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コクゾウの土

作者: 山乃末子

 またまたジャンル不明の短編です。 


 私は5年前に地方から出てきた。自嘲的に言えば出稼ぎの田舎モン。人海戦術下請けブラック、もとい都会の中小(IT)企業のエンジニアだ。田舎の方が住むには良いって言う人もいるけど、私はそうは思わない。


 いつか私も田舎に帰るんだろうか。婿でももらって(笑)。今はわからない。決めてない。


 ・・・


 うちの会社は一応IT関係のシステム会社だ。私がこんな仕事についた動機は自分でも良く分からない。面接で何て言ってたんだっけな。入ったのは内定取れた中では一番良さそうだったから。


 こういう技術系の仕事って理系かもしれないとも思うんだけど、私は文系だった。でも文章書くのは比較的得意ではある。大学の時も友達にレポート書くの早いって褒めてもらったこともあるし。話するのはそんな得意でもないけど、文章はすらすら書けるんだ。プログラムは言語。プログラミングは文章作成。技術は語彙。デバッグは校正。そう考えたら私がこんな仕事してることは別に不思議でもないのかもしれない。客先はあまり行かない。作業現場(うちの会社)とのギャップは結構笑える。


 確かにうちの会社はブラックだ。3ヶ月ぐらい休みなかったりする。でもそのあと一月近く大して仕事なくて暇だったりもする。よそと比べるとかなーりゆるいよね。一応大学やら横の繋がりはあるし、他にも色々と聞いてますからわかります。暇な時期は、会社は同じように行くんだけど、やっぱりいつもと違って楽。貯めてた休みまとめて取るのもありだし、定時上がりもオッケー。たまに早くあがって社長が社員皆を宴会に連れてってくれたりもする。タダ飯タダ酒だ。そういう時期だけは下手な有名企業より優雅な気分を味わえてるかもしれない。でも、総合的にはブラックですよ。月給安いし残業代頭打ちやで。入られたらまずいでしょうね。


 そんな残業残業たまに帰れないの日々が半年続いた時のことだ。ようやく納品の目処めどもついて、ちょっと休ませてもらおうかってなった日。私は自宅、ワンルーム9階のコンクリートで固めた石棺みたいな部屋で目覚めた。角度のある日差しは朝ではない。残念ながら。


 何か食べたいけれど、このままで外を歩くには問題ありそうだ。直してコンビニへ行くのもめんどくさい。何かあるもので済まそうと起き上がった。昨日帰ってから寝てただけだが、人間生きてるだけで腹は減る。


 冷蔵庫を開けると、そこには恐るべき珍品がいくつも眠っていた。かつて何と名づけられた野菜だったか分からない黒い細長い棒状のもの。こんなに生えるんだ芽って、ジャガイモ。まず食べる前に棚卸たなおろしをするはめになった。お恥ずかしい。


 ・・・私はかなりの在庫を捨てた。情けないやらおかしいやら・・・全く。


 結局まともに食える食品はそんななかった。チーズとバターはいけそう。そりゃ保存食ですから。牛乳は何とも言えん香りと味がする。底の方にチーズみたいなのもできてた。漬物はいけた。大丈夫です。漬け菜かみかみ、チーズ食いながら焼酎をやった。


 酒が入ると余計腹が空いてくる。やはりもう少し胃に入れたいところだ。実家から送ってくれた米はある。幸いインスタントお茶漬けもある。バターライスだってできるし。そりゃ白米はうまいか知らないけど、こちとら外食慣れした舌でありますよ。さすがにそれだけじゃ食えんわい。胃腸をやったあとの病院食、梅干さえなかったおかゆの毎日は、たぶん絶食に近い経験だろう。塩が欲しくなる。


 うちの実家は一応農業もやってる。良くある地元密着型の兼業農家です。子供の頃から親父様が休みに一生懸命お米を作ってた。そうして今では娘の出稼ぎ先まで送って下さるという次第であります。お代はもちろんロハでございます。あ、一応お中元は返してますよ。


 出稼ぎでこっちへ越してきた早々は、もちろんありがたやと思ってましたとも。物価高いし助かるって。でも親父様やらご先祖様には申し訳ない。折角のお米の袋をいくつも部屋に積んでた時期がございました。母親が毎年遊びに来るのですぐバレた。二人してその時は一生懸命消費しましたよ。ついでに冷蔵・冷凍庫に笑えるぐらいの数のおにぎりを残していってくれました。コンビニにもこんなにないでしょってぐらい。悪いけれど親父様にも伝わって、送ってくれる量は加減して下さるようになりましたです。誠に申し訳ござんせん。


