友情ヲ信ゼヨ
私、テツロウ、ミキヒサの乗る車はスピードを上げ、地元を目指しました。
やがて私達三人は、地元の県に足を踏み入れたのです。
その頃には朝陽が昇りはじめ、空はぼんやりと明るくなりかけていました。
二人に「眠っててもいいぞ」とは言われていたのですが、それまでの夜勤勤務で睡眠リズムが狂っていた私は、一睡も出来ませんでした。
だから車窓からずっと、外の景色を見ていたりしました。
久しぶりに帰ってきた地元は、東京に比べて空が広く見えました。
建物が東京に比べ、断然に少ないですからね。
地元の県へと足を踏み入れた私達三人。
『あと40分もすれば、実家に到着するだろう』
後部座席に座りながら、私はそう考えていました。
そう、私は二人が実家まで送ってくれるものだと思っていたのです。
しかし、何故か車は、私の実家とは逆方向へと進んで行くのです……。
そして、運転席と助手席に座っている二人は、何やらコソコソと打ち合わせのような事をしているのです……。
「ミキヒサん家、スーツある?」
「うん、たぶん大丈夫だと思う」
「じゃあミキヒサん家に行こう」
そんな感じの話し声が聞こえてきました。
てっきり実家まで送ってくれるものだろうと思っていたのに、何故か車はミキヒサの家の方向へと向かいました。
不思議に思った私は、前の座席に座る二人に尋ねました。
「ねぇ、ミキヒサん家行くの?」
「…………」
「…………」
しかし二人は、私の声が聞こえていなかったかのように振る舞うのです。
狭い車内なのに、聞こえていないはずがありません。
すかさず私は、もう一度尋ねてみました。
「ねぇ、何処行くの?」
するとテツロウは、こう言いました。
「楽しいところ」
「……楽しいところ?」
「そうだ」
私はいまいちその言葉の意味が理解できず、それが何処なのかを詳しく尋ねました。
しかし二人は
「パーティー行かなあかんねん」
と、ダウンタウンの『ごっつええ感じ』というテレビ番組の中のコントで、松本 人志が言っていたギャグを言って茶化すのです。
彼ら二人は、そうやって私の質問をはぐらかしました。
その時点では私は「まぁいいか」ぐらいにしか考えていなくて、それ以上質問するのをやめてしまいました。
しばらくして、車はミキヒサの家の前の駐車場に到着しました。
ミキヒサの家は、集合団地の一室です。
そして、県内でもあまり治安の良くない場所にありました。
──ミキヒサは母子家庭で、あまり裕福な家庭ではありませんでした。
彼は高校を卒業してから働き出し、家に金を収め、家計を助けていたそうです。
彼の家には、まだ働けない年齢の妹と、猫が一匹いましたからね……。
「じゃあ、持って来る」
ミキヒサはそう言って、私達を車内に残し、自分の家の中に入って行きました。
車での長旅だったので、私は疲れていました。
ミキヒサと交代で運転をしていたテツロウも、私より疲れていたに違いありません。
だから私は、ミキヒサの家で少し休憩を入れて、お茶でも……と、思っていました。
しかし私とテツロウは、車に取り残されました。
私は再びテツロウに、これから何をするのか尋ねてみました。
しかし、彼はまたギャグを言ってはぐらかしました。
しばらく車の中でミキヒサを待っていると、彼は何かを持って戻って来ました。
それは、黒いスーツでした。
ミキヒサはテツロウに、
「ごめん、スラックス(スーツのズボン)と靴は合いそうなのが無かった」
みたいな事を言っていました。
テツロウは、
「じゃあ、ハコダテさんに貸して貰えるか聞いてみるよ」
そんなような事を言っていました。
私は二人の会話がうまく聞き取れなかったのと、意味が分からなかったので黙っていました。
そして再度、休憩を入れる事なく車は出発したのです……。
ミキヒサの家を出発し、次に向かった先は、県内でも田舎のほうの市であるK市でした。
近くに山が見えて、畑だらけ。
そこは本当に田舎です。
しばらく東京生活をしていた私には、逆にそれが新鮮に思えました。
私達の乗った車は、辺り一面畑だらけの中にポツンと建っている喫茶店の駐車場で止まりました。
そこは田舎の喫茶店だけあって、駐車場が無駄に広く、辺りには人の気配がなくて、かわりに朝霧だけが漂っていました。
『……どうしてこんな場所に?』
私は意味が分かりませんでした。
駐車場に車を止めると、テツロウは携帯電話で誰かに連絡を取っていました。
そしてミキヒサは、駐車場の隅のほうに設置されている水道(きっと店の人が掃除などで使うものだろうと思われる)で顔を洗い、ヒゲを剃っていました。
──ミキヒサは高校時代からヒゲが濃く、クラスメイト達からその事をからかわれていました。
彼は一日に四度くらいヒゲを剃っていました。
ヒゲが濃い事は、ミキヒサのコンプレックスだったのです。
携帯電話で誰かと連絡を取っていたテツロウの口から、「待機」という言葉が出ました。
そうして私達三人は、喫茶店の駐車場で待機する事となったのです……。
しかし私は、どうして待機しなければならないのか?
