猫耳先輩の落とし方
「君と一緒にいたい。こんな直球だけど、ダメかな?」
私はその言葉を聞いてあっと驚いた。何度か聞き返してしまいたいほど……いや実際聞き返してしまったかもしれない。
こんなにも嬉しいことなんて、人生一度たりとも経験したことがないのだから――
時は結構溯る。それはもう一年単位で。
始まりは多分、あの時。水雲学校に入学した一ヶ月後。私……佐倉皐月は、未だに校内を彷徨う。何せ水雲学校は教師用の幼児施設、小、中、高、大と全国的にも珍しい超大型一貫校。山二つ分の土地を校舎、寮だけで埋めつくすマンモス校なのだ。
幸いにも校舎は建物ごとに別れているとはいえ、一つ一つが大きな水雲学校。一つの校舎に千人以上は入るからこその大きさ。故に私は何度も迷子になってしまう。
向かいたいのは高等部生徒会室。先生から「学校内を覚えるついでに、これを届けてくれ」と廊下に設置されていた目安箱を渡されたんだ。
でもただでさえ大きな校舎なのに、どこにあるかも教えてくれないとか……放課後でよかったとしか本当に思えない。
「はぁ……」と箱を抱え歩きながらため息をつくと、一瞬視線の横になにか映った気がして、私は足を止めそのまま後ずさり。
「え……」
直後私が目にしたのは、扉が少し開いた一つの部屋。でも見えたのはこれじゃなくて、その先のモノ。音を立てないように、恐る恐る隙間から覗くと、ソファーに座り寝てしまっている女性がいた。みる限り艶のある黒ショートの髪にスタイルがいいからか、寝てる姿が凛としていた。
彼女は高等部の制服に、横髪に着いている二年である印の赤リボンが、窓から流れ込む風に乗って揺れていた。
だけどそれよりも驚いたのは、今現在この部屋には彼女以外誰もいないのと……頭に耳が!ゆっくりと揺れる細い尻尾がっ!?
無類の猫好きである私が反応したってことは、つまりは猫耳と猫尻尾なわけで。
でも普通、人に猫耳とか生えるなんて、聞いたことも見たことも、触ったことですらない。なのに彼女は生えている。それは間違いなく言えた。
なぜなら……覗いて猫耳があるとわかった瞬間に、私の体は自然と部屋の中へ吸い込まれ、今こうして、我が瞳に猫耳を映しこんでいるのだから。
「おぉ……間近でみるとこれまた触り心地が良さそう……」
目安箱を地面に置き、猫耳を目の前に口腔に溜まった生唾をゴクリと飲み干し猫耳に触れる。
「はわぁ……柔らかい……すべすべ……内側もふもふ……でも外側のこのすべすべの肌触りが最高なんだよねぇ。それに見た感じペルシャかな?」
と、一人で人に生えた猫耳の触った感触をレポートした瞬間。
「うぐッ!?」
猫耳を生やす先輩が急に起き上がり、私の顎と先輩の額がぶつかった。
「痛ったぁぁぁ……って誰!?」
「す、すいません……生徒会室探してたらその、猫耳と尻尾見つけてしまって……うぅ痛いです」
双方ぶつけた所を手で抑え、涙を目尻に溜める。先輩なんて猫の尻尾を太くしていた。猫の尻尾が太くなるのは威嚇する時が多いけど、この場合は驚いた時の膨らみかな?
「って、耳出てた!?」
「尻尾もですけど……」
「ふにゃっ!?」
「猫語!」
「うぐ……とりあえずそっち向いてて!」
尻尾を揺らす先輩は猫語になったことに顔を赤らめ、両手で耳を隠す。しかしそれだけでは恥じらいは無くならず、その言葉を睨みながら吐き捨てる。
可愛いのに視線を逸らさないといけないのは嫌だけど、このまま見てたら怒られそうだから、くるりと踵を返し視線を逸らすことにした。
でも視線を逸らしたところで何をするんだろう?
