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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作者: 鼻息


 ろくでもない話をしようか。

 俺は、昔、蛙を殺すのが趣味だった。別に殺戮衝動が有った訳ではない。一種のブームみたいなもので、7、8歳くらいの餓鬼たちには、水溜まりにメンコのように投げつけた蛙が、内臓を破裂させ膨らむ不思議が面白かったのだ。ただそれだけで登下校の畦道の水溜まりに、蛙の死骸が溜まった。

 それを今。何故思い出したかというと、自分がろくでもない高校のろくでもないグループに所属して、ろくでもない話の延長上にクラスで1番可愛い子をレイプしようというジョークが飛び交ったからだ。清川 聖子。名は、体を表すというが、まさしく彼女は清廉潔白なこの高校に似つかわしくない生徒だ。

 ジョークだ。わかっていながら、俺はそんな冗談が飛び交う場所に空白を感じる。

 そしてふと、思った。もし、彼女がそんなことになったら。いや、なる前に誰かに殺して欲しいのではないかと。畦道に蛙。今さら、思い出す小さな死骸。

「なあ?里布井。どうよ」

 ニヤニヤと厭らしい笑い方で、グループの1人が俺にもたれかかって来た。何も見えない。真っ白だ。俺は、ただ貼り付けた笑みで曖昧に頷く。その前の会話など耳に残っていない。つまりは、聞いていなかった。

「はーい。里布井くんに1票貰いました~。じゃあ、決行土曜な?」

 今さら、何を決行する気なのか問えずに、曖昧に頷く。そうして、曖昧な思考のままそういえばと思い出したのは歯科の予約だった。気になって舌で虫歯の裏側を探ると、つきりと痛む。

 いいや。俺は、どうせグループにいなくてはならない面子じゃない。




「お前が、里布井か」

 綺麗な顔だと、歯科を出てすぐに待ち伏せていた男に思う。制服は、酷く着崩されていて不鮮明だが恐らく、俺の高校と同じくらいの偏差値。馬鹿高だ。

 ソイツは、頭1つ分高い俺を睨み上げ、来いやとばかりに顎を引く。

 それに感じたものといえば、空白だ。それが、蛙の死骸と共に俺と有る。




 付いて行った先。見覚えの有りすぎる顔が3つ、汚い公衆トイレに転がっていた。なんとなく理解できたような気がする。これが更正する良い機会だと片隅で考えた。

「お前が指示したんだって?」

 そもそも何の話だ。蛙の白い腹が急に浮かんだ。背面から叩かれた蛙と腹部から逝った蛙は、どちらがより残酷だったのか。…ああ、何匹殺したっけ。


「そうっすよ!あいつ、が」

「てめぇにゃ聞いてねーんだよ!」


 いつも威張り散らしていた男の情けない姿。胸倉掴んで揺さぶっている男は、俺を連れて来た男と同じ制服である。絡んだら強かったとか?それとも、肘がぶつかったか。まあどちらにせよ、この険悪な空気は変わらないだろう。その双方の行為に頭が必要とは思えないが。


「おい、ぼんやり突っ立ってねぇでなんとか言えよオラ」


 肩を掴まれそこでやっと、俺が囲まれていることに気付く。

「止めて」

 か細い声に、振り向くと、赤い髪の派手な男に支えられて清川 聖子が、入り口に。

 セーラー服が無惨に破られ、下着が覗いている。何が有ったかは一目瞭然。ただ、赤髪を従えているかの様子が苦笑を浮かばせた。俺らの高校に居る時点で何かあるとは思ってたが。

「わりぃな。殺してやれなくて」

 気づけば、口が滑っていた。その場が凍る。清川の円らな目が限界まで見開かれた。

「いや、そうなる前に、お前なら殺して欲しいかと思って」


 赤髪の残像が目に焼き付く。頬に衝撃。歯が欠けたりは嫌だな。腹に一撃が入る。昼を抜いて良かった。

 くだらないことを考えながら、そのまま殴られ続けた。目が霞む頃、脚に重みを感じて、顔を上げる。不良をやめて、アイドルやっていた方が良いのではないかと、逆に勧めたくなるような男がいた。いつの間に来たのだろうか。ふとその静かな美貌に心当たりがあることに気付く。…俺を待ち伏せした男に似ていた。兄弟だろうか。


 幾重にも重なる蛙の死骸がまた浮かび上がり、脳裏から外れなくなる。白い白い。きっとどこかで修正されたその映像は生白い虚無。


「り、り、なんつったか」

 無表情に男が呟く。それに周りは過剰に反応した。

 喋れとばかりに胸倉掴まれ揺すられて、俺を濡れ衣着せて売ったらしいグループのリーダー格だった男は、鼻血をすすり上げてひぃと叫ぶ。

「り、里布井。名前は知らねえっす」

 知らなかったらしい。どうりで、ずっと里布井としか呼ばれなかった筈だ。


 黒々と真っ暗闇の瞳が、気付いたら迫っていた。ねっとりと唇を舐められる。


「お前が手を出した女は、俺の親父の女だ。‘克下’それが何を意味するかわかるだろ」

「克下組」

「正解だ里布井。と3年生だから先輩か。まあどっちでもいい。同じ以上の報復を覚悟して貰おうか」


 随分と、救われない話だ。俺は、負けを認めるように力を抜いた。この男は克下の若らしい。男が男を抱けるのか。ご苦労なことだ。しかも場所が汚い。

「随分口数少ねぇ奴だな。何かねぇのか?てめぇ明らかに今回のこと知らなかったんだろ」


 耳元で囁かれる。口は、思ったままを外に出す。

「蛙」

「は?」

「大量に殺したのをよく思い出す」

「ハアあ?」


 若の素っ頓狂な声だけが木霊して、周りの不良らはびくりと肩を揺らした。目が点。それが、目前にあるのに妙に感心する。


「…止めた」

 唐突に脚から重みが消える。

「は?どーすんだよ。親父にデスられるの兄貴だぜ?」

「日本語喋れ、丸。いーんだよ。コイツはこれからマトモに生きられねぇんだから」

 どちらかといえば女顔の、獣じみた笑い方は、妙に寒気を俺に起こさせた。


「おい、テメーら。コイツの顔は…潰れてっから無理か。金高の里布井は、俺の女だ。覚えとけ」




 逆転した。映像が。叩き伏された蛙は俺で、殺害者は目の前のコイツ。水溜まりはトイレだ。

「逃げんなよ蛙センパイ」

 キス。奪うような、奪われるような。酷く衝動的なキスをされる。

 空白は、何故か少しだけ狭まった。空虚の中には、獰猛な唇が笑っている。



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