20話 『私をかけて争わないで』
エリザ嬢、ユリア、黒髪三つ編み眼鏡女が映る。
その顔にかかるレンズが目元を隠し、光り輝いていて素顔が見えない。。
そして、たとえ彼女が美女と呼ばれる存在だとしても、それをすべて台無しにするような――開ききった口。
『エリザぁ……エリザのほっぺはもちもちだよねー。 うぇへへ、かわいいよエリザちゃん』
『もう、ちゃん、なんて付けて呼ばれる歳じゃないですの……というか暑いですの。 離れるですのー!』
『ロザリアァ! 3秒以内に離れないと殴っぞ!』
……ん?
このー、だらけきった口元から涎たらしそうなヒトがー、ロザリアさんですねー。
『おぉっと! 暴力はいけないよユリアー。 いいでしょー? 女同士のスキンシップくらい。 なんならユリアも混ざる?』
『エリザが暑がってんの聞こえねーのか! そんなら右耳から左耳まで貫通させてやるからこっちこい!』
『ざぁんねーん! 右耳と左耳は繋がってないでーす! って、あ、だめだよユリア! 細剣なんて持ち出しちゃ! エリザの前だよー? わかってるー?』
なに、仲悪いの? ユリアとロザリアって。
どっちも独占欲が強いというかー、ロザリアが侍女長を煽りまくって、侍女長がそれに勢いよく乗っかるっていうかー。
『おいペイティ! ちょっとエリザ守っとけ! こいつ黙らせる!』
『……はぁ……。 エリザ様、こちらへ』
『ちょ、ちょっとペイティちゃーん! もー、だったら私も手加減しないぞー?』
『喧嘩するなら外に出るですのー! 私の部屋が散らかりますのー!』
ん、ここエリザ嬢の部屋だったのか。 内装というか……今より広い?
この部屋はローレイエル家の所有する領地にある領家の、エリザ様の部屋ですねー。 今住んでる公爵家は出張用みたいなものですー。
ブルジョワめ……。
『#%%#移動#%&#!』
うお、消えた。
転移魔法、ってロザリア様は呼んでましたねー。 侍女長とロザリア様だけ庭に飛ばしたらしいですー。
『ペイティ、中庭ですの?』
『いえ、結構近く……あぁ、窓の下あたりにいますね。 ……安全そうです。 どうぞ』
お前さんの聴力も魔法染みてるよな。
あー、ロザリアさんにもよく言われましたねー。
『エリザちゃんの手前、出血系は無しでいいかなー? 私も攻撃魔法は無しにしてあげるから』
『はん、お前の魔法なんざ怖かねぇが……公爵家に被害があるといけねぇ。 それでいいぞ。 あと、内出血は覚悟しとけよ?』
『きゃー、ユリアって野蛮―!』
ロザリアって近接も行けるの?
私より少し下くらいですかねー。 避けるのだけ上手いです。
『あーたーらーなーいー、おっと! もっとフェイントを混ぜなよー。 そんなんじゃいつまでも当てられないよー』
『そうでも、ない、ぜ!』
『痛ったァ! ちょ、私のトレードマークの三つ編みを引っ張るなんて……! もう怒った! $%&&風%’%&&身!』
あれ、攻撃魔法使わないって……。
詳細は知りませんけどー、風が不自然な音たててますよねー。
補助魔法みたいのがあるのか?
『ぐっ、てめ!』
『お返しですー! ってまた痛い!』
『掴みやすいとこに手綱があったんでな! おら、泣きやがれ!』
『&%##握*$$#10! うりゃ!』
……お互いの髪を掴み合ってる……。
侍女長かわいいですよねー。 子供っぽさが。
『……ペイティ。 紅茶を淹れてくれますの? 4人分』
『かしこまりました。 あまり窓から身を乗り出さないよう、お気を付け下さい』
なに、いつもの事だったの?