ちょっとの疑問は「もういいよ」の、かくれんぼの時の言葉と共に晴れた。
再び踵を返し、先輩を見ると、猫耳も尻尾も最初から存在してないように、見えなくなっていた。
「あぁ!猫耳が!尻尾がぁぁぁ!」
「え!?まだ出てる!?」
「あ、そうじゃなくて……猫耳と尻尾が無くなったのが悲しくて……」
「あぁ、そういう……って怖くないの!?」
「怖くないです!むしろ可愛い!でも結局なんなんですか?さっきの猫耳とか……」
「まぁ……バレちゃったから逃れなれないか……」と、私の質問に溜息をつきつつ小声で言うと、
「私の家系ね?遺伝子レベルで呪いを体に宿してるの。最近は隠すこともできるようになったけど油断すると……ね」
「呪い……ですか……」
呪いなんて、ホラーゲームとか、ホラー映画とか、そういうホラー現象だってずっと思ってたけど、本当にあるなんて……さすがにちょっと怖くなった。でも、命には関わらない呪いらしく、それなら逆になってみたいなって思う。
だって大好きな猫の耳とか尻尾が付くんだよ!?もう猫好きにはたまらないんですよ!
そんなことを考えてると、忘れかけていたことを思い出し、目安箱を抱える。
「って私生徒会室に向かってるんでした!さっきはすいません!それでは!」
と、放課後だからこそ急いでこの部屋から出ようとした時。「ちょっと待って!」と、先輩に呼び止められてしまった。一体なんだろう?
「ここ、生徒会室」
「……え?」
「いや、だからここが生徒会室。一応扉に書いてあったと思うけど」
「そ、それじゃあ先輩は……」
「生徒会長を務める高等部二年、干支本時雨」
え……せ、生徒会長!?にしては腕章付けてないし……でも生徒会長って言われれば、先輩の時雨先輩の凛とした雰囲気は納得は……。
少し困った表情を浮かべてると、腕章を付けてないことを忘れていた彼女は、スカートのポケットから〈生徒会長〉と金文字で書かれた腕章を取り出してみせた。
本当に生徒会長なんだ……
「それでここになんの用?」
「あ、この目安箱を渡してと頼まれまして」
「それで目安箱が……ありがとね」
「いえいえ!それでは!」
と、ようやく生徒会室を後にしようとすると、再び呼び止められる。
「君!名前は?」
「私はーー」
――それから翌日、丁度一人でご飯を食べるお昼休みの時。ピンポンパンポーンと、校内のスピーカーから電子音が鳴り響く。その音は紛れもなくアナウンス開始の音。でもお昼休みにアナウンスなんて珍しいけど、私には関係ないと思っていた。
だけど。
『一年普通科、佐倉皐月さん。一年普通科、佐倉皐月さん。至急生徒会室に来てください』
スピーカーから流れ出てきたのは、生徒会長の時雨先輩の声。でもアナウンスの内容は未だに実感できない。なんで私が呼ばれたのか。
ただ幸いにも食べ終わっているときで良かった。弁当箱を片し直ぐに生徒会室へと向えば、案の定時雨先輩だけがいた。
生徒会って時雨先輩だけなんじゃないだろうか?
