【黒剣】
「うぃーす。お土産でぃーす」
工房に戻ると、ソファに横たわるレティの姿があった。
彼女はむくりと起き上がるとアイマスクをとり、大きくひとつ伸びをする。
「おお、ちょうどさっき終わったところだ」
咒力の変換は、体力と気力を消耗する作業である。符咒師は自らの身体に咒力を通すとき、外に漏れ出る悲鳴にも似た音の他に、数多の怨嗟の声を聞くそうだ。
それこそ、人によっては発狂するような呪いの声であるらしい。
平気そうにしているが、たった一時間半でフルマラソンでもしたかのように疲れているのが見てとれた。
「んじゃ、これサンドウィッチね。シフォンも一緒に入ってるよん」
「ああ、助かるよ」
紙袋から取り出したのは、赤と白の色鮮やかなイチゴのフルーツサンド。それも三つだ。
コーヒーには大量の砂糖とミルクが入れられ、見てるだけで胸焼けがしそうである。
「アディルも相当だけど、レティもおかしいよね……」
「バッカお前、疲れたときは糖分がいいんだぞ」
さいですか。
げんなりしている僕の隣で、アディルがセーレの鞘を抜いた。
「ん、確かに」
刀身には再びびっしりと咒紋が刻み込まれている。薄い刃先に反射する光が、妖しげな美しさを醸し出していた。
「おお、復活。んー、にしてもさ……」
僕はふと前々から疑問に思っていたことを口にする。
「咒紋を刻む数って決められてるの?
隙間なく埋めれば、もっと強力になるんじゃない?」
刻剣は幾重にも咒力を宿すことで力を増す。僕のフラウロスのように短剣であれば符咒できる量も限られるだろうが、アディルのセーレのように、長物であればまだまだ符咒する余地はあるだろう。
「なんだ、 天才のくせに知らんのか?」
「えっ、何が?」
「刻剣には、黒剣と呼ばれる九振りの剣がある」
「黒剣……」
「そう、お前の言うように極限まで符咒したことで刀身を黒く塗り潰した剣たちだ。それらはとても強力な力を宿したが、それと同時に所有者の精神を蝕む剣となった」
「精神を蝕む……?」
「そう。強力な破壊衝動にかられ、目につくもの全てを破壊するようになる。そうして最後には自我が破壊され、発狂してしまうんだ。今では賢人機関預かりの封印指定されてる代物さ」
やだ、何それ怖い。