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夢見の良い枕  作者: 劇鼠らてこ
前章
2/59

2話 『我が名はマクラー』

makurer……それは、マクラをするもの!!!

「ジェシカさん、ですの?」



 母親の口から、最近よく聞くようになった――悪い意味で――男爵令嬢の名が出るとは思わなかったのか、エリザは聞き返してしまった。


「そう、ジェシカ・ライカップ。ライカップ男爵家の一人娘ね。その様子だと、学園で会った事あるようね。顔見知り?」



 脳裏に浮かぶのは二つの場面。フランツと親しそうに笑うジェシカ嬢と、こちらを冷たい目で見据えるジェシカ嬢。エリザにはどちらが本当のジェシカ嬢なのかわからなかった。

 あの、道端の石でも見るかのような冷たい目を思い出して、ぶるりと身震いするエリザ。気のせいか、胸に抱く枕が暖かくなったような気がした。


「ジェシカさんとは……その」



 単に顔見知り、ではない。知り合いでもない。友人なんて以ての外だ。強いて言うなら――恋敵?

 ふるふると首を振るエリザ。そもそも、フランツと婚約しているのはエリザなのだ。恋敵というよりは、未来の夫を誑かす悪魔、だろうか。


 不思議と、昨日の様な怒りは湧いてこなかったが。


「ふぅん……。なるほどねぇ。そういうこと。

 ――やっぱり、ジェシカ・ライカップは敵でいいのね?」



 言い淀むエリザの様子に、母親は何かを読み取ったようだった。だが、その次に紡がれた言葉は確認。もしジェシカ嬢がエリザの友人だった時の為に聞いたような――。


「お、お母様? あの、ジェシカさんがどうかされたのですか?」



 真っ当な疑問。フランツに付き纏っているとはいえ、それは学園内の話。たかが1女学生に、シオン商会長たる母親が目を付けるとは思えなかった。

 まぁ、万に一つの可能性として、ユリアの口から漏れたジェシカ嬢の名前が家族に伝わり、出迎えの時の様な過保護さを発揮している可能性も無きにしも非ずではあったが。


「最近、ウチの商会からいくつか品物が盗まれてね。盗まれたってより、消えてなくなったって方が正しいんだけど……。それで、商会員がここ数日王都を見回ってたのよ。盗まれた品物がどこ行ったか調べるためと、誰が盗んだのか調べる為にね。

 昨日、漸く手がかりを見つけたんだけど……、それが、ライカップ家だったわけ」



 シオン商会から物品を盗む。これが、どれほど大それた事であるかをしらない王都民はいない。エリザも勿論知っていた。

 シオン商会。王家御用達とまで言われる、長い歴史を持つ商会。エリザの母親であるセシリアが9代目の商会長を務める、商会界隈の大手。扱う商品は多様で、既存製品からオーダーメイドまでなんでもこなすと言われている。


 また、王家も利用することが多い事から、物品を管理は国が行っているという異例の商会だ。異例すぎる気もする。


「で、ではライカップ家のご当主様が盗みを……?」



 セシリアの言い草では、そういう風に聞こえる。それならばジェシカ嬢に不可解な動き、不相応な物品を持っていなかったかとエリザに聞きに来たのだろうと思えるのだ。


「あはは、あの気の弱い男に盗みなんて無理よ。それに、見つけた手がかりってのがね、香水と髪櫛だったのよ。つまり、どういう方法であれ、指示したのはライカップ夫人かジェシカ嬢ってわけ。ただ、決定的な証拠がないのよねー。

