16話 『共に夢の中』
ミジカイネ!
……最近短いしかいってない……?
「こんなにも湯浴みに時間をかけたのははじめてですの……」
水分を含んだことで、艶やかさを放つ金髪を布で拭きながら――拭かれながら、エリザはふにゃりと息を吐く。頬は上気しており、すわ逆上せる寸前か、という処を見計らってユリアとともに湯をあがったばかりなのだ。
「100数えるとか、ガキでもしねーと思うぞ……」
部屋に他の侍女がいないために砕けたままの口調のユリア。身体を洗うことに時間をかけたのはユリアだが、湯に浸かる時間を延ばしに延ばしたのはエリザなのだ。1秒に5秒ほどかけるという数え方で100を数え、最後の100に至っては10秒ほどかけたと思われる。
幼子が父親や母親と湯に浸かる時にやることそのものである。エリザもユリアも15になるのだが。
「いいじゃないですの、幼い頃だってできなかったんですの。学園でみんなにそういう幼い頃の話を聞いて、羨ましいと思っていたんですの」
公爵令嬢という肩書きは重い。間違っても、他家の子供と湯浴みを共にすることなど有り得ない。それならばとミカルスを誘ったこともあるのだが、「僕には……ッ、僕には出来ない……ッ!」と号泣して頑なに一緒には入ってくれなかった。
「まぁいいけどよ……っと、拭き終わったぜ。明日も学園あんだろ? あんまり遅いのも身体にわりぃ。とっとと寝ちまおうぜ」
話しながらも優しく、優しく水分を抜くように髪を拭いていたユリアがポン、とエリザの頭を小突いて終わりを知らせる。
別段痛くは無いのだが、ポーズとして頭を押さえてユリアを見ると、既にベッドの用意をしていた。
って。
「……一緒に寝るのはいいのですけれど……枕は持ってきてないですの?」
エリザのベッドは広い。所謂クイーンサイズと呼ばれるサイズのものを1人で使っているので、ユリアが寝る分には全く問題ない。無いのだが、枕は別だ。
元々が幅の広い枕とはいえ、ベッドに比べればその身は小さい。
――密着しなければ、2人とも頭をのせる事は出来ないだろう。
「……そういうことだ、ホラ、早くこっちこい。仕事は全部終わらせてあるからよ。
ペイティが」
付け足された言葉は聞こえなかった。
来い来い、と誘われるままにポフンとベッドに座り込み、ずりずりと這ってユリアの元へ向かう。そのまま布団へ近づいて――抱き寄せられた。
「きゃっ!?」
驚きから抵抗をしようとしたものの、ユリアの力に勝てるはずもなく引き込まれる。
勿論痛みは無い。そんなヘマをユリアはしない。
「み、見つめ合って寝るんですの!?」
「ん、嫌なのか?」
嫌ではない。
嫌ではない。
嫌ではないのだけれど!
先程も述べたが、人間の頭2つを枕に乗せるには枕は小さい。風呂によって温度の上がった吐息が互いにかかる程度まで近づかないと頭を乗せきれない。
一緒に寝ると聞いて舞いあがったのは認めるが、ここまで恥ずかしい物だとは思わなかったエリザであった。
「いやー、冷たくて気持ちのいい枕だなー」
「そ、そうですのねー」
どこか棒読みなのは、ユリアも同じ気持ちだからなのかもしれない。
「いや、お前さんら……仲良いねぇ……」
エリザにとってはいつもの、ユリアにとっては見慣れないログハウス。
いつも通り枕は椅子に座って紅茶を飲んでいて。
エリザはユリアの膝の上に、ユリアはエリザを膝の上に乗せて座っていた。
「え、あっ、えっ?」
「一緒に寝るってそういう意味か! やっぱ忘れちまうのめんどくせぇな!」
未だ状況が理解できないエリザと瞬時に状況を理解・把握して愚痴るユリア。その様子を見ている枕はどこかニヤニヤしているように見える。多分。
「ユ、ユリアも枕さんの事を……あぁ、前に寝たって言ってましたのね」
「あぁ、それでユリアに頼んだんだよ。2人でここに来れないか試してくれってな」
「枕の事はすっかり忘れちまってたが、一緒に寝るって言葉だけは現実に持って行けたぜ」
エリザのカップにユリアが紅茶を注ぐが、膝の上にエリザがいるのでどこかやり辛そうだ。エリザはエリザで、ユリアと机に挟まれて窮屈そうである。
「……それでソッチじゃねぇんだもんなぁ……」
「しつこいですのよ、枕さん」
「しつけぇよ枕」
へいへい、と謝って紅茶を飲む枕。
ちなみに、と現実世界へ眼をやれば、がっちりと抱き合っているのが見えた。
「んで、なんでエリザと寝るんだって話になったんだっけ?」
「この世界で起きたことをどこまで覚えていられるか実験したい、って話の途中にエリザ嬢が起こしに来たからだな。じゃあとりあえずそれで、って」
「私はとりあえずなんですのね……」
そんなわけねーだろー? とエリザの頭を撫でながら枕を睨むユリア。
とりあえずって言ったのお前じゃんか……とは口に出さない枕。それを広げるのは良くない事くらいはわかるのだ。
「でも、実験ですの……? 方向性は決まっていますの?」
「方向性っつーか、まぁ最終的には枕が他者の夢を見る……見たモンを覚えていられるマジックアイテムだってことを現実で認識できるようになるのが一番だな」
ユリアの膝の上だというのに上品な姿勢で、上品な仕草で紅茶を飲むエリザ。勿論背筋を伸ばせばユリアの腿に相応の負担がかかるのだが、強靭なソレはエリザ程度の重さではビクともしない。不安定な足場にも拘らずエリザが上品な姿勢を保てているのは、ユリアが座りやすいようにしているからだともいえる。ちなみに腕はエリザの腹の前で組んでいる。
「え、枕さんってマジックアイテムだったんですの……?」
「そこは俺も知らん。魔法もマジックアイテムも俺にゃ馴染のない言葉だし」
「アタシだってそんなに詳しくはねーけど……。ただ魔法的な事ができる道具、って認識だぜ」
だからその魔法がわからないんだが。 そんなのアタシだってわからねーよ。 私もあまり詳しくないですの……。
わからない者同士がわからないわからないと呟く。
なんとも不毛な時間である。
「ユリアの舎弟には魔法に詳しいのいねーのか?」
「アタシの舎弟はみんな平民だからなぁ……」
「……ミルトさんかスクアイラに聞いてみるのはどうでしょうか」
その2人の名前が出た途端、げ、という顔をするユリア。
「ミルト嬢はいいが、スクアイラは止めた方が良いかもな。王子と……ひいてはジェシカ・ライカップと繋がってるかもしれねぇ。スクアイラ自身がそう思ってなくても、あっちに俺みたいなのがいたら困る」
「枕さんが……?」
枕みたいなマジックアイテムが相手側にもいれば、こちらに枕が居る事がバレてしまいかねない。
それの何が悪いのかは明確に言えないが、手の内は隠すものだという認識が枕と、そしてユリアにはあったようだ。
「……ミルト・シャルルーか……エリザ、任せたぞ」
「お、なんか面白そうな過去がありそうだな! エリザ嬢!」
「枕さんって欲望に忠実ですのよね……」
何を言ってるんだ、とユリアが枕を視る前に、むむむと頭を捻らせたエリザと連動してスクリーンが浮かび上がる。
既にテーブル、椅子、ティーポットにティーカップは空気に溶けており、完全に観賞スタイルとなっていた。
「ちょ、ま……」
ちなみに2人とも寝間着姿です。