表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

崩壊世界の漂流ロボット

作者: だもん

 その日、E型ロボット673031ロクナナサンマルサンイチは倒壊したビルの地下に潜っていた。

 細長い四つの足を器用に動かし、崩れたコンクリートや鉄片を避けながら暗闇の中を彷徨(さまよ)う。

 昆虫のナナフシに近い外観をしたE型ロボット。細長い胴体に四本の足と二本の腕を持つ、長さ一・八メートルほどのロボットだ。昆虫と違って柔軟な体はヘビのようにどこへでも進入することができた。

 目的は二つ。

 貴重なバッテリーモジュールを探すこと。そして、使用可能なコンピューターにアクセスすること。

 世界が崩壊してから数十年──人類の影が無くなった都市では、残されたロボット達が生存のためにエネルギーを求めて活動していた。

 乾燥した大地では細かな(ちり)が舞い、アームや関節部分に入り込みパーツの寿命を減らす。

 自己修復できない室内用のロボットは動けなくなるとその場に留まり、電池の寿命がくるまで目の前の世界をただじっと見つめているだけだった。


 黒い闇を進むE型ロボット。

 崩れた部屋を抜け通路と思われる場所に来たとき、センサーに反応があった。

 熱源を示すオレンジ色が通路の先にある部屋から出ていた。

 しばしその場に留まるとE型ロボットは思案する。高度なAIを持つE型ロボットは思考することができた。このお陰で、幾度もピンチを切り抜けてきたのだ。

 十分ほどして熱源が動かないことを確認してからE型ロボットは慎重に進む。

 部屋にはドアがしっかりとあり、この場所は倒壊から奇跡的に守られていたようだ。

 E型ロボットはドアを開けると中へと滑るように入る。

 部屋には大きな箱型の機械が置いてあり、側面にある制御パネルにはグリーンとブルーの明かりが並んで点滅している。

 どうやら機械は稼働中のようだ。外部電源はとうに喪失しているはずだから、内蔵している電池のみで作動しているのだろう。

 制御パネルにある外部接続用ソケットに、E型ロボットは指を展開して差し込みデータを収集する。

 セキュリティのない機械は無防備のまま外部の侵入を許している。

 ………これは人間用の保管制御機器で、生命維持に必要な最小限の電力で動いているようだ。

 データベースには子供が保存されていると出ていた。

 人間の子供……。

 E型ロボットは何十年ぶりの単語に動きが止まった。

 人間──世界が崩壊する前まで研究施設に所属していたE型ロボットは、様々な人間に仕えていた。そのため他のロボットよりも多くの人間に接し、また学習していた。

 世界が崩壊してから久しく人間と会っていなかったが、ここに機会が訪れたのだ。

 保存から蘇生を選択すると箱型機械が短く低い(うな)りを上げて振動し始めた。

 カリカリと内蔵機器が動く音が聞こえ、ブーンと唸り始める。

 しばらくすると箱型機械から引き出しのように一部がせり出し、透明な保護カバーが静かに開く。

 そこには生後十ヶ月前後の赤子が柔らかい素材に包まれて目を閉じ体を丸くしていた。

 E型ロボットが恐る恐る細い金属の指でつつくと、わずらわしそうに身じろぎした。


 崩壊し、横倒しになったビルの影に沿って走る子供。頭にキャップ、目にはゴーグル、口元は布で覆われ顔は分からない。背には大型のリュックを背負い、長袖に長ズボン、頑丈そうな靴を履いている。

 ビルの影が途切れ、照りつける日差しの元へ出そうな所で体をつかまれ影の中へと引き戻される。

「今の時間は危険ですよ。素肌をさらすとヤケドします」

「大丈夫だよぉー」

 E型ロボットが注意すると子供がすねる。

 ビルの地下で赤子を拾ってから十三年。箱型機械に残されていた子育て用のデータベースを頼りに、E型ロボットが試行錯誤しながらここまできたのだ。

 いくら人間と接した経験があるとはいっても、大人や子供を相手にするのと子育てとは大きく違う。

 それに一番の問題は食料だった。E型ロボットはソーラーパネルを使ったバッテリー構造のため、太陽が出ていれば問題ない。しかし、人間は必要な有機物を定期的に摂取しなければならず、また水分も重要な要素だ。

 E型ロボットは都市で生きているコンピューターを探し出し、人間の子育てに必要な情報を得ていた。もちろん全てのコンピューターに欲しいデータがあるわけではない。本来の目的である人類や世界についての情報を取得しつつ、アーカイブにある項目に子育ての記録がないかしらみつぶしに検索して見つけていたのだ。