 ところで実家の米は有機農法を取り入れております。親父が退職してから本格的に始めたらしい。いろいろ大変だと思うんだけれど。娘や孫(え?)に良い米を食べさせたい、とか言って。これはこの話のキモかもしれないですね。


 私もそんなに農業詳しい訳じゃないんだけど、うちの米は農薬控えめのせい(というか最近は娘や孫に食わせるって張り切ってなんと無農薬!)で、あいつらが結構居る。あのツノのある小さい甲虫っていうの、そう、そうそうコクゾウ。コクゾウ虫です。


 日本に生まれてお米を食ってるはずの皆様には蛇足な説明ではございますが、コクゾウがどういう虫かっていうことを簡単に説明しておきますね。


 コクゾウは稲がまだ地面に生えてる時から、どこからともなく現れて実に卵を産み付けます。白い小さな、ハチの子と似たような色・形の幼虫が、実を食べて成長します。中を食べつくした幼虫は、そのまま米粒の中でサナギになります。丁度米一粒がサナギ一つ、コクゾウの個室・コンパートメントでございます。まあ言ったら甲虫がそこから生まれる卵みたいになります。妹が言うにはそれがまた気持ち悪いらしいですが。


 折角作った娘と孫のための無農薬米だけど、妹一家のウケは実は悪い、というのは親父様には内緒ないしょ。あいつも要領いいからうまいことごまかしてるけど。母親がキモがれば子供も真似する。そういう訳で親父様のこころざしと努力は残念ながら少しだけ悲しい結果になってます。


 妹はうちの米を炊く前に一生懸命コクゾウを取り除いてるらしいです。コクゾウは水より軽いので、入ってる部屋で食事が進んでいると水に浮いてきます。それをさっとすくい上げて捨てる訳です。ところがですよ、妹はそれぐらいでは満足しない。沈んでいる米にひそむ幼虫入りの米も取り除きにかかるんです。幼虫入りでも沈んでるやつは結構ある。妹はこれを毎日必死で探して取り除くのが日課です。そりゃー文句の一つもつぶやきますわ。やれやれ。色が微妙に違うし、よーく見たら選別できるんですってよ。


 コクゾウがキモイ? あのね、そんなこと言ってたら米なんて食えないよ。あんた家で米炊いてるなら炊き上がる時の炊飯器のそば行ってみ。もんのすごいにおいしてまっせ。コクゾウなんか小さい小さい。小さなことですよ。あんたは本当に全然キモいと思わないのかって? あんなものは無味無臭です。動物性蛋白源だーって食べちゃえばいいんです。え? 味はするって? それはスパイス。ナチュラルスパイスです。


 そういうわけで私はコクゾウなんかあまり気にしてない。浮いてる米は捨てるし、甲虫も食わないけど、別にいいじゃん。幼虫ぐらい食ったって。そう思って今まで生きてきました。


 米を出そうと一人暮らし用の小型の米びつに近づいた私は悲鳴を上げた。


 「うひゃわーおう!!!」 ※御近所の方には誠に申し訳ありませんでした。防音は万全かとは思いますが、酒が入っていたこともあり結構なボリュームでした。薬等には一切手は出しておりません。ご安心下さい。


 米びつ周辺にアリでもわいたようにうじゃうじゃとコクゾウ君達がいる。よく見ると部屋の床にもかなりの数が・・・ 私が近眼だったこともある。帰ってきたらさっさとコンタクト外しちゃうし、特に最近は帰ってもシャワー浴びてそのままベッドに倒れこむだけの生活だったから・・・ それにしてもこれはひどい。確かに時々コクゾウ君は見つけたが、大元のところにこんなにわいていたとは・・・


 早速私は普段あまり使わない掃除機を引っ張りだして、無慈悲なコクゾウ駆除に乗り出した。ワンルームで掃除機ってちょっと使いにくい。だがこうした不始末をしでかした際にはなかなか便利だ。


 いよいよ情けなくなってきましたよほんとに。私のライフ・ワークバランスは危ないかもしれん。でも、崩壊しかかっているのは何も仕事のせいだけではあるまい。すいません。私はかなーりズボラな女です。こんな話書かない方がいいかもね。


 冷蔵庫の在庫棚卸ざいこたなおろしにコクゾウ退治、思っても見なかった労働をする羽目になり、腹も減った。ご飯って炊くのに結構時間かかるんだよね。ああ、私のお茶漬け&バターライス。


 周囲のコクゾウ駆除は一通り完了。改めてお米を出しましょう・・・うん? あれ? 米びつのボタンの感触がおかしい。ロックは外してるのに動かない。全然。なんだこれ。米も全然出てくる音がしないし・・・なんでこんなもん壊れるんだ? 私は米びつのふたを開けた。


