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恋におちていく

作者: 蒼井真之介

運命の人は必ずいます!僕らは幸せになるために生まれたんだ。愛を信じていこう!

 今日が誕生日の絵里は公園のベンチに座り買ったばかりの新刊の本を読んでいた。


 話し声が至るところから聞こえてくる。


 秋祭りがあるこの大きな公園はそろそろ人で混雑してきた。


 「よかったら見に来てくださぁーい」突然降ってきた声に驚き思わず顔を上げた絵里の目に飛び込んだのは、ギターやベースを抱えた4人組の若い女の子だった。


 2人はビートルズのTシャツ、1人はジェームス・ディーンの滅多に見ない写真『破れたセーター・シリーズ』からのTシャツを着ていた。

 もう1人は、クロード・モネの『印象・日の出』のTシャツを着ていた。


 チラシを受け取り読んでみると、すぐ先にある公園内の広場でライヴがあるようだ。

 バンド名、なんとなく、かすっているが『ビートズルの(よる)』。

 絵里は「ありがとう」と言った。


 「後で会いましょうね、よろしくお願いしまぁす」と言った4人組は弾むような柔らかな足取りで歩き去っていった。


 夕陽が空をピロールレッドに染めていく。絵里は星がちらほらと顔を出していることに気づいた。



 本を閉じて立ち上がり辺りを見回してみる。絵里は行ったり来たりしながら、時計を見る。再びベンチに座り本をパラパラとめくった。首を回してストレッチをすると、なぜか履き慣れたスニーカーをしばらく見つめる。

 風が吹いてきたので絵里は前髪を手で押さえた。枯葉が落ちてきた。


 もう我慢できなくなり、腕を組んで仁王立ちになると「まったくもう!」と声を上げた。目の前にいた老夫婦が驚いて絵里を見る。

 老夫婦は絵里の気持ちを察し慈しむようにフフフと笑った。絵里は照れながら「どうも」と頭を下げた。

 メールが届いた。


 『絵里、ごめんね。あと少しで着きます。頭にツノがはえて湯気も出て、鼻息が荒くなりつつあると思われます。気を静めて頂けたら助かります。絵里、限定品のチョコレートをちょこっと持っていきます。あと絵里が前から欲しいと言っていた物を発見! 絵里、もう少し待ってね。ごめんね! 絵里、愛しているよ!』と書いてあった。

 安堵した絵里はブッと吹き出すと怒ったフリをして『怒!』とメールの返信をした。


 「来たら甘い顔はしないでおこう」と結局は果たさない決意をして絵里はベンチに座った。約束の時間を40分も遅れていた。


 絵里はスマホで真一の写真を見てニヤける。付き合いはじめて、まだ1ヶ月。

 絵里は静かに辺りを眺めていた。通り過ぎていく人は皆どれも喜びとエネルギーに満ちていた。

 お面を被った女の子を肩車している父親。その姿を母親が夢中になってスマホで撮影していた。


 Gジャンを羽織った幼い女の子が自分よりも大きなペンギンの縫いぐるみを抱え、両親の心配をよそに、真剣な眼差しでペンギンの左足を引きずりながら勇ましく歩いていく姿。


 隣のベンチでは飼い犬のポメラニアンにフランクフルトを食べさせている女がいた。女の顔が椎茸に似ていた。女は「ランちゃん、おいち? おいち? これね、おいちのー!」と女は犬に赤ちゃん言葉で話しかけていた。


 絵里は『犬の飼い主は赤ちゃん言葉になりやすい方が多いよな』と改めて確信した。

 たこ焼き屋の通りから、「うわぁーん」と泣き声がしてきた。絵里は横を向くと、泣きながら母親に手を引っ張られていく男の子がいて、男の子の服が、こぼしたアイスで水色に染まっていた。

 母親が慰めるように「泣くんじゃない。アイスはまた買ってあげるから」と言いながら、急いで走ってトイレに駆け込んでいく。



 フィードバックで作ったノイズを鳴らす爆音、大音量のギターがこの先から聞こえてきた。絵里の座るベンチから10メートルほど先にある広場でライヴが始まった。未知のバンド、ビートズルの(よる)


