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汚染、増殖。

ヒトシから電話が入り、彼からテツロウとミキヒサの事を聞かれました。

大阪インターで窮地に追い込まれた際、二人が私にした事を、軽くメールで伝えてあったからです。

私が事の顛末を話すと、ヒトシは思いもしない事を口にしました。


「それ、俺もやられた」


どうやらヒトシも、テツロウとミキヒサに同じような事をされたと言うのです。

私は驚き、彼から詳しい話を聞き出そうとしました。

すると彼は


「今、あきおん家の近くに居るから、会って話そうよ」


と、言うのです。



……私は何となく躊躇してしまいました。



テツロウとミキヒサの魔の手は、同じクラスメイトだったシュウジにまで及んでいた。

二人はシュウジよりもヒトシとよくツルんでいたから、もしかしたら、ヒトシも二人の一味なのでは……?


そう彼を疑ってしまったのです。

あんな事があった直後だったので、私は人間不信になっていました。


それでも、ヒトシはいつにもなく真剣な声だったので、私は彼を信じる事にしたのです。


※※※※※※※※※※※※


その後、私とヒトシは、実家の近所にある喫茶店で待ち合わせ、落ち会いました。

久しぶりに再会した彼は、以前とあまり変わっていない様子でした。

二人で席につき、適当に軽食を注文しました。

そして、テツロウとミキヒサの件について話し合ったのです。


私は率直に聞きました。


「テツロウとミキヒサ、何かの宗教にでも入っちゃったの?」

「宗教? 違うよ、なんとかビジネスってヤツだよ」


ヒトシもその当時は、『マルチ商法』という言葉は知らなかったようでした。


「俺もあきおと同じ事された。遊ぼうって言うから行ったら車に乗せられてさ、そんで何処行くか聞いても、絶対教えてくれないんだよ」

「何度聞いても、楽しいところ、とか、行けば分かる、とか言われてさ、結局、セミナーみたいなのに参加させられた」


どうやら彼も、私と同じ手口で連れて行かれたそうです。

そして、その時初めて、テツロウとミキヒサが入れ込んでいるものの正体を、ヒトシの口から聞きました。


「ニュー◯キン」

「何それ?」

「なんか化粧品とかシャンプーとか作って販売してる会社らしい」


そして私は、ニュー◯キンが行っている商法を彼から教えてもらいました。

それは、典型的なマルチ商法そのものでした。


「儲かるって話だったから、俺もやろうと思ったんだよ」

「マジで!?」

「でもさ、友達の彼女がやってたんだけど、最初に20万円くらい用意しなきゃいけないらしくてさ、俺はそんな金用意できないし、他にも色んな話を聞いてやるの止めた」


ヒトシの話によると、彼の中学時代の友達の彼女が、このマルチ商法をやっていたそうです。

しかし、初期費用として20万円近くを請求されたそうです。

なんでも

「これから商品を人に勧めて売ってゆくのだから、その商品の良さを知っておく必要がある」

とか何とか言われたそうで……。

その彼女はローンを組んでまでマルチ商法をやり始めたそうですが、儲けは全く出ずに、大損してしまったとか。

テツロウとミキヒサに強引にセミナーに連れて行かれた後、ヒトシはその話を聞いたので、思い止まる事が出来たのです。


「結局、儲かる奴なんてごく一部らしい」

「うん、そんなに世の中甘くないって……」

「でもさ、物は良いんだよな、物は!」


ヒトシはセミナーに参加して洗脳されたからなのか、ニュー◯キンが作っている商品の素晴らしさを力説していました。

その姿は少し怖くて、私は引いてしまいました……。


──ヒトシが連れて行かれたセミナーは、地元のK市で行われたそうです。


私が連れて行かれようとしていた神戸のセミナーは、地元よりも大々的なセミナーになるらしき話を後に知りました。

私もあのまま逃げ出さずに神戸で行われたセミナーに参加していたら、洗脳されていたのかもしれないと思うとゾッとします……。


その後、私はヒトシから、テツロウとミキヒサがニュー○キンにのめり込むようになった経緯を聞きました。


ハコダテという男は、あまり定かではないですが、どうやらテツロウと同じ中学を卒業した男だったそうです。

そのハコダテがニュー○スキンのマルチ商法をやっていて、少しだけランクが上がり、テツロウが住む地区のまとめ役のようなものになったという話です。

そしてテツロウが勧誘され、テツロウがミキヒサを勧誘し、二人がクラスメイトだったシュウジとヒトシを……という流れです。


そして話題は、何故、テツロウとミキヒサが、そんな胡散臭いマルチ商法に手を出してしまったのか、という話題になりました。

ヒトシは静々と言います。


「あいつらさ、アツシの事を見返したかったんだよ……」


