14話 『一緒に食べましょう、私の侍女』
変なところで区切りますが、ちょっとやりたいことがあるので勘弁!
母も父も兄もいないので、自室にて食事を取っているエリザ。
そのエリザの横で、なんとも珍しい事にユリアも食事を取っていた。
「私は侍女だといっておりますのに……」
「食べてくれないなら一緒に寝ませんのー!」
そういうやり取りの末、一緒に寝なければならないという心が打ち克ち、今に至る。
それはもう、にこにこと。
花の咲いたような笑顔で食事を取るエリザ。幼いころはこうして一緒に食べる事もあったが、公爵令嬢とそれに仕える侍女という立場が明確になってから――最初から明確なのだが、それを意識するようになってから――同じ席で食事をするなど有り得ないことになっていたのだ。
エリザが駄々子のようにごねていれば、見かねたミカルスや父が何かしらの采配をとってくれたかもしれないが、心中がどうであれエリザは公爵令嬢だった。わがままを言うこともなく、ユリアと食事を分けられるのは仕方のない事だと割り切るしかなかった。
だが、まさかユリアの方から一緒に寝たいと。
そう甘えてくれる……代価をくれたことに、ここぞとばかりに一緒に食事をしてほしいいと誘ったのだ。
「ふふ、ユリア。はい、あーん」
「……それに私が乗るとでも?」
少々幼子の頃に戻りすぎている気もするが。
「……あむ」
侍女としての立場はどうあれ、ユリア本人としてはこの状況は好ましい物だった。
ユリアはエリザが好きだ。
それは恋愛感情のような無粋な物ではなく、夢世界で枕に言った――今のユリアは覚えていないが――小動物を愛でる気持でもなく、ただ親友として。
親友が仲良く食事をしたいと言ってきて、不満なはずがない。
先日エリザの誘いを断った時、断られたエリザの表情を見て胸が苦しくなった。
自身が出て行ったドアの中から寂しいと聞こえた時、自身を殴りつけてやりたくなった。
身分という物が邪魔をしなければ、常に傍に居たいくらいだ。
公爵家の人々やユリアの舎弟である侍女たちはそれを許してくれるのだろうが、世間はそうではない。
なにも平民に優しくするだけで『良い貴族』と呼ばれるわけではないのだ。
無礼は無礼に、謝礼は謝礼に。
前者の区別ははっきりと、後者の区別は平等に。
それこそが、貴族――公爵家――に求められる事だ。
誰も見ていないとはいえ、外でボロが出ても困るということである。
故に。
今回は、本当に特別だ。
一緒に寝る、という自分でも根拠のない強迫観念の様な物が無ければ――言い訳に過ぎないのだが――、侍女と同卓で食事を取るなどあってはいけない。
特別に、特例として、その代価としても止められたから。
侍女である己には決定権が無かったとして、この状況に甘んじなければいけないのだ。
にやけそうになる頬は無視しろ。
「……久しぶりに美味しい食事でしたの……」
「……普段、御口に召さないようであればコックに言いつけますが」
「そういうことじゃ、ありませんのー」
ちなみにコックもユリアに縁がある者だ。この家でユリアとの直接の繋がりが無い者は警備兵だけ。その警備兵も、アトゥーが直々に育てた者である。
「では、私は食器を……」
ガシ、と。
エリザの細腕がユリアの腕をつかむ。
一見すれば女子の細腕であるユリアのソレは、触ってみれば鍛え上げられ引き締まったものであることがわかった。
「湯浴みも一緒にしますの」
その言葉を解するのに、ユリアはなんと3秒もかけた。
「それは私にお体を洗わせたい、ということでしょうか」
「一緒に入りますの」
一緒に寝るというメリットに対してデメリットがメリット過ぎる……!
