13話 『一緒に寝ましょう、お嬢様』
『よぉインフォルマ。昨日ぶりだな』
『お頭……まだ何か聞きたいことが?』
お頭ァ!? お頭って呼ばせてんのお前!
呼ばせてねーよ! インフォルマには呼び捨て許してるのに、あいつが勝手に呼んでくんだよ! ……呼ばせてる奴も、いるけど。
『お前昨日、猫がライカップ家に出入りしてる、つってたよな?』
『あぁ、あの綺麗な色をした奴の事ですね。はい、ご主人様――元ご主人様の部屋によく出入りしていました』
お頭なのに丁寧語なのか。変な……変なの。
インフォルマは矯正したんだよ。昔はもっと小賢しい喋り方だったぜ。
『あぁ、その猫について、他に何か気付いた事ねぇか? なんでもいいんだ』
『気付いた事……ですか? うーん、ご主人様とジェシカ様の部屋によく出入りしていたことと……あぁ、猫が来ている日は必ず鳥も来ていましたね。大きな鳥です。群青色の翼と白い胴体が特徴的な』
ビンゴ! ……当たってほしくねェ奴だったがな。
びんご? 鳥がなんかあんのか?
『あー。じゃあよ。バンボラの旦那とジェシカ・ライカップ、どっちに懐いてた?』
『なんでジェシカ様は呼び捨てなんですか……。うーん、そのお二人で言うなら確実にジェシカ様ですね。ご主人様には一切懐いてなかったですよ』
ジェシカ・ライカップが猫の主人、ってことか。
じゃあなんでその猫はバンボラの旦那の部屋に入ってたんだ?
『あぁ、あと……』
『なんだ、何か思い出したか?』
『奥様の部屋からは何故か、動物の毛が一切見つかりませんでした。ご主人様とジェシカ様の部屋からは多く見つかっていたのに』
毛? あー、猫とか犬とかって抜けるよな。ボロボロと。
なんで枕がそんなこと知ってんだ?
想像。
『毛、ねぇ……ん、ありがとよインフォルマ。また何かあったら頼むわ』
『えぇ、お役にたてれば何よりです、お頭。
あぁ最後に一つ、ペイティ・オレイユに伝言をお願いしたいのですが……』
ユリアの舎弟ってどういう構成してんの?
んー、アタシが頭で、ペイティともう一人が2番、その下に5人いて、残りはバラバラと各地に散ってる。インフォルマはその5人の1人だな。
何の組織なんですか。
『ん? ペイティに? いいけど……珍しいな』
『はい。お昼寝もほどほどに、と。一昨日、洗濯中であろうシーツに凭れて寝ている所をグラーフィカが見たらしくて』
『……へぇ』
グラーフィカってのも舎弟?
あぁ、5人のうちの1人だな。
『んー、そりゃあそりゃあ。しっかり、伝えておくぜ』
『はい。それでは』
だから今日こんな早く帰ってきたのな。
お前の事疑って寝ちまったのは誤算だがな。
「誤算なのか? 情報交換になったからいいじゃねぇか」
「あー、そういうことじゃなくてだな。これで起きたとしても、お前を覚えてないからまた寝ようとしかねないだろ? 前回、奴を調べろ、とだけ覚えてたのが仇になったぜ。お前の事を覚えている方が大切だったのに」
それをされると堂々とセクハラができないんだよな……と、口には出さない枕。
勿論ユリアは気が付かない。 そもそも枕に口は無い。
「それは、あー、できない、と思うぜ……?」
「なんでだよ……って、そうか。んなことエリザがとうに試してるか」
枕を覚えていたいと誰よりも思っているのはエリザだ。強く思う、なんて試していないはずがない。
それを知らないユリアでも、エリザの性格を省みてその答えに辿り着く事が出来た。
「あぁ。だからさ、実験したいんだ。どこまで覚えていられるのか、ってな」
「この世界で起きたことを、か。いいぜ、付き合ってやる」
白い光が漏れ出始める。
「速っ!? まだ全然話せてないぞ! えー、と、じゃあとりあえず!」
「あー、誰かが起こしにきたんじゃねーかな……特にエリザ」
現実世界を確認してみれば、ユリアの言うとおりお冠なエリザの姿が。
「んじゃ、それでいこう! ユリア、今日はエリザ嬢と寝てみてくれ!」
「はぁ!? 休日ならまだしも、普通の日にそんなことできるかよ! アタシは侍女だっての!」
白い光がどんどん世界を覆っていく。中々起きないユリアにエリザがご立腹なのだ。
「潜り込めばいい! エリザ嬢なら許してくれるよ!」
「ああああ! 仕方ねェ、エリザと寝る、だな!」
世界は白に染まった。
ユサユサ、ユサユサ
「ユリア、ユリア。……中々起きませんのね……」
ユサユサ、ユサユサ。
「そんなに疲れていたんですの……? 言ってくれればお母様に言って休みを取らせてあげますのに……」
ユサユサ、ユサユサ。
「ユーリーアー。おーきーてー」
「……エリザと……寝る……」
バッ! と。
蝶よ花よと育てられた令嬢とは思えない速度でバックステップするエリザ。その動きは明らかに野性的だった。
「ユ、ユリア……?」
「ん……ふぁふ……あぁ……おはよう、エリザ」
いつも通り……ではないが、幼い頃何度も見た挨拶のはずなのに、エリザには今のユリアがまるでお伽噺の黄昏の王子様のように見えた。
黄昏の王子様の寝起きなんて見たことはないが。
「お、おはようございます、の? じゃ、ないですの! ここは私のベッドですのー!」
「……エリザと、寝なきゃ、だよな」
ズザザザ! とさらに後退するエリザ。
ユリアは、昨日の『奴を調べろ』と同じ感覚に、それをしなければいけないということを感じていた。
視線をエリザに向けるユリア。
「え、えーと……ユリア?」
「ふぅ。エリザ様。とりあえずお召し物を着替えましょうか。お食事と湯浴みの後、少々お時間いただけますか?」
有無を言わせぬユリアの笑み。そして早口。
エリザは頷くしかなかった。