──アツシ(仮名)。


彼は高校時代、私達と同じクラスの男でした。

アツシは男子生徒達の中では成績が良く、クラス全体からしても、上位の成績を収めていました。

彼は学級委員長でもあり、クラスの中では、どちらかというとリーダー的存在の男でした。

しかし性格は自己中心的で、大半の女子生徒達から嫌われていました。

最初は男子生徒達の中でもリーダー的存在でしたが、その横暴さが災い、徐々に彼から離れてゆく者も多かったです。


どちらかというと、ヒトシはアツシの事を敵視していました。

ヒトシはテツロウやミキヒサやハルヒコなど、よくツルんでいた連中と集まっては、陰でアツシを馬鹿にしていました。


しかし、その中でもミキヒサだけは特殊でした。


ミキヒサは、分かりやすく言うと『ドラえもん』に登場するスネオタイプの男で、ヒトシとアツシとの間を上手く渡り歩き、どちらとも仲良くしていたのです。


何故、ヒトシやテツロウやミキヒサ達の仲が良かったのかというと、それは“貧しさ”が関係していたのかもしれません。


公立高校という事もあり、生徒達の各家庭には貧富の差がありました。

私もそうですが、私達のクラスには貧しい家庭の子供が多かったのです。


テツロウの家庭は複雑で、彼は両親と上手くいっていなかった。

それが原因で、身の回りのお金は全部自分で工面していたそうです。


ミキヒサは、母子家庭で貧しかった。


特に貧しかったのは、ヒトシの家庭でした。


彼は父子家庭で、父親と二人でアパートに住んでいました。

そのアパートに遊びに行った事があるのですが、アパートというよりは、荘という感じでした。

木造のオンボロ荘で、歩くたびに床はギシギシと音を立てるし、部屋もワンルームで四畳半くらいしかなく、トイレも共同でした。

そこに父親と二人で暮らしていたのですが……

ヒトシが高校二年生くらいの時です。

タクシーの運転手をしていた父親が白内障を患い、職を失ってしまったのです。

一時は高校を辞めるかもしれないという話まで出ていたのですが、伯母の家へ父親と一緒に身を寄せるなどしたそうです。

高校は辞めずに済みましたが、ヒトシはかなり貧困に苦しんできたのです。


そんな貧しい家庭の子供達とは違い、アツシの家庭はとても裕福でした。

両親が建設業を経営しているらしく、彼は毎月お小遣いをたんまりと貰っていました。

それは中流家庭の高校生と比較すれば、はるかに高額なお小遣いだったそうです。

さらに毎月のお小遣いだけではなく、何処かに買い物に行くとなれば、その都度、親から大金を貰っていたそうです。


服装にも気を使う年頃。

高校生が毎月コツコツとアルバイトをして貯めて、ようやく買えるような値段の服を、アツシはポンポンと買っていました。


アツシはよく、友達のみんなに色々なものを奢っていたそうです。

私は彼を「気前のいい男なんだなぁ」と思っていたのですが、アツシを中学時代からよく知る女の子が言うには、その行為は金で友達を繋ぎ止めておくという行為だったそうです。

奢る事で恩をつくり、自分に歯向かえないようにして、リーダー性を固持しているのだとか……。


そんなアツシによく奢ってもらい、彼に尻尾を振っていたのがミキヒサでした。


……しかし、実は内心、それは屈辱だったのだといいます。


ヒトシは言います。


「アツシは金持ちだから、金で何だってしてきた」

「金さえあれば……って、あいつら思ってたんだよ」

「だから金持ちになりたくて、ニュー○キンを始めたらしい」

「アツシを見返したかったんだよ」


テツロウとミキヒサ。

彼ら二人は、実はアツシのようになりたかったのです。

今の自分達の現状とアツシとを比較して、彼に嫉妬していたのでしょう。


アツシは成績も良かった事から、大手の会社に就職しました。

それは就職組のクラスメイト達が憧れる会社でした。


ミキヒサも、アツシと競うくらい成績は良かったです。

アツシよりも高い成績を収める事が何度かありました。

しかし、アツシは学級委員長をやっていた事や、部活動で良い成績を残してきたのに対し、ミキヒサには何もありませんでした。

そして何よりも、ミキヒサは家庭の負担を減らしたいがために、入寮制の就職先を選んだのです。

その就職先はアツシの就職先と比べると、規模の小さい会社でした。

当然、給与の差も出てきます。

ミキヒサはアツシにヘコヘコしながらも、内心、屈辱を受けてきたのです。



テツロウに関しては、個人的なアツシへの嫉妬心があったように思います。

テツロウは一見、優しそうな男のように見えるのですが、中身はアツシとさして変わりませんでした。

アツシとテツロウ、二人とも獅子座でB型なのです。

(星座や血液型で性格を分析するのはナンセンスだと思う方もいるかもしれませんが、私は個人的に全く信憑性の無いものだとは思えません)

