30話 『意図と糸を手繰るモノ』
5000字!
『あの……どういうことですの? ジェシカさん……ライカップ家がどうかされたんですの?』
『あら、話してないの? 最も中心に近い当事者なのに。 そういう甘い所、変わってないわね』
『お前が思っている以上にこの子は成長している。 ならば、いつまで私から情報を与えるだけにしておくわけがないだろう。 この子はこの子の情報網を持っている。 そこに、私が干渉する気はないさ』
情報網……持ってんの?
言われた時はよくわからなかったのですが、ユリアやペイティ、ミルトさんにスクアイラと……そして、枕さんを含めれば、しっかりとした情報網になりそうですの。
『ふぅん。 ま、いいわ。 どうせだし全員の確認も含めて現在王国に起きている異変……そして問題について話して行きましょう』
『異変……問題』
『まずは異変から。
王国内の各地で魔物の鳴き声を聞いたとか、魔物の影を見たという報告が上がっているわ。 このひと月で数十件も。 今年に入ってから増えてきたとは思っていたし、騎士団も対応していたけれど……この数は異常よ。 まさしく異変ね』
『軍も同じだ。 街中だけでなく、軍の訓練所や詰所の中で見た、聞いたという報告が上がる始末。 しかし、どの報告においても捕獲、追跡不能となっている。 捕まえようとしたらすり抜けた。 追いかけていたら溶けるように消えて行った。 様々だな』
これって……。
ミルトさんとの話し合いを盗み聞きしていた何者かの特徴と一致しますの。
『魔物の姿は様々で、子猫や子犬から大蛇や怪鳥と言った災厄クラスの物までの報告が上がっている。 私とお前で退治した奴より遥かに大きいとの事だが……信じられるか?』
『さぁね。 あの時はあなたも私も背が低かったのだし……そこまで大きくない魔物が巨大に見えていただけの可能性もあるわ』
『成程、記憶は風化し美化されるもの、か』
いやいや、翼幅10mって十分でかいだろ。
それより大きい魔物が王国内にいたら大騒ぎになると思いますの……。
『ローレイエル公爵様。 発言してもよろしいでしょうか』
『あぁ、公式の場ではないのだからそんなに硬くならずとも良い。 ミルト君もエリザも、質問や意見があればどんどん発言しなさい。 それが王国のためとなるのだから』
『では失礼します。 その報告に合った魔物、体色はどのようだったと上がっていますか?』
『ほう……。 そうだな、報告に上がる魔物は全て群青と白色の毛並……もしくは、翡翠と白色の毛並であった。 君の知っている情報と噛みあう点があったかね?』
『はい。 私が学園と……そして、シャルルー家敷地内で目撃したモノと同一です。 そのどちらもが使い魔だと思われます』
『ふむ、使い魔、ね……。 それはつまり、君は下手人がシャイニングスター・シルバーアイズ様かシャフト・ランキュニアー様のどちらかである、と言いたいのかね』
『い、いえ! そのような事は……』
そうなるよな。 俺も気になってたんだ。 あの放課後の時点でミルト嬢は何者かの使い魔って断定してた。 魔法使いは2人しかいないのに。
あぁ、それは――
『ミルト、いいわ。 私が言うから。
出会ってから38年間隠していたけれど……私、クォーターエルフなのよ。 ミルトはその半分ね。 魔法は使えないけれど、魔法を感じ取る事は出来るの。 リロイ様には話してあるわ。 その上で、秘密にしてくださっている。 この意味わかるわよね』
『……』
『……え……』
そういうことだったのか。 おぉ、アトゥー父ちゃん開いた口が塞がらないって感じだな。 そんなに驚く事なのか?
