氷結の雪華 その1
もう一人の編入生?!
その娘は黒髪で碧い目をしているんだ。
日本人形みたいな端正な顔なんだ・・・
黒髪よりも瞳の色に吸い寄せられちまった。
蒼く・・・マリンブルーよりも青い瞳の色が、黒髪との違和感を醸し出していたんだ。
彼女は日本人じゃないのだろうか?
黒板に書き出されている名を観て、そして教員室で聞いた事を思い出して。
「そうか、ハーフの子なのか?」
ふと、義理妹を思い出す。
髪を染める前の萌は茶髪だったし、翠の瞳をしているんだ。
盛野の親爺さんと、アメリアさんとの間に産まれた娘なのだから。
教壇に立つ少女は、俺達が立ち竦んでいるのを見詰めてる。
いや、俺達と言うよりはアリシアを睨んでいるような気がした。
冷めた蒼き瞳で、アリシアの顔を見詰めているんだ。
「おい野良。
お前の知り合いなのだそうだけど、本当なのかよ?」
悪友の一人である大川大作が細い目を俺に向けて訊いて来やがった。
考えのない野郎だぜ全く。
アメリア義理母が留学生の面倒を見ているからと言って、知り合いだとは限らないじゃないか。
「雪華さんがそう言ったわよ」
クラス委員の大牧加奈子が、駄目を押しやがった。
眼鏡の縁を持ち上げて、俺の後ろに居るアリシアを見据えるんだ。
大体、今日はアリシアを仮編入させるだけの予定だったんだぜ?
二人もクラスに編入させられるなんておかしいだろ?
さっき畑本女史から聞かされたんだが、俺のクラスを指名して来やがったらしい。
タブン、アリシアが編入して来るなんて考えてもいなかっただろうから、嫌な気分にでもなったんだろう。
同時に二人もクラスに編入されるなんて聞いた事がない話だから。
俺が雪華さんに、なんと挨拶しようかと戸惑っていたら。
突然彼女がチョークを握ると、黒板に何やら書き始めたんだ。
<<セッカとお呼び>>
一言も発せず書き終えると、再び俺に・・・いや、アリシアを睨んできた。
東雲高校の制服を着た雪華と名乗る少女。
ストレートな黒髪が映える・・・蒼き瞳の少女。
だけど、俺はどことなく違和感を覚えていたんだ。
このセッカという娘の瞳に隠されている翳に、肌寒さを感じていたんだ。
「赤毛の子も編入するんでしょ?自己紹介してよ」
クラス委員の加奈子が仕切って来やがった。
その声に我を取り戻して振り返ったら、ニャン子が俯いているのが分ったんだ。
ここは俺が執り図らないといけないよな。
「ああ、そうだったな。
この子は俺の家にホームステイしているアリシア・紅って留学生なんだ」
決めてあった立ち位置を披露する。
まさか真面に<俺の下僕な異星人だ>なんて言える筈がないだろ?
そう言ってから俺がアリシアを引っ張り出す。
「ほら、みんなに自己紹介する!」
これも事前に打ち合わせてあったんだ。
日本式の自己紹介なんてアリシアに出来る筈がないと思ったから。
みんなに良く見えるように教壇に昇らせて、合図を送ったんだ・・・けど。
横に立つ雪華さんを横目で見ていたアリシアが、何を思ったのかチョークを取ると。
キュ・・・キュキュ~~~
いきなり雪華さんが書いた名の横に自分の名を書いたんだ。
しかもどでかく・・・<ありしあ>って・・・平仮名で。
「アタシはアルジのユージニョお世話にニャっているアリシアニャ!」
振り返ってみんなを観たと思えば、ニャ語訛りをぶちまけやがった。
「この街に来てまだ4日目だニャ。異文化交流ニャが宜しくニャ」
傍で睨んでいる雪華さんを、完全に無視してニャン子が挨拶したんだ。
独特のニャ語に、みんなは唖然と聴いていたんだけど。
「ほわぁ?!猫娘みたいだよな」
「それに・・・そのコスプレが板につき過ぎてる!」
それを言うなって。本物なんだから・・・ケモ耳は。
明るく挨拶できたアリシアに、皆が揃って迎え入れてくれた気がする。
赤毛でケモ耳や尻尾を生やした留学生に、どうやら違和感を覚えなかったようだ。
・・・普通覚えると思うのですがね。
「「明るく元気に挨拶すれば、誰だって印象が良くなるから・・・」」
萌がそう言ってアドバイスしてくれたのを覚えていたのだろうか。
「アリシア・・・さん?なんだか猫みたいな喋り方をするわね」
加奈子が厭味ったらしい言葉を投げて来やがると。
「ああ、アリシアは独特な日本語を覚えてしまったらしいんだ」
仲を取り持とうと考えて俺が答えたんだが。
「ニャ?!アルジのユージは普通に聞いてくれていたニャぞ?