そんな疑問を持ちつつ、立ち話もなんだからとソファーに座らされた。
「それで……昨日のこと誰にも言ってない……よね?」
「昨日の……?あ、あぁ!猫みフガっ!」
「声が大きい!」
呼び出されたのは昨日の猫耳と尻尾事件?について、他の人に話してないかの確認だった。でも話すつもりないし、生徒会長と話す機会なんてもうないと思ってたからすっかり忘れてたけど。
ただ忘れてたところを、先輩の一言で思い出しつい大声で言ってしまう。しかし秘密にしてるだけあってか直ぐに私の口を手で押えてきた。
にしても柔らかいなぁ……いや私も女子だからよくわかってるけど、時雨先輩の手は一段と柔らかいし、なんかすっごくいい匂いがする。
って、このままじゃ変態みたいになっちゃう!別のことを考えよう!えーと素数、素数……
「とりあえずその様子だと言ってないみたいで良かった……昨日言うの忘れてたけど私の呪いは秘密にしてるんだ」
「そ、そうなんですか」
顔も近いから、変な気分にならないように素数を数えてたけど、案外すぐに離れる時雨先輩。こっちはかなり心臓バクバク言って緊張してるのに、向こうは平然とした表情しかうかべてない。流石先輩……じゃない。多分素だ。先輩は素でやってるんだきっと。
と、色々困惑してるけど、その間もちゃんと話が続く。
「うん。あ、あと、生徒会に入ってよ。私の秘密知っちゃったんだし……昨日みたいなこと無いように私についてて欲しいってだけだけど」
「何その強引勧誘!?……まぁでも秘密を知っておきながら、今更関係ないなんて言えないから……わかりました」
「それじゃあ先生と話はつけておくね。あ、そうだ!何がやりたい?会計と副生徒会長、書記も余ってるよ」
「……やっぱり一人で生徒会やってたんですねー」
こうして私は、立候補とかそう言うのを飛ばして副会長になった。
聞くところによれば、他にも居るにはいるらしいが、滅多なことがなければ揃うことは無いらしく、だからこそ時雨先輩が推薦した人は直ぐに役員になれるらしい。
逆に殆ど一人でやってた所が凄いけど。
――――――――――――
暫くして、夏が来た。でも残念なことに猫耳と尻尾は未だに出てきていない。ただ猫っぽいだけあってか、時々昼寝したいとぼやいている。
もはや私にだけ見せる素顔だ。他の生徒、先生の前ではいつものように凛とし、ザ優等生感が出ている。
正直、そんな時雨先輩が最近可愛く見えて仕方ない。それだけじゃ留まらずこうして一緒にいるからこそ、帰宅したあとの虚無感はどうも苦手だ。
「はぁ……」
「溜息なんてどったの皐月」
「いやぁ……あれ以来先輩の猫耳見てないなぁって」
「ま、まだ覚えてたんだ……」
「そりゃあそうですよ!先輩の呪いで生徒会に入らされたんですから!嫌じゃないですけど!」
「そこまでは聞いてないよ!?てかそんなはしゃいだらっ……!」
先輩の返しにムキになって返事をしてると、今私が乗ってる“椅子”がぐらつく。鉄パイプ椅子だから少し不安定でだったけど、窓を拭くのには丁度いいと選んだ私が悪かったかなぁ……なんて足が離れた時に思った。
その時だった。
凄まじい音を立てた椅子はあらぬ方向に吹き飛んでいたけど、私は何故か無傷だった。それどころか鼻と鼻が当たるくらいまで先輩の顔が近くにあった。
ってなんで先輩が?
「はぁ……少しは気をつけてよ皐月……痛た……」
あぁ、なるほど。私を庇ってくれたのか。なんて優しい先輩なんだろう。それよりも、咄嗟のことでなのか、猫耳と尻尾が顕になった先輩の顔が近いことに、妙に意識してしまい、心臓が高鳴り始める。きっと私の顔は真っ赤に染まってるだろう。そうに違いない。
でも、そんなの関係ない。
この心臓の高鳴りには、
頭の中をグルグルと走り回る悪魔には、
私の下敷きになってる先輩の苦笑いの可愛い顔には、
先輩から香るほのかに甘い匂いには、
逆らえない。
逆らうことができない。