誰の命令で待機なのか?
全く理解できませんでした。
そして二人は、先程ミキヒサの家から持って来たスーツを、私に着るように言うのです。
どうしてミキヒサのスーツを私が着なければならないのか?
それも私は理解できませんでした。
そして私は、徐々に二人の不可解な行動に腹が立ってきたのです……。
東京から地元へとやって来て、さらに訳も告げられず、色んな場所へと連れまわされる私。
長旅だったのと、一睡もしていなかった事などから、疲労が溜まっていました。
私は再度、少し強い口調で二人に尋ねたのです。
「これから何処に行くの!?」
すると二人は、またまたギャグではぐらかそうとしたのです。
そのギャグは、もはや私には何の面白味も感じられず、それどころか癇に障るようになったのです。
私はついに頭にきて、ふくれっ面のまま黙り込みました。
──私が黙り込むという事。
それは、私がキレているという事を、テツロウとミキヒサは知っていました。
私が車内でむくれていると、彼ら二人がやって来て、こう言いました。
「あきお、ツグちゃんっていただろう?」
「…………」
「ツグちゃんのパーティーなんだよ」
──ツグちゃんとは、私達の通っていた高校の教師、ツグナガ先生(仮名)でした。
私達が高校を卒業した頃には定年まぎわで、かなり年老いてはいたのですが、その持ち前のヘンテコリンなキャラクター性で、みんなから「ツグちゃん」と呼ばれ、慕われていました。
上京する前、ツグナガ先生の定年を祝うパーティーのようなものが近々あるという話を、私は別の友達から聞いてはいたのです。
しかし、私は上京していたので、パーティーには参加できないだろうと思っていました。
『そうか、今日がツグちゃんのパーティーの日なのか』
『だからスーツに着替える必要があるのか』
『二人が私に対して不可解な行動をしていたのは、みんなを(そして私をも)驚かせるためだったのか』
『私が東京にいるだろうと思っているクラスメイト達の前に私を連れてきて、サプライズ・ゲストみたいな感じで驚かせるつもりなんだなぁ』
私はお気楽にも、そんな風に解釈しました。
テツロウとミキヒサの説明は少なく、要点を濁す感じだったというのに……。
そして私は、ミキヒサから借りたワイシャツを着て、ネクタイを締め、ジャケットを羽織り、ズボンと靴はそのままで、再び機嫌を取り戻したのです。
その後に、どんな恐ろしい事が待っているとも知らずに……。
再びテツロウの携帯電話に誰かから連絡が入り、彼は誰かと話していました。
その電話が終わると、車は再び何処かに向けて出発したのです。
私はもう完全に『ツグちゃんの定年祝いパーティー』が行われるのだと信じていました。
だから、パーティー会場にでも向けて出発したのだと……、そう思っていました。
パーティーをするにはいささか時間が早すぎるとは感じていましたが、それはパーティーの準備などがあるからなどと思っていたのです。
しかし、車はさらに人気のない場所へと到着したのです。
それは山奥のような場所で、近くには市民会館のような建物がありました。
地面が砂利の駐車場。
そこで車は止まりました。
何故か駐車場には、早朝だというのに沢山の車が停車していました。
そして、沢山の人達が居たのです……。
早朝なのに、集う人達。
軽く30人は超えていました。
その人達は全員黒いスーツやドレスを着ていて、見た事もない知らない人達でした。
そして、少々ガラが悪かったです。
キャバクラ嬢のように、派手な化粧と髪色の女。
ホストのように派手な髪色で、アクセサリーをジャラジャラとつけている男。
他にも、地味な男女や真面目そうな男女も居ましたが……
しかし、そこに居る人達の中に、私が知っている人は誰一人としていなかったのです。
……私は、何かがおかしいと感じていました。
しかし、もしかしたらこの人達は、全員ツグナガ先生の教え子なのでは?
