3話 『兄と妹、時々侍女』
『おぉ、エリザ。よく来たな。それで、食事の時に言っていた話とはなんだい?』
親バカだが、こうして執務席に座ってる姿を見ると、やっぱり貫禄或るな。
当然、ですの。我が国の誉或る軍団長ですのよ?
『フランツ殿下との婚約について? ふむ……何か、あったんだな』
母ちゃんといい父ちゃんと言い、察しが良い事で。
見透かされているようで少し悔しいですの。
『婚約解消、か。いいだろう。後日、陛下と話してくるよ』
コレ察しがいいってより王子様を最初から見限ってただけじゃねぇ?
そういえば、昔から父も母も兄もフランツには厳しかったですの。
『ははは、エリザの瞳を見れば、どんな理由なのか聞かなくてもわかるよ。やはりウチの子だな。セシリアやミカルスも同じ瞳をしているよ』
瞳、ねぇ……。
そういえば枕さんってどうやって物を視てますの?
わかんね。
『あぁ、そうだエリザ。ライカップ家の令嬢と知り合いか?』
……ここでもクソビ、ジェシカ嬢の話題とは。一体何をやらかしてんだ?
わかりませんの……。ただ、今回の案件、私だけの問題で済まなそうな気がしますの。
『あぁ、その子だ。ジェシカ・ライカップ。いや、男爵家とはいえ貴族のご令嬢が軍に来ることなど滅多になくてな。正確には、軍の訓練所なのだが……。決定的な証拠はないが、なにやら怪しげな動きをしていた。エリザ、何か知らないか?』
軍って国防軍? 訓練所があんのか。
えぇ、騎士団の詰所の反対側ですの。王城を挟んで――、説明しづらいですわ。今度、散歩に行くときに寄りますの。それを視ればいいのですわ。覚えていれば。
『ふむ……? 友を庇っているという反応ではないな……。はぁ、なるほどな。それが婚約解消に繋がるわけか。ふむ。
――やはりあの令嬢は、敵だな?』
ヒュウ! 夫婦だねぇ。それに、親子だ。
今どうやって口笛吹きましたの……?
『ふふ、そんなに焦らなくていいぞ。その瞳を視ればわかる。
在学中に、手を出すな、だろう? 自分の喧嘩は自分で決着つけたいのだな。
そういう所も、私とセシリアにそっくりだ。勿論、ミカルスにもな』
完全に御見通し、ってとこか。どっちかというと、経験談だな、こりゃ。
兄様が喧嘩、というのは想像できませんの……。
父ちゃんと母ちゃんなら想像できるのか。
『――あぁ、そうだ。お前ひとりで解決できることなら、自信を以て事に当たれ。そして、どうにもならないことなら――遠慮なく、家族を頼れよ?』
かぁっくぃー! 根本的なところからあの王子様とは違うな!
えぇ。誇らしいですの。
「ん? 寝る前にまだ何か話してたのか?」
「あっ、そのシーンは……」
『あぁ、僕の可愛いエリザ。涙で枕を濡らしているというのは本当かい?』
『左様です、ミカルス様。ここ数日ほど、泣きながら眠りについておられます』
おぉ……あの父ちゃんの後に見ると、なんだかな……。
お兄様には妹離れをしてほしいですの……。ユリアも、なんでもかんでも報告するのやめてほしいですの。
『……ユリア。今は3人だけなんだ。昔の口調に戻してくれないか? なんというか……むず痒い』
『私は侍女ですので。ご命令とあらば、戻しますが』
その辺の過去はまだ見たことないなぁ。というかあの暴力侍女とエリザ嬢って、どういう関係だったんだ?
簡単に言うと幼馴染ですの。ユリアの父親が、副軍団長ですのよ。
『いや、何もそこまでは……、うん? もしや、エリザと2人きりの時もその口調なのかい? ――それはだめだ。エリザが悲しい思いをするだろう。仕方ない、命令だ。
僕とエリザとユリアだけの時は、昔の口調に戻せ。いいね?』
兄バカここに極まれり、と。だが、同時に良い兄ちゃんだな。
少々過保護ですが、自慢の兄ですのよ。
『……わぁーったよ。この口調で喋りゃいいんだろ? 不敬罪とかはお前らしねーとは思うが、親父だけにゃ告げ口すんじゃねーぞ? あの口うるさい親父だけにゃ』
……おぉう。インパクト大。俺より口悪いんじゃねぇかあの暴力侍女。
ユリアは、6人兄妹の末っ子ですの。上の5人は皆男で。しかも、5人が5人とも粗暴な冒険者、ですのよ。
『おぉ、ユリアだ。安心しろ、告げ口なんてしないよ。エリザもね。
それで、エリザが泣いているというのは本当なんだな?』
『あぁ。ベッドメイキングしてんのはあたしだからな。何故か枕にゃ涙の痕はないが、たまにシーツが濡れてるぜ。夜に様子見に行くときも、寝付けずに泣いてる時があらぁ』
あー、シーツか。盲点だったわ。俺の内部なら乾かせるんだが、身動きとれねぇからなぁ。
いえ、泣き腫れた目を戻してくれるだけで、とても助かっていますのよ?