 こうして転々と都市を移動しながら新たな情報や食料を仕入れながら子供を育てていた。

 将来、生きている人間に会うことを想定して文字を教え、記録にある人間としての価値観を映像や言葉で説明した。

 元々コミュニケーションに長けたE型ロボットは言葉でのやりとりに問題は無かった。

 いつしか子供は、自分のことを映像で見た辺り一面の色鮮やかな花畑から採った『ハナ』と呼び、E型ロボットの事を『イーロ』と愛称をつけていた。


 ハナが帽子をとると隠れていた栗色の髪が肩に落ち、ゴーグルと口元を覆っていた布を首元へと下げる。

 くりくりした目をパチパチさせて、乾いた唇を舌で湿らせる。整った顔には笑顔があった。

 大きなリュックから水筒を取り出すと、ゴクゴクと喉を鳴らして水分を補給した。

 ぷはっと水筒から口を離し、手で水に濡れた顎を(ぬぐ)う。

「ここからどこに行くんだっけ?」

「西に五十キロ進むと目的の施設があります。崩壊がひどくなければ食料が保存されている可能性が高いです」

「そうだった。イーロは大丈夫? この間、足の関節が壊れたけど……」

「補修したので五十キロ程度なら問題ありません。それに施設の隣にはアンドロイドプラントがあるので部品を調達することが可能です」

「わたしの心配より自分を大切にしてね?」

「ハナの生存が最優先事項なのは変わりありません。私自身は外的要因がなければ、しばらくは故障しません」

「そういうとこ! イーロのこと心配してるんでしょ! もう!」

 プリプリ怒ったハナが再び太陽の下へ出ようとするのをイーロが止める。

 ここ二、三年、ハナの成長はイーロの想定外だった。背はまだ百五十センチ台だが、体つきが急激により女性らしく変わってきたのだ。

 それに合わせて服も用意しなければならず、ハナの成長具合にイーロは新しい事実を学習していた。

 高度なAIとはいえ、人間の感情の全てをわかっているわけではない。

 成長期なハナの感情はコロコロ変わる。その度にイーロは参照する自身のアーカイブの少なさに不満を持ち、対応できずにいた。

 イーロはハナと一緒にいることで新しい感情が芽生えていたが、自覚することは無かった。


 ハナがキャップを被り、ゴーグルをつけ、口元に布を上げるとイーロが彼女を覆いかぶさるようにして、その背に化学シートを張り影をつくる。

 こうしてイーロが日除けとなり影の中をハナが移動していく。これが昼間の移動方法だった。

 しばらく都市の瓦礫(がれき)を進み、とあるビルの陰で休むことになった。

 日が当たらず冷たくなったビルのコンクリートに背を預けて座り水分を補給し、保存用の携帯食料をとるハナ。イーロはそれを見守りつつ、辺りを警戒していた。

「ここも何も無かったね」

「しかたありません。都市部でも動けるロボットが少なくなってきましたから」

 近年は行く先々で電池が切れたロボットを見かけることが多くなってきていた。

 発電能力または発電機が近くにないロボットは、スペアの電池を他のロボットから奪う以外に己が助かる道はなかった。大半のロボットはそのような情報や概念を持たないままでいたから、動かなくなるまでスペアを探し続けていた。

 おもむろに立ったハナが「おしっこ」と一言。そのまま崩れて空いた暗いビルの中へと向かう。

「“トイレ”ですよハナ。排泄行為を直接言うのは慎みましょう」

 イーロが注意しながら近づくと慌てたハナが両手で押し留める。

「わかったから来ないで! 恥ずかしいってば! ちょっとそこで待ってて!」

 仕方なくその場に留まるイーロ。昔はイーロがいないと怖がって一人で出来なかったのに、一年ほど前から急に近づけさせなくなったのだ。“恥ずかしい”という概念がイーロには理解が難しかった。

 頬を染めたハナがビルの中から出てくると、厳しく照りつける日差しの中を移動していく。


 太陽が沈み月が出ると、昼間の酷暑が嘘のような零下に包まれる。

 吐いた息が白いもやになり、震える手でハナが大きなリュックから防寒着を抜き出す。

 イーロは風をさえぎるように化学シートをハナの周りに展開して、少しでも寒さをしのげるようにしていた。

 着替え終えたハナを化学シートで包む。こうすれば凍傷にならないからだ。

 極端な日夜の気温差をハナは良く耐えていた。この世界の外に出たときからなので体が適応するようになっていたのだ。

 そのハナを細長い手足で抱きしめるように守るイーロ。こうして彼女が寝るまでの一時を互いに話し、その日の出来事について語ったり、ハナが思っていたことを言うのをイーロは静かに聞いていた。

