11話 『彼女が連れてきたのは』
『よう、ジロジロ見やがってたのはお前か……喧嘩売ってんなら買うぞ?』
なんちゅー目付きの悪さ……コレ、もしかしなくてもユリアか。侍女育成所時代の。
そーですねー。あの時は本当に怖かったです。
『何涙目になってんだよ……ちっ、調子狂うじゃねぇか。
はぁ? なんで見えたかって? 隠れてるつもりだったんならもっと気配を隠しな』
どんくらい遠くから見てたんだ?
200mくらいですねー。見失ったと思ったら真横にいて、心臓が止まるかと思いました。
『隠し方を教えてくれだぁ? なんでアタシがそんなこと名前も知らない奴に教えなきゃなんねーんだよ。はぁ? 舎弟にしてくれ?』
お前さん、結構がっつり行くのね。
断られても何度でも挑戦しますよー?
『……名前。名前は? ペイティ? は、可愛げのある名前なこって。
ま、素直に名乗ったから返してやるよ。アタシはユリアだ。よろしくな』
なんだ? 妙に気さくというか、フレンドリーというか。
暴力が絡まない舎弟は私が初めてだったみたいでー、嬉しかったって言ってましたよー。
……暴力が絡む舎弟はいたんだな。
『だけどよペイティ。お前、腕っぷし強そうに見えねぇぜ? アタシの舎弟になるんなら、それなりに戦えないとなんだが……』
戦えないといけない侍女とは一体。
主人を護るために、自衛または護衛できる程度までの戦闘能力を有する侍女はそれなりにいますよー。
『足の速さと耳の良さなら負けないって? よし、んなら競争しようか。育成所一周な』
かけっこしよーぜ! みたいな?
そんなほんわかしたものじゃなかったですけどねー。
『勿論妨害アリで、だ。速いだけじゃ意味ねーだろ? その特徴生かすんなら斥候辺りだろうが、敵の攻撃に当たっちまうようなら使えねーからな』
侍女が斥候をしなければならない事態とは一体。
侍女……というよりはー、侍女長の舎弟ならば、って感じですー。侍女長には敵も多かったですからー。
『ペイティ、お前が合図してもいいぜ? 何? アタシの合図でも勝てる自信ある、って? はーん、いいね。気に入った。中々言うじゃん』
侍女はみんな喧嘩腰なのか?
んー、侍女長に認めてもらうにはこうした方がいいって思ったんですよねー。
『んじゃスタートな』
うわっ、ズルっ! しかも速い!
ズルくないですよー。侍女長の合図でいいって言ったのは私ですしー、戦場じゃ敵は合図すらくれませんしー。
『へっ、いう事だけは立派でもやっぱり甘ちゃん――は?』
主観視点なのに、いやだからか。めちゃくちゃ速いなお前さん。
えへへー、これだけは負けませんよー。取柄、って奴ですー。
『なんでっ、隣に――抜かれた!? クソッ!』
おー、ユリアも加速した、けど……。
負けませんよー。
『はぁっ……はぁっ……はぁっ……。
全力で……走ったのなんていつぶりだオイ……』
侍女育成所1周って、どんくらい距離あるんだ?
3kmもないくらいですかねー。結構小さいですよー。
いや今かかった時間6分くらいだったんだけど……。
『ふぅ……いやぁ、速いなお前! 息切れもしてないし……ペイティ、こっちからお願いするわ。アタシの舎弟になってくれるか?』
はーん、竹を割ったような……
この時の笑顔が忘れられないんですー。
「それでー、あなた、なんですか?」
「今更だなオイ。散々話してたじゃねぇか!」
いつもの真っ暗な空間。いつものテーブルに椅子があり、侍女服のペイティと枕が紅茶を飲んでいる。
ところでこの世界、どこに光源があるのだろうか。
テーブルの周囲だけがぼんやりと明るい。
「真っ暗……反響音も聞こえませんねー。どれだけ広いのやら……」
「そういうの真っ先に観察しにかかる辺り、やっぱ戦う侍女さんだよな……」
周囲に広がる闇に目を向けるペイティ。 聴力が自慢であるペイティだが、いくら耳を澄ませても自身の声が返ってくることは無かった。
ついでに目の前の枕が発する音も、耳から聞こえているわけではないように思える。
「んー、私にはどうしようも無さそうですねー。あなたはここから出る方法を知っているんですか?」
「ん? あぁ、出る方法は現実世界のお前さんが起きる事だよ。見張りをするはずなのに、俺で居眠りしちまってるお前さんがな」
途端、げっという顔をするペイティ。
一瞬で眠りに落ちた自分を思い出したのだろう。
「あー、どーしましょう。侍女長の言っていた猫さんが来ていたら大失態ですー。
あなた、猫を捕まえたりできないんですか―?」
「無理だなぁ。 だって枕だぜ?」
ですよねー、と投げやりなペイティ。だって枕だぜ? という言葉はそれほどまでに説得力があったようだ。
一応枕には外の様子が分かっているのだが、それは言わない。だって脚とか諸々見ちゃってるし。 今の所群青と白の猫は来ていないのでモーマンタイだ。 問題ないだ。
「んー、暇ですねー。眠る事もできないみたいですしー。あなた、何かできないんですかー?」
「俺が出来る事はほとんど無ぇな。さっきみたいに記憶を見るか俺と雑談するかだ。あと俺の事は枕、もしくは枕さんと呼んでくれ」
記憶の早送りや巻き戻し、一時停止を行える枕だが、スクリーンを出すこと自体は出来ない。あくまで使用者の記憶がスクリーンとなって浮かび上がるだけだ。
枕に脳がないからなのか、はたまた別の理由なのかはわからない。
