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Flower knights

花の騎士

この小説は、遥彼方様主催の『ほころび、解ける春』企画参加作品です

 貴方との出会いは最悪と言えば最悪だったかもしれない。

何せお互いに結婚まで決めた相手が居たのだから。貴族という家系に生まれなければ、あるいは望む相手と結ばれたかもしれない。だがそんな話はするだけ無駄という物だ。


「私は……貴方の事を愛します。貴方は私の事を愛せますか?」


 初対面でそんな事を言う貴方は、とても強い人だと思った。

だがそれは違った。貴方も俺と同じ想いに決まっているのに、勝手に強いなどと勘違いをしてしまった。


 俺は貴方の問いに首を横に振った。当然だ、愛せる筈が無い。

俺達が結婚しなければ両家は没落の危機に晒される。そうなれば貴族の人間のみならず、関わっている人間全てを路頭に迷わせることになる。


 だから俺達は互いに納得して結婚する事にした。

だが愛せる筈が無い。どうしたら愛せる。まさか嘘で塗り固めろとでも言うのか。


「俺は……君の事を愛せない。すまない……」


「……貴方はずるいです。きっと貴方は、私の事を何て薄情で、ずる賢い娘なんだと思っているのでしょう?」


 その時の貴方の発言に、俺は目を丸くした。

本心から誓って言うが、そんな事は微塵も思っていなかった。むしろ強く清廉な女性とすら思っていたのに。


「私も貴方も……互いに愛する人が居ました。でも、もう無理なんです。私達の人生は私達の物だけでは無いのです」


 まさにその通りだ。ぐうの音も出ない。

俺は卑怯で卑屈な人間だ。自分だけが辛いと思っていた。貴方の事を強いなどと勝手に評価し、俺だけ悲劇の貴公子を演じていたのだから。


 貴方は泣いていた。望んだ相手と結ばれる事を許されず、こんな剣にしか興味のないような男と結婚を強要されるなど、苦痛でしかない。


 辛いのは俺だけでは無いのだ。当たり前の事なのに、俺は勝手に自分だけ悲劇に酔っていたのだ。


「私は貴方を愛します。貴方は私を愛せますか?」


 再び同じ問を投げかけてくる貴方の目が、今でも印象に残っている。


「はい……愛してみませす。そして誰よりも……貴方を幸せにしてみせます」


 その時、貴方は初めて私に笑顔を見せてくれた。何か吹っ切れたような顔で。

 

 愛してみせる。だが愛するなど、意識して行う行為ではない。

しかし俺達はやらなければならない。それが俺達の人生に対する……せめてもの抗い方なのだから。




 ※




 俺が貴方を愛せるように始めた事は、本当に子供でも思いつくような些細な物だった。

貴方は俺にお守りをくれた。俺はそのお守りを加工し、ペンダントにして首から下げ肌身離さず持ち歩くようにした。貴方はそれを見て羨ましそうにしていた。そういえば、あのペンダントが最初の贈り物だった。


 俺の手作りの……他愛もないペンダントを貴方は喜んだ。その時の喜ぶ貴方の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。まるで子供のように喜んでくれた。もしかしたら愛する、という演技だったのかもしれない。だがそれでも構わない。必ず貴方は俺が幸せにする。そう誓ったのだから。演技など忘れてしまうくらいに、結婚まで誓った相手を忘れてしまうくらいに……俺が幸せにしてやる。




 ※




 互いの両親に半ば無理やりに旅へと行かされた時、貴方は何処か寂しそうにしていた。気持ちは分る。俺と恐らく同じだった筈だ。旅に出るのなら……自分が望んだ相手としたかったと。


 貴方の気持ちが分かったからこそ、俺はあの時、貴方を抱きかかえて無意味に全力疾走した。風が爽快に吹き抜け、流れる風景を見ながら貴方は叫んだ。一体何が起きたと混乱する貴方は、とても可愛かった。俺はあの時、二度目の恋をしたかもしれない。


 俺は叫ぶ貴方を草の絨毯へと投げ捨て、そのまま自分も思い切り寝ころんだ。貴方はその時もまだ混乱していたが、途端に笑いながら俺に添い寝してきた。


「いきなり……何をするんですか、貴方は……」


「つい……」


 一言で返す俺に、貴方は余計に笑いが堪えきれなくなった。声をあげて大空に向かって笑いながら、その時初めて手を繋いでくれた。柔らかく、小さな貴方の手は見た目よりもボロボロだった。自分の手を通して感じる貴方の手。手の平の皮はめくれ、豆ができ、歪なまでに膨れ上がった指。貴方は自分の手が嫌いと言ったが、俺は好きだ。今まで貴族の娘は箱入りだと思い込んでいたが、貴方は誰よりも努力していた。剣だけ振っている俺とは対照的に、貴方は自分に出来る事なら何でも実行しようとした。その行動力に、俺はだんだんと惹かれていった。