 イーロはこうしたひとときが好ましかった。出会ったあの日から変わらない時間。ハナの寝顔を見守りながらイーロは過去の記録を呼び出しつつ彼女の成長を確認していた。


 朝日が顔を出しそうな頃、イーロのセンサーにこちらに近づくロボットを感知した。

 観察していると、真っ直ぐに向かって来ている。

 イーロのセンサーの範囲はあまり広くないが、それでも通常の探査ロボットの倍近くはある。そのセンサー範囲外から見つけてきたのだから相手は限られてくる。

 ハナを起こして移動する。この時間帯は焼くような日差しや刺すような寒さがなく、ほどよい暖かさなので逃げるには好都合だ。

 相手から距離をとるように進むが、だんだんと近づいて来る。このままでは追いつかれるのは必至だ。

 足を止めたイーロはハナをうながす。

「先に行っていてください。こちらに向かってくるロボットは私が目的なようです」

「だったらイーロが先に逃げればいいよ! わたしは後から行くから!」

 驚いたハナが反論する。

「それはできません。ハナの生存が最優先されます」

「そんなの嫌だよ! 家族でしょ!?」

「……」

 今まで聞いたことの無いハナの言葉にイーロは混乱した。どの記録をスキャンしてみても一度も使われていない単語だ。

 その自分に向けられた言葉は何故だか好ましい電気の流れる音をさせた。

「わかりました。それでは、あの建物に隠れて様子をうかがいましょう」

「うん!」

 とたんに笑顔になるハナ。どうすれば最適解かいまだわからないイーロは、この選択が最善だと認識し直した。

 ハナとイーロは連れ立って倒壊している建物の陰へと隠れ、壁の先に現れるロボットを待った。


 三メートルはある大型のロボットが近づいて来る。

 ()びだらけで本体が褐色(かっしょく)に染まっているが、動きに支障はなさそうだ。

 人型の二足歩行で尻尾のような三本目の足を背中に付け、長い両腕をきちんと体に折りたたんでいる。

 平べったい頭部のセンサー郡をハナ達に向けて真っ直ぐに向かってくる。

 映像で確認したイーロがハナに説明する。

「あれは軍用のロボットです。支援型で後方任務を補助する目的に作られました」

「支援型? 後方任務って?」

「人間に代わって大型トランクなどの物資の移動や川に橋をかけたり、簡易施設の建設など幅広く使われます。後方任務とは戦場で作戦を支援する補給、輸送、整備などをすることです」

「ふーん、なんか難しい」

「理解していませんね。脅威が無くなった後で再度説明しましょう」

「えーー!?」

 声を上げたハナ。くどくどイーロが説明するのを聞くのが面倒くさいからだ。

 そうしている間にも大型の軍用ロボットが近づいて来る。

 ハナ達がいる建物から十メートル手前の場所でピタリと動きを止めた。

 同時にイーロも動きを止める。

 どうやら互いに通信で会話しているようだ。ハナにはちっとも分からないので疎外感だけが増した。

「ねえ。なに話してるの?」

「あのロボットの目的は私のバッテリーモジュールのようです。渡して欲しいと要求しています」

「なにそれ!? バッテリーを取られたらイーロが死んじゃうじゃん!?」

「私は死にません。機能が停止するだけです」

「同じことだよ! だって、それがないとイーロが動かなくなるでしょ? ずっと探してたけど同じ型番のモジュールは無かった! 動かないイーロなんて死んだも同然でしょ!?」

「……」

 明確に答えが出ず黙るイーロ。

 バッテリーが無くてもソーラーパネルからの電力供給で昼間は動けるのを指摘できなかった。

 夜になれば電源の落ちたイーロは停止してしまう。そして、それはハナを見守り続けることができないから、彼女の指摘の半分は当たっていた。少なくとも夜の間、イーロは死んでいる。

