31話 『理没する真っ暗な世界』
ちょっと重複が有ります。
「エリザ様。 夕飯の時間です」
そう言ってユリアがエリザの部屋のドアを叩くも、返事が無い。
気配から眠っている事を察知したユリアはそのままドアを開け、部屋に入った。
そこには、しっかりとベッドに横になることもせずに眠っているエリザの姿。
腕にはしっかりと枕を抱き、気持ちよさそうにしている。
これを起こすのは忍びない。 しかし、今日は部屋で食べるというわけにもいかないのだ。
「エリザ様、起きてください」
ゆさゆさとゆする。 が、起きない。
ポンポンと肩を軽く叩く。 が、起きない。
「エリザ様―? エリザー、起きろー?」
口調を砕いてみても起きない。
ユリアは段々と不安になってきて。
「ふん!」
エリザが愛おしそうに抱いていた枕を、エリザの腕から引っこ抜いた。
その瞬間、ぐわんという立ち眩みのような感覚を覚えるユリア。 倒れる事は無かったが、よろめいてしまった。
「そうですの……。 え?」
直後、エリザがまるで誰かと話していたかのような言葉を呟きながら目を覚ました。
エリザはキョロキョロと辺りを見回した後、枕がない事に気付く。
「枕さ……ん……?」
そして、自身の口からでた言葉に、エリザ自身が驚いた。
確かに依存するほど使っている枕だが、物をさん付けで呼ぶような歳ではない。
しかし、驚くほど口に馴染む。 枕さん。 つい先ほどまで呼んでいたかのような。
「エリザ様。 夕食の時間です」
その感覚に手を伸ばし、掴んでみようとしたところで横合いから親友の声がかかる。
そうだ、今日はお父様がいるのだ。
「今行きますの」
幸い、髪は乱れていないようだ。
すぐに食堂に向かおう。
いやぁびっくりした。
しっかりと覚醒しない内に枕を手放すとあぁなるのか。
ユリアが来ていたのは見えていたのだが、まさか力技に出るとは。
おかげで話を中断する事になってしまった。 これはいつもか。
いつもなら覚醒が近くなると白い光が世界を覆うのだが、今回は違った。 いや、違うといいきるのはそれこそ違うかもしれないが。
世界が分断されたのだ。 こう、パキンと。 分断面は白かった。
しかし、面白い事もわかった。 エリザ嬢が起きてからの口ぶりを見るに、無意識下でしかないあの空間の会話が覚醒した状態のエリザ嬢に引き継がれていた。
しかも、明確にエリザ嬢は『枕さん』と言っていた。
これを利用すれば、俺を覚えて現実に帰る事も可能なんじゃないだろうか。
そしてもう一つ。
これは本当にありがたいというか、ずっと出来ないかと思っていてできなかったことができる様になった。
それは、あの夢世界に理没する事。
俺一人じゃできなかった。 誰かが枕で寝てくれなければ、あの世界に行くことは出来なかった。
だが、恐らく今回ユリアが夢世界を分断してくれたおかげで、あの世界への自由な出入りが可能となったわけだ。
これで暇がつぶ……色々と可能性が広がる。
例えば、ペイティが居なくなったにもかかわらず置いてあるこのプレゼントボックス。
例えば、何もうつさないまま浮かんでいる巨大なスクリーン。
例えば――正確な位置はわからないものの、どこかにいると確信できるダレカの気配。
最後の奴に関しては完全に感覚でしかない。 俺は気配とかよくわからんし。
だけど、この真っ暗な空間のどこかに俺以外がいるのはわかる。 不思議と少ししか異物感の無い何かが。
ま、分からないものは放っておこう。
まず目先の物からだ。
シャイニングスター・シルバーアイズがペイティに贈ったプレゼントボックス。
ソレはユリアやペイティと共に見た時のまま置いてあり、リボンも普通に結ばれている。
近づいて、リボンの先端を引っ張ってみる。
シュルリ。
リボンは、驚くほど簡単に解けてしまった。
だが、なにも起こらない。 リボンを放り、中をのぞいてみる。
そこには、光る球があった。
その球は僅かに浮いており、その中にどこかで見たような……というか、先程ユリアやペイティと共に見た記憶が映し出されている。
手――もとい、枕の耳でそれに触れてみる。 が、なにも起こらない。
光球はその中に映像を映したまま、持ち上げられた。
綺麗だ。
どうにかしてあの記憶を再再生できないものかと、まずは光球を床――のような場所――に叩きつけてみた。 が、割れない。
光球は一切バウンドする事なく転がる。 そしてすぐに止まった。
だめか。
もう一度拾い上げ、今度は天高く放ってみる。
といっても枕ボディだ。 そこまで高くは投げられない。
光球はまぁまぁの高さで止まると、すぐに地面に向かって落ちてきて……割れない。
やはりバウンドせず、コロコロ転がって止まった。
壊れないってことか。
じゃ、次だ。
斜め上空に広がるスクリーン。
そこに向かって、スローインッ!