よくわからない思考に至るユリア。
幼い頃だって、一緒に入ったことなど1度や2度までだ。
幼馴染だからといって、そこははっきり区切られている。
何故なら湯浴みというのは尤も無防備になる瞬間であり、同時に禁忌であるからだ。
幼い頃に入ったのだって、セシリアとユリアの母が着いていながらの事である。
2人きり、というのはそれほど危険なのだ。
流石にそれは出来ない。
そう決心して、困った顔をつくろうとするユリア。
エリザはこういう顔に弱い。かわいそうだが、罪悪感を使わせてもらおう。
そう思ってエリザを見上げると――。
「……」
そこには、私困ってます。私悲しいです。そういう顔をしたエリザが。
親友の困った顔に弱いのはエリザだけではないのだ。
それはユリアも同じ。どころか、庇護欲を駆り立ててしまうユリアの方が、幾分か弱いのかもしれない。
「仕方ないですね……準備をしますので、少々お待ちください」
「わかりましたの!」
全裸となってもある程度戦える自信はあるものの、やはり丸腰で武器等を相手にするのは分が悪い。見張りは信を置けるものを……察知範囲の広いペイティと、戦えるもう一人の侍女をユリアは呼びに言った。
その姿を見送ったエリザは。
「……ちょっとわがまますぎましたの……」
軽い自己嫌悪に陥っていた。
自身のせいでユリアや他の侍女の仕事を増やしてしまったと気付いたのだ。
それからユリアが帰ってくるまでは、あー、だのうー、だのと奇声をあげるエリザの姿があったというのは、部屋の前にいた侍女とエリザのベッドの上にいる枕だけの秘密である。
かぽーん。
という桶の鳴らす音が聞こえ……ることはない。
この家でも桶を使っているが、それをわざわざ落としたり壁にぶつけたりすることがないからだ。
真白のタイルを敷き詰められた湯浴み場。
浴槽は巨大な大理石1つを彫ったものであり、その質感は肌に優しい。
平民のする湯浴みとは天と地ほどの差があるその設備は、常に湯を暖かく保つ技術によってつくられていた。
その湯浴み場、流転の作用をする仕組みの竹筒の下。
ちょろちょろと流れ落ちる湯水を浴びる、2人の女の子がいた。いうまでもなくエリザとユリアである。
「ふぅ……温かいですのー。ねー、ユリア」
「そうですね、温かいです」
「もう……今は2人きりですのよ? 口調、戻してくださいまし」
大理石で造られた椅子に座っているのは金の髪を持つエリザ。その髪を毛先まで丁寧に植物油で梳いているのがユリアである。
毛髪量の多いエリザの髪を、手櫛の要領で丁寧に梳いていくユリア。小動物の毛を撫でる様に、上から下へ、さらりさらりと。
時折うなじや背中に指が当たり、ピクりと跳ねるエリザが微笑ましい。
「はぁ……わーったよ。これでいいか? しっかしいつ触っても綺麗な髪だよなー」
「ふふ、ありがとうございますの。よろしければユリアの髪も洗いますのよ?」
「これくらいは侍女らしいことさせてくれっての。なんなら体も洗ってやるぜ?」
そう言って、するりと。
腋から手を入れて、腹をまさぐるユリア。最初から胸にいかないあたり、ユリアはわかっている。
さて、ここまでまるで三人称の様に話していたが、それは事実三人称だ。
あの2人にとっては。
では、それ以外にとってはどうなのか。
そう、俺がここに居て、彼女達を見て考えているから、一人称なのである。
何故俺がこの楽園にいるか。
それは少し時を遡らねばならない。
が、この花園を前にそれはいただけない。
ので簡潔に言うと、天日干しにするはずの時間をペイティが眠る事で影になってしまった、ついでにユリアも使ったのでもう一回洗ってしまおう。ただ、この枕を使えないのは困るので湯浴み場の中にある干し物スペースで乾かし中!
こんな感じである。
湯浴み場で、湯浴みをしている時にそのスペースは意味があるのかとお思いだろうが、この公爵家の技術をあなどるなかれ、分煙ならぬ分湿気はしっかりと為されている。まぁもし湿気が入って来ていたとしても、俺の能力でどうとでもなるのだが。
そんなスペースがあってくれたことにより、この風呂場事情をお届けする事が可能になったわけである!
次回、文頭からじっくりねっとり、風呂場描写したいと思います! R15に抑えられるよう、且つ文章量大目になれるように頑張ります!