 高度なAIを持つのに、またも最適解が見つからずに困るイーロ。


 そんなイーロをよそにハナが建物の陰から飛び出した。

「わたしアイツに言ってくる! イーロはわたしが守る!」

「いけません。危険があります」

 イーロが長い手足を伸ばしてハナを捕まえる。

「狙われているのはイーロでしょ!? 離して!」

「いけません。ハナに危険が及ぶ恐れがあります」

「あいつはわたしを襲うの!?」

「人間から攻撃しなければ何もしないでしょう。しかし、安全のためにここにいてください」

「わたしから何もしなければいいんでしょ! それなら大丈夫だから離して! 信じてよ!!」

 ハナの最後の言葉にイーロはつかんでいた手を離した。

 またもハナから一度も聞いたことの無い単語が出てきた。何故か思考が一時停止してしまう。最近立て続けに起きた現象にイーロは戸惑い、それでいて電流の乱れを記録した。

 イーロの手を逃れたハナは軍用ロボットの近くまできた。刻々と膨れた太陽が昇る。数十分もしないうちに強烈な日差しが土を焼き始めるだろう。

 軍用ロボットはその場を動かず、ほんの二メートル先に出てきたハナにセンサー郡を向ける。

「わたしはハナ。あなたの名前は?」

『陸軍SR部隊所属M215S00749、3号機。登録名ナシ』

 電子的な合成音で答える軍用ロボット。聞いていたハナは姿は違うが人間的なイーロとずいぶん違うなと感じていた。

「どうしてイーロを狙うの? バッテリーが必要なの?」

『“イーロ”ニツイテ判別不能。機体電力残量十五パーセント。補給施設ハ既ニ廃棄。E型673031ノモジュールハ互換性アリ。速ヤカニ提出ヲ要求スル』

「ちょっと! なに、その言い方!? 人の物を勝手に要求しちゃ駄目だって!」

『人間ノ物ハ取ラナイ。ロボットニハ適用外。非常時ノ接収ハ許可サレテイル』

「ロボットでもダメだよ! それに非常時っていつの事なの? もうずっと世界が壊れてるのに」

『了解。E型673031ノモジュールヲ要求シマセン』

 軍用ロボットの物わかりの良さに肩すかしをくらったハナは調子が崩れる。戸惑ったハナは軍用ロボットに問う。

「な、なんでそんなに素直なの?」

『上官ノ人間又ハ指揮ロボットガ不在ノ場合、民間人ノ命令ガ例外ヲ除キ優先サレマス』

「そうなんだ……」

 腑に落ちないながら納得するハナ。イーロと違って軍用ロボットはとても機械的だ。

 イーロ以外に初めて出会ったロボットなのに、あまりにも違いすぎるのだ。ずっとイーロを基準に考えていたハナはロボットにも色々な種類がいることに驚いていた。

 しかし、この軍用ロボットが窮地なのは事実。じきに機能が停止してしまうだろう。

 そこでハナは提案する。

「あのね、バッテリーが必要ならイーロが発電する電力をわけてもらうのはどう? 充電はできるんでしょ?」

『可能デス。シカシ、接続ケーブルガアリマセン』

「それなら近くで探そうよ。そしたらバッテリーも満タンになって元気が出るでしょ?」

『了解シマシタ』

 答えたものの軍用ロボットは命令以外でこちらに選択させたり、同意を求められたりされるのは初めての事だった。

 決められた仕事を求められただけこなす作業が主な任務で、命令されるのが当たり前だった世界に生きてきたのだ。

 大きく(うなず)いたハナは、ビルの陰からこちらをジッと見ているイーロの元へと走って行く。

 軍用ロボットはぎこちなくその後をついていった。

 ハナはイーロに軍用ロボットのバッテリーについて話す。集音センサーで先ほどの会話の内容は知っていたが、イーロは静かにハナの言葉を聞いた。

 軍用ロボットの電力消費を防ぐ為にこの場に留まってもらい、ハナとイーロは都市の残骸の中へ飛び込んだ。


 接続ケーブルを探し出し無事に充電を終えた軍事ロボットは、行く当てもないのでハナ達に同行することに決めた。

 イーロとの通信による情報交換で、もはや世界が壊滅しており、所属していた軍や国すら無くなっていたことを知ったからだ。

 軍事ロボットにはイーロの情報は膨大すぎた。軍事関連に特化しているロボットには不要な情報が多く、また、理解できない情報も多くあった。

 そんな軍事ロボットをハナは「ヒマワリ」と名前をつけた。映像で見た背が高く黄色の頭花が軍事ロボットの()びた色に似ていたからだ。

 軍事ロボットはヒマワリを登録して自分の名前とした。そして、ハナとイーロを個別ファイルに登録した。

 こうして二体のロボットと一人の少女は瓦礫(がれき)の中を歩き出した。


 新たに旅に加わったヒマワリは、ハナ達にとって頼りがいのあるロボットだった。

 昼間の移動もヒマワリが折りたたまれていた両手を出して日陰を作り、その中にハナとイーロがいて前よりも快適に進むことができた。

 夜もヒマワリがコの字に体を展開させて、冷たく刺す厳しい風を防いだ。

 活発なハナはイーロやヒマワリにしきりに話しかけてくる。

 イーロはいつものことなので問題なく相手にしている。だが、ヒマワリは違った。最小限のコミュニケーション能力しかないヒマワリには、必要のない情報を語ってくるハナの対応ができずにいた。