つまり、私の出身校の先輩にあたる人達なのだと思おうとしました。
……しかし、どうにもおかしいのです。
雰囲気が異様なのです。
私は混乱しました。
するとそこに、ある人物が現れました。
直前までテツロウと携帯電話で連絡を取っていた事から、その人がさっきからずっとテツロウと電話をしていた人だと分かりました。
その人は小太りで、個性的なフレームのメガネをかけている、ハコダテさん(仮名)という男の人でした。
ハコダテさんは開口一番、私に言いました。
「キミがあきお君かぁ!」
凄く馴れ馴れしい感じで。
そして、
「僕はハコダテだよっ! よろしくねっ!」
と陽気に言いながら、私に握手を求めてきたのです。
……もうここまでくると、訳が分かりません。
『ここに集う人達は一体、誰?』
『そして、このハコダテと名乗る男は何者?』
私が混乱していると、そんな私をおかまいなしに、彼はスラックスとベルトと黒い靴を車から持って来ました。
そして、「僕のだからあきお君にも合うと思うよ」みたいな事を笑顔で言って、こなれた感じで私にそれを渡したのです。
そしてテツロウとミキヒサは、私にそれを着るように言いました。
私がハコダテさんから手渡された物を持ったまましぶっていると、そこに一台の車が到着しました。
その車から降りて来たのは、なんと、高校時代、私と同じクラスだったシュウジ(仮名)でした。
シュウジももちろん、テツロウ、ミキヒサ、そして、シゲキさんに追われていた際、部屋に避難させてくれたヤスコと同じクラスだった男友達です。
やっと知っている顔が出てきて、私は少しホッとしました。
そして、謎のハコダテさんの事や、ここに集っている人達ついて、コッソリと聞いてみたのです。
何となくテツロウとミキヒサを私はもう信用できなくて、そういう事を聞いても、どうせはぐらかされるだけだろうから、聞く気も失せていたのです。
だから二人に聞かれないように、私は彼だけに聞きました。
しかしシュウジも、
「ハコダテはイイヤツだよ」
みたいな事を言って、適当にはぐらかすのです……。
疲労困憊していた私は、もう何が何だか分からなくなってしまい、ヤケクソ気分で、ハコダテさんから手渡されたスラックスを穿き、ベルトを締め、靴を履きました。
小太りなハコダテさんのスラックスはブカブカでしたが(貧乏生活でその当時の私は極端に痩せていた)、彼とは背丈が同じくらいだったので、裾は合わない事もなく、ベルトで何とか誤魔化しました。
靴も若干サイズが合いませんでしたが、歩けない事はありませんでした。
その後。
私達の前に、テツロウの彼女が現れました。
その彼女は、テツロウが高校時代から付き合っている同い年の女の子で、私達と同じ高校に通っていました。
──テツロウは、恥ずかしいのか何なのかよく知りませんが、彼女がいる事を友達全員にずっと隠していました。
私とミキヒサがテツロウに彼女がいる事を知ったのは、二人が付き合い始めてから一年以上経った後でした。
それも、本人から直接聞いたのではなく、間接的に知ったのです。
テツロウと一番仲の良かったミキヒサにさえ、彼は彼女がいる事を伝えていなかったのです。
ミキヒサは、テツロウが居ない時に、その事を愚痴る事がありました。
テツロウに彼女がいるという事が発覚したその後……
私達が遊んでも、テツロウは絶対にその遊びの場に彼女を連れて来る事はありませんでした。
それなのに、その日は堂々とツーショットで居たのです。
私はその時になって、ようやく確信しました。
『ツグちゃんの定年を祝うパーティーなんて行われない!!』
『私は騙されて連れて来られた!!』
テツロウの彼女は、私達とは別のクラスでした。
そしてツグナガ先生は、彼女達のクラスとは一切接点がありませんでした。
特殊な専門分野の講師だったツグナガ先生が、彼女のクラスに関わる事なんてありえないのです。
つまり、同じクラスだったシュウジはともかく、テツロウの彼女がこの場に居る事……
そして、謎のハコダテさんや、その他の知らない人達がこの場に居る事……