 ま、エリザにとっても敵って分かったから、徹底的に調べつくしてやるけど」



 一瞬、セシリアは凄惨な笑みを見せた。獲物を目の前にした狼のような笑み。

 不思議と怖くはない。どころか、かっこいいとさえエリザは思った。


「――お母様。私の決着は、私で着けますの。ですから、ジェシカさんには手を出さないでくださいまし。せめて、私とジェシカさんが学園にいる間は」



 だからこそ、かっこいい母親に負けたくないとエリザは言う。それは、娘としてだけでなく、誰かにかっこいい所を見せたいがため――。


「うふふ、見ない内に成長したじゃない、エリザ。ユリアから、家の中で枕を持ち歩く甘えちゃん、って聞いてたんだけど」



 叫びだしたい衝動に駆られるエリザ。枕を持ちだして歩く事は事実なので、ユリアを叱るに叱れない。あんまりにも抱き心地の良い枕なのが悪いのだ。


 ぎゅうと枕を抱きしめるエリザ。


「この枕は、誰に言われても手放せませんの……。でも、お母様になら一度だけ貸してあげてもいいですのよ?」



 この枕にしてから、眠りも目覚めも最高だ。商会長として忙しく飛び回っているセシリアのためなら、一度だけ。一度くらいなら、いいかなと思えた。一度だけだが。


「ふふ、そんな顔をしている娘の枕を欲しいなんて言えないわよ。外なら流石に問題があるけれど、家の中なら別にいいわ。そんな事気にする性質じゃないのよ、私。ユリアにも言っておくから安心して。

 さ、お昼寝邪魔しちゃって悪かったわね。私は部屋に戻るわよ。おやすみ、可愛いエリザ」



 自分がどんな表情をしていたのかと、ペタペタ顔を触るエリザ。姿見があるのだからそれで見ればいいとは気が付かない。


「ふぁぁ……。もうちょっと寝るですの……」



 中途半端な睡眠は、余計に眠気を引き出す。先程は暖かいと思っていた枕だが、今は熱くなった頬にひんやりして気持ちよかった。







「流石に寝すぎじゃないか? エリザ嬢」

「休日ですもの、やることはやっていますし、大丈夫ですわ」



 また夜に、なんて言って別れたものの、エリザが二度寝することは――最近は無くなったが――稀にあることなので、言葉とは裏腹に、枕に驚きはなかった。


 もっとも枕には周囲の状況が見えているので、驚きなんてあるわけがないのだが。


「クッ、しかしまぁ、母親相手に手を出さないでくれ、とはねぇ。良い啖呵切るようになったじゃねェか。誰に似たんだか。しかし、エリザ嬢の母親、でっけぇ商会の会長さんなんだろ? 手を借りたいとは思わないのか?」

「ふふ、無意識のうちに枕さんに似てしまったのかもしれませんの。

 お母様の手を借りたら、私はまた守られているだけですわ。自分1人でどうにもできないことならともかく、自身の将来を掴みとるのに母親の手なんか借りられませんのよ」



 そう言って笑うエリザの笑みは、先程セシリアが見せた凄惨な笑みとそっくりだった。

 血だねぇ、と笑う枕。 多分。


「違ぇねぇや。だがよ、1人じゃねぇぜ。俺もいる。枕じゃ頼りないかもしれんが、心の疲れくらいはとってやるよ、ゴシュジンサマ?」

「ふふふ、そうでしたわ。すみませんですの。あと、ご主人様はやめてくださいましって、出会った当初に言ったはずですの。確かに私は枕さんの所有者ですが、あなたに仕えられているわけじゃありませんの。あくまで友達、ですのよ」



 へいへい、と頭の後ろ? を掻く枕。 多分。

 枕のご主人様も変な話だが、枕の友達も変な話である。


「――んで? 心は決まったのか?」

「もう、御見通しなんですのね。えぇ。今日の夜にでも、お父様とお話ししてきますの。

 ――婚約解消の話を進めて欲しい、と」



 エリザが決意を枕に告げた瞬間、ざわりと風が吹いた。


 つい先日まで庭に生えていた金色の孔雀草の姿は、もうない。



「ハハッ、しかし、それこそいいのか? だな。今さっき母親に啖呵切ったばかりじゃねぇか。決着はどうすんだ?」

「ふふ、分かりきっている上で聞いてくるんですもの、意地悪な枕さんですわ。

 婚約解消の話は、あくまで事をスムーズに動かすための案件に過ぎませんのよ。

 何も、フランツの傍からジェシカさんを消すことが決着だなんて思ってませんわ。

 ジェシカさんにも、そしてフランツにも、きっちり別れを告げる。これが私なりの決着ですの。

 その上で、ジェシカさんの在学中に私の家が手を出したりしたら、まるで嫉妬から嫌がらせをしているようじゃありませんの? あくまで、私は私の意思でフランツと別れたということを貫きたいのですわ」