テツロウもアツシと同じく、自分がリーダーでいたいタイプだったのです。

しかし、リーダー的なカリスマ性があるわけでもなく、口が立つわけでもなく、金も無い。

結局テツロウは、リーダーにはなれなかった男でした。

彼がリーダーになれたのは、ミキヒサと二人きりの時だけだったのです。



テツロウとミキヒサは、高校時代から今に至るまで、ずっと“金持ちのアツシ”に嫉妬してきたのです。

それは貧しい家庭で育ったヒトシも同じでした。

しかし、ヒトシは思い止まった。

テツロウとミキヒサは嫉妬心に心奪われ、堕ちていった……。


ヒトシからその話を聞いた私は、男の嫉妬の醜さを思い知りました。


よく「女の嫉妬は怖い」と言いますが、他人から見ればどうでもいいような事で火が点き、そして、いつまでも深く深く根に持ち、権力やメンツに関わるとエゲツない男の嫉妬のほうが怖ろしく、それだから醜いのです……。


それから私は、他に誰がテツロウとミキヒサから勧誘を受けたのかを、ヒトシに聞きました。

しかし、ヒトシにもシュウジと私達以外で勧誘を受けた人物は知らないと言っていました。


──高校時代、よく私の家に遊びに来ていたヒトシ、テツロウ、ミキヒサ、ハルヒコ。

その中で、ハルヒコだけは何故か勧誘を受けていませんでした。


それはきっと、ハルヒコの家庭が貧しくはなく、彼は大学生活をエンジョイしていたからでしょう。

そして、仲は良いことは良かったのですが、どこかハルヒコとテツロウ・ミキヒサとの間には、壁があったからなのでしょう。

彼らが三人だけでツルんでいる姿を、私は一度も見た事がありません。


テツロウとミキヒサが狙った(勧誘行為を働いた)のは、社会に出ても、あまり上手くいっていない人達ばかりです。

(ヒトシはその当時、どの会社に務めても長続きせず、職を転々としていました)

(シュウジも就職先の仕事がハードすぎる、と愚痴っていたという話を私は人づてに聞いていました)

テツロウとミキヒサ自身もそうだったし、シュウジもヒトシも私も、会社に馴染めなかったり、会社を辞めてしまったり、人生が上手くいっていませんでした。

そういう人達ばかり(それも友達)を狙う二人が、憎くて憎くてたまりませんでした。


もしかしたらテツロウとミキヒサは、良かれと思って、私達にマルチ商法を勧めたのかもしれない。

彼らは「努力次第で儲かる」と考えていたのだから、良かれと思って私達を……

そう思おうとはしてみましたが、やはり、どうしても胡散臭かったし、これは裏切り行為であるという思いは拭えませんでした。


「──で、金はどうすんの?」


ヒトシが言う「金」とは、テツロウとミキヒサが折半して払ってくれると言っていたアルバイトの給料の事です。


7万円。

その当時の私には生活がかかっていたので、それは高額なものでした。

しかし私は、どうしてもテツロウとミキヒサを許す気持ちにはなれなかったし、彼らに対して恐怖心もありました。


「お金の事は諦める。だって、もう二度と二人には会いたくないから」


私が感情論でそう話すと、ヒトシは強い口調で言いました。


「ダメだって!! 約束したんだろ!? そこはきちんと貰っとけよ!!」


それでもまだ私はウジウジとしていました。

しかし、よくよく考えてみれば、ミキヒサの車の中に大量の荷物(衣類など)を置き忘れてきていたのです。

私は腹を決め、再び彼らと接触する事にしました。



ヒトシと別れた私は、ミキヒサに電話をかけました。


7万円を折半して払うと最初に言い出したのは、ミキヒサだったからです。


そして、過去のクラスメイト達にマルチ商法を持ち込んだ“諸悪の根源”であるテツロウとは、二度と口も聞きたくなかったからです。



ミキヒサと連絡を取り、数日後、一緒に銭湯に行く事になりました。


よく高校時代、私の家に泊まりに来ていた彼らと一緒に行っていたからです。


私は銭湯に行く気分ではありませんでしたが、きちんとお金を払ってくれると言うので、ミキヒサの要望を呑む事にしました。


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