それは、“ツグナガ先生とは無関係の何か”が行われるという事を意味していたのです。
騙されて連れて来られたと察知した私は、極端に口数が減りました。
ショックと同時に、ふつふつと怒りが込み上げてきていたのです。
そんな私を見て、テツロウとミキヒサがこんな事を言いました。
「ハコダテさんは、あきおと同じニオイがする」
「うんうん。きっと、あきおと仲良くなれるよ」
彼らはハコダテさんを、同性愛者であるかのように言うのです。
──私はテツロウとミキヒサに、同性愛者である事をカミングアウトしてはいませんでした。
しかし、私がそうであると、同じクラスの一部の人達は薄々感づいていたそうです。
高校生時代、ミキヒサにこんな事を言われました。
「あきおが男を好きでも、べつに俺達、何とも思わないよ。だから素直に言えばいいのに」
仲の良い男友達数人の前で、そう問い詰められた事があったのです。
それでも私は、
「ううん、ホモとかそんなんじゃないから」
と言って、受け入れ態勢はあるというのに、決してカミングアウトはしませんでした。
他に仲の良かった女友達のヤスコなどにはカミングアウトをしていましたが、ミキヒサは昔から口が軽い印象があったので、言いたくなかったのです。
ハコダテさんを同性愛者であるかのように言う、テツロウとミキヒサ。
彼らは私の機嫌を取ろうとして、そんな事を言ったのでしょう。
私はその時、騙されたショックからか、怒りからか、それとも疲労感で頭がおかしくなっていたのか、こんな大胆な行動に出ました。
ハコダテさんのもとへスタスタと歩いて行き、
「ねぇねぇ、ハコダテさんってホモなの?」
そう本人に直接聞いてやったのです。
するとハコダテさんは、ギョッとして驚いた後、
「あはははは! 嫌だなぁ~、違うよぉ~」
と、笑いながら言っていました。
……テツロウとミキヒサは、またしても私に嘘をついたのです!
約30分くらい、その駐車場で待機していたように思います。
やがて人が増えてきて、辺りは黒ずくめの集団に。
異様な光景でした。
その頃には私は、もうほとんど誰とも口をきかずにいました。
頭にきていたのです。
だから、高校卒業以来、一度も会っていなかったシュウジと昔話に花を咲かせる事もありませんでした。
そんな時、二台のバスが私達の集っている場所に到着しました。
それは、ツアーのバスのように大型のものでした。
そして、続々と黒ずくめの人達が、そのバスに乗り込んで行くのです。
『まさか、このバスに乗れと……?』
私の予想どおり、テツロウとミキヒサ、そしてシュウジもハコダテさんもテツロウの彼女も、私にバスに乗るように言いました。
私は何かヤバイものを感じ、逃げてしまおうかと思いました。
……しかし私は、テツロウとミキヒサと友達だった。
高校卒業以来、一度も会っていなかったシュウジとは、そこまで仲良くありませんでした。
シュウジはスポーツマンで運動神経バツグンでしたが、無口で空気の読めないところがあり、さらに何を考えているのかよく分からない男でした。
私はシュウジと、プライベートでは一度も遊んだ事がありません。
しかしテツロウとミキヒサは、プライベートでもよく遊んでいました。
クラスでも、他の男友達を交えてよくツルんでいたし、その数人で、よく私の実家に泊まりに来ていました。
私の部屋は、テツロウとミキヒサ、そして、それ以外の男友達のたまり場みたいなものになっていたのです。
だから私は、友情を信じました。
『私の給料を立て替えてくれるのは誰だっただろう?』
『そう、テツロウとミキヒサじゃないか』
かなり危険だとは感じていたのですが、私達は仲が良かった。
だからきっと、バスに乗ったとしても、そこまで酷い目には遭わないだろうと思っていたのです。
そして、まだ心のどこかで、本当にサプライズな事(例えばツグナガ先生の定年パーティーのようなもの)があるんじゃないか、と望みを抱いていました。
そうして、何も知らず、友情を信じた私は、地獄行きのバスに乗ってしまったのです……。