 そこでイーロは、外部アクセスポートから侵入してセキュリティを突破し、制限のかかっていたヒマワリのAIを解放した。

 新たな領域を手に入れたヒマワリは新しい自分を自覚することができ、ハナの言葉や行動を吸収していく。

 夜、ハナが寝静まった頃。

 イーロとヒマワリは通信で会話することが日課となっていた。互いに仕入れた新しい情報を共有するためだ。吹きすさぶ冷たい風の音の中、静かな会話は続く。


 新たに学習したヒマワリは、次第にイーロがハナに対して特別な対応をしていることを理解した。

 人間との接し方はロボットと違い、力一つにも加減が必要だ。

 体が大きく、太い手足しかないヒマワリは、ハナが遊びで登ってくると動きを止めて、彼女がケガをしないよう努めた。

 なんにでも好奇心旺盛でよく笑うハナ。厳しい環境でも、そこにはひとときの平和があった。

 夜になると、化学シートにくるまったハナが、乾燥した空にはっきりと輝く星々を見ながらイーロに聞いてくる。

「ねえ、宇宙には行けないの?」

「ロケットの発射場がそのまま残っているなら可能性はあります。しかし、静止軌道上にある人工ステーションが全て焼け落ちた今は、直接月面ベースに行く必要があります」

「それじゃあ、月には人がいるんだ!?」

「期待させて申し訳ありません。日の当たらない裏側への支援物資が十年ほど途絶えていますから、自力での生存の可能性は低いです」

「そっかー。映像でしか人間を見たことがないから残念。あっ!? でも寂しいわけじゃないよ!? だってイーロやヒマワリがいるから」

「私達にはハナがいます」

 イーロは静かに告げた。


 やがて、夕暮れ時に目的の施設が見えてきた。

 持久性の低いイーロの四本ある足の一本は壊れたままの状態だ。補修していた足が移動中に故障して放置していたのだ。機械部分に使われている消耗品のスペアがない限り、再び元には戻りそうも無い。

 それでもプラントへ行けば何かのパーツがあるだろう。楽天的なハナは、イーロがすぐに良くなれたらいいなと思っていた。

 5階建てで横幅三百メートルはある大きな箱型プラントの近くに倉庫郡があった。

 大半は崩れて原形を留めていなかったが、いくつかは形を残している。

 ハナ達が近づこうとするとヒマワリが止める。

『停止シテクダサイ。コノ先ニハ警備センサーガアリマス』

「そのシステムは生きているの?」

『電力ヲ感知。システムハ起動中デス』

「それでは私が確認してきましょう。ここで待っていてください。ヒマワリ、ハナを守ってください」

 ハナの問いにヒマワリが答え、イーロが行動を起こす。

 イーロとヒマワリは互いに通信で連絡を取り合う方が効率はよかったが、ハナの前ではなるべく音声で会話するようにしていた。

 そうすることでハナにも伝えることができ、安心させる効果があった。

 足の一本が壊れているにもかかわらず、素早く移動するイーロ。あっという間に倉庫の敷地内へ入っていく。

 心配そうに見ているハナの後ろにヒマワリは守るように移動した。


 倉庫前に着いたイーロ。

 警報や警告もなく、辺りは静まり返っている。地面には黒い染みがあちらこちらにあり、大量のペンキを運ぶ途中でこぼしたかのようだ。

 ここまで来るとイーロのセンサーでも確認できた。

 荒れた倉庫の入り口は開いており、中をスキャンすると三台のロボットが待機中でこちらをうかがっている様子が映っていた。

 慎重に建物の内部へ入るがロボット達の動きは無い。

 二メートル程の細長い四本の腕を上にして折り畳み、裁断機のようなローターがついた大きく丸い口のような上部はジャバラで背中の丸いタンクにつながれている。大きな上部とは対照的に、小さな胴体には各種センサーがついており、その下には四輪のタイヤがついている。腕を広げたら蜘蛛のように見えそうだ。

 どのロボットもどす黒く汚れていて、ずっと泥水の中にいたかのような印象。

 警備はどうやらロボット用ではないようだ。では、何を感知するのかとイーロは周囲を調べ始めた。

 奥に向かうと点滅するグリーンの誘導灯が点々と緩やかに傾斜して下に続いている。進むと辺りは黒ずんだ汚れが目立ち、通路はもはや闇のようになっていた。

 その突き当たりには横が五メートルの細長い穴があった。ここに何かを捨てるような作りだ。

 穴の先や周囲をスキャンしてイーロは分析する。

 それは壊れたロボット達の理解できない振る舞いの結果だった。


 しばらく待っていたハナは、イーロが倉庫に入ってから段々と心配になってきて後を追うように歩き出す。

「ちょっと、どうなってるか見てくる!」

『通信ヤ信号ノ受信ナシ。警戒シテクダサイ』

 ヒマワリも注意しながらついてくる。

 倉庫の入り口の前に立ち暗い中へハナが呼びかける。

「イーーローーー! どこーーーー!」

『動力ヲ感知。施設内ノロボットガ動キ始メマシタ』

 ハナを守るように前へ出るヒマワリ。通常は折りたたまれている腕と背中の足を展開し、体勢を整える。

『通信ニヨル警告ヲ無視。向カッテキマス。非常ニ危険。逃ゲテクダサイ、ハナ』

「急にどうしたのヒマワリ!? それにイーロがまだ中にいるよ!?」

『イーロハ攻撃ヲ受ケテイマセン。ハナガ標的。逃ゲテクダサイ』

 突然のヒマワリの行動に驚くハナ。

 戸惑うハナがまごついている中、背中に丸いタンクを背負った蜘蛛のような姿のロボットが三体現れた。

 小回りの利く四輪タイヤでハナに迫ってくる。

『ハナ、逃ゲテクダサイ』

 腕を広げてロボットの進行を邪魔する。すると長い腕を伸ばしてヒマワリに組み付き始めた蜘蛛ロボット。

 なんとか二体を押し留めるヒマワリ。戦闘用ロボットでないヒマワリは格闘は苦手だ。それでも二体のロボットを掴んで動きを止め、ハナを守る。

 今までロボットに襲われたことのないハナは、恐怖に駆られ背を向けると逃げ始めた。

 その後ろを一体の蜘蛛ロボットが追いかける。


 足がもつれ転ぶ。

 地面に突っ伏したハナが振り返ると、蜘蛛ロボットが四本の腕を伸ばし迫ってきている。丸い口を向け、裁断機が鈍い音を立てて高速で回っている。

「イーロっ! 助けて!!!!」

 恐怖に叫び声を上げるハナ。相手はもう目の前だ!