『……夕食の時、父上に話があると言っていたね。今、エリザが歩いてきた方向も父上の執務室だ。……それに、昼に母上がエリザの部屋から出て仕事を始めていた……。
フランツとの婚約を、解消する気だね?』
『ま、あんなキザったらしい小僧、とっとと見限った方が身のタメだぜエリザ。あたしは学園にいけねぇからわかんねぇけど、学園で嫌な事あったから泣いてたんだろ? それも、フランツ関係で。エリザが感情表すのはそんくらいだからな』
わぁお。なにこの家族怖い。察しが良いって問題じゃねーぞ!
私、そんなにわかりやすいんですのね……。
『よし、斬ってくるか』
『まぁ待てミカルス。流石にそりゃ問題だ。毒とかにしとけ。それに、エリザの独り言を聞いている分にゃ、元凶は別にいるようだぜ?』
あー、兄ちゃんって確か騎士団員じゃなかったか? 忠義とかねーのか?
騎士団副長、ですのよ。忠義は……その……なんともいえないですの。
『元凶? あぁ、ジェシカ・ライカップとかいう女だろう? 騎士団員が目撃しているんだ。フランツと仲睦まじそうに歩いていたとね。だけどね、誑かした女も悪いと思うけれど、誑かされたフランツの方がもっと悪い。何故ならフランツはエリザの婚約者なんだから。それも、あっちから頼み込んできた婚約のね』
『そこらへんは価値観の違いだなぁ。あたしはそのクソビッチが許せねーが、そう言われるとフランツも悪く思えてくる』
……屈辱だ。あの暴力侍女と意見が合致してしまうなんて……!
口が悪い者同士、割と気が合いそうですの。
『だが、そうか……。ジェシカという女は、最近騎士団の詰所に現れるんだ。怪しいから騎士団員をつけているんだが、いつも何もしないで帰って行く。エリザは何か知らないかい?』
おいおいおいおい、ジェシカ嬢、騎士団にも来んのかよ。本格的に怪しいなオイ。
えぇ……。愛恋とは違う感情で、フランツが少し心配ですの。
『そういや、侍女仲間の伝聞だがな。ライカップ家に仕えてた侍女全員が解雇になったらしいぜ。全く同時期にな。そんなに広い家じゃねぇことは確かだが、貴族サマってな、あたしらの力を全く必要としないこたねーよなぁ』
侍女仲間……横のつながりがあんのか。
侍女育成所という物があるのですのよ。多分、そこで繋がりを得るんですわ。
『何やら不穏な事態が動いているようだな……。エリザ。全て頼れとは言わないけれど、身の危険を感じたら周りに頼るんだよ。なんなら僕の名を呼んでくれ。たとえ学園内だろうと駆けつけて見せよう』
『あー、その辺にいる侍女でもいいぞ。これでもあたしは昔、まとめてたんだ。あたしの名を出せば守ってくれるだろうさ』
怖っ! やっぱりあの暴力侍女ヤンキーか!
やんきー……というのは何かわかりませんけれど、ユリアが強い事は確かですの。
『それではね、エリザ。おやすみなさい』
『――では、エリザ様。湯浴みを済ませましょう』
「それで、ジェシカ嬢に対して何かアクション――行動起こすのか?」
「いえ、とりあえずは関わらない様に避けようと思いますの。余裕が足りないと分かったとはいえ、煽られたら声を荒げてしまいそうですもの」
わかってんじゃねぇか、と枕が笑った。 多分。
自己分析が甘いと指摘されたばかりですの、とエリザも笑う。
「んじゃ、今日からは耐え凌ぐ期間だな。頑張ってこい。挫けそうになったら俺を頼りな」
「えぇ、頼りにしていますの。紳士な枕さん」
起きる時間だ。
「ん……ふぁあふ……ぬくぬくですの……」
「丁度起きられたようですね、エリザ様。着替えの準備をしましょう」
枕を抱いたまま、もう一度布団に潜ろうとしたエリザに鋭い声がかかる。ビク、と肩を震わせるエリザ。ユリアの声だ。
いつもならまだし、今日は朝から家族がいるのだ。思考力の復活したエリザは飛び起きた。
「お願いしますの」
「では、失礼します」
その声と共に入ってくる侍女数名。テキパキと着替え、髪を整えた。所要時間は4分ほどだろうか。
ちなみに枕は取り上げられた。
「完璧ですのね。いきますのよ」
「はい、エリザ様。……あぁ、あなた。ベッドメイクは後で私がやりますので、エリザ様の通園の準備を済ませておきなさい」
ユリアはベッドメイクをしたがる。特に、エリザのベッドは誰にも渡さないとばかりに。
一度そっちのケがあるのかとエリザはユリアを問いただしたが、静かに微笑んで頬を抓られた。
食堂に向かうエリザと、追従するユリア。言われたまま残った侍女はカバンなどの準備を終わらせた。
暇だ。
エリザ嬢が学園に行っている間は、いつもそうなんだがな。
身動きをとれるわけでもねぇ俺は、ベッドの上でつったってるしかねぇんだわ。
エリザ嬢が眠ってる時なら、あの夢の中と現実世界を行き来できるからおもしれーんだが、昼間はいけねぇ。枕な俺は眠るってぇんができねーんで。暇の潰し方がねぇんだ。
「……失礼します」
お? って、暴力侍女じゃねえか! げ、ベッドメイキングか!
