陽気なピクニック
その後(o^^o)
スーパーゾンビ襲来の後始末は本当に大変なものとなった。彼らの生活空間がゾンビ達に荒らされ汚染されてしまったので、免疫のない子供達のために蒼汰は死ぬほど奮闘したのである。しかしここでは割愛する。重要なことは2つだけ。子供たちは感染することもなく、彩奈は徐々に回復していったのだ。
滅びきった大都会の中ではあるものの、彼らにとっての平穏な日常を取り戻すことができた。
そして襲撃事件から1週間が経ち8月も後半に入る。この頃になると彩奈の怪我もすっかり治っており、蒼汰と2人で食料品調達に出かけることも可能となっていたのだ。
「蒼汰さん。はい、お醤油」
「ねえねえ。俺、本当に死んでたの?嘘でしょ」
魚の形のたれびんを蒼汰に渡すと、彩奈は目玉焼きを頬張った。(これは野鳥の卵。鳥獣保護法も今は関係ないのだ)
「ムグムグ。本当だって。ちゃんと瞳孔も確認したもん。あの日の3時に様子を見に行ったら蒼汰さんは呼吸をしてなかった。それに脈もなかったし、体も冷たくなってたの」
「くっ。確かに死んでるなそれは……」
なんとも言えない気持ちのまま、蒼汰は彼女の作ったツナマヨのサンドイッチを齧る。
2人は今、スカイツリーの天望回廊に訪れている。そこでレジャーシートを敷き、持参した弁当を食べていた。フロアには僅かながらゾンビの腐乱臭が残っていたものの、今日は天気がよくて実に眺めがいい。しかし彼らはここでピクニックをしているわけではなかった。
以前、蒼汰がこの場所で発見した「人の生活している形跡」を改めて確かめに来たのである。でもそんな目的など忘れそうだった。
「それで俺は河川敷に埋葬されちゃったのか。息できなかったし……地獄に来たと思ったぞ」
「まさか生き返るなんて思わないから……。せめて眺めの良い場所に埋めてあげようと思っただけなの……ごめんなさいね」
復活して早々に窒息しかけた蒼汰であったが、彩奈を責める気にはならない。
「いや、ありがとう。火葬されてなくてマジで良かった」
ちなみに澪はちゃんと火葬してあげるべきだと主張していたという。それが実行されていれば蒼汰はこの世にいなかったであろう。
でも己の死に関して疑問が残っている。同じく感染したはずの彩奈は、そのまま回復したはずではなかったのか。この些細な、そして大きな違いは一体なんなのだろうか。しかし蒼汰は気づく。誰もそれを確認していないことに。
「ちょっと待った。彩奈は感染した時ずっと1人でいたんだよな」
「うん。ホテルの屋上に隠れてたよ」
蒼汰には死んでいた期間の記憶など何も残っていない。仮に彩奈も同じであったとするならば辻褄は合う。
──ってことは……もし彩奈が死んじゃってても誰にも気づかれない……。
もちろん彩奈本人ですら意識を失っていた時間を自覚できないはずだ。
「なに?どういうこと蒼汰さん」
「あ、いや。な……なんでもない」
蒼汰は一つの仮説を立てた。
──彩奈も感染して「死」を迎えていたかもしれない。しかし俺と同じく復活してしまった……。だけど1人でいた彼女は自分の死に気づかなかったのだ。俺のように!
考え込む蒼汰を首を傾げて不思議そうに見つめている。
「サンドイッチの味。変?」
「違う違う!これは凄く美味しい。店で売ってたら行列を並んででも買うね俺は」
「あはは!ほんと蒼汰さんって大袈裟なんだから」
小さな子供のように、彩奈は無邪気に笑った。
結局、2人は以前に彩奈が言ったように『ゾンビのなりぞこない』という言葉がぴったりくる存在なのかもしれない。感染後にゾンビに生まれ変わるのではなくて、別の何者かに生まれ変わってしまったような……。それが何なのか、蒼汰にはまだ分からない。
しかしこれ以上深く考えるのはやめた。とりあえず彩奈のサンドイッチが美味いなら彼は幸せなのである。そして絶景の中、紙コップでオレンジジュース飲むのも格別……。
彩奈は不意に、弁当箱の上に置いていた双眼鏡を掴んで立ち上がった。
「あそこ!あそこじゃない?」
西の方角に双眼鏡を向けると、彼女は興奮して叫んだ。
「やっぱり煙が出てる……。蒼汰さんの言った通り、東京にも生きてる人たちが大勢いるんだわ!すごい」
弾けるような笑顔を見せる彩奈だったが、それだけ孤独に耐えてきた裏返しなのであった。
「だろ?だから言ったじゃん!全滅なんてしてないんだよ」
つられるように笑顔になった蒼汰も立ち上がり、彩奈と両手でパチンとハイタッチ。急いでリュックサックから地図を取り出した彩奈は、それをレジャーシートの上に広げ、煙の上がっているであろう場所を確かめる。
「府中の方向かしら。結構遠い感じする」
「あの建物、なんとなく公共の施設っぽい感じするんだ……」
コンパスで方角を測り、地図を指でなぞると、目星をつけた場所に赤鉛筆で印をつける。
「たぶん刑務所……。相当な人数が生き残ってるのね」
「囚人達だろうか。でもそういう感じもしないんだよな〜」
いくら話し合ったところで結論は出ない。答えを出すには実際に府中に赴く他にないだろう。とまれスカイツリーでの2人の用事は済んだのである。少しだけ希望が持てる成果をあげて。