「んー、では枕さんでー。
それで、記憶を見るってー、いつの記憶でも見れるんですか―?」
「お前さんが覚えてりゃな。拡大縮小もできるし、当時の音もお前さんが聞こえていたように聞こえる。ただ、主観視点か客観視点かはどうにもバラバラでな。さっきみてぇに主観視点の事もあれば、お前さんの記憶なのにお前さんが見えるっつーわけのわからない状態になったりする」
この主観視点と客観視点がどういう基準で分けられているのかはわかっていない。法則性を見つけようにも、検証材料が少なすぎて何とも言えないのだ。
エリザの夢で主観視点だったのは、フランツとの出会いとミカルスにすごい顔と言われていたときのみ。他は全て客観視点だった。
ユリアの夢では、聞き込みをしていた時が主観視点、他が客観視点。
ペイティの夢や群青と白の猫の夢はどちらも主観視点だ。
「ほへぇー。んーじゃあ、これとかどーなるのかなー」
「思い出そうとすれば勝手に浮かび上がるぜ」
むむむ、と頭に指を当てるペイティ。
スクリーンが浮かび上がる。
『あら……ユリア、この娘ですの?』
『アタシの舎弟だ。侍女育成所時代のな。ほら、自己紹介』
『ペイティ・オレイユと申します。お初にお目にかかります、公爵様』
お、客観視点だな。これは……。
侍女長に公爵家を紹介してもらった時の記憶ですー。正直、初めて仕えるところが公爵家になるなんて微塵も思ってませんでしたー。
『ふふ、この場に関してはそこまで硬くならなくても大丈夫ですの。私はエリザ・ローレイエルですの。ユリアが珍しく紹介したい娘がいるって言うから何事かと思いましたけれど……、ペイティ・オレイユさん。あなた、公爵家に仕える気はありますの?』
『誠心誠意、死力を尽くします。どうか雇っていただけないでしょうか』
『いや、抗争時代じゃねーんだから死力を尽くす必要は……だがまぁ、エリザに仕えるんだからそれくらいの意識があった方が良いか』
抗争時代ってなに?
侍女育成所の派閥抗争の事ですねー。3年間侍女としての教育を受けるんですけど、侍女長は1年生の時に上学年の派閥に喧嘩を売ったんですー。そこから育成所に存在していた学年問わずすべての派閥を巻き込んでの抗争が始まりましたー。
『わかりましたの。お父様にかけあってみますの。ユリアが連れてきた娘ですもの、すぐに通りますの』
『ありがとうございます!』
『アタシとしても、ペイティがいてくれると何かと楽だからな。へへ、これでも結構信頼してんだぜ?』
あー、ほんとコイツいい笑顔するよな……
私もこの笑顔に惹かれたんですー。普段はあんなに頼りになるのに、時折見せる可愛らしさがなんとも……。
『ふぅ……緊張しましたー。常々ユリアが話していた女の子が、まさか公爵令嬢だったなんて……』
『でも良かったろ? 公爵家へ仕えるなんて、早々できる事じゃないぜ?』
あ、二人きりの時はユリアって呼び捨てなのか。なんか意外。
今は専ら侍女長ですけどねー。育成所時代は舎弟という身でありながら、呼び捨てが許されていましたー。私以外も何人か呼び捨て許されている娘はいますよー。
『はいー。まだ夢みたいですー。あのローレイエル公爵家に仕える事ができるなんてー』
『あの? そんなに憧れる、のか? アタシにとっちゃ幼馴染の家だからな……よくわからん』
そいつらって公爵家にいたり?
はいー。かなりの数が引き抜かれてますねー。元々仕えていた侍女も、侍女長に心酔している者が多いですー。
『だってだってー、黄昏の王子様ミカルス様にー、渋さと部下の信頼を兼ね揃えたアトゥー様、憧れる女性No.1のセシリア様。そして、金の姫君エリザ様に仕えられるんですよー? 憧れるに決まってるじゃないですかー』
『黄昏の……王子様……ぐふっ』
傷を抉ったな。つか、ミカルス兄ちゃんはそれで通ってんのか。
抉ったって何の話ですかー? ミカルス様はー、私達侍女にも優しくて―、エリザ様にも優しくて―、戦いも華麗なー、まさに黄昏の王子様ですー!
『? どうしましたー? ――敵ですか?』
『い、いや違う! なんでもない! ただ……その、アタシの前で黄昏の王子様の話題を出すのはやめてくれねーか。こう……色々とつらい』
うっわ、お前さんも十分怖いわ。
えー、なんでですかー? あれくらい、ローレイエル家に仕える侍女ならみんなやりますよー。
『そうですかー。
それじゃあ、改めてユリア……ううん、侍女長。よろしくお願いします』
『応よ。……じゃ、ねぇな。
えぇ、ペイティ。これから頑張りましょうね』
お仕事モード、って奴か? 怖いねぇ……。
今でも2人っきりの時とか―、出かけるときは呼び方も口調も戻りますよー?
「さて、ペイティ。少し聞きたいことがあるんだが……」
「? なんですかー? 私にこたえられることならー」
改まった顔つきで、ペイティに向き直る枕。多分。
声色も硬い。どことなく感じるデジャビュは、わざとだからだろうか。
「お前さんは……ソッチなのか?」
「ソッチ……? って、なんですかー?」
ペイティにはそういう系の知識が無いようだった。
「だからっ! ……あー、なんだ。ユリアに恋愛感情があるのかって話だよ!」
「恋愛……感情……? そんなのあるわけないじゃないですかー。第一女同士ですよー?」
枕の価値観は違うのかなーと呟くペイティ。
ソッチであるