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夢見の良い枕  作者: 劇鼠らてこ
前章
8/59

8話 『之にて之より幼馴染』

回想擬き回終了!

「んー! 良い目覚めですのー。なんだか落ち着きましたの……」



 朝。

 目覚めたエリザは、彼女にしては珍しく――処か、初めてと言ってもいい程――二度寝をしなかった。

 大きく伸びをして、ベッドを立つ。枕は抱いてなかった。


「エリザ様。起床の時間です」



 昨日と同じ侍女。声は相変わらず小さいが、完全に覚醒しているエリザの耳はソレを拾うことができた。


「えぇ、起きていますの。支度、お願いしますの」



 いつもはユリアから言いだす事だ。寝惚けたままのエリザでは、的確な指示が出せないから。

 でも、それではダメなのだろう。

 侍女とはいえ、幼馴染に頼り切りというのが、エリザは嫌だった。


 着替え、髪、化粧などを侍女が済ませていく間、そんなことを考えていた。








 上手く行ったみてぇだな。


 昨日みたいに冷やしすぎるのは体に悪ぃ。なら、二度寝しづらい温度――常温よりすこし下くらいを保ってみたんだが、心地よい目覚めになったようでなによりだ。

 明日からもこの温度に――いや、寝起きの楽しみを奪うなってユリアに言われそうだな。

 たまーに、でいいか。








 今日も同じ侍女が洗濯係のようで、漬けは先程終わった。

 魅惑の脱水タイムである。

 どうせならと、内部の水ッ気は飛ばしていない。痛みより欲望の方が勝るからな。


「んっ、っしょっと。今日は重いなぁ……。やっぱり昨日猫か何かが荒らして水が少なかったのかな……」



 一人になったからか、口調が侍女用ではない。割とかわいい声してるねこの娘。


 どすん! と、簀子みたいな木の板に置かれる。ぐえっ。

 そして、また膝でぐいぐい、ぐいぐいと押し付けられた。


 しもやけ防止のため、俺の内部の水ッ気は温水仕様だ。なんて優しいんだろう俺。


「あったかい……? ヘンなの。んっ、しょっ」



 温水仕様に疑念を持ちながらも脱水に専念する侍女。


 (オレ)の視覚の話は昨日したと思う。

 だから、今日は触覚の話だ。


 当たり前ではあるが、人間のカタチをどう枕の形に詰め込んだって、顔の部分は顔だし腹の部分は腹になる。そもそも詰め込むという発想が猟奇的なのだが。

 だが、俺はどうもそういう括りに入らないらしい。


 完全に枕となっている、と言えばいいのか、部位の区分けがないのだ。強いて言うなら上面・下面・耳。それだけである。

 人間だった時の感覚に無理矢理起こすなら、右腕の前面を触られると左上での前面、腹、顔、両足の前面にまで触られた感覚があるって感じだ。

 後ろも同じく、な。


 だっつーのに、真ん中を膝でぐりぐりされたり身をくの字におられたりすると、ぐぇってなるのは俺もよくわからん。腹も何もないと思うんだが……。


 何が言いたいかっつーと、こうして侍女の膝を受けている部分は一か所でも、俺は全身でソレを感じてるってことだ。勿論、日常でのエリザ嬢の柔らかさもな!


 痛みを無視すれば、膝の感覚を全身で受け止めていることになる。

 なんとも背徳的だ。



 視覚を総動員させて――常に全開なのだが――ジロジロと舐めるように視る。侍女が視線を感じる事は無いので、不快感を与える事もない。

 この世界の脱毛技術がどの程度のものなのかは知らないが――エリザ嬢に聴くわけにもいかんし――、毛穴一つ目立たない綺麗な脚だ。

 侍女って奴ァ見た目だけじゃ年齢がわからんのだが、声からして大分若かったりするのか? 10代に膝で踏まれて脚を凝視する(オレ)

 なんとも犯罪的だ。



「よし、このくらいでいいかなー。よ、っと」



 脱水加減に満足したのか、俺を抱え上げる侍女。

 ふむ……まぁ、10代なら歳相応、か? エリザ嬢やユリアと比べるのは悪い気がする。


 まだ内部の水分はとび切っていなかったが、十分楽しませてくれたので自ら水ッ気を飛ばす。セルフ脱水枕。


 そして変わらず天日干しコース。ほんと曇んねーなこの国。干ばつとか大丈夫なのか?



 

 今日はあの鳥も、猫も来なかった。









『おはようございます、エリザ様』

『おはようですの、ミルトさん。昨日は無視する形になってしまい、ごめんなさいですの』



 あぁ、昨日も話しかけてくれた娘か。ミルト嬢でいいのか?

 えぇ、ミルト・シャルルーさん。王国唯一の女伯爵ディニテ・シャルルー様の一人娘ですの。性格は温厚ですが、ユリアと対等に喧嘩できるほどには強いですのよ。

 こわっ!