「よっし!今日の仕事終わり。じゃあ地上に戻ろうか」
以前に蹴り破ったガラス窓から外に飛び出そうとした蒼汰に、彩奈は仰天した。
「うそ!ここから飛びおりるの!?400メートル以上あるのよ」
「うん。だからあのビルの屋上を着地台にするんだ。見えるだろイーストタワーっていうビルの屋上が。高低差300メートルぐらいだから」
ガラスに手を当てて下を覗き込むと、さすがの彩奈も高さに恐怖した。
「ちょっと無理無理っ。私は300メートルも飛べないよ!」
「大丈夫さ。彩奈だってホテルの屋上から飛び降りてるじゃないか」
蒼汰は彩奈の細く白い手をとった。すると彼女は目を瞑り、深呼吸してコクリと頷く。
「じゃあ私もやってみる。蒼汰さんを信じる」
「いくよ。せーのっ!」
地上450メートル地点から、2人で手をつないで、せーので飛び降りた。短いスカイダイビングであったが、まるで空を飛んでいるような夢の如き時間……。しかし蒼汰は忘れている。前回は全く成功していなかったことを。
「きゃあ!だ……大丈夫!?蒼汰さん!」
あろうことか蒼汰のみが風に煽られて再び着地失敗。今度は頭からヘリポートに突っ込み顔面強打。おかげで死にかけた。鼻を手で覆ってヨロヨロと起き上がる。
「こ……このような危険が伴うので強風の日には無理をしてはいけ……ない……」
「良かった生きてて!」
鼻血が出て意識が朦朧とする中で、蒼汰は彩奈に抱きしめられる……。彩奈が迅速に鼻にティッシュを詰めたので、出血は無事に止まった。しかし取るとまた鼻血が出そうなので、ティッシュはそのまま詰めておくことになる。
この無様な失敗で、一連の奮闘が全て帳消しになった気がするのであった……。
○○○
ホテルに戻る前に2人は荒川の堤防を散策することに決めた。蒼汰は地図を片手に、東京の地理を学習しながら道を行く。10分も歩くと蒼汰が埋められていた現場が見えてきた。地中から土を蹴り飛ばし、這いずり出てきた跡がまだ生々しく残っていた。
「あん時はマジでビビったよ。そこのグラウンドで骸骨が歩いてるんだぞ。アイツ、怖すぎだっての。まあ……墓から出てきた俺が言うのもなんだけど」
「ちょっとやめてよ。笑っちゃうじゃないっ」
彩奈は笑いながら蒼汰の肩を叩く。鼻にティッシュを詰めて、冗談を言っている蒼汰を見ていると、とても自分が涙を浮かべて埋葬した人物とは思えなかった。あの時のことは全てが夢だったような気がする。
「しかし良い天気だな〜。澪達もここに連れてこれたら良かったのにな〜。ゾンビもいないし」
「そうね。あの子達ずっと屋上にいないといけないから可哀想」
彩奈が堤防の斜面に腰を下ろすと、川からの涼風が頬をすり抜けていく。黒髪の揺れる横顔が美しく、蒼汰は内心でドキッとした。
「自分の墓の跡を見ていると、なんだか感慨深い気持ちになる」
本心を誤魔化すため、訳のわからないコメントを残して蒼汰は1人、堤防を降りてグラウンドに足を踏み入れてみた。まずは夏の日差しを浴びながら、思い切り背伸び。
「ふぁ〜ぁ。さすがにあの骸骨もいないか。どこ行ったんだろうなアイツ」
何気なく河川敷の茂みに近づいてみる。幸い茂みの中にもゾンビ達はいないようだ。やはりこれだけ好天だと出てこないらしい。しかし空が曇るとすぐに湧き出す連中なのであるが……。
「ほう。驚きじゃな。こんな都心にまだ人が生きておったんか」
不意に老人に呼びかけられた蒼汰は、驚いて辺りを見渡す。しかしどこにも人の姿はない。
「ここじゃ。ここ。分からんかこのアホ」
注意深く耳を澄ますと、声は草むらの中から聞こえてくる。恐る恐る藪をかき分けて中に入っていくと……なんと茂みの中に老人の生首が転がっている。それは腐ってはおらず、つい最近まで生存者だったように見えた。
──生きていた人間が都心いたのか。殺される前に出会えていれば良かったのに──と残念に思っていると、突然に目がパチリと開き、喋りはじめる。
「ようっ。お前はなんでこんなところを彷徨いとるんじゃ?ゾンビに襲われんのか」
「ゲ……ゲエッ!」
喋り出した生首爺に腰を抜かし、草むらの上に尻もちをついた。異変に気づき、堤防から大きくジャンプした彩奈は蒼汰の横に舞い降りた。
「ど……どうしたの蒼汰さん!」
「あ……あ……彩奈。こ、こ、こ、これを……みろ……」
その指差す先を見た驚きで、彩奈は左手で自らの口を覆った。しかしそれは生首爺も同じであった。
「こ、こりゃ〜驚いたな。お嬢ちゃんも一緒だったか。前はすまんかったな」
「お……お前は……」
両者は互いを知っていたらしい。彩奈の表情は怯えたような、それでいて臨戦態勢のような、不思議な表情を浮かべている。
「エース……。どうしてお前がこんな姿に」
この時、彼女は確かに生首を『エース』と呼んだ。その名は東京に5体いるスーパーゾンビの一角である。蒼汰も警戒していた未知のスーパーゾンビがここにいるのだ。
「エースって……。この生首爺があのエースなのか!?」
蒼汰の問いに彩奈は頷く。
「そう。彼が恐怖のスーパーゾンビの1人、白髭のエースよ」
まるで理解がおいつかない。
──バカな……。だって生首になってるじゃん。