どこがおかしいと言うニャか?ニャ語は全宇宙公式語ニャぞ!」
・・・そうだったのかよアリシア?初めて聞いた気がするんだがな。
まぁ、俺はアリシアの言葉を普通に聞いていたのは間違いないけど。
反論するアリシアに、加奈子が思いっきり引きやがった。
「全宇宙って・・・変な子ねぇ、アリシアさんって」
変な子は間違いだ。損な子って言うのが妥当だぞ。
「ヘンナ子?ニャんだか小馬鹿にされた気がするニャ」
変なの意味が通じていないようだぜ加奈子女史よ。
委員長が言いたかったのは、全宇宙と言ったアリシアの言葉に対してなのは分かったけどね。
明るいアリシアの言動に、クラスの皆はクスクスと笑い合っている。
どうやら溶け込めるのも時間が掛からなそうだ。
と。
唯の一人を除いては・・・だな。
雪華さんは機嫌を損ねてしまったらしい。
後から来て自分よりも受けているアリシアを睨んでいるんだ、ずっと。
そこで気が付いたんだ俺は。
雪華さんが一言も発して来ないのに。
睨むだけで何も言わないなんて・・・日本語が話せないのだろうか。
でも、黒板に書いたよな。
セッカとお呼びって・・・
「あの、雪華さん、どうしてアリシアを睨んでいるんだい?」
気になったから訊いてみた。
もしかしたら日本語で交せないのかと思って。
「・・・睨んじゃいない。こんな目なのだ」
はいぃ?!
「私の眼が気になるというのか、男子」
男子ときたもんだ。
「私はお前を知らない。先ずは名乗るのが先であろう」
そうでした、自己紹介していなかったな。
「そうだったよな、雪華さん。
俺の名は野良有次。
そこの赤毛のアリシアの保護者を任されているんだ」
敢えて主なんて言わずに、保護者を名乗っておいといたんだ。
ホームスティしている事にしたアリシアの身柄を保証する者と云う意味で。
「ふむ・・・ノラのユージか。
そなたをこう呼ぶとしよう、ブルーブラッドユージと」
ブルー?なんだよその御大層な呼び名は?
雪華さんが俺に与えた呼び名を聴いていたアリシアが途端に俺の手を取ると。
「アルジ!ちょっとこっちに来るニャ!」
教室から引っ張り出しやがったんだ。
「おいアリシア!なんだよイキナリ?」
引っ張り出された俺がアリシアを覗き込んだら。
「あの子は異星人ニャ!先ず間違いなくニャン子星の身分階級を知ってるニャ」
「はぁ?!どうしてそう言い切れる・・・」
アリシアの真剣な顔を見せられて、思い出したのは。
「そういえば、ノラはニャン子星では位の高い者のシリアルナンバーだとか言ってたな」
俺の名字が、偶々ニャン子星のシリアルナンバーに重なっていたと聞いてたんだ。
「そうニャ!あの娘は堂々と言って除けたニャぞ。
アルジのユージを貴族だなんて言っていたニョだぞ!」
貴族?!・・・ブルーブラッドか?
「これは大変なことにニャった。
セッカという娘はきっと化けている異星人だと思うニャ」
確かに大変だな。
「もしもドアクダーの要員なら、忽ちにして戦闘になるニャ。
今アタシは機動ポッドを持っていないニャから・・・太刀打ち出来ないニャぞ」
それは問題過ぎるな!
「ここは一旦退却するのが妥当ニャ!」
待て・・・それは却って問題を拡大しやしないか?
「待てよアリシア。
学校には萌も来ているんだぜ?萌も帰らせる気なのか?」
「それが一番安全ニャ」
万全を期すのなら、そうすべきだろうけど。
「待てよアリシア。
今日は襲っては来ないんじゃないのか。
こっちから雪華さんを異星人だなんて言わずにおいたら、
出方を探って来るだけに終わらせないだろうか?」
「そ、そうかもニャ。
確かにアルジのユージの言う通りかもニャ」
だったら・・・雪華さんの行動を見守っていたら善いんじゃね?
「今日は雪華さんが本当に異星人でドアクダーに関係する者なのかを探ろう。
もしも手を出して来るようなら、秘密道具で対処するしかない」
「そうニャ~?危なくないかニャぁ?」
そこは<ハイ了解>でしょ?アリシアさん。
「大丈夫だって。もしも戦闘になったら」
「なったら・・・ニャ?」
自信たっぷりに言い放つ俺に、アリシアが心配そうに訊き返して来た。
「アルジの俺が・・・ニャン子を犠牲にするさ」
「うんうん・・・ウニャッ?!ニャンと!」
半ばまで納得して聴いていたニャン子が泡を喰う。
「冗談だってアリシア。絶対危なくなんてならないよ」
ジト目で観て来るニャン子な機動少女に、俺は笑ってみせたんだ。
だってさぁ、いくら異星人だからって、全ての者がドアクダーなんて限らないだろ。
そう考えてしまっていたのは、俺がこの世界から半歩抜け出していた証だったのかもしれない。
アリシアに出逢ってから、異星人世界に馴染み出していたのかもしれない。
許してくれよな、ニャン子な異星人に感化されちゃったんだから。
そこで俺とアリシアはクラスに戻る事にした。
戻って昼休み迄何事も起きないように祈ったんだ。
昼になったら萌に逢える筈だったから。
屋上で今後の作戦会議を開く予定にしたんだから。
俺の席の横にアリシアが座った。
そして件の雪華さんというと・・・窓際の一番後ろを指定して来たんだ。
そこは見張るのに絶好の場所だった。
俺達を監視するにはね・・・
妖しい。
実に妖しい。
でも、思い過ごしかもしれない。
だから、お弁当を食べようとしたんだけど?
遂にその時が来たか!
次回 氷結の雪華 その2
新キャラの属性は、名前の通りだった?!