『いえ、昨日は心ここに非ずといった様子でしたし……ウチの侍女が、街でユリア、さんを見かけたと言っていましたから、その事かな、と』

『バレバレですのね……。あと、ユリアの事は呼び捨てでもかまいませんのよ』



 エリザ嬢がわかりやすいのか、エリザ嬢の周囲の人が察しが良すぎるのか……。

 前者でないと信じたいですの……。

 多分両方。


『あら? ミルトさん。おはようございます』

『……ッ! ジェシカさん、おはようございます。ですが、挨拶ならまずエリザ様にするべきですよ』

『あら、いたんですか、エリザさん。これはこれは、ご機嫌麗しゅう。これでよろしくて?』



 いつも思ってたんだが、この(アマ)男爵家だよな。不敬罪とかにならんの?

 一応、名目上は学園内は貴族のルールを持ってこない様に、とされていますの。それでも覚えが悪くなるのが人間関係ですから、普通は表面だけでも取り繕うのですが……。


『……えぇ、おはよう、ジェシカさん。では、ミルトさん。私はこれで』

『はい。お体は大事になさってくださいね』



 スクアイラに続いてこの娘も良い娘だな。そしてジェシカ嬢は挨拶無し、と。

 こちらを見てすらいませんの。




「はぁーっ、なんつーか……。決別するとはいえ、こうも敵意むき出しだと喧嘩買いたくなるよなぁ」

「いえ、私はそんなことありませんのよ?」

「多分ミルト嬢やスクアイラの奴も手が出るのを必死で抑えてるんだろうぜ?」

「スクアイラはともかく、ミルトさんまでそんなことは……」



『あ、エリザ様。お帰りですか?』

『えぇ。ミルトさんは……』

『ちょっと詰所にいる母上に用がありまして』



 詰所って、騎士団の?

 えぇ。ディニテ様はお兄様の上司。騎士団長様ですのよ。

 子が子なら親も親かい……。


『あの、エリザ様』

『? なんですの?』

『差し出がましい事ですが、ジェシカ・ライカップにはお気をつけください。あの不敬ともとれる態度もそうですが……どこか、自身なら大丈夫というような言い様のない自信が感じられます。何か危ないモノがバックにいる可能性も捨てきれません。

 できるだけ、ユリアと行動するのが良いと思います』



 ミルト嬢もジェシカ・ライカップ、と。

 ミルトさんは基本的には中立の位置を保つことが多いのですけれど……その彼女が言うということは、余程ですの。


『……忠告、ありがとうございますの。公爵家も気を付けています。ミルトさんも無理をなさらないように』

『はい。母もライカップ家を睨んでいるので、大きなことは起きないと思いたいのですが……。それでは、失礼します』



 えーと、国防軍団長、巨大商会会長、騎士団長と騎士団副長に睨まれてんのか。ジェシカ嬢とライカップ家。

 あと、国防副軍団長の娘にも、ですのね。

 国が敵にまわってるっつっても過言じゃなくねぇ?


『……あら? ユリア?』

『ん? あぁ……じゃない、エリザ様。お帰りですか?』



 ありゃ? 二人きりなのになんで敬語?

 二人きりとはいえ、外ですのよ? 誰が聞いてるともわかりませんの。

 なるほろ。


『えぇ。……お母様からの依頼というのは、終わりましたの?』

『はい、丁度。ついでとはなんですが、帰宅を護衛します』



 ん、てーことは、もうユリア帰って来てたのか。食事は食堂でとったのか?

 えぇ。お母様がユリアの報告を聞きに帰って来ていましたので。







「今日の出来事はこのくらいですの」

「おう。

 やっぱジェシカ嬢は怪しい動きしかしてねぇみてーだな」


 