そして私はそのまま先輩の手を握る。ぎゅっと強く、されども優しく固く。いわゆる恋人繋ぎと言われてる握り方。まさか初めての恋人繋ぎが先輩とだなんて……
心臓の鼓動はどんどんと早く脈を刻む。いつしか早すぎて心臓がはち切れんばかりに。
「え、ちょ……皐月?どうしたの?」
流石の先輩も困惑気味だ。笑いすら出ない困惑の顔。でも可愛い。私は無言で先輩を求めた。目を瞑り高鳴る心臓を他所に、先輩の唇を奪う。
「あう!」
いや、奪えなかった。頭突きをされたんだ。涙を流しかけてる先輩に。
咄嗟のことで手を離し仰け反ってしまった私は、痛みと先輩の表情でようやく我に返る。
私は今何をやろうとしていたのか……
そう考え一杯の冷や汗をかいていると、
「ごめん……」
その一言を吐き捨て太くなっている尻尾と耳を隠すと、生徒会室から姿を消した。
「はぁ……何やってるんだろ私……」
ポツンと残された私も、完全に嫌われたと思い静かに涙を流し生徒会室を後にした。
――流石にあの日以降は生徒会室に顔すら出せなくなった。親とかには相談すらできないため、ただ教室でいつもの帰宅時間になるまで一人で過ごしていた。
まぁ、大袈裟に言ってるけど、顔を出してもし先輩と目が合ったら、気まづくて話すらできないで終わる。そんな気がしてならない。
あ、でも今日は生徒会室に用があるから行かないとなんだよなぁ……はぁ……
用というのは毎月恒例の目安箱回収。生徒からの意見を目安箱に入れてもらい、毎月集めるんだ。
で、実用化出来そうな意見や要望を絞り込み、生徒会内で話し合う。生徒会の大きな仕事だ。まぁ、主に決めるのが会長だから、生徒会の人は私と時雨先輩しか集まらないんだけど。
ただ、面倒臭いことに、生徒会に入ってから目安箱回収は私担当で、だからこのだだっ広い校舎を歩き回らないといけないんだよね。
といっても、時雨先輩一人の時は、一人で全部やって、意見とかは話し合うことすら出来ないから慎重に考えていたみたいだけど。
なにわともあれ、目安箱を持っていく仕事があり、私は席を立つ。まず最初は私がいる二階普通科前の目安箱。それを抱え、次に向かうのは北階段付近の商業科前の目安箱。中に入った紙を最初の箱に移し、次は三階に登り電気科前、次は――と校内を一時間ほど歩いて回収。
でも全学年分は、流石に集めれないため回収は一部だけでいいって言うのは幸いだ。
校内を覚えても、全部回るのはかなりかかるから本当に助かる。
「はぁ……ってこれ、仕分けも時雨先輩いなかったら一人でやらないとなのかぁ……」
ある程度集めてとぼとぼと歩くこと数分。もはや迷うことなく来れるようになった生徒会室にたどり着いた。扉に手を添え開けると……やはり生徒会長の姿は無かった。
「ですよねぇ」
と居ないことにガッカリしつつ机の上に目安箱を置くと、箱を開けてソファーに座る。刹那。
「って先輩!?」
部屋の隅っこで猫耳も尻尾も生やし、まるで猫のように丸くなって寝ていた。
それも、尻尾とか上手く丸めててちゃんと下着は隠れてる。流石猫耳先輩!……じゃなくて時雨先輩!
でも、私の声でゆっくりと瞼が押し上げられていく。
「おはよう……ございます。耳と尻尾出てますよ?」
「ん……おはよう……」
向くりと起き上がり背伸びをすると、何も言わずに耳と尻尾を隠す。
が刹那、未だに眠たそうな瞼がいきなり押し上がり、完全に夢から醒めたことを知らせる。でも驚くのはそこじゃない。先輩が、あの時雨先輩が私の目の前にやってくると、私の名前を呼んで急に泣き始めたのだ。
理由は簡単なもの。
「皐月……!なんで生徒会室……来てくれなかったの……私ずっと……ずっと待ってたのに……」
泣き叫びの声は押し殺し、篭った涙声で怒る時雨先輩。でもずっと待ってたって……だって……
「だって、先輩……私のこと嫌いになったんじゃ……」
「バカっ!私がいつ皐月のこと嫌いなんて言った!?」
「だって……」