 エリザを囲う様に、同心円状に桔梗の花が広がる。空は蒼に染まり、緑が芽吹く。


 桔梗の花言葉は、気高い心。


「植えつけられた愛は完全に消え去ったようだな。ま、長い長い一目惚れみてぇなもんだ。

 んで? いつぶちかますんだ? 夢で見るのが楽しみになってきたぜ」

「そうですわね……。1年生の終業式。そこで、終わりを告げましょう。あと1か月ですわ。

 ――本当に、長いようで短い恋でしたのね」



 エリザとフランツの婚約が決まったのは、2人が6歳の時だ。


 当時既に軍団長であった父親と、9代目商会長を継いでいたセシリア。兄は一騎士団員でしかなかったが、それほどまでに国に影響を与える家を王家が放っておくはずもなく、また父方の血を遡ると、過去の王弟の血が入っていた。その事に理由を付けて、例外的に公爵家としたのだ。

 その時、公爵家になってもらうために第一王子を差し出したのだ。本来は逆のはずで、そんなことあってはならないのだが、それほどまでにシオン商会というものは根強かった。


 勿論、表向きには一人娘を差し出した、ということになってはいるが。


「兄ちゃん以外で初めて男と会ったんだっけか? それで蝶よ花よとおだてられたら、勘違いしちまうのもしかたねぇな。その結果があの王子様むのうだが」

「あの頃のフランツはかっこよかったんですの! と、今までは言えていたのですけど……どうしてでしょう、不思議と今は反論が浮かんできませんわ。恋は盲目、でしたか? 全く以てその通りですのね」



 あれだけ好きだったフランツ。 呼応するかのように空中にスクリーンが浮かび上がり、フランツが映し出されるが、エリザの心には何も響かなかった。

 枕はフランツの映像に向かって親指を下に向けるような動作をした。 多分。


「そうだ、えらくあの色ボケ女(クソビッチ)――ジェシカ嬢を恐れていたようだが、そっちは大丈夫なのか?」

「ふふふ、少し下品過ぎますのよ。

 えぇ、あの道端の石を見るような目は、本当に興味が無いからなのでしょう。他人をそういう目で見てしまえるという事実は恐ろしくありますが、ジェシカさんそのものは怖くありませんわ。

 強いて言うのなら――どうかお幸せに、というところですのね」



 うっひぇ、女って怖えーと身を震わす枕。

 口元を抑えてうふふと笑うエリザ。


「んお、そろそろ時間みたいだぜ。んじゃ、次こそまた夜に、だな? 父ちゃんとしっかり話して来いよ?」

「えぇ。まずしっかりと私を見させること。これが大事ですわね」



 違ぇねぇ、と笑う枕と。

 ガッツポーズをするエリザを白い光が包み込んだ。









「エリザ様。夕食の準備が整いました。食堂へお願いします」



 心地よい目覚めと共に、鋭いユリアの声。

 昨日は拒絶されたように思えたが、今思い返してみれば自身の心理状況がそう聞えさせていただけなのだと理解できる。

 なぜなら、今のユリアの声は酷く心配そうだったからだ。


「すぐに向かいますわ。

 ……着替えは、いいですわよね。ネグリジェじゃありませんし」



 ぽふっと枕をベッドに置いて、エリザは部屋を出た。



枕を連れて行ってもらえないと、描写されません。

あくまで枕が見えるのは、自分が連れて行かれた時と、夢で見る事だけです。

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