 バンドの女の子たちが歌う曲は、ビートルズの≪アイ・フィール・ファイン≫だったが、所々音程を外ずしていた。


 「ピャーオ! ピャーオ!」と連呼する妙な奇声も混じっていた。

 どうやらこれはポールと言っているようだ。絵里は「ムフッ」と笑みがこぼれた。


 ビートズルの(よる)のベースが物凄くイカしていた。絵里が好きな芯のあるベースだった。絵里は首でリズムを取りながら腕時計に目をやった。

 ため息を大きく溢すと、枝を拾って地面に『早く来てくれないかな? いい加減に、早く来てよねー!』と書いた。


 「おーい! 絵里〜!」と声が聞こえてきた。絵里は顔を上げて微笑んだ。真一が人混みに溺れかけながら走ってきた。手を振り慌てて走ってきた。


「絵里〜! あははは」と大声で呼ぶ。絵里は手を振ってから口元に人差し指を当て「シ〜ッ!」と言った。

 真一は絵里に抱きつくと「はっはっはっ…ちょっ…待って、はっはっはっ、息が、はっはっはっ、絵里、炭酸以外の水分をですね、ブフッ…お持ちですか?」と言った。


 「もぉっ、遅いよ」と絵里は、一瞬、挑むような視線を真一に向けて言った。


 「はっはっ、おえっ、息がね、途中まで来たんだけどね、大事な物を忘れて、ブヘッ、家に戻って玄関と部屋の中を探しブホッ…、息がさ、やっと見つけて、はっひっひっ…、これさ、ハベッ、限定品フランスのチョコがね、さっきから息がね、おえっ」と激走した真一は、えずいて喘いだ。


 「ちょっと大丈夫? 汗びっしょりだよ」と絵里はハンカチで真一の額を拭い、バックを開けて本を仕舞うと少し飲みかけのオレンジジュースを出して真一に手渡した。

 真一は勢いよく飲んでベンチに座った。真一は安らいだ顔を浮かべて一息ついた。


 「はぁっ。果汁100%は美味いね。いやぁ〜、本当に全力疾走した。絵里、遅くなってごめんね。これプレゼント」と真一は言ってから、バラの花を一輪、差し出した。


 真一は屈んで最初に紙袋から取り出したのは色がバイオレットグレーの腹巻きだった。真一はさりげなく腹巻きを絵里に渡した。


 「バラ、綺麗! どうもありがとう。腹巻きは珍しい贈り物だね。ちょっと使用は恥ずかしいかな?」と絵里は照れ笑いをして言った。


 「絵里、この間さ、絵里は腹痛が酷くて何度もトイレに行って大変だっただろう。体や、お腹を冷やすのは良くないよ。見た目のカッコを気にするよりも健康を考えよう。僕はこの腹巻き、色違いで只今装着しています」と真一は服を捲ってすぐ戻した。真一の腹巻きは色がブラウンだった。絵里は嬉しくなって素直に「うん」と頷いた。


 真一は紙袋からチョコレートの箱を取り出した。

 チョコレートはフランス製のかなり高価なものだった。


 真一は笑顔を浮かべて、さらにもう1つのプレゼントを取り出した。


 それは絵里が先ほど買った本だった。


 真一は絵里を見つめて、「幸運にも、あと2冊しかなかったんだよ。あはは」と得意気に笑っていた。


 「ありがとう。すごいねチョコレート! それに、この本だけどね…」絵里は躊躇っていた。


 「うん? なんだい?」と真一は優しい目で絵里を見ていた。


「ずっ〜と前からね、欲しかったんだよぉ!」と絵里は笑った。


 真一は喜んでいた。絵里の頭を黙って撫で続けていた。


 広場から大きな歓声が上がった。

 ポップな女の子のバンド『ビートズルの(よる)』がビートルズの≪オール・マイ・ラヴィング≫を歌い始めた。


 真一と絵里は目を見合わせた。2人は手を繋いでライヴをしている広場へと駆け出していった。






読んでくださってありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ビートズル、笑いました。 絶妙なコレジャナイ系ですね。
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