40話 『オレイユ家』
スクリーンは消え、またログハウスへと戻る。
出たり消えたりと忙しい事だ。
「この空間は……使用者の記憶を揺り起こして閲覧・確認する場所なのですか?」
「そんな堅苦しい感じにゃ捉えてねぇが……ま、そんな感じだな。 今でも現実じゃエリザ嬢もミルト嬢も仲良く眠ってるぜ」
「ふむ……普段から睡眠中はこのように『私』は起きているのでしょうか。 それともこの枕だけ? それならば、十分な休眠が取れるようには思えないのですが……」
「枕さんで眠った時は快眠ですのよ。 寝起きもとてもいいですの。 体調もとてもいいですし……」
「俺が快適な眠りを提供してるからな!」
「いえ、寝心地の良さの話ではなくてですね。 『意識』が起きているのか、眠っているのか、という問題です」
「あー、それなら眠ってると思うぜ。 ここで起きた事は現実にゃほとんど持って帰られねぇんだ。 多分そりゃ、無意識的な空間だからだと思ってる」
「あら……では、エリザ様が私をこの枕で寝かせたのは、ここに連れてくる目的ではなかったのですね」
「う……いえ、枕さんで寝ると疲れが取れる、と思っていたもので……。 最初に見た時はミルトさん、倒れるほどに疲れていると判断したものですから……」
無意識空間の情報を意識して持って帰る、というのがおかしな話だという事には思い至らないのだろうか。 意識できないから無意識なのだが……。
もっとも、無意識が入り混じっていないわけではないからややこしい空間である、というのは認めよう。
「倒れたのは殿下……いえ、恐らくジェシカ・ライカップの使い魔に何かされた影響でしょう。 あの時の記憶こそ憶えていませんが……、いえ、だからこそ相手は忘れさせたと思っている。 この場所で思い出す事が出来たなら……大きな優位性を得られましたね」
「だな。 あの口調、確実に隠す気が無かった。 忘れさせられるから良いと思ってたんだろ」
「ジェシカさんと出会った記憶が無いのも忘れているから、ですの?」
「いや……そっちは枕でも思い出せなかっただろ? ってことは、なんか違うんじゃないか?」
「ジェシカ・ライカップと出会った記憶……確かにありませんね」
ちゃっかりミルト・シャルルーの膝の上に座っている枕が考え込む。 ミルト・シャルルーも枕の感触が気に入ったようで、撫でり撫でり、ふにふにしている。
それによってか、手持無沙汰のエリザが紅茶を多量に飲んでいるようだ。 この世界では飲んだところで腹に溜まらないが、紅茶ばかりだと飽きないのか不思議になる。
「……あ! そういえば、先程フランツが……いえ、ジェシカさんが『とりあえずウチに』って言ってましたの。 ライカップ家でないと出来ない事があるのでは?」
「いや……それだとエリザ嬢はライカップ家に行ってないとおかしい。 だが、そんなのユリアやペイティが見逃すはずがない。 というか周囲の人間が絶対見てるはずだぜ。 だから――」
「ジェシカ・ライカップ本人がいないといけない、ですね」
エリザ自身に自覚が無いのが困り物だが、エリザはとても目立つ風貌をしている。 美少女だし。 だからこそ、誰にも見られずに移動する事や、まして公爵令嬢が男爵家に行く所を見られない、など有り得るはずがないのだ。
金髪美少女だから。
「なるほどねぇ……つまりなんだ、さっきのフランツみてぇに遠隔で誰かを操作してる時は使い魔の弱い忘却魔法しか使えないが、ジェシカ・ライカップ本人が出向けば完全に忘れさせられる強い忘却魔法が使えるって事か」
「まとめるとそうなりますの」
「しかし……それならば何故、あの場にジェシカ・ライカップ本人が居なかったのでしょうか。 記憶を忘れさせる・改変ができるのなら、あの場に居てもおかしくは無いとおもうのですが……」
確かにそうだ。 そうでなくとも、あそこまで取り入った状態ならばフランツ・アイガムを唆すなりすればあの場に居合わせる事は可能だったろう。 それをしなかったのは、何か別の目的が有った故か、それとも……。
「ん?」
「どうしたんですの、枕さん」
「いや……外が」
「外?」
「とりあえず持って帰りたい事を強く意識しといてくれ。 多分そろそろ起こされる」
「だから! ここは公爵家です! 伯爵家侍女が入っていい場所ではありません!」
「エリザ・ローレイエル公爵令嬢様のご依頼です。 少なくとも、雇用されているだけの侍女よりは権限のある行動だと判断しますが?」
「私は聞かされていません! エリザ様が起床なさるまでお待ちください!」
ふむ。
声色的に言い争ってるのはペイティとフレイって侍女だな。
って、あぁ。 確か後で迎えに来てくれってエリザ嬢が頼んだんだっけか。
……だとすると、ペイティの分が悪いな。
つーか部屋の前にいんのかよ。 普通そういう言い争いって玄関でやらねぇ?
