7話 『黄昏のお兄様?』
ギリギリ今日!
「どうして教えてくれなかったんですの……? 教えられた所で、という感じはありますけれど……」
「忘れてたんだよ。だからそんな睨むなって。
――ユリアにエリザ嬢の寝起きが悪いって聞いてて良かったぜ」
不満を頬に溜めて、ふくらませるエリザ。 夢世界で、枕の前だからこそする表情だ。 現実世界なら絶対にやらない。
そんなエリザに抱かれている枕。
この世界でのみ自由に動けるとあって、基本的この世界で抱かれることのない枕だが、今日ばかりは罪滅ぼしとしてその身を預けていた。 この世界でもぬくぬくさは健在なのだ。
「ユリアに……? どういうことですの?」
「あっ。あー、まぁ、ユリアが寝たんだよ。俺で」
不味い事を言ったとばかりに顔? を逸らす枕。 ちなみに、夢世界でもエリザの格好はネグリジェなので、枕が身動ぎするとその柔らかい感触は双方に伝わる。 代われ。
「幼馴染とはいえ、主人のベッドで寝るなんて……。言ってくれれば、一緒に寝ますのに」
「まさかエリザ嬢……やっぱりソッチなんじゃって痛い痛い痛い!」
ユリアに同じ事を聞いて蹴り飛ばされたことを全く学習しない枕だった。
ぎゅううううと締め付けられる。 痛いと言ってはいるが、内心痛いけど柔らかいからずっとコレでもいいなとか思ってない。
「それは、ユリアにいう事ですの。というか、やっぱりって何ですの? まさか……ユリアの過去を視ましたのね?」
「形が変わるって痛いってエリザ嬢! そう! 視たの! 正直に話すから許して!」
流石に痛みの方が勝ったのか、許しを請う枕。ようやくエリザは枕を解放した。
双方が双方とも、ぬくもりが離れた事に残念さを感じていたが。
「……ごめんなさい。どうもこの空間では抑えが効かなくて……」
「あぁ、いいよいいよ。そんなに痛くなかったから。むしろ……いや、なんでもねぇ」
締められていた箇所を耳で摩る枕。押さえつけられて当たっていた箇所は摩らない。感覚を取っておくためだ。
なお、現実世界の枕の感覚もリアルタイムで感じ取る事が出来る。 ベッドでエリザが身動ぎすれば、抱き着かれている枕にもその感覚が伝わり、枕に頭を乗せて寝返りを打てば、髪や額の感覚がそのまま枕を撫でる。
視界もそのまま繋がっており、ネグリジェを上から覗くというもう色々とアウトな行為も、枕だからこそ誰にも憚られることなく行うことができるのだ。
勿論、その事はエリザに知らせてない。
「それで、どの過去を視ましたの?」
「あーと、なんかユリアが樹に昇ってて、落ちて、怪我して、エリザ嬢がそれを舐める夢」
ざっくりだった。
ざっくりとしていて、別の人物が聞いても絵すら思い浮かばないような説明。
だが、赤面したエリザの顔から、エリザにはいつの記憶なのかわかっているようだった。
「よりによってソレですの……? あれは、幼かったせいですの! 他意はありませんのよ!」
「そりゃわかってるけどよ……赤い舌を突きだして傷口を舐める様子、かわいかったぜ」
茶化すようにいう枕を、こんどは腿に挟んで締め付けるエリザ。
腕とは比べ物にならない力が枕にかかる。ぐぇぇと奇声を発する枕だが、当然感触を楽しんでいた。
「こうなったら、ユリアの恥ずかしい過去も見せますの!」
「ぐえぇぇぇぇ」
よくわからない思考回路の結果、頭を捻るエリザ。
以前として枕は挟まれたままだが、それに介さずスクリーンが浮かび上がった。
映し出されたのは、綺麗な装いの幼女と悪ガキ小僧にすら見える幼女。
『アンタが公爵サマの娘? ふぅん。変な髪型だな』
『誰ですの、アナタ。いきなり無礼ですのね』
おー、もしかしてコレは……。
出会い、ですの。お父様と、ユリアのお父様……副軍団長が画策したそうで。いずれ仕える事になるかもしれないから顔合わせ、という理由だったらしいですの。私もユリアも知らされてなかったのですけど。
『人に名前聞くんならまず自分から名乗れって親に教わらなかったのか? 無礼なのはソッチだろ』
『無礼者に名乗る名などありませんの。無礼者の名など覚える必要もありませんの』
すっげぇ。すっげぇ攻撃的だなどっちも。
失礼極まりないですの。私の反応は普通ですのよ。私が公爵家だとわかっていながらこの態度のユリアが攻撃的なのですわ。
『あでっ!? んだよ親父。兄貴達にいつも言ってることじゃねぇか』
『あら、妹が無礼なら兄も無礼になりますの?』
おー! これだよ! これが俺のイメージする公爵令嬢だよエリザ嬢!
えぇ……。これは、今になってみれば恥ずかしい思い出ですのに……。
『んだと!? 公爵サマだかなんだか知らねぇけど、兄貴達をバカにすんのは許さねぇぞ!』
『別に。アナタなんかに許されなくてもいいですの』
カァーッ! これ出会いの印象最悪だろ。よく今の関係になれたな。
うぅ……ユリアの恥ずかしい過去を晒すために自滅している気がしますの。
『痛い!? 今本気で殴っただろ馬鹿親父! は? 謝れ? 嫌に決まってんだろ!』
『お父様の部下、といいましたけれど……どういう教育をしてますの?』
おぉ、おぉ! なんという冷たい目!
ふんっ!