「だってじゃない!どれだけ心配したと思ってるの……少しは考えてよ……孤独から解放されたのに、また孤独なる私を……」
ポスッと私の体めがけ自ら倒れると、私の胸に顔を埋めながら「バカ……バカバカ」と何度もバカと連呼し始めた。正直くすぐったいけど、笑いは我慢する。先輩は先輩なりに苦労してるんだ、今は優しく受け止めることしかできない。
「ごめんなさい、時雨先輩。怖かったんですよね……もう一人にはしませんから」
泣きじゃくる子供を宥めるように、そっと頭を優しく撫でて優しく言葉をかける。
「ねぇ皐月……なんで君はそんなに優しいの?普通、猫耳とか尻尾が生えてる人なんて、怖がるのに」
「それは……言ったじゃないですか。私が無類の猫好きだって」
「聞いてない」
「あ、あれ?言ったと思ってたんですけど……」
「聞いてないものは聞いてない」
「そうでしたか……まぁ、最初は猫好きだからでしたけど、今は……別の理由がありまして……えっとその……時雨先輩が好きだからです。ラブの意味で」
「それも聞いてないって……え?」
言った私ですら驚くほどストレートな告白の言葉。勿論先輩だって驚き、胸から顔を離して私の目をじっと見つめる。
でも私は言葉を止めない。今ここで本当の気持ちを伝えなければ行けない気持ちがあった。
「ここ最近殆ど一緒にいたからなんですかね?一人になったら寂しくなったり、先輩のこと考えたりしてたので……好きなんだなーって」
「き、きき、聞き間違いじゃない……よね?」
慌てふためく猫耳先輩。可愛良すぎるから少しくらいイジメてもいいかな……なんて思いつつ、
「冗談デスネー」と棒読み感満載に冗談だと言ってみた。すると、
「……へ?じ、冗談……?それこそ聞き間違いじゃ」
「ナイデスネー」
「…………」
あ、やばい。なんかすごく泣きそうな顔してる!やっぱり冗談なんて言うんじゃなかったっ!
とはいえ時は既に遅し、多分……というか確実に次に好きだって気持ちを否定したら泣き崩れる。うん確認に。
「あー、そのハイ……すいませんでした。冗談が嘘です。私は時雨先輩が好きですよ」
刹那、涙を浮かばせていた目がぱあっと明るくなり、若干喜んでいるような……いや思いっきり尻尾を振りまくってるから喜んでるな。
てか……先輩結構感情わかりやすい!可愛いなもう!
「お、乙女心を弄ぶなぁぁぁ!それに私は……私達は女の子同士だよ!?本当に弄ぶなぁぁぁっ!」
いじられたことで腹を立てたのか、可愛くポカポカと私の体を叩いてくる。まぁ、力なんて入ってない可愛らしいパンチでほんわかしちゃいそうだけど。
「……ぷっあははっ!嫌だなぁ先輩、そんなことわかってますよ。別に女の子同士だって愛せるんです。まぁ、この間は暴走しちゃいましたけど」
ちゃんと好きだと、別に女子同士でも問題は無いといえば、叩くのをやめ、
「あ、あぅ……あぅあぅ……と、とりあえず返事は今度!」
「てことは考えてはくれるんですね」
「あぅあぅ……」
予想外の展開でなのか、先輩は顔を真っ赤に染め上げ、顔を手で覆い隠しながらしゃがんだ。
それどころか再び目を合わせてくれる気配がない。とはいえ、強引な事をしたあとの気まずさと比べれば嫌なものではなかった。
「それはそうと今月の会議、やりますよ先輩!この学校マンモスだけあって毎月凄いんですから目安箱!」
これを機にどこか感じていたモヤモヤとした重りがふっと消えてなくなった。先輩とも仲直りしたから余計だとはおもう。でも、もし私の告白がいい返事だったらと思うと、それだけで元気になれそうだ。
そして一度告白の件は置いておいて、会議をやることにした。早く迫ったところで返事は変わらない。だからこそ一度置いて、本題である目安箱と会議に移ろうというわけだ。
まぁ、別の話題にしないと、先輩が恥じらいで倒れてしまいそうだったっていうのもあるけど。