 死を覚悟し、終わりだと思って目をギュッとつむるハナ。

「遅くなりました。脅威を排除します」

 聞き慣れた声にハッとして目を開けたハナの前で、イーロが蜘蛛ロボットの腕を取って阻止している。

「イーロ!?」

「このロボットは有機物を処理するために作られました。他の倉庫から出た廃棄物を処理していたようです」

 驚くハナに説明しながらも蜘蛛ロボットの腕を一本むしり取るイーロ。蜘蛛ロボットも対抗しようとするが、ヘビのようにしなるイーロは捕まらない。

「世界が崩壊した後、廃棄物が出なくなったロボット達は新たに不要な有機物を見つけました。人間達はロボットによって処理されていました。地面にある黒い染みは血の跡です。ロボットが故障したのか、暴走したのかは不明です」

「ひ、ひどい……」

 上半身を起こしたハナの目の前でイーロと蜘蛛ロボットが戦っていた。イーロは激しいぶつかり合う中も、いつものような声でハナに話していた。高度なAIを持つイーロにはマルチタスクは余裕だ。


 不意に蜘蛛ロボットがイーロの動かない足を掴むことに成功する。

 イーロが自分の足を切断しようとしたときには、細長い胴体の一部に手をかけていた。完全に捕まったイーロがハナに警告する。

「逃げてください、ハナ。この状態からの脱出成功率二パーセント」

「い、いやだ!! あたしも戦う!」

 なんとか起き上がったハナが近くにあった鉄の棒を手にする。

「無駄です。ハナでは勝率コンマ以下です。逃げてください」

「嫌だ! 負けないでイーロ!!」

 ハナの励ましも空しく、イーロの足を大きな口にある裁断機が捕らえる。

 ガリガリと大きな音を立ててイーロが粉砕されていく。有機物用の裁断機に無理矢理金属をねじ入れているので、蜘蛛ロボットのジャバラ部分が裂けて部品が飛び散っている。

 声にならない悲鳴を上げるハナ。イーロの惨状に涙が溢れ出ていた。

 しかし、イーロは下半身が粉砕されながらも身をよじり、蜘蛛ロボットの腕を切断して下腹部にあるセンサー類に手を突っ込んだ。

「私は負けません。ハナがいるかぎり」

 突っ込んだ手を展開させて蜘蛛ロボットの中枢部分の部品を壊すイーロ。

 上半身に迫り来るガタガタの裁断機が突然止まる。蜘蛛ロボットの機能は完全に停止していた。

 どうやらイーロの攻撃は正確だったようだ。

 裁断機から腕を使って離れるイーロ。慌てたハナが鉄の棒を捨てて駆け寄る。


「イーロ!?」

 力ないイーロの細い体を抱き上げるハナ。

「申し訳ありません。これからはヒマワリと旅を続けてください」

「いやだよ!? イーロも一緒だよ! 修理すれば元通りだよ!」

「私は研究用の個体数の少ないタイプです。スペアを見つけるのはこの世界では困難です。それにバッテリーが損傷して漏電しています。時間は計測不能ですが長くはありません」

「そんな……。どうすればいいの? イーロを失いたくないよ!」

「ハナの生存が最優先です。私はハナが生きていることが重要です」

 ポロポロと涙を流すハナ。イーロは電力が抜けて力ない手をハナの頭に置いた。

「もっと長くハナを見ていたかった。しかし、私のメモリーもあと三年で容量の限度がきます。ハナと出会ってからの記録は重要でどれも消去できませんでした。一秒、一秒がとても重要な情報です」