にしては時間がはえーな。まだエリザ嬢家を出てすらいねーんじゃねえか?
「……少しだけ、ならいいよな」
は? おいおい、ご主人様のベッドだぞ。なに寝転がってんだ! ちょ、強く頭打ち付けんな! 痛覚あるつってんだろ!
「……エリザに嫌われてんのかと思ってたが……なんだよ、あっちも同じこと思ってたとはな。はは、片想い同士の恋人かっての。
んふ、ううん。エリザから取り上げるとき思ってたが、ほんとに肌触りの良い枕だ……。
抱き心地もいい。手放したくないエリザの気持ちもわかるわ……」
やっぱりコイツ、そっちなのか? って、うおおおお! エリザ嬢とはまた違ったやわらかさ! 侍女服のせいで解り辛かったが、こいつ結構あるな! だが痛い! 抱きしめる腕の方は痛いぞ! ってかそのまま寝る気か!? ぬああああ! あ、良い匂い。
「あったかあい……」
『ユリア、ユリア。危ないですのよ、そんな高い所! 落ちたら怪我してしまいますの!』
『大丈夫だっての! んー、ホラ! とれた! って、おわぁ!?』
見事に落ちたな。下が植物で良かったな。
『だ、大丈夫ですのユリア! だ、だれか呼ばないと……』
『てててて……、大丈夫だって。むしろ、バレた時の親父の方がこええ』
どんな親父だよ。あ、軍団副長って人のことか。
『で、でも! 血が……血が出てますの!』
『かすり傷だよ、こんなん舐めときゃ治るさ。よっこいせっと』
おっさんかお前。お? エリザ嬢が屈んで……。
『……ぺろ』
『うひゃあ!? な、何舐めてんだよ!』
うわぁ……、可愛い声が出るもんだな、お前。
『舐めれば治ると……。う、血って不味いものですのね……』
『たりめーだ! すぐ口濯いで来い! 兄貴達が、他人の血を口にするのは体によくないって言ってたんだ! ましてや地面でつけた傷だぞ! きたねーよ!』
うむ、正論。やはり冒険者はそういうとこしっかりしてんのな。
『ユリアの血が汚いはずありませんの……。でも、わかりましたわ。ちょっと行ってくるですの』
『そういう問題じゃねー! 貴族の子女ってのは、どうしてこう常識知らずなんだ……!』
必要ない知識だってエリザの親父さんが遠ざけてたんだろうなぁ。エリザは俺が守る! って。兄ちゃんもそうか。
『ユリアー! もう大丈夫ですのー!』
『えらく時間かかったな……、って、親父!? ちょっ、エリザ! 裏切ったな』
でっか! なんだこの熊みたいなおっさん! え、まじでコレがお前の親父?