ぐぇっ。
『痛ダダダダダダダ! 割れる割れる! ちっ、謝りゃいいんだろ謝りゃ。すみませんでしたー。これでいいか?』
『あら? 今何か言いましたの? ふふ、羽虫の羽音よりも小さくて聞き取れませんでしたの』
おっ。めっちゃ震えてんな、ユリア。
今思えばこの時の私は本当に嫌な女ですのね……。
『ははは、いいよいいよわかった。そういうことね。
すぅ……はぁ……、すぅ……この』
『おや? どうしたんだいエリザ。お友達かい?』
『ぶっふぉあ!?』
あー、面影あるな。コレ兄ちゃんだろ?
正解、ですの。幼き頃のお兄様ですのよ。
すんごい咳き込んでるなユリア。
『げっほ、ごっほ! ……っ』
『おや、驚かせてしまったかな。すまなかったね。大丈夫かい、お嬢さん?』
『……』
おぉ、女の子だってわかるんだな。
お兄様もお父様も、骨格で性別の判断ができるとかなんとか言ってましたの。私にはよくわかりませんけれど。
『うん? はは、そんなにじぃっと見つめられると照れるな……』
『……、…………かっこいい……』
はーい、一時停止&巻き戻しマース。音量あげマース。
巻き戻しって何をですの?
『黄昏の、王子様……かっこいい……』
黄昏の王子様って何?
女児向けの童話ですの。田舎も田舎に住む街娘に、黄金の髪を持つ王子様が求婚しにくる。そんなストーリーですの。
あぁ、ありがちな……。
『お兄様。騎士の訓練はどうされたのです?』
『あぁ、今日はエリザ専属の侍女になる娘が来るって聞いてね。これは僕が見極める必要があるなって飛んできたんだ。団長には話を通してあるよ』
ははぁーん。なるほどぉ。
多分、想像通りですの。
『あ、あの! あなた様のお名前をお教えくださいませんか?』
『人に名前を聞くときは自分からって、さっきアナタいいませんでしたの?』
辛辣だねエリザ嬢! でも、俺はわかるぜ……? これ、ミカルス兄ちゃんは自分のだって独占欲入ってるだろ?
何故わかるんですの……。お母様やお父様もそうでしたが、そんなにわかりやすいですの私……。
『はは、あんまりいじめてやるなよ、エリザ。
僕はミカルス。ミカルス・ローレイエルだ。お嬢さんの名前を教えてくれるかい?』
『あ、あた……私は、ユリアです。ユリア・リトレットっていいます!』
初々しいねぇ……。
お兄様はかっこいいですもの。
『可愛い名前だ。エリザ、良いお友達ができたようだね』
『……まぁ、そうですのね。良いお友達ができましたの』
『……ッ!』
うわこっわー。擬音がついてたら確実にニヤリだよこの笑み。
客観的に見ると、本当に怖いですのね……。
『それで、エリザ専属の侍女になるというのは……もしかして君なのかい?』
『えぇ。ミカルス様。不肖の娘ですが、エリザ様の侍女としてよろしくお願いします』
『なっ、親父……じゃなくてお父様! どういう――』
『私も聞いてませんの。この娘が、私の侍女になるんですの?
……ふぅん、この娘が、侍女に』
うぉ! 映像に映ってないけど、この厳めしい声あのクマみてぇな人か。なんだっけ、副軍団長?
えぇ、そうですの。現在に至ってもあの方の声には慣れませんの。確かこの時も内心は震えていたと思いますのよ。
『こいつが、私の主サマに……そんなのこっちから――』
『ユリアちゃん。エリザを、よろしく頼んでもいいかい? 同年代の友達がいてくれれば、僕は安心できるんだ』
『はい……頑張ります……』
ミカルス兄ちゃんコレ、わかってやってねぇ?
えぇ。お兄様は気付いてますの。そういう視線とか気配とかである程度心の中まで読める、らしいですの。
こわっ。
『ふむ……それでは、顔合わせはこれくらいにしておこうか。ユリア、帰るぞ』
『わわっ、引っ張んな……じゃなくて、引っ張らないでくださいお父様!』
『またね、ユリアちゃん』
『は、はい! また!』
もう完っ全に恋する乙女だな。本当に暴力侍女かアレ。
かわいいでしょう? こんな初々しいユリア、もう見る事はできませんのよ?
『……エリザ。そう拗ねた顔をしないでおくれ。
僕の一番はいつだってエリザだよ。エリザのためなら、龍だって斬り伏せて見せよう』
『別に、拗ねてませんの。ただ――』
シスコンだなぁ。しかも極めつけの。
しすこん……? 過保護という意味ですの?
そんな感じ。
『ただ、なんだい? エリザ』
『ただ、なんとなく、あのユリアという娘とは仲良くなれそうだと考えていただけですの』
『それなのにその顔なのか。
ふふふ、本当に良い友達になってくれそうだね、あの娘は』
何故ここだけ主観視点なんだ! エリザ嬢の顔を映せ!
映さなくていいですのー!
「しかしわからねぇな。前回エリザ嬢の夢の中で、エリザ嬢と兄ちゃんと暴力侍女はタメ口っつか、もっと砕けた感じだったじゃねぇか。初恋の相手なら、実ったにせよ砕けたにせよ、もっとなんかありそうなもんだが」
「そこまでお見せしたかったのですけれど……。朝のようですの」
白い光が世界を覆い始める。
群生する桔梗と、いつのまにか1輪だけあった胡蝶蘭が揺れた。
続きは明日。
そう言って、エリザと枕は笑いあった。
4000字前後安定。