17話 『親友と級友の喧嘩』
『あら……確かエリザ様の侍女さん、でしたか?』
『……これはこれは、シャルルー様。このような所に何用で?』
うわ、なんだここ……暗っ!
この国の……スラム街ですの。これは私視点ですのね。
あー、確かアタシの舎弟を捕まえに行く時だっけ?
『エリザ様から目を離して警戒、ですか……。戦闘者としてはいいですが、護衛を兼ねる侍女としては……落第ですね』
『……あ?』
切れやすっ!
この頃のユリアは本当に切れやすかったですのねぇ。
いや、だってこれ喧嘩売られてるだろ? アタシは悪くない。
『この程度の言い合いでソレとは……テュエルが推す侍女育成所時代の頭首……本当にあなたですか?』
『テュエルはシャルルー家にいたのか……チッ、骨折り損だな』
テュエルってのが舎弟?
えぇ。ユリアがスカウトしたい侍女がいるから会いに来てほしいというので行きましたの。
博学さならアイツが一番だからな。出来るのならそばに置いて於きたかったんだが、シャルルー家にハウンティングされてたよ。
『公爵家の侍女とはいえ、私は伯爵令嬢なのですが……熱くなると周りが見えなくなるタイプ、と』
『……その伯爵家令嬢が、スラム街の路地から敵意飛ばしてくんのはどういう理由なんですかねぇ……。私程度では思いつかない、さぞかし高尚な理由がお或りで?』
なぁ……ミルト嬢って温厚だ、って言ってなかったっけ?
温厚で中立ですのよ。ただ、こと戦いや護衛と言ったことに関してはきっちりすると言ってましたの。シャルルー伯爵の影響でしょうね。
暴力令嬢の奴が温厚ってのがアタシにはまだ信じられねーんだけどな。
『いえ、既に大した理由では無くなりました。テュエルは上げられませんので、帰ってくださって結構ですよ。エリザ様、余計なお世話かと思いますが、このような女が侍女頭では、この先困ることがあると思います。考え為されてはどうでしょうか?』
『てめぇ……さっきから好き放題言ってくれるんじゃねーか……。あぁ、そうか。お前を倒せばテュエルが手に入るってことだな?』
『なんとまぁ……野蛮極まりない。このようなスラム街にエリザ様を連れてくること自体が間違っているというのに……』
あっれぇ……? 俺もミルト嬢と同じ意見というか……ぐぇっ!?
ほう、どの口が言ってんだ枕ァ? おーおー、やわらけーなー。どこまで潰れるんだー?
成長の無さ……ですの。
『おいペイティ! いんだろ、エリザ頼んだぞ!』
『エリザ様、こちらに』
耳元からペイティの声っ!
私視点だということを忘れていましたの? まぁあの時は私もびっくりしましたけれど。
改めてみると、既に様付も忘れてるんだな……。ペイティは取り繕ってんのに。
『ふぅん……筋肉の付き方を見るに、斥候のようですが……ソレでエリザ様を護れるとでも?』
『エリザ様、失礼します』
おお、おおお? 視点が傾いた……?
横抱きに抱かれたんですの。ああ見えてペイティは力があるんですのよ。
脚力がすげーからなアイツは。
『なるほど……戦わず、共に逃げる事の出来る侍女ですか……彼女は中々いい人材ですね。貴女、シャルルー家に来ないかしら?』
『……お言葉ですが、私はローレイエル家の侍女ですので』
ペイティは口調崩さねぇな。
アイツは寝起き以外は完璧だからな。
普段はふにゃふにゃした口調らしいですの。私は見たことありませんけど。
『良い返しです。貴女の方が侍女頭に向いているのでは無くて?』
『侍女長、エリザ様はお任せください。どうぞ、ご存分に。バレなければ公爵家は負けませんから』
『おうよ、任せたぜ。
アタシが勝ったらテュエルを貰う。文句は言わせねぇぜ』
『……はぁ……。いいでしょう。少しお灸を饐えてあげましょう。安心なさい、これで私が怪我をしても、責任を追及するなど無粋な事はしませんから』
口調崩さないけど中々グレーな事いってんな。
ユリアの舎弟ですのよ?