 いつものログハウス。胡蝶蘭が一輪と、桔梗の花が揺れる小高い丘の様な場所だ。

 澄み切った蒼空と、強すぎない太陽が優しく辺りを照らしている。


「ユリアが帰ってきただけで気候が温暖になりましたのね」

「それだけ大きい存在なんだろ、エリザ嬢の中で」


 吹き抜ける風は開いた窓から入って優しくエリザと枕を撫でる。

 さらさらとエリザの金の髪が揺れ動く。


「多分明日、ユリアがお母様に報告を入れると思いますの。そこでライカップ家の動向がある程度わかるといいのですけれど……」

「ユリア次第、ってことか。

 ま、俺も有益な情報を聞き流さないように頑張ってみるさ。ユリアが俺で寝てくれりゃ、一番なんだが」

「普通は主人のベッドで寝たりしないですのよ……」


 そんなことユリアが気にすると思うか? と枕。

 ……思いませんの、とエリザはたっぷり間を開けて答えた。


「さ、そんなことよりもだな」

「続き、ですのね」


 むむむ、と頭を捻るエリザ。

 ブゥンという音と共に、スクリーンが浮かぶ。







『おい! お前! ちょっとこっちこい!』

『あら? この間の……無礼者ですのね』

『ちっ! 公爵サマはヒトの名前も憶えられねえのかよ!』

『私もお前、なんて名前ではありませんの。そもそもアナタが命令できることなんて一つもありませんのよ?』



 ほんっと、悪ガキだな。昔のユリアって。

 昔の私も刺々しいですの……。


『めんどくせぇ……。あー、なんだっけ? エリザサマ? こっちにきてください? これでいいか?』

『嫌ですの。あなたのお願いを聞く理由がありませんの』

『――ッ!!』



 ユリアも大分棒読みだが、これは……。

 はっきり言ってもいいですのよ? この頃は自他ともに認める嫌な女でしたもの。


『あー! もう! こっち来いっての!』

『ちょ、ちょっと! 引っ張らないでくださいまし! 痛いですの!』

『この程度でかよ……弱くね?』

『野蛮なあなたたちと一緒にしないでもらえますの!?』



 ちなみにどのくらい痛かったの?

 このくらいですの。

 ぐぇぇっ!


『お前の兄貴……ミカルス様について教えろ!』 

『だから嫌ですの。さ、その手を離すですの』

『教えてくれるまで離さねぇよ。ほら、とっとと喋れ!』



 尋問かよ。ぞっこんだな、ホント。

 あぁ、この映像をユリアに見せたいですの……。

 すんごいSッ気のある顔してんな、エリザ嬢。


『おや? 二人で内緒話かい? こんにちは、ユリアちゃん』

『お兄様? お帰りなさいですの』

『ミ、ミカルス様! こんにちは!』



 ホントは嫌ってんじゃねぇかってくらい飛び退いたな。

 この頃は本当にかわいかったですのね……。


『エリザ、ただいま。ふふ、今日も可愛いね』

『ひ、人前ですのよ、お兄様! 例えこの子が侍女になるとはいえ、自重してくださいまし!』

『……ん?』



 ミカルス兄ちゃんは変わらんな……。

 私が生まれた時から過保護だったと聞いていますの。


『ユリアちゃん。エリザと仲良くしてやってほしいな。最愛の妹なんだ』

『お兄様! 成人の男子がそういう事を軽々しく口にするものでは――』

『最、愛……?』



 エリザ嬢とミカルス兄ちゃんは幾つ離れてんだ?

 9つ、ですの。信じられませんでしょう?

 ……え、じゃあ今ミカルス兄ちゃんって24?

 そのくらいでないと騎士団副長なんて務まりませんの。


『ふふ、怒るエリザもかわいいよ。大丈夫。大人はみんな微笑ましく思ってくれてるさ』

『そういう問題ではありませんのー!』

『……あっ』


 

 おっと、ユリアが何かに気が付いた様子!

 まぁ、初めてとはそういうものだと聞きますの。私も、そうなったわけですし。

 フランツはまぁ、そうなるのか……?


『それではね、2人とも』

『もう……。いつもこうなんですから……』

『……な、なぁ。エリザ。ミカルス様って……』



 かくして初恋は儚く……。

 散る物、ですの。


『――えぇ。このように、過保護ですのよ。ふふ、あなたの恋は叶わないと思いますの』

『な、なんのことだよ! くっそ、ミカルス様――ミカルスは違うと思ったのに、結局ウチの兄貴共と一緒か!』

『……もしかして、あなたのお兄様も?』

『……あぁ。超絶過保護だ。嫌になる』



 はー、これで仲良くなったと。

 えぇ。共通の悩み、という奴ですのね。


『――改めまして。私、エリザ・ローレイエルと言いますの。あなたは?』

『ユリア・リトレットだ。公爵サマって呼んだ方がいいのか?』

『エリザでいいですの。私もユリアと呼びますの』

『おう。よろしくな、エリザ』

『よろしくお願いしますの、ユリア』



 めでたしめでたし、と? 良い話……とは一概には言えんな……。

 ユリアの初恋の記憶でしたが……私とエリザの出会いを見せただけになりましたの。

 兄貴達の痴態を見せられただけのような……。





「これで終わりですの。この後、ユリアはお兄様にも砕けた口調になって、おじ様に叱られたりしてましたのね」

「はぁー。そういう流れねー。

 やっぱりユリア側の記憶が見てぇ。寝てくれねぇかなぁ」



 いつのまにか胡蝶蘭は増え、更にフリージアが一輪。 桔梗と胡蝶蘭に寄り添われるように咲いていた。

 白い光が、世界を覆う。


「んじゃ、また次の夜にな」

「えぇ。次の夜に」


悲恋要素(震え声)

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