 ・・・


 今度の驚きは声にならなかった。状況理解が追いつかず、止まってしまったケースですね。頭真っ白ってやつ。そりゃもちろん予想どおりコクゾウ君達はいた。たくさんいた。だけどそんなことは問題じゃない。違うんです。お米は? 私のお米はどこにいったの? そのかわりに・・・ナニ? なんだこの茶色いの? う・・・ウ○コ? そこに米はなく、茶色っぽいウ○コのようなものがただただ大量に詰め込まれていた。(下品ですみません)


 こういうときあなたならどう考えますか。たとえば冷蔵庫にしまってたプリンが卵に変わってたら? あるいは卵がヒヨコじゃなくてニワトリになっていたら? それはマジックなのかトリックなのかは置いておいても、誰がやったんだってなりません? 私は部屋に入られているのかとゾッとしました。一人暮らしの女の部屋に入り込み、米びつの米を抜き取り、代わりに自分の(?)ウ○コを入れていった男(女かもしれませんが)。冷静に考えれば突っ込みどころ満載ですけど、その時は本気でヤバイってなってました。もう笑ってない。真っ白の次は真っ青。


 それでも私は好奇心もあり、勇気を出してその怪しげな茶色い物体に少し顔を近づけた。うん? 臭いはしない。人糞じんぷんこんなに溜め込んだら、無臭ってことはないでしょう。ウ○コ説は消えました。じゃあなんだこれは。大胆にも私は手を突っ込んだ。すくい上げてみるとキメが細かい泥みたいな土みたいな。泥パックにつかえんじゃね。これ。


 賢明で冷静な読者の皆様にはもうおわかりでしょう。これはコクゾウの仕業だったんです。私が半年近く放置した米びつの中で、大量に増えたコクゾウは、米びつの米を食いつくし、その後のカス? もしくはコクゾウのウ○コみたいなものが土になっちゃってたんですね。あるいはコクゾウの糞とかが米を腐らせたのか・・・恐ろしい。見た目は汚たないけど臭いはしないし、触ってみるとエステの泥みたい。(もちろん私はそんな恐ろしい実験はしませんでしたが)休日の夕べ、一瞬ホラーの修羅場と化したかに見えた私のワンルームは、元通りの平穏無事な日常を取り戻しましたとさ。めでたし、めでたし(?)


 ・・・


 コクゾウの土は米びつにびっしり詰まっていて、掃除も大変でした。また一つ仕事を増やしてしまった・・・ 米びつはお風呂で洗いました。もう本当にこれほど情けない事もないでしょう。これには懲りましたとも。いくらいいかげんな私でも。米びつだけは特にチェックするようになり、コクゾウキルも日課になりました。ゴメンネ。でも私も立場上あんたらを見逃す訳にはいかんのだよ。



 ・・・ウ○コはどうしたかって? テストでよくある四択だ。当ててごらんなさい。


 1.トイレに流した


 2.生ゴミで捨てた


 3.夜近所の公園にこっそり捨てた


 4.取っておいて利用を考えた



 まあ3はただの冗談ですね。もちろん犯罪行為です。もし見つかったりしたら言い訳できません。1はウ○コはトイレへってことですが、これはおかしいですね。いちいちトイレに土を流している様子は笑えますが、痛い上に少し怖いです。下手したら詰まるかもしれません。二次災害を起こしかねませんよ。2はまあ一応問題ないレベルですが、梱包(?)はちゃんとやらないといけませんね。うっかりゴミ袋が破れたりしたら、ああっ、ウ○コ捨ててる人がいる、ってなるかもしれません。


 冗談はさておき、私は土を捨てるのではなく、ゴミ袋に入れて取って置きました。4正解ですね。おめでとうございます。別に何も出ません。そんなもんどうすんのってとこですが、だって悔しいでしょう。折角食べるはずだったお米を廃棄物にされるなんて。知り合いに陶芸家でも居たら上げたけど。泥パックはともかく、私は思いついた用途がありました。ベランダにプランターでも置いて花でも咲かそうかって。この殺風景な部屋にうるおいを・・・というと大げさだけど。ホームセンターでありきたりの花の種とプランターを買った。パンジー・ビオラ・コスモスにスイートピー。おかげでささやかな楽しみが一つ増えました。普通の土も混ぜて、肥料は特に入れてないけど、育ち具合は良好です。



 お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂ければ幸いです。


 このお話はもちろんフィクションで、実在の人物や経験とは直接関係ありません。


 米びつでコクゾウ虫を飼って、放置し続ければ、条件によっては話中のような珍事は起こり得るでしょう。でも裏付けのないことも書いてます。


 コクゾウの土がはたして、何か面白い特別な用途があるのかについては私は知りません。


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