「エリザ・ローレイエル公爵令嬢様及び我がシャルルー家令嬢、ミルト様がお休みになっているのです。 余り騒音を立てない方がいいと判断しますが? ペイティ」
「アンタが原因つってんですよ……! 若作りのババアが……!」
What? え、今の暴言ペイティ?
まぁ察するにペイティとフレイって人は知り合いなんだろうが……同じ姓だから家族だったりして。 あれ、でもユリアは『ペイティの親がペイティを侍女育成所に入れた』とか言ってたような。
「感情を抑える事も出来ない小娘が、よくぞまぁ侍女になれましたね。 もういいです。 ドゥス、メルクマルク。 いるのでしょう?」
「ドゥス、ここに」
「メルクマルク、ここに」
だからこいつらは忍者かって……。
あぁ、オレイユの分家ってミルト嬢が言ってたな……。
「ドゥスもメルクマルクも、その小娘を抑えておきな――!?」
「承服しかねる。 私はお嬢様の配下。 若作りのババアの配下ではない。 でしょ、メルクマルク」
「既にフレイ・オレイユに命令権限は無い。 そして、侍女の事情を仕える家に持ち込むべきではない。 だよね、ドゥス」
メルクマルクが正論過ぎる。
こんな所をセシリア母ちゃんにでも見られたりしたら、大変な事になりそうだ。
……いやいや、まさかそんな。
「あらぁ~? エリザの部屋の前で仲良くおしゃべりかしら~? 私も混ぜてほしいわぁ~」
俺のせいじゃない事を祈る。
いざとなれば最終手段、ひんやり枕でお目目パッチリを使う所存だ。
「――セシリア様。 お帰りなさいませ」
「――セシリア様。 お帰りなさいませ」
「ぁ……その……。 セ、セシリア様、お帰りなさいませ」
ぴったり声をそろえてドゥスとメルクマルクが、少し言い淀んでペイティが言った。
「あら、あなたはディニテの所の侍女ねぇ。 伯爵家の侍女が公爵家内にいるのは、どういう事かしらぁ?」
「はい。 エリザ・ローレイエル様より、夕刻にミルト様を迎えに来てほしいとのご依頼を受けましたので、それを果たしに来ました。 近衛兵・侍女共に通達されていないようでしたので、直接迎えに来た次第です」
「ふぅん~? でも、そういう場合は確認が取れるまで待つのが礼儀ではなくて? エリザだって真夜中まで寝る、なんてことはないんだから」
YES! そう、ペイティに非は無い! って事にするとフレイさんが悪くなるのか……。
丸く収める方法は無いのか!
「それは」
「それとも……何か知ってたのかしら? 例えば……とても寝心地の良い寝具の存在、とか」
アレ……もしかしてコレ、セシリア母ちゃんフレイさんを疑ってる?
直感働けよ! 身内同士で争っても何も生まんぞ!!