ただ、一週間が経っても、一ヶ月が経っても、二学期が終わって季節が変わっても告白の返事は帰ってこなかった。まぁ楽しい日々ではあったけど、やっぱり先輩との距離感はいがめない。
―――――――――――――――
「時雨先輩……一年前の告白……忘れちゃったんですか……?」
告白して早一年。秋雨が降り注ぐ平日の午後。私はとうとう聞いてしまった。それも生徒会室ではなく、私達二人以外誰もいない先輩の教室で。
「忘れてなんかいないよ。忘れるわけがない」
「じゃあなんで返事くれないんですか……」
「……」
それすらも答えてくれなかった。嫌いにはなっていない様子なのは、顔を見たらわかる。だけどこんなにも距離を置いて、返事を返さずにいれば誰だって心配もするし、胸がきゅうっと締め付けられる痛みが襲う。
返事すらくれない先輩に、もはや涙を流すしかない私。口では忘れてないなんていうけど、本当に忘れて私のことが嫌いになったんだ。そうに違いない。
ネガティヴな思考が私を締め付ける。
ネガティヴな思考が私を暗い気持ちにさせる。
ネガティヴな思考が、私を私でなくす。
――もうこびりついて、消えそうもない様々な思い出が、ネガティヴな思考の糧となり私を蝕む。
刹那。
「……本当は怖かったの。好きだって言われて、本当にもう一人じゃないって安心する私が。ううん、それだけじゃない。皐月が私のことを、いつか捨てられるんじゃないかって……そう考える度胸が苦しくなって……」
「時雨先輩……」
どんな言葉をかけていいのかわからなくなった。ネガティヴな思考に取り憑かれ、涙を流しているのはこっちなのに、先輩の本音の言葉だけで先輩の方が可哀想であると、私の辛さはちっぽけなものだと思い知らされる。
先輩は耳と尻尾のせいで孤独な生活をずっと送ってきた。
でもだからこそ、私は先輩の苦を笑顔に、辛さを、幸せにできたらと……
「先輩。自分の気持ちに正直になっていいんですよ」
「皐月……」
涙で瞳を潤す時雨先輩に、優しく声をかける。
時雨先輩は、静かに涙を流す。でも、私の言葉で本当の気持ちを伝えるべくか、コンプレックスな猫耳と尻尾を出し、
「皐月……私は君と一緒にいたい。こんな直球だけど、ダメかな?」
「ほ、本当に正直に……それも身体まで正直に!」
「す、正直にって言ったの皐月だよ!?」
「そうですけど!……あ、もう一回さっきの言葉いいですか?」
「嫌っ!恥ずかしい!」
「じゃあ……」
私は恥じらう先輩の手を取り、暴走したあの時みたいに、指を絡め固く、されども優しく手を繋ぐ。
二人の気持ちは、両想い。だからこそ先輩はそっと瞳を閉じ、尻尾を揺らす。ってああもう可愛いな!焦らして遊びたい!
でも、焦らしたら焦らしたで、怒られそう。そう思った私は、そっと唇を重ねた。
――とても嬉しかった。一年越しにはなっちゃったけど、返事じゃなくて逆に告白、それも心の底から愛してやまない先輩の口からの告白。
大好きな人からの告白なんて、私には経験はない。というか大体の人がそうだと思う。それにキスまでしちゃって……この日は二人の記憶に残る一生に一度の思い出となった。
で私達は晴れて“恋人”となった。だけど、やっぱり世間は難しい。女同士だろとか、キモとか色々言われた。
でも、同性で付き合ったらダメなんて法では決まってないし、誰と付き合ったって個人の勝手。
手を繋ぐのだって、好きな人だからこそ手を繋ぐのに、同性だからで変な目で見られるのはおかしい話。
まぁ、私達は気にしない。
だって私は……佐倉皐月は、干支本時雨を愛し、干支本時雨は私を愛するのだから。
――付き合い始めて早二ヶ月、雪が降る日。生徒会長となった私は、元生徒会長の先輩の手を借りて、色々と準備を進めていた。
色々というのは、主に卒業式。まぁ、それは私だけで十分だけど、他にも毎月やってる目安箱とか、生徒が使う整備の確認など冬休みに入る前にやることがいっぱいある。
「――そういえば、時雨先輩の尻尾……生えた時スカートとかそのままですけどどうなってるんですか?耳とかも実際機能してるのか気になります……!」
