18話 『長い名前は覚え辛い』
みっじかい
ちゅんちゅんと、どの世界でも変わらない鳥の鳴き声が聞こえる。
薄桃色のカーテンを通り抜ける陽光は暖かくも、澄み渡る寒空が身を縛る。
温もりを、暖を求めて身体を捩り、いつも通り枕と――ふにゃりと、それよりも親しみのある暖かいナニカがあることに気づき、それを抱き寄せる。
肌を摺り寄せればシーツともベッドとも、枕とも違う独特の――人肌のような感触。
顔を、頬を擦るように潜らせれば、先程触れたナニカよりも更にやわらかい……それでいて中身の引き締まった――そこまで考えた所で、耳が音を捉える。
「んぅ……」
妙に艶めかしい、ともすればしっとりとした吐息のような音。そして――聞き覚えのある、というか親友の声。
しっかりと目を開いてみれば、自分の物より平素で……薄い一枚の布のようなソレに浮き彫りになっている双丘。それが眼前にある。
自分の腕は腰の方へ回されており、がっちりとソレを掴んでいる。
足は腿の辺りから複雑に絡んでいて、離してくれそうにない。明らかに意思をもって絡みついてきている。
恐る恐る顔を上に上げようとして――ぎゅっと。
後頭部に腕が回され、顔を胸に押し付けさせられた。
「むぐぅ!?」
「へへへ……」
あ、これ絶対に楽しんでるな。声だけでわかる親友の顔。そこまで苦しくない辺りは流石というべきか。
「……れろ」
「ッ!?」
意趣返しとばかりに少し舌を出してみる。寒いからか汗はかいていないのだが、人肌を布越しに舐めるというのは少し以上の背徳感があった。
はぁ……と咥内に水気を溜めた吐息で刺激してみると、面白いようにビクビク震える親友。しかし、調子に乗って良い事など一つもない。
スルリ、と背中に差し込まれる手。尾骶骨のあたりまで一気に入ってきたその手は、ツツーっと中指を触れるか触れないかという距離で、背筋を遡ってきた。
ゾワゾワゾワっと総毛立つ。意図せず絡みつく足が締まり、親友の足を締め付ける。
「……休戦協定を結ぼうか、エリザ」
「……そうですのね、起きましょうか」
白旗を振ったのは、ユリア。どうやら耐え凌いだようだ。
ユリアは侍女としての仕事もあるので、こんなところで遊んでいられないというのが実情だろう。
なんで2人で寝ていたのだろう、そう口に出そうとして、しかし口から紡がれた言葉は全く別の物だった。
「ミルトさんに記憶魔法の事を聞かなきゃですの……え?」
「テュエルを尋問しなけりゃな……またか」
初めての経験に戸惑うエリザと、覚えのある感覚に顔を顰めるユリア。
流し目で枕を見るも、特に変わった所は無い。しかし、この枕で寝た時のみこの現象が起きていることを考えれば――エリザにまで起こったことを考えれば、この枕が怪しいのだが……。
怪しいはずなのに、どこか信頼している。
「テュエルを尋問する、ねぇ……それは一向に構わないが……何を聞き出すんだ?」
「ミルトさんに記憶魔法の事を聞く、と私が思う辺り、記憶魔法に関してではないですの?」
「なんだ……妙に落ち着いてんな、エリザ。不思議に思わねぇのか?」
心が訴えてくることなど早々あることではない。
だというのに、エリザは取り乱した様子もなく、ゆっくりとその胸に、枕を抱えた。
「不思議なら……この枕に変えてから、何度も起こっていますの」
それは初耳だと、ユリアは思う。
そして、即座に思い直す。
エリザが、きっかけは在ったとはいえ自ら踏ん切りをつけてフランツを切った。
これが不思議でなくて、なんというのだろうか。
「そしてその全てが私のためになっていますの……ロザリアがくれた枕ですもの、変な物のはずがありませんのよ」
「あぁ……そうか、アイツがくれたんだったな、その枕。
……っし、そうだな。あの猫に関しても有益な情報だったし……。記憶魔法に関する事だっけ? テュエルを問い詰めてきてやるよ」
ロザリア・クロス=クロイツ=クロワ=クローチェ=クロチフィッソという凄まじく長い名前を持つ、今は遠い異郷にいる友人を思い出す。
ユリアは何故か忘れていたが、この枕はロザリアが入園祝いにとくれたものなのだ。
「それはいいのですけれど……今何時ですの?」
「あん? …………げ」
学園までには十分間に合う時間だが、侍女長としては確実に寝坊である。
過去、ミルト・シャルルーと闘った時から完璧を目指したユリアにとって、寝坊は完全にアウトだ。何故ミルト・シャルルーとの苦い思い出なんかを……とは思ったが、先程エリザがミルトの名を口にしたからだと思い直す。
「――侍女長。とりあえず朝の仕事を全て終わらせておきましたが……その、昨日の件は……」
「よくやったペイティ! ……ではなく、ありがとうございましたペイティ。昨日の件というと……あぁ、良いですよ。既に不問にしていたはずです。安心しなさい」
? を浮かべるペイティだったが、安心しろと言われたので安心する事にした。
「食事の準備まで出来ています。今日のベッドメイクはどうされますか?」
「あぁ……今日もあなたに任せます、ペイティ。私は少々用事ができましたので」
「わかりました」
テキパキと事務連絡を済ませ、既に姿見の前に立っているエリザに向き直る。
エリザはエリザでバッグ等々の支度を済ませ終わり、あとは着替えを待つだけだ。
ユリアだけでなくペイティも着替えに加わり、いつもの効率をさらに上げてエリザを着替えさせる。長年の連携というべきだろうか、何も口にせずとも息の合った動きでそれを終わらせた。
「それではペイティ、よろしくおねがいしますね」
「はい、侍女長」
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