「だめだよイーロ!? イーロ!?」

「泣かないでハナ。私は」

 電力が切れたのかイーロの動きが急に止まった。

 ハナは声を上げて泣いた。


 吐く息が白くなる。

 夜が訪れたことに気がついたハナは、袖で涙を(ぬぐ)うと急な寒気に防寒着を取り出した。

 ふと後ろを見るとヒマワリが風からハナを守るように静かに立っていた。

 泣きじゃくるハナをヒマワリはずっと見守っていてくれたようだ。

「ありがとう。ヒマワリも大変だったのにごめんね」

『問題アリマセン』

 蜘蛛ロボット二体と格闘したヒマワリ。辛うじて二体とも機能不能にしたが、自身も損傷を受けていた。

 右足と左手が破壊され、背中の足と長い右手をつかって歩行していたのだ。体のあちこちもへこんでいて戦いの激しさを物語っていた。

 ハナはイーロを化学シートにくるむと大切そうに抱きかかえ、ヒマワリと共に近くにあるもう一つのプラントへ向かった。


 長い、長い夢を見ていたようだ。

 ふと目を開けたイーロは上半身を起こした。

 明るい室内には様々な大型計器が置かれ、起動中のコンピューターがブルーの点滅をしている。

「ここは……?」

 見渡すとここは部屋ではなく、通路の一角を使っているようだ。パネル照明の白い光がイーロのいる寝台を照らしている。

「あっ!? 目を覚ました!?」

 驚く声に顔を向けるとショートカットでタンクトップにズボンを着た女性型アンドロイドが、薄暗い通路の先に立っていた。

 疑問と混乱で声が出ないイーロに駆け寄ると嬉しそうな顔を向ける。

「姿が変わったけど私、ヒマワリ。ちょっと待ってて、ハナを呼んでくる!」

「……ハナ」

 再び薄暗い通路の奥へ向かうヒマワリの背中を見つめながら(つぶや)くイーロ。

 どっとメモリーから情報が次々に溢れ出す。

 ハナ……。ハナ! ハナ! ハナ!

 そして、今まで理解していなかった感情が全身を駆け巡る。

「あ、ああ……。あああ……」

 渦巻く感情の流れにイーロは自身を抱きしめる。こんなに身を焦がすほどの想いを自分が持っていたのかとイーロは悶えた。


 少し落ち着いたイーロは今更ながら両手をまじまじと見た。

 どう考えても人型の手だ。体を見るとふくよかな胸を持った女性型。まるで先ほど見たヒマワリのようだ。

 イーロの持つデータベースは健在で、メモリー内容もそのまま残っている。さっそくアーカイブを検索して自分のベースとなったアンドロイドを探し始めた。

 どうやら目指していたアンドロイドプラントにいるようで、ここで製造されていたのは女性型アンドロイドだけのようだ。

 人間とのコミュニケーションに特化していて感情を表現できるタイプと出ていた。

 ロボットはその役割によって、さまざまな形が存在した。以前の体はあらゆる環境に適応でき、各種研究の補助に適した形をしていたのだ。

 今の体は人間のパートナーとなりうる形で、生活の手伝いや介護、ビジネスなどをこなす。もちろんAIも特別製だ。量子網が発達し、疑似人格を持つ。

 そのため感情表現も豊富で、人間の気持ちもおおよそ理解ができた。前の本体は研究施設で使われるために、理論的思考に邪魔な感情を廃していた。

 よく観察すると手の型番と足の型番が違う。

 特注品なのだろうか? イーロの回路に疑問が浮かぶ。


「イーロ!!!」

 通路からハナが飛び込んできた。

 そのままの勢いで両手をじっと見ていたイーロに抱きつく。

「良かった! ずっと、ずっと待ってた!!」

 笑顔で涙を流すハナ。イーロは震える手をハナの背中に回す。

「ハナ…。ハナ…」

 嬉しさがこみ上げ体が温かくなるのをイーロは感じた。これまで理解していた情感が実感を伴い回路を刺激する。

 涙こそ出ないが再び出会えたことに感動し、打ち震えた。

 センサーがハナの体温を感知し伝える。これが人の温かさだとイーロは首元で泣いているハナの頭をなでた。

 そっと体を離したイーロは、目の前にいるハナの涙を指で優しくすくう。

 ふと、データベースにあるハナの顔と一致しないことに気がついた。

「私はどのくらい停止していたのですか?」

「一年だよ。正確には半年前に新しい体につなげてイーロのデータを転送したんだけど、頭のネットワークがリンクするのに時間がかかったんだ。たぶん、イーロの持つ情報量が多かったんだと思う」

 少し大人びたハナが美しく笑う。

 それだけでイーロは満足だった。


 服を着たイーロは、ハナとヒマワリに住んでいるこの施設の案内をしてもらった。

 この服を着るという行為にイーロは違和感があった。ロボットは外装のままだったから、この人間らしい行いに戸惑うイーロ。

 ヒマワリも最初は同じように感じていたようだが、何度も着たり脱いだりしているうちに慣れたと通信で話してくれた。

 ハナは嬉しそうにイーロとヒマワリの手をとって歩いている。

 施設内を回りながら、イーロの停止していた間のことを話した。


 アンドロイドプラントに来た当初、荒れ果てた施設内部を調べることから始め、徐々に生活基盤を築いた。

 幸いな事にハナを襲った蜘蛛ロボットがいたおかげで人間が近寄らず、プラントと倉庫は荒らされた形跡がなかった。

 巨大なプラントも両端は大型倉庫で、中央部に生産ラインと研究所が階を隔てて配置されていた。

 倉庫には壊れたアンドロイドが無数散らばっており、使えそうな部品はなかった。

 そこで中央部分を調べると、生産ラインに少し、研究所にいくつか残されていたパーツを発見した。さらに、屋根に設置されていたソーラーパネルの一部が生きており、電力を生産可能なこともわかった。