 俺の油断で盗賊に攫われた貴方。俺は単身、貴方を助けに盗賊の根城へと飛び込んだ。その時、貴方は盗賊を殺すなと叫んだ。随分難しい注文をする、とその時は思った。だが他ならぬ貴方の要求だ。貴方の望みは全て叶える。それが俺の原動力だった。


 二十人程の盗賊を殺さずに制するのは苦労したが、貴方が殺すなと言った理由はその後になって分かった。盗賊の棟梁は病を患っていた。彼ら棟梁の部下達は、その病を治す薬を購入しようと貴方を攫った。貴族に身代金を要求しようとしていたのだ。


 だが貴方は棟梁の病は治らないと分かっていた。どんな薬を調合しようとも、魔法でもない限り到底治癒できぬ病。貴方は躊躇いながら、盗賊達へとその事を告げた。

 盗賊達は泣き喚きながら嘆いた。その時、棟梁は俺へとこう告げた。


「生き恥は晒したくない……殺してくれ」


 棟梁の部下達は、その言葉を聞いて何も言わなかった。他ならぬ彼の望みなのだ。尊重すべきと思ったのだろう。だが貴方は逆に棟梁を叱りつけた。


「何……甘えた事言ってるんですか。これだけの人間を導いておいて、自分だけ生き恥を晒したくない? ふざけるな! 死んで全てが丸く収まると思ったら大間違いだ!」


 貴方は棟梁と自分を重ね合わせていたのだろう。自分の人生は自分の物だけじゃない。そう言ったのは貴方だった。その後ようやく気付いた。貴方の左手に、無数の傷跡が残っている事に。


 貴方は何度も自決しようとしていた。結婚まで誓った相手と結ばれないくらいなら、死を選ぼうとした。しかし貴方は留まってくれた。死のうとしても、命を断ち切る程……自分の体に傷を付ける事が出来なかった。


 自分の人生は自分の物だけではない。あの言葉は、そんな貴方が辿り着いた結論なんだと、その時初めて気が付いた。貴方は俺以上に絶望し、そこから這い上がってきた。


 一度ほころびた自分の人生。その人生は、決して自分だけの物では無い。


 脳裏に、貴方が泣きながら自分の体を傷つける場面が浮かんでくる。


 守らねば。なんとしても……俺は貴方を守らねば……。




 ※




 その後、病に伏せる棟梁を見送った。彼も貴方に惚れ込んでしまったようで、深く陳謝してきた。貴方を攫った馬鹿な部下達を許して欲しいと。貴方は快くそれを承諾しようとして……俺を見つめてきた。


「……いい……ですか?」


 今更何を……と思ったが、俺はその盗賊達へとバルツクローゲンへ赴けと命じた。生かす代わりに盗賊から足を洗えと。バルツクローゲンには大戦の英雄が居る。彼女なら、元盗賊だろうが何だろうが、ボロ雑巾になるまでコキ使ってくれる。生きる為には仕事が必要だ。盗賊を続けるつもりなら、貴方に逆らってでも殺すつもりだった。だが盗賊達は素直に従ってくれた。彼らも貴方に惚れ込んでしまったのだろう。些細な嫉妬心が、俺の中に生まれた。




 ※




 旅の途中、美しい木々を見た。ピンク色の花が咲き乱れる風景に、貴方と私は夢中になった。そして貴方はこう言った。結婚式を挙げるなら、ここがいいと。

 貴方の要求は全て叶えてみせる。俺は力強く頷いた。



 

 ※



 そして今日、正式に俺は彼女と結婚する。


 数多くの立会人の中で、俺は彼女と誓いの口づけを。


「貴方は……私を愛せますか……?」


「いいえ」


 俺は続けてこう言い放った。


「もう、愛しています」


 一度ほころびた人生を。

 凍り付いた彼女の心を。


 俺は全て解かしてみせる。そう誓ったのだ。





 

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― 新着の感想 ―
[一言] お互いに愛し合って始まった結婚ではなかったからこそ、この2人は生涯お互いを大切にして暮らせるかもしれませんね。 始めるのは楽だけど、継続させるのが大変なのが結婚生活だと思うので。 それにし…
[良い点] 少しずつ歩み寄ろうと努力して、最後には本当に愛していた。そんな騎士の最初のセリフと最後のセリフが対比となっていて強く印象に残りました。 [一言] 女性視点もちょっと読んでみたいですね。
[良い点] ほころび、解ける春企画より、お邪魔いたします。 政略結婚から始まる物語。 片方だけではなく、双方に別の相手がいた、というのは、なんとも苦しい状態。 仮面夫婦となってもおかしくないところ、…
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