私もお父様も、魔法に関してはランキュニアー様やロザリアで多少慣れてはいますが、そもそもエルフというのは伝説の存在ですの。 魔法という超常の力を自在に操り、単一個人での国家転覆を成し遂げられる。 半分お伽噺の登場人物のような存在。 その血が薄まっているとはいえ幼馴染に引き継がれていた、なんて普通にすぐには信じられませんのよ。
『そもそも普通の4歳の子供が魔物を倒せるわけないじゃない。 あなたが異常なのよ。 エルフでもなんでもない人間なのに、6歳で魔物を倒しきるあなたがね』
『……い、いや、私の話はどうでもよいのだ。
ミルト君、疑って……試すような真似をして悪かった』
『い、いえ! こちらも根拠を曖昧にして意見した事を反省しています』
『ま、これでわかったでしょう? ミルトはシャルルー家に入ってきた使い魔と学園に入ってきた使い魔を感知し、それが同一のモノだと分かった。 そして、私も騎士団の敷地内に入ってきた魔物らしき気配がミルトの言っているモノと同じだと理解した。 つまり、王国に出没している魔物は全部使い魔で、しかも全部が同一の術者によるものってこと』
『それが、次の王国の問題について繋がるわけか……』
ライカップ家、か。
ですの。 でもバンボラ様もリーヤン様も遠目に見たことがありますが、その、エルフらしいとは思えませんでしたの……。 勿論ジェシカさんも。
『騎士団は報告に上がった魔物の分布図を作ったわ。 この地図がそう』
『軍も同じく分布図を作った。 コレがそうだ』
おおー。 なるほど、王国挟んで騎士団と軍の詰所があるから、街の人は近い方に報告、通報に行くって事か。
本来国内で起こった事に関しては騎士団に通報するべきですけれど……どちらも民を守るモノですの。 国民は構わずに近い方に行きますのよ。
『重ね合わせると……円になりますの……』
『そうだ。 そしてその中心にあるモノが下手人のいるところだな』
『王城……? いえ、少しズレている……。 ここは……ライカップ家、ですの……?』
こりゃまた綺麗な円だことで。
一切隠す気が無い、そのようにも見えますの。
『軍は使い魔関係の事までは見えなかったが、分布図からライカップ家が怪しいと踏んでいた。 使い魔の話を聞いて更に疑惑が深まったよ』
『というか、ほとんど決まりでしょう? 問題はバンボラとリーヤンのどっちが犯人かって事よね。 この間チラっと見たけど、どちらからも濃い魔の気配がするのよ。 でも、あの2人が術者とは思えなくて……』
『ふむ……確かにバンボラはこういう大それた事が出来るほど気が強くなかったな。 リーヤンも細かな事は苦手だったと記憶している』
『あ、あの!』
おぉ! エリザ嬢が立ちあがった!
もっと堂々として喋ることができる様になりたいですの……。
『あら、何かしらエリザちゃん。 何か知っている事が或るの?』
『……はい。 その……とても曖昧で、私の主観によるものですけれど……』
『ふぅん? 良いわ。 話して頂戴』
『今朝、夢を見たんです。 この一年の間、一度も見る事の無かった悪夢を。 その夢に出てきた黒い人影……そのシルエットは、今思えばジェシカさんと同じだった……と思いますの』
『夢? でもそれ……夢でしょう?』
『そう、ですの。 けれど……私があの夢を見る事は……あり得ないはずなんですの……その、なんでかはわからないのですけれど……』
どういう事?
現実世界の私ではわかりませんでしたけれど、恐らく枕さんの事を無意識的に言っているのだと思いますの。 あの時の夢は、なんだか割り込んできたような感覚でしたし……。
『……色々と事情があるようね。 わかったわ、あなたが話せる時になるまで待ちましょう。
それで、ジェシカ・ライカップだったわね。 ミルト、ジェシカ・ライカップの基本情報を言えるかしら?』
『はい、お母様。
ジェシカ・ライカップ。 王立学園に通うライカップ家の1人娘で齢は15歳。 特技は裁縫、好きな食べ物は砂糖菓子、嫌いな食べ物は野菜全般。 どの派閥にも属さず、しかし個人勢力を築いています。 その主たる原因はフランツ・アイガム様。 フランツ様がジェシカ・ライカップを擁護する事で、所謂いじめなどの攻撃から身を守っています。
しかし、自身は非常に攻撃的。 本人はバレていないと思っていますが、シャルルー家の侍女が他家の子息、子女への攻撃行為を行った現場を目撃しています。
更に就業中に学園外へ出向く事も多々あり、その全てにおいて侍女が目標を見失っています。 8人がかりで監視した時も、無意識を突いたようにして消えていたとの事です』
こわっ!? つか、シャルルー家の侍女どんだけ学園内に入ってるんだよ!