「……もしや、私が最近王国で起こっている事件に関与している、と疑われているのでしょうか?」
「そんなこと言ってないわぁ。 あなたはディニテが認めた侍女なのだし、国に仇為すとは考えにくい……それに、私の直感があなたが犯人ではないと言っているから」
「……アンチュイ・シオンの末裔でしたね。 道筋無く答えを出すシオン家、9代目」
「あなたは少し行動が突飛過ぎるのよぉ。 まるでシオン家みたいに、ね」
確かに、なんか『ザ・出来る侍女』みたいな雰囲気のフレイさんが、いきなり強行突破染みた行動をしたわけで。
怪しいって思うよな、そりゃあ。
こんだけ騒いでるのに何故か起きない2人に、セシリア母ちゃんの主観では何かが宿っている枕があるエリザ嬢の部屋。 ただの偶然なのに、嫌な符号が集まってるな、うん。
「セシリア様。 発言の許可を頂けますか」
「セシリア様。 発言の許可を頂けますか」
「いいわよぉ~。 さっきからずっと何か言いたそうだったしぃ」
「では。 恐らくですが、フレイ・オレイユは屋敷の幹部たる人間が私達しかいない事を見抜いたのではないでしょうか」
「では。 身内事ですが、私とドゥス、お……ペイティ様はオレイユ家の者です。 そして勿論、フレイ・オレイユも」
「私とメルクマルクはオレイユ家が分家。 ペイティ様はオレイユ家1人娘。 そして、ペイティ様から見たフレイ・オレイユは曾祖母になります」
「私とドゥスは元フレイ・オレイユ配下ですので、懐柔できると考えたのではないでしょうか。 同じように、ペイティ様も」
流れるように話す2人。
しかし、なんだろうな……。
この誰も彼もが繋がってる感。 むしろ部外者俺だけじゃね?
「そういう事なのかしらぁ?」
「……はい。 正確には『懐柔できる』ではなく『頼りにならない』と判断しました。 状況の把握もせずに、ただ付き従っているだけの侍女ではこのような事態に対応できないと判断したのです」
「なっ……! んぐ」
「抑えて、お嬢様」
「我慢して、お嬢様」
見えちゃいないが、多分ドゥスとメルクマルクがペイティの口を押えたんだろうな。
……2人で抑えたのかな。
「それは失礼、というものではないかしらぁ? 借りにも公爵家が雇っている侍女なのよ? あなたの身内に対する評価がどのようなものかは興味が無いけれど……それは、公爵家の目が曇っていると言っているようなものではなくて?」
「……おっしゃる通りです。 私の判断ミスでした」
おお! セシリア母ちゃんが勝った!
これで後は、2人が起きれば万事解決だろう!
起きる気配もないし、ひんやり行きます!
「ひゃ……!」
「んっ……!」
艶声が。
常温に戻ります!
「あら……。 エリザ、起きてるかしらぁ?」
「……ぁ。 あ……。 お母様?」
「入るわよぉ」
ガチャリ。
久しぶりにドアノブの音を聞いた気がする。
廊下にはペイティ。 ドゥスとメルクマルク、フレイさんが。
「……? ……!」
シュバッと機敏な動きでミルト嬢が寝転がった状態から正座へと移行する。
正座の文化がこの世界にもあったのか!
「あぁ、いいのよそんなにかしこまらなくて~。 エリザが無理矢理寝かせたのでしょう? エリザが友達を家に呼ぶなんて初めてだから、嬉しいわぁ~」
「あ、え」
しどろもどろになるミルト嬢。
誰だコイツ、みたいな目をしてるフレイさん。
「でも、今日は遅いから……お迎えの侍女が来ているわぁ。 もっとゆっくりできる日に、またいらしてねぇ」
「あ……ありがとうございます。 し、失礼します!」
深々と礼をしてフレイさんの元へ向かうミルト嬢。
セシリア母ちゃんの目がすんごい優しい。
「フ、フレイ。 行きますよ。 それと……エリザ様。 ありがとうございました」
「いえ……ま、また! またいらしてください、ですの!」
「はい!」
初々しい……。
あ、チラっとセシリア母ちゃんの目線が俺を捉えた。
何か言いたげですね!!
「ドゥス、メルクマルク。 お客様がお帰りよ」
「はい。 案内します、ミルト様」
「はい。 こちらです、ミルト様」
呼吸ぴったりで体の向きを変えるドゥスとメルクマルク。
双子ってみんな息が合うモノなんだろうか。
「ペイティはここに残りなさい。 聞きたいことが或るから」
「はい」
「エリザにも聞きたいから……3人でエリザのベッドに座りましょうか」
「はい……え?」
エリザ嬢が枕をぎゅっと抱き寄せる。
枕は渡さないとばかりに。
やわらけぇ。 どこがっていうか全部が?
「とらないから安心なさい」
「ぅ……。 はい、ですの」
ぎゅっとするのはやめたものの、手放しはしないエリザ嬢。
いやぁ、モテモテですね俺。