納得。
……どういう意味だよ。
『ハッ! 上等!』
『それでは……シャルルー伯爵家が1人娘、ミルト。参ります』
『エリザ様、動きますよ』
あっれぇ? どこ行くんだよ。
そりゃお前枕……血腥いモンエリザに見せるわけにゃいかねぇだろ?
ペイティに抱かれたまま大通りの方へ行ったときは少し恥ずかしかったですの。
『あら……テュエル、あなた来てたのですか』
『ペイティのその口調……違和感ありますね。こう……ぞわわっと来る感じで』
『お互い様です。あぁ、エリザ様。この陰気メガネの陰気女が陰気テュエルです』
……なに、仲悪いの?
ペイティがここまで毒を吐いているのはこの時くらいしか見ていませんの……。
運動と昼寝が大好きなペイティと、運動が苦手で暇さえあれば本読んでるテュエルだからな。正反対なんだよこいつら。
『あの間抜けペイティが今や立派な侍女ですか……。お頭も野蛮なままなようですし……。
あぁ、すみません、エリザ様。自己紹介が遅れました。
私、テュエル・アンドレイクと言います。以後、お見知りおきを』
本来はどういう喋り方なんだ?
私も気になりますの。
んー、簡単に言うと、めっちゃ早口。んで滑舌が悪い。
『それで、あなたのご主人様が戦闘中ですが……加勢に行かなくてもよろしいので?』
『お頭は確かに強いですけど……ミルト様の方が上手ですから』
丁寧語の中に混ざるお頭に笑うんだけど。
アタシに言われてもな……。
『……今は、そのようですね。単純火力では侍女長の方が上ですが……ミルト様は巧い様で。ふむ、思ったより早く終わってしまいそうですね……』
『相変わらずの地獄耳ですね。そこだけは評価しますよ』
ペイティの奴……アタシが戦ってる時にこんなこと言ってたのか……!
聞こえている音だけで戦況がわかるのかよ……。
あぁ、これはそういう事だったんですのね。何故見えているのか気になってましたの。
『ぜぇ……ぜぇ……中々……やるじゃねぇか……』
『ハッ……ハッ……ハァッ……体力と拳の重さは……そちらが上ですね……』
血みどろじゃん。この短い時間にどんだけ……。
あ、そろそろ……。
ここはペイティのミスだよなー。
『次でケリつけてやる……オラァ!!』
『望むところ、です……セイッ!!』
両者の拳が交差して――って、あり? 映像が切れた……?
エリザが気絶したんだよ。刺激が強かったんだろーなー。
普通、親友があそこまで血みどろになっていたらショックを受けると思いますの……。
「んでこの後ミルト・シャルルーが直々に謝りに来たんだっけ?」
「そうですの。まぁ、この件の依頼者はユリアのお父様だったようですけれど」
「え、どういう……あぁ、ユリアの父ちゃんが副軍団長でミルト嬢の母ちゃんが騎士団長なんだっけ?」
いつのまにやら枕を胸に抱きしめているエリザ。この記憶は少なからずトラウマなのだろう。無意識に温もりを求めた結果である。
勿論、枕はその感触を楽しんでいる。
さらに言えば現実の枕も、エリザの身動ぎやユリアの吐息を楽しんでいることは言うまでもない。
「んで、何の話してたんだっけ……そうそう、魔法関係をミルト嬢に聞くって話だ」
「あー、ならアタシはテュエルに聞いてみるわ。あいつ本の虫だからよ、なんか知ってるかもしれねぇ」
「そこまでミルトさんに会いたくないんですのね……」
白い光が漏れ始める。
朝が近いのだ。
「んじゃ、エリザ嬢。強く強く思ってくれ。そうすれば現実に持って行けるから」
「はいですの。ミルトさんに魔法の事を聞く。ミルトさんに記憶に関する魔法の事を……」
「テュエルに魔法に関して問い詰める。テュエルを尋問する……」
若干違う気もするが、それを枕が指摘する暇もなく白い光が世界を覆った。
ギリギリィ!