿を持たなかったって事か?
だったら、どうやって倒せば良いんだ?
「こ奴を倒すには、ここを破壊し尽くすか。
若しくは結界を切り裂かねばならないようだ」
ちょっと待てよセッカ。
こんなだだっ広い空間をどうやって破壊するんだよ?
「セッカ一人の異能では難しいんじゃないのか?」
「如何にも・・・手強い相手だという事だ」
何と言うか・・・お手上げ状態なのでは?
しかし、脱出するしか方法が無いな、確かに。
「一か八か・・・手当たり次第に攻撃してみてくれ」
飲み込んだ敵が音をあげるのを待つより術が無い。
セッカは俺の命じた通りに術をぶっぱなし始めた。
辺り構わず氷をばら撒きにかかったんだ・・・
ズド! ガキン! バコオオオォン!
次々と氷を振り撒き続け、氷山を造り続けるんだが。
ガキン!バキバキバキ!!
その都度氷が砕けて元に戻るんだ。
まさに鼬ごっこって奴だなこりゃ・・・
「ゆー君、その人の異能を貸して貰いたいの」
今迄様子を伺うにとどめていたランさんが頼んで来た。
「私の異能と併せて・・・敵を叩きたいの」
そう言って来たランさんが、右手に力を込めると。
ヒュン!
一羽の扇が現れ出た。
「私の風で氷を叩きつけてみるから・・・」
セッカに振り返ると目で合図を送って来たんだ。
「特大サイズの氷を出現させて・・・」
風で氷を叩きつける?
それでどれほどの効果があるんだろう?
「よかろう、承った」
セッカには分かるのだろうか?
にべもなく引き受けたんだけど。
セッカが頭上に薙刀を突き上げて氷の山を造り出した。
直径が3メートルを超えた氷の塊を用意すると。
「そなたに託すぞ!」
妖狐の白拍子に後事を任せる。
「ありがとうセッカさん」
頭上に揺蕩う氷の塊に、扇を宛がうランさん。
「古式の舞・・・いざ!」
狐の尻尾を振りかざし、扇を中前に構えて。
「アラゴトガミ、コシキガミ、ヨロズガミ、ホロビガミ・・・」
舞い始めるランさんの頭上で、氷の塊が一緒に廻り始めた。
「イナリガミ、イカリガミ、滅せん者は怨敵なり!」
ギュルルルル!
舞い終えるランさんの頭上では氷の塊が高回転で回っている。
その先端部分は鋭利な刃物のように研ぎあげられていたんだ。
「舞い堕ち神、滅消神、以って放つは・・・旋風牙!」
舞い終えたランさんの扇が繰り出される。
振り払われた扇に併せて、強烈な一陣の竜巻が氷の刃を撃ち出したんだ。
ドギュルルルゥ!
ドリルの放射のように。
鋭利な穂先を敵へと向けて。
突き当たるのは地面じゃ無かった。
旋風に押し出された氷の刃が突き立ったのは・・・
ビキッ!
空と思しき結界の天井部分。
バキバキ!
結界に罅が穿かれ・・・
バガァアアァ~ン!
氷と旋風に因り結界の天井部分に罅が入った。
確かにダメージを与えられたとは思う。
だけど・・・不十分だ。
グググッ
ひび割れた箇所が修復されていく。
「もう一度・・・」
セッカが同じ攻撃を仕掛けようと勧めたんだが。
ドコッ!
今の今迄攻撃して来なかった結界の主が、遂に手を下して来た。
数本の礫が跳んで来て、避けるランさんを打ち据えたんだ。
「う・・・」
倒れた妖狐のランさんは、袴の裾を破られてしまったんだ。
式神でもある衣装を破られてしまうのは、少なからずダメージを負った証。
肉体にダメージが無くても、異能を削られてしまったんだ。
「これではもう、同じ術を放てるかも分からない」
残念がる妖狐なランさん。
「どうしよう京香。
どうしようユー君。
これじゃぁ大切な人さえも護り抜けないよ・・・」
悔しそうに呟くランさんが俺を観た。
いいや、彼女は別の奴に頼ったんだ。
そう・・・あいつに・・・だ。
「どうしようユー君。
あの日の約束を守れなくなっちゃうよ・・・勇者剣士様」
ランさんは俺の中に居る奴を呼んだんだ。
嘗て勇者剣士と呼ばれていた男の名を・・・
強力な結界が阻んでいます。
このままでは・・・・
だけども、彼の名を呼んだのです。
勇者剣士・・・彼の名を。
それに応えるのは・・・もう一人の?
次回 嵐の夜 その3
意識が消える時、もう一人のユージが目を覚ます。
勇者を名乗る強気者が悪へ審判を下すのです!