学園内には入ってませんの。 ウチの侍女も、外側からの監視を行っていますのよ。 他家もちらほらと見かけますの。
えぇ……。
『んー、これはもう決まりよねぇ』
『最初から私個人も、軍も、ジェシカ・ライカップには目を付けていたがな。 だが、ジェシカ・ライカップはエリザの敵なのだ。 そう思って身を引いていたが……流石に被害が出過ぎだな。 エリザ、決着はいつつけるつもりなんだ?』
そうだエリザ嬢。 今日、ちょっと気になるモンを見てな。 記憶の再生が終わったら話すよ。
……? わかりましたの。
『今年の終業式の予定でしたの……。 でも、私個人の感情より王国の安全ですの。 そちらを優先して――』
『いや、それがそう上手くはいかないのよね』
『え?』
『証拠が無いのよ。 確かに騎士団も軍も分布図を作ったわ。 けれど、偶然だと言われたらそれで片が付いてしまう。 それに今は目撃報告が出ているだけで実害が無いの。 そんな状態で疑いをかけても、冤罪だと言われればそれまでよ。 何か決定的な行動を起こしてもらう必要があるわ』
あー、確かになー。 カメラでもあればいいんだが。
かめら、ですの? マジックアイテムですの?
んー、説明が難しいが……記録が出来るアイテムだよ。
『だからエリザ。 お前がジェシカ・ライカップと決着を着ける事が重要なのだ。 そうすれば少なからずジェシカ・ライカップは行動を起こすだろう。 決行日、軍も騎士団も全体勢で警備をする。 そこが決め手だ』
『フランツ殿下を振るも良し、愛の告白をするのも良しよ! 男は自ら振り向かせてナンボなんだから!』
『お前が言うと……いや、なんでもない。 リーフデは帰ってないのか?』
『あの人は今エリィクロスの国境付近で修業してるらしいわよ』
リーフデって?
ディニテ様の夫ですが……その姿を見た者はほとんどいませんの。 何故なら、滅多に帰ってこないからですの。
『男は……自ら振り向かせてナンボ……』
『おい! ディニテ! エリザが変な言葉を覚えてしまっただろう! どうしてくれる!』
『あらぁ? 過干渉しないんじゃなかったのかしらぁ? いいじゃない、セシリアもそういうタイプでしょ?』
『だからエリザには純粋に育って欲しいんじゃないか……! ええい、話は終わりだ! 久方ぶりの手合せと行こうではないか。 7割片本気のな!』
『望むところよ。 ミルト、エリザちゃんと待っていなさい。 すぐに終わらせるから』
『……はい、お母様。 ……はぁ』
エ、エリザ嬢……本気にしてないよな?
でも、今思えば私、とても受け身だったと思いますの。 フランツに好かれたと勘違いして、フランツが愛してくれていると勘違いして、そしてフランツに捨てられたと思って泣いていましたの。 ほら、私からの行動が一切ありませんのよ?
気付けただけで十分だから! エリザ嬢はそのままでいいから!
『その……エリザ様、すみません。 戦闘行為をエリザ様の前で……』
『い、いえ。 あの時は突然で、しかも血塗れだったから驚いただけですの。 稀にお兄様とお父様が庭でしている訓練を目にする事もありますし、そこまで気にしなくても大丈夫ですのよ』
『……はい。 お気遣い、ありがとうございます』
なんかドーンとかドガガガとか聞こえるんだけど。
気のせいですの。
『あぁ、エリザ様。 先程の会議の中でも言いましたが、学園での何者か、取り逃がしてしまいました。 申し訳ありません』
『騎士団や軍でも捕まえられないモノですもの……むしろ、ミルトさんや侍女さんに怪我がなくてよかったですの』
『ありがとうございます』
うわー、アトゥー父ちゃんとディニテ母ちゃんの高笑いが聞こえる……。
気のせいですの。
『そうだ、よかったらこのクッキーをどうぞ。 シオン商会のものなので食べ慣れているかもしれませんが……』
『ふふ、母が商会長だからといって商品が周ってくることはありませんのよ。 一緒に食べましょう?』
『はい。 フレイ、紅茶をお願い』
『御意』
あー、なんかコレ前に見たな……。 そう、ロザリアとユリアが戦ってて、ペイティとエリザ嬢がお茶飲んでるみたいな場面。
懐かしいですの。 何度か在りましたが……誰の夢ですの?
ペイティだけど。
『……終わりませんの』
『でも、お母様のあんなに楽しそうな顔は久しぶりに見ました』
『お父様もとても楽しそうですの……』
この後何か起こった?
いえ、あとは帰ってきただけですのね。
じゃ、切るか。
ブゥンという音と共に、スクリーンが消え去った。




