【滅亡した世界】
人類がまだ万物の霊長だった頃。
人は試験管の中で生命を創り、星まで届く船を造ったのだという。
だが、そこまで技術が進歩しても人は愚かであり、幾たびもの不毛な争いを起こしては、地上から数多の種を滅ぼしたのだそうだ。
それを嘆いた天の神様が、一度世界をリセットするために地上へと遣わした存在。
それが『御使い』と呼ばれる存在である。
『御使い』により世界は半ば滅びたが、そこでひとりの救世主が現れた。
彼は人工島であるこのバベルに結界を張ることで島と外界とを隔絶させ、滅びの危機に瀕した人類を救ったのである。
しかし、その結界も完全なものではなく、ときとして生じる綻びにより、外界からこちらへと『御使い』が侵入してくることがあった。
これを迎撃するために作られた対御使い戦闘の専門組織。
それが、『レメゲトン』である。
「そんなレメゲトンの中にあって、とくに『御使い』と戦う君たち警邏隊の仕事がどれほど重要か。わかりますね、イオニア・シュタインベルグくん」
「はい、オリエンス管理官」
「ゲーティアは選ばれた人間のみがなることを許される、非常に誉れ高い仕事なのです。わかりますね、イオニア・シュタインベルグくん」
「はい、オリエンス管理官」
レメゲトン・イースト支部の、普段は人が集まるときに使われる広い会議室。
そこに一人分の机と椅子、ホワイトボードを運び込み、支部の管理官と向かいあって都市と組織の成り立ちについて学ぶ、僕ことイオニア・シュタインベルグ。
座学講習というなの、懲罰である。
いやー、参るよね。眠いのなんのって。
グラハム・オリエンス管理官。眼鏡に白い口髭を蓄えた御歳六十八を迎える管理官のその声は、もはや強力な睡眠導入音波といっても差し支えないだろう。
しかして、これでまだまだ現役なのだ。
三秒以上僕が目を瞑れば、張りのあるバリトンで一喝するのだから、たまったもんじゃない。
「管理官、そろそろ三時間経つのですが……」
「ん、んん……、もうそんなに経ちますか。えーっと、確かに十二時ですね。では、今日のところはこれくらいにしておきましょう」
嘘である。本当は二時間だ。お昼までは、もう少しといったところである。
入ってくるときは時計を見ずとも、終わりの際には時計を確認する。会議室の時計を一時間ほど進めておいたのだ。
あとはさっさと机と椅子を戻して、ちょっと早めの昼食といこう。
もしバレても、会議室の時計が壊れていたことにすればいい。
「……イオくん、君はやればできる子なのですから、くれぐれも今後は真面目に職務に励むこと。いいですね?」
「はい、オリエンス管理官」
僕は今日一の笑顔を管理官へと向けた。