21話 『双子は副長を尊敬している』
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「ふぁひゅぅ……んんっ!」
気持ちよさそうに眠っていたペイティが、大きく伸びをして目を覚ます。 寒い季節ではあるが、よく当たる日向と温い枕のおかげで身体に痛みなどはない。
ぐしぐしと目を擦りながら、一応周囲の音を収集する辺りはユリアの部下だろう。
「えっと……なんだっけ……なんか覚えてますねー」
何かを覚えてなければいけないという事は覚えている。
考える事をせずに、口に着く言葉を出してみる。
「ランキュ……アドラシコーズ……群青と白の夢?」
それは、所々虫食いであったものの多量の情報だった。
ランキュといえば、あの性悪婆か王室仕えの子だろう。
アドラシコーズは霊峰だ。 そして、それが群青と白の夢……多分、侍女長が言っていた群青と白の猫の事。 それの夢の中に、上の2つが出てきたということか。
「んんー……まだ、お嬢様たちが帰ってくるまで時間がありますねー……。 ドゥス、メルクマルク、いますかー?」
「メルクマルク、ここに」
「ドゥス、ここに」
ザ、と2人の侍女が現れる。 ドゥスとメルクマルク。 彼女らも、ユリアの舎弟だ。 忠誠というか心酔しているのは、ペイティに対してだったりするのだが。
「ちょっと調べものしてきますのでー、私の仕事を……」
「承知しました」
「ありがとうございます」
シュバッ、と2人の侍女が消える。 ドゥスとメルクマルク。 彼女らも、ペイティには劣るもののかなりの速力を持っているのだ。
早とちりがすぎるきらいはあるのだが。
「……さて、ランキュニアーですかー。 ……………………………………はぁ」
大きな、大きな大きな溜息を吐くペイティ。
嫌なのだ。 ランキュニアーに会うのが。 本当に嫌なのだ。 本当に本当に嫌なのだ。
「侍女長のためですー。 チッ」
あるまじき。
舌打ちをして、彼女はローレイエル家を出た。
いやどんだけ嫌なんだよ。
天真爛漫、とは少し違うのだが、基本的に柔和な笑みを浮かべているペイティが、あそこまで嫌な顔をするランキュニアー。 ペイティの夢を見た限りでは、意地悪婆さんという感じだったが……。
でもあの婆さん、群青と白の猫にはミルクやってたよな。 本当に性悪ならそんな事はしなそうなもんだが。
さて、暇になったな。
俺は1人では何もできない。
俺はあくまでアイテムなのだ。 誰かに使われてこそ、真価を発揮する。
もっとも俺という意思が存在しているから、温度操作や湿度操作と言ったことはできるのだが、言いたいのはそういう事ではない。
先程ペイティが呼んだドゥスとメルクマルクは生真面目そうで居眠りなんてしなそうだし、これほど警戒が為されている中を群青と白の猫が来る事なんてないだろうし。
かといって情報を整理するにはソレが少なすぎる。
周囲に水なども無いので実験も出来ない。
いやぁ暇だ。 本格的に。
眠る事が出来ない俺にとって、暇というのは最大の苦痛だ。 創作物などで、退屈は不死者の最大の敵として描かれるが、なるほど、今の俺も似たような気持ちである。
不死者のソレは、変わり映えの無い世界に飽いてしまうというもので、だからこそ彼らは自身が悪となって、もしくは黒幕となって世界を変えようとするのだろう。
俺の場合はそれすらもできない。
物として、何に働きかける事も出来ずに無為を過ごす。
なんとまぁ、ひどい苦痛である。
そういえば、俺は何をされたら死ぬのだろうか。
本体を引き裂かれたら死ぬのだろうか。 確かに、ユリアやペイティに踏まれたり揉まれたりすると痛い。 裂かれたりしたら、想像もつかない痛みが走るだろう。
だが、それで死ぬ――死ねるのか?
バラバラになっても、生き続けるのかもしれないと考えると……あぁ、恐ろしいな。
エリザ嬢がそんなことをするとは思えない事が救いだな。
「ドゥス、シーツいれて」
「メルクマルク、枕入れて」
お、乾いたと判断されたか。 元から水ッ気は無いんだけどな。
ふわ、と抱かれる。
おぉ、優しい持ち方だ。 あと大きい。
エリザの寝具だからな、洗濯とは言え脚を使うペイティがおかしいのだ。
「ドゥス、他の仕事は?」
「メルクマルク、ない」
ふむふむ。 長髪で大きくて肉付の良い方がメルクマルク。 短髪で線の細いのがドゥスか。 顔付きと顔色がかなり似ているし、姉妹なのだろうか。
「おや? 君たちは確か……ドゥスと、メルクマルクだったかな?」
……こいつもか。
セシリアと同じく、一切の音も気配も、視界にすら映ることなく……あぁやっぱり部屋のドアが開いてやがる。 するりと入ってきたな。
「ミカルス様。 お疲れ様です」
「ミカルス様。 お疲れ様です」
ミカルス・ローレイエル。 エリザ嬢の兄ちゃんであり、騎士団副長だっけか? ミルト嬢の母ちゃんが騎士団長なんだよな。
「あぁ、そんなに畏まらなくてもいいよ。 ペイティかユリアがどこにいったかしらないかい?」
「侍女長とペイティ様は、外へ情報収集に向かいました」
「どこへ向かったかは聴かされていません」
ミカルス兄ちゃん、こんな時間に何用だったんだろう。
真昼間。 騎士団副長ってそんな暇なのか?
「ふむふむ。 うん、ありがとう。 助かったよ」
「ありがたき幸せ」
「恐悦至極です」
ミカルスは一つ頷くと、部屋を出て行った。
なんだったんだろう。
「ドゥス、掃除しようか」
「メルクマルク、掃除しようか」
あぁ! ドゥスとメルクマルクまで行ってしまった……。
……また、暇である。
短い言い訳ですね。