枕ボディから放たれた光球は、しかし一直線にスクリーンに向かう。
そして、スクリーンに光球は飲み込まれた。
おぉ! 上手く行った。
スクリーンはブゥンという音を立て、点滅を始める。
そして映し出されたのは、あの廊下。
『シルバーアイズ殿。 如何されましたかな?』
『いえ……一瞬視線を感じたモノで。 気のせいとは思えませんので、少々警戒を強めておきます』
『ふむ……こちらも近衛兵に警備を強める様言っておきましょう』
王様のおっさんが目の前に映っている。 視点はシルバーアイズか。
面白いのは、視界の所々が着色されている事。
例えば王様のおっさんは静かに揺れる炎のような赤。 壁を越えて見える、恐らく侍女だろう人影は水色に着色されている。
そして、群青と白色の混ざりあった小動物の姿も、シルバーアイズの視界には映っていた。
『【レコード】』
シルバーアイズが呟くと、主観を中心として波紋のようなものが広がる。
『リロイ様、お話の続きに戻りましょう。 殿下とライカップ家のご令嬢についてです』
『うぅむ……。 スクアイラの報告を聞く限りでは、もうフランツは……』
『えぇ。 既に落ちている……いえ、落ちかけていると言った方が正しいでしょうか』
お、この辺は聞きそびれた箇所だな。
『どうにか正気を取り戻させることは出来ないのか?』
『【アプローチ】……あぁ、いえ。 どのようにして殿下に魔法をかけているのかさえわかれば、介入の仕様が或るのですが……。 しかし、ほぼ1年となる時間を抗い続けている殿下は、やはりリロイ様の息子と言えるでしょう』
フランツに魔法をかけている誰か? 介入?
1年間、抗い続けている?
『よせ……私は日に日にやつれていくあの子に、何もしてやれなかった。 あの子がローレイエル家令嬢に辛く当たっているのを見て、それが不憫でならなかった。 だというのに、私は何もできない』
『エリザ・ローレイエル様ですか……。 確かに、すわ婚約破棄するのではないかという噂が上がって来ていますね。 もし、今の状態の殿下にそのような事が知れてしまったら……』
『フランツの心が壊れかねんな』
なんだ? どういう事だ?
まるで、フランツの行動が本意ではないみたいじゃないか。
『シルバーアイズ殿。 術者はやはりあの娘……』
『ジェシカ・ライカップでしょうな。 ご当主でも、ご夫人でもなく』
『バンボラとリーヤンには、やはり例の魔法がかかっているのか?』
『十中八九そうでしょう。 バンボラ様には欠片程の意識が見られましたが、リーヤン様はもう……。 アレは、既に人間では……』
ここでもジェシカ・ライカップ。 完全に国家の敵だな。
『そうか……。 よし、機を見てライカップ家を調べさせることにしよう。 そうだな、ここは――』
シルバーアイズの視界がぐりんと動く。 捉えたのは、ドアの隙間から此方を伺う群青と白色のナニカ。 あぁ、魔力? で感知しているのか。
『リロイ様。 口を閉じてください 【アロー】』
いつのまにか突き出していた右腕の先端に、植物の矢……木の矢が生まれる。
それを、既になにも居ない扉に向けて射出した。
確かさっきはあそこで俺達が見てたんだよな。
『【チェイス】、【レコード】!』
射出された木の矢は扉付近で挙動を変え、波紋をまき散らしつつドアを貫通する。
『……何事かね』
『鼠……いや、猫です。 魔法の気配がしました。 恐らく盗聴目的……今の会話を聞かれた可能性があります。 【サイレント】は効果範囲に入ってしまえば意味がないのです』
『猫……? まさか、ライカップ家か!?』
『恐らくは。 今の【アロー】に追わせますが、とりあえず警備兵に連絡を』
『うむ。 ……まさか、盗聴などという直接的な手段に出てくるとは思わなんだ。 ……ジェシカ・ライカップ……。 我らの手に負える相手であれば良いのだが……』
視点が低くなる。 シルバーアイズがしゃがんだらしい。 そのまま人差し指を地面に突き、静かに呟く。
『【パーセプション】』
そこを起点に、トーンと波紋が広がる。 壁やドアを無視して、広く広く広がっていく銀色の波紋が見えた。
シルバーアイズが目を閉じる。 真っ暗になるかと思えば、更に視界は広がった。
前後左右。 上空から地下まで、波紋の至る――恐らく半径1km程――球状の空間を把握している。
王城の上空に、10m程の鳥が一匹。
個室ごとに整列している魔力からして恐らく学園であろう場所の草むらに、大蛇が一匹。
城下町の路地裏などに小動物が3,4匹。
王城の両脇にある巨大な建物に、クマのような魔力と犬のような魔力……どちらもかなり大きい。 それが1匹ずつ。
木の矢と猫は感知範囲外にいるようで、見る事は適わない。
そして、王城付近のある家に、之でもかという程にぐちゃぐちゃと群青色、翡翠色、白色が詰め込まれた箇所が一点。
もしやこれがライカップ家だろうか。
『う……』
『魔法の連続使用は、つらいのか……?』
『いえ、そういう事ではありませんが……。 あまりの生命の冒涜に、吐き気が――!?』
感知範囲の球体の外側で何かが弾ける感覚。 それと共に、そのあたりから銀色の粒子が向かって来た。
『……消された、か……。 すみませんリロイ様。 ハイドラの森で見失いました』
『いや、仕方あるまい……。 何かわかったのか?』
『……魔物である、という事くらいですかね。 警戒態勢を敷いてください。 あの群青と白色の猫を発見したら手を出さずに、私に連絡を。 しかし監視は続けるように言ってください。 アレは下手に手を出していい物じゃない……』
『わかった。 すぐに連絡を出そう。 何か魔法的な護りはできないのかね?』
シルバーアイズが立ち上がる。
『すみません、常駐系の魔法は私では……ロザリア・クロス=クロイツ=クロワ=クローチェ=クロチフィッソか、お師匠……シャフト・ランキュニアー様であればなんとかなったかもしれませんが……』
『……ランキュニアーか……。 居場所はわかるのか?』
『はい。 マジックアイテムの発注をしておきましょう。 【メール】。 あの魔物については、直接聞きに行こうと思います』
銀色の葉書のような魔力にシルバーアイズは何かを書き込み、虚空へ向けて飛ばした。
『うむ……私はランキュニアーがどうにも苦手でな……頼んだぞ』
『はい』
『【ストップ】』
そこでスクリーンは一度暗転する。