 損傷を負ったヒマワリは、イーロの発電が無ければ二ヶ月ともたなかったから、臨時にケーブルを同期させて充電して間に合わせた。

 イーロと旅をしていて機械やコンピューター言語に強くなっていたハナは独自にシステムを構築し、施設の一部を稼働させることに成功した。

 そして、損傷のない無事なパーツを集め、二体のアンドロイドを完成させたのだ。

 電力の問題で二体同時の作業はできなかったので、AIの情報量の少なかったヒマワリから先行してデータ転送をおこなっていった。

 こうしてヒマワリが先に新しい体を手に入れてハナを手伝い、イーロが起きるのを待っていたのだ。

 ハナが話している中、ヒマワリが通信で映像をイーロに送り補完していく。

 聞きながら、映像に映る必死で作業をしているハナが、イーロにはたまらなく回路に焦れた想いをさせていた。


 いつもハナ達がいる部屋に案内された。

 通路に並ぶ研究室の一室を補強し、空調を整えた部屋だ。

 その部屋の一角にある机の上にイーロの前の体が大切に保管されていた。

 下半身がなく三分の一しかない上半身。頭部にある外部アクセスポートが壊れていたため、外装を()がしてコードを直接つないだ跡があった。

 イーロは近づき、かつてハナを抱きしめていた細い金属の腕に触れる。

「新しい体に移してもイーロが起きないから、寂しくて……」

 照れくさそうに後ろからハナが話す。

 イーロは振り返るとハナを抱きしめた。

「ありがとう。ハナ」

「ううん。戻って来て嬉しいよ」

 ギュッとハナが背中に手を回す。

 そんな彼女達をヒマワリが微笑んで見ていた。


 一通り見回ったイーロは再びハナの住む部屋へと集まった。

 ヒマワリから通信で情報を転送されたイーロは、自分が不在の間の出来事を確認していた。

 軍事ロボットだったヒマワリは不慣れな人型になり、また、人間の生活にも慣れていなかった。

 そこでハナはヒマワリにいろいろな事を教えていた。かつてのイーロのように。

 事あるごとにハナはイーロを引き合いに出しながら教授していて、ヒマワリに昔の自分を重ねていたようだ。そんな微笑ましい映像にイーロはますますハナに対する想いを強くしていった。

 ハナの食料は近くの倉庫にあった保管食を集めて、このプラントに運び込んだようで、あと一年程はもちそうだ。

 問題はイーロ達のバッテリーで、前のようにソーラーパネルを自前で持っていないから発電ができない。フル充電で三日が活動限度のようで、機能が停止してしまう。

 そこでハナは、この施設の屋根についているパネルを()がして移動式に改造したいと提案した。イーロとヒマワリに異論はなく、実行することになった。

 また、アンドロイド用バッテリーパックが施設にいくつか残っていたので予備にした。

 こうして再び旅立ちの準備を始めることとなった。


 化学シートを張った大きな傘が三つ、強烈な日差しの中をソーラーパネルを展開したボックスカートを押しながら崩壊した都市を進む。

 アンドロイド二体は長袖、長ズボンを着ている。主に空中に舞う砂やほこりよけだが、すっかり違和感なく着こなしている。

 イーロは人型になったことで不便もあるが、それ以上にハナとふれ合える喜びの方が勝った。

 凍える夜になるとハナを挟んでイーロとヒマワリが抱きしめて熱を逃がさないようにしていた。

 そして、ハナが眠るまでのひとときのお喋りが、以前よりも一層イーロの楽しみになっていた。

 まだ学習中のヒマワリに注意するハナ。とても仲が良さそうだ。


 昼間、崩れた建物の日陰で休憩しているときに笑顔のハナがイーロに言ってきた。

「前のイーロも好きだったけど、今のイーロも好きだよ。だって、イーロの笑顔を見ると幸せな気持ちになるから」

 それを聞いたイーロは理解した。

「愛おしいハナ。私はハナを愛しています」

 ずっとずっと理解していたのだ。日々、ハナを見続けてずっと想っていたのだ。

 愛することを。

 イーロに続いてヒマワリも微笑んで口にした。

「私も愛してますよハナ」

「イーロもヒマワリも愛してる!」

 頬を染めて笑うハナが照れながらイーロとヒマワリに抱きついた。


 イーロはハナと出会った時の事を映像で振り返った。

 あのとき赤子を見つけていなければ知ることはなかっただろう、愛というものを。

 こんなにも愛おしい存在がいることをイーロは世界の端で知った。

 データベースによくある単語の一つ。

 だが、初めてその意味を実感したのだ。体のセンサーが感じる喜びを。回路が震える喜びを。

 照れ笑いするハナがイーロには輝いて映っていた。

 それは世界で唯一の宝だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