クルクル回る
ふんわりと足元でさく薄ピンクの朝顔を、ワクワクと後ろめたさが半々の心で眺めたのは
中学入学を目前とした春休み。
両親は仕事に行き、高校生の姉貴は就職前に遊びに来ていた従姉の亜沙実姉さんと買い物に出かけていて
家に一人きりでいた時だった。
とりこんだ洗濯物の中にあった姉の桜色のフレアスカートをこっそり拝借してはいてみた。
その場で回って見る。くるくる回るたびに広がる朝顔の花。
いつの間にか夢中になって、玄関の物音に気がつかなかった。
「なっ、なにしてんの。あんた……」
振り返った先には、驚愕の表情で固まった姉貴とそのすぐ後ろでなぜかクツクツと笑いをこらえている
亜沙実姉さん。
「あっ、いや……その……」
「あははは……」
二人して固まってしまった僕たち姉弟を置き去りに、前から変わり者だった亜沙実姉さんはとうとうこらえきれなくなったのか思いっきり腹まで抱えて笑い出した。
「で、樹は男の子が初恋の相手なの?」
ひとしきり笑った後、亜沙実姉さんは目じりに浮かんだ涙をふきふき平然と聞いてきた。
「違……。まだ好きな子はいないけど、うまく言えないけどそういうわけじゃないんだ」
小学生のあいだ好きな子はいなかった。
でも男友達はただの友達で普通に女子を可愛いとも思っていた。
「そうじゃないけど……。綺麗でキラキラした物が欲しかったっていうか……」
そう、ただ姉の持っている綺麗でキラキラとしたアクセサリーや可愛い洋服にあこがれてもいたのだ。
自分用にと母が買ってくる可愛げのない地味な色の洋服達に比べ、華やかで明るい姉の服。
中学以降自分で買い物するようになった姉が買ってくる光に反射してキラキラと光を放つアクセサリーやチャームがただただうらやましかった。
「うーん、私はね、派手に着飾ったりお化粧するのって女の子だけじゃなくっていいと思うよ。だってクジャクとか熱帯魚とか動物で派手でキラキラなのって雄じゃん」
「はー? 亜沙実ネエ、動物って……」
固まっていた姉貴が、あきれたようにため息をつきながら言った。
「えー、だってそうでしょ。人だって昔だったら派手に飾る戦う男はあたりまえだったじゃん」
「昔?」
「そうだよ。戦国武将の鎧の兜の飾りだって派手派手じゃない」
「なんか、亜沙実ネエにごまかされてる気する」
すっかり気の抜けた感じの姉貴に向かって亜沙実姉さんは笑顔で話し続ける。
「咲ちゃんも、高校卒業してお化粧しだしたらならばっちりアイラインの赤いルージュより、うす化粧にみえるナチュラルメイクとうすピンクとかナチュラルベージュの口紅のほうが男子からの好感度高いからきっと。やっぱり派手メイクって戦闘的だと思うんだよね」
「亜沙実ネエ、なんであたしへのアドバイスになってんの?」
「うふ、まあ私は樹君が好きなのが女の子でも男の子でも味方してあげるからね」
亜沙実姉さんは、僕に向かってへたっぴなウインクをしながら言ってのけた。
それから一ヶ月くらいして、亜沙実姉さんから僕に手紙が届いた。
『お姉さんに、いつでもなんでも相談してね。それから初お給料がでたからプレゼント。
緋色はやっぱり戦いの色だと思うわ』
メアドの書かれた手紙と一緒に入れられていたのは、なぜか小さな緋色のルージュが一本。
「何考えてるんだよ。亜沙実姉さん……」
僕は、どうしたものかと少し悩んだ後、とりあえず手紙と一緒に机の引き出しにその緋色のルージュをしまった。