『おじ様、ユリアを頼みましたの!』
『ちょ、親父待って。放してー! あ、わかった。じゃなくてわかりました! 口調は戻すから! 謝るから! いたたたた! エリザ助けてええええ!』
ドナドナドナドナ~。やっぱあの口調認められて無かったか。
「よぉ、暴力侍女。こうして顔合わせんのは初めましてだな。俺は枕だ。気軽に枕さんと呼べよ」
「……意味わかんねぇ。どこだ、ここ。それに、なんだお前。魔物? なんであたしの名前知ってやがる」
つい先ほどまで過去が映し出されていたスクリーンは消え、夢世界は強風吹き荒ぶ荒野となっていた。ユリアの心境状況故、だろうか。
魔物なんてのがいるのか、と枕は一つ賢くなったようだ。
「お前じゃない、枕だ。魔物でもねぇ。多分。名前はエリザ嬢から聞いてる。ここは夢と現実の狭間といったところだな。お前が俺を使って寝たから、この世界に来たんだ」
「……なるほど、マジックアイテムか。気が付かなかったぜ。妙に抱き心地の良い枕だとは思っていたが。それで? 何が目的だ」
やれやれ、といった感じで肩をすくめる枕。 多分。
そんな枕に敵意むき出しのユリア。
「目的も何も、お前さんが勝手にここに来たんだろうがよ。俺からお前にいうことはねーよ。強いて言うならベッドメイキングもっと優しくやりやがれ暴力侍女って所か」
「はぁ? 強くたたかねェと洗濯の意味ねーだろアホ枕。そんで、どうやったら帰れるんだ?」
冒険者の兄達に囲まれていた故か、順応の速いユリア。 枕から脅威を感じないと察知すると、帰り方を問うた。
この時点で荒野は消え去り、真っ暗な空間に戻っている。 落ち着いた証拠だろう。
「帰り方は、現実世界のお前が起きればいいだけだ。それを待つしか方法はねぇよ。
それよか、聞きたいことがあんだ。
――お前、やっぱソッチなのか?」
瞬間、枕は蹴り飛ばされた。 広さという概念がないのか、遥か彼方まで吹っ飛ぶ枕。
一度現実に意識を映してから夢世界に来れば、元の場所に戻れるのだが。
「やっぱさっき映ってたのはあたしの過去か! あ? ならエリザの過去いつも覗き見してんのかお前。よし、燃やすか」
「いやいや、エリザ嬢とは親しくしてんだよ。愚痴聞いたり雑談したりな。初めてだったからさっきはお前喋ってなかったが、本来なら一時停止したりして雑談できんだ。だから現実に戻っても燃やしたりすんじゃねーぞ。何より、エリザ嬢が泣くぞ」
ソッチであることを否定していないということに気付いた枕は強気だった。 まぁ、あんなにも可愛い子が幼少時から自分を心配してくれていたらそうなってしまうのかもしれないと、枕は納得した。
「ぐっ……。っつーか、枕をお前にしてからエリザの寝起きがいいのはこういう理由か。あたしの楽しみを一つ奪いやがって……」
「え? エリザ嬢、本来は寝起き悪いのか? 良いエリザ嬢しかみてないから想像つかん……」
ちょっと思い返してみてくれ、と枕。
その言葉に疑問を持ちながらユリアが過去のエリザの寝起きを想像する。
すると、空中にスクリーンが浮かび上がって映像が映し出された。
『ぬー、あー。ゆりあー。いやですのー。お作法の授業なんてたのしくありませんのー。一緒にねるですのー。あっ、おふとんとらないでほしいですのー! いやですのー!』
『早く起きてください、エリザ様。でないと、私が叱られてしまいます』
『いーやーでーすーのー。一緒に叱られてあげますのー。だから一緒にねるですのー』
『……しかたねーなぁ。5分だけだぞ?』
『わー! ふらんつの次に愛してますのゆりあー!』
「懐柔されてんじゃねぇか。だが……かわいいな、エリザ嬢」
「……だろ? かわいいだろ? あたしのこの気持ちは、愛恋じゃねぇんだ。どっちかというと小動物を愛でる感じの……」
あーわかるわーと枕。
だろ? だろ? と、初めて共感者を得られたとばかりのユリア。
「あー、理解したわ。これはソッチでなくとも可愛がりたくなるな。うん」
「だろおおお? なんだ、わかってんじゃねえか枕! そんなエリザをよぉ、誑かした挙句、捨てようとしてるフランツへの怒りも解ってくれるか?」
その言葉を聞いて、大きく頷く枕。多分。
フランツへの怒りは、枕自身も大きかったからだ。
「あの王子様は許しちゃおけねぇ。勿論、あのクソビッチもだ」
「だよな! あたしのエリザを泣かしたんだ。相応の報いを受けてもらわねぇと」
お前だけのじゃないがな、と枕。
ま、それは許してやるよとユリア。
エリザの想像通り、割と気の合う二人であった。
白い光が世界を覆い始める。
「お、現実世界のお前さんが起きようとしてんな。お帰りの時間って奴だ」
「ほーん、そんななのか。んじゃ、また来るぜ。枕とは話が合うみてーだからな」
その言葉に苦笑する枕。入ってきた直後の敵意むき出しはどこへいったのか。
冒険者気質というべきか、枕にもソレは心地よかったようだ。
「あぁ、楽しみにしてるよ。だが、ここでのことは現実世界じゃ忘れちまうんだ。それに、そもそも俺はエリザ嬢の枕だぜ? ご主人様の枕で寝るのは問題なんじゃないのか?」
「忘れちまうのか、もったいねぇ。あと、その問題なら大丈夫だ。つまり、こう言えばいいんだろ?
――一緒に寝ようぜ、エリザってな」
唖然とした枕と、ニヤリと笑うユリアを白い光が覆い隠した。
まくらになりたい