「今更だね……尻尾は下着とかスカートにちょっと細工してあるんだ。パッと見わからない細工だけど。それに耳は耳だし……なんなら触ってみる?」
と、先輩は前と違って私の前だからかなんの躊躇いもなしに猫耳と尻尾をだした。
相変わらずシュッとしてて、猫の耳だと、猫の尻尾だと見てわかる。
「ほんとだ……スカートに穴空いてる……!耳も頭から生えてるっ!」
「なかなか失礼だね皐月……」
「いやぁ、一度でいいから時雨先輩の猫耳と尻尾触って見たかったんですよ。げへへー」
「何その笑い方!」
先輩の後ろに回り、スカートを見ると確かに穴が空いている。まぁ、尻尾で埋まってるから中身までは見えないけど。
耳は普通に耳。触ってみたらめちゃくちゃサラサラしていて、触感は完全に猫耳。猫好きだからこそだと思うけど、ずっと触っていたい。それほどまでツヤツヤサラサラだった。尻尾もまた然り。
ツヤツヤサラサラといえば時雨先輩の髪もツヤツヤなんだよなぁ……
「あ、触ってて思い出したんですけど、先輩は尻尾触られるの平気なんですね」
「な、なな、慣れだね!?」
「めっちゃ動揺してますね!?」
まぁそれもそのはずだ。猫の尻尾はあまり触ってはいけない箇所の一つ。先輩みたいに大人しく触せてくれる猫もいるけど、尻尾には骨盤とか下腹とかの神経と繋がる大きな神経が通っている。それに骨も多い猫で二十三はあるし、筋肉も十二個も付いて敏感なんだ、触れば普通嫌がる。
「先輩の場合、無理して我慢してるけど猫は我慢しないから触る時は触り方に注意してね!」
「だ、誰に向かって言ってるの皐月」
ちなみに耳は猫にとって触って欲しい部分なんだよね。
……そんなこんなで先輩の猫耳を堪能すること数分。時間を忘れてしまいそうだったので、すぐに仕事に戻った。まぁ、今日は先輩の手伝いもあったから、残りは校舎内の備品点検くらいだけど。
実際、学校の備品は先生が全て確認するのだが、何分ここはマンモス校。大人数の先生がいても、備品確認ミスがあるらしく、私達生徒会も確認するようになった。
ちなみに冬休みの二ヶ月前から担当わけされていて、今日は五階化学科、物理学科の二つの実験室だ。
そこで点検するのは掃除道具、フラスコ、ビーカー、アルコールランプのアルコール量とかだ。欠損があれば補修したり、継ぎ足したり、新しいのに変えたりする。
こんな感じで毎日が忙しく、されども楽しい日々が過ぎてゆく。
忘れたくない大切な記憶が次から次へと生まれていく。
―――――――――――――
そして冬を迎え、卒業式。時雨先輩も勿論卒業……かと思えば、水雲大学部に進級で、これからも一緒に過ごせると知り思わず泣いてしまった。悲しみではなく嬉し涙。でもやっぱり悲し涙でもある。私が三年になり、先輩は大学部一年。校舎が分かれ生徒会の仕事を一緒にできないのだから。
「なーに泣いてるの皐月」
「ぜんばいぃぃぃ〜!!せんばいどあえなぐなるど考えるど……ひっぐ……」
「何言ってるの、皐月。寮は一緒なんだからいつでも会えるんだよ」
「わがっでる、わがってるげどぉ〜!」
「はぁ……泣きたいのはこっちなのにな〜君のせいで泣こうにも泣けないじゃないか……」
卒業式が終わり、高等部は授業も終えた。故に私はこうして寮の自室にいる訳だが、卒業式から泣いてた私を見て先輩が慰めに来ていた。
でも先輩の言う通り、泣きたいのは先輩のはず。先輩も泣いていいのに……なんて思うけど、どうやら泣けないのは私のせいらしい。ってなんで!?
「私はね、あの時皐月に会ってなかったら、孤独の人生のままだったし、実家に戻ってた。でもね ?皐月がコンプレックスに悩む私を変えてくれたんだよ?だから泣かないで前を見て、私を追いかけてきて。で皐月と私が大学を出たら……一緒に暮らそう皐月」
「――ッ!はい!先輩!」
先輩の優しい言葉に、私は笑顔で返事を返した。