割とそうですねー。 どっちかがエリザ様の事で突っかかって、どっちかが煽って、どっちかが喧嘩を売る。 私とエリザ様は一歩引いてみてましたー。
『――ユリア。 何をしている?』
『遊んでんじゃないよロザリア! とっとと帰るよ!』
え……。
侍女長のお父様であるルーノ様と、スラムの性悪婆ことランキュニアーですねー。 私はあの婆苦手ですー。
『げ、クソ親父……! わかった! わかったから引っ張んな! ち、ロザリア! 決着は次な!』
『ラン婆、なんか上機嫌だねー。 痛っ! もー、照れてあっつぅ!?』
『師匠をからかうとは、いい度胸してんじゃないかロザリア』
『師と仰いだ覚えはないよ! あくまで友人でしょうが!』
『ふん、そういうことにしといてやるよ』
この婆さん……あの猫の夢でみた奴だな……。 なるほど、やっぱり魔女だったか。
ん、猫ですかー? 後でちょっと詳しくお願いしますー。 それ持って帰りますー。
『……紅茶、ロザリアの分だけ無駄になってしまいましたの』
『うふふ、問題ないわよエリザ。 私が飲むわ』
……今音とかした?
してないですー。 セシリア様は足音どころか気配がないですー。
『きゃ、お母様! もう……なんで足音消して近づいてくるんですの?』
『驚くエリザが見たいからよ。 さ、ペイティも座りなさい。 もうすぐユリアちゃんも来るから。 一緒に飲みましょう?』
『……侍女長が来てから――』
『座りなさい?』
……怖いよな。
怖いですー。 権力的にもそうですけどー、勝てる気がしないですー。
『戻ったぜエリ……ザ様。 セシリア様も、お疲れ様です』
『ふふふ、ロザリア・クロス=クロイツ=クロワ=クローチェ=クロチフィッソさんだったかしら? 随分と仲良くなったわねぇ』
『仲良く……というわけでは……いえ、そうですね。 仲良くなりました』
なんでロザリアってそんな名前なげーんだろ。
国を渡る度にその国の言葉にした名前を付けくわえたらしいですよー。
『ふふ、素直でいいわ。 んくっ。 さて、私はもう行くわね。 ペイティ、美味しかったわ』
『恐悦至極です』
『あぁ、それとユリアちゃん。
――散らかった庭、片付けておいてね』
『……はい』
散らかってたか?
この場合の庭っていうのはー、ネズミさんの事ですねー。 あの2人は王国に3人しかいない魔法使いの内2人ですからー、狙う人が多いんですよー。
『では侍女長。 私は通常業務に戻りますね』
『……えぇ、お願いします』
「それでー、さっき言ってた猫の話お願いしますー。 侍女長に報告するのでー」
「ん、あぁ。 この前話した群青と白の猫ってあったろ? そいつが俺で寝た時に、夢ン中に出てきたんだよ。 ランキュニアーつったか? あの婆さんが」
スクリーンは消え、真っ暗な空間。
ペイティがいくら耳を澄ましても、反響音はない。 スクリーンの消えるときも、無音だった。
「んんー? 枕さんで寝たってどういう事ですかー? え、ホントに来てたって事ですか?」
「あぁ。 この国の暦知らねーから何時かってのは言えないが、ホント数日前だぜ。 しかも2回来てるな」
一度目は枕で眠り、二度目はニヤリと笑って消えた。
あの鳥はなんだったのだろうか。
「……怒られますー! でも、ホントに来たんですか? そんな音聞こえなかったのに……。 なんで捕まえといてくれなかったんですかー!」
「枕だもん」
一瞬の間。
「うぅー。 ま、いいです。 それでー、群青と白の猫の夢の中にランキュニアーが出てきた、でしたっけー。 どういう夢だったんですかー?」
「んー、すんげぇデカい山のすげぇデカい樹の前に家が有って、そこにランキュニアーって婆さんがいて、猫がミルク貰ってる夢だな。 帰りはデカい魔物? に変身した。 エリザに聞いたらアドラシコーズ霊峰とか言ってたっけな」
ざっくりとした枕の説明。
ペイティとしてはもっと詳しく聞きたいのに、空間が白い光に包まれ始める。
「あ、あー! アドラシコーズ霊峰……ロザリアさんが行った国に近いですねー。 ふむ……どうしたら現実に持って帰れるんでしたっけー?」
「強く思うだけでいいみたいだ。 あんまり多い事を持って帰れるか知らんが」
「群青と白の猫、ランキュニアー、アドラシコーズ霊峰……夢に出てきた」
分割して単語だけ覚える事にしたらしいペイティ。
ぶつぶつと呟く彼女と枕を、白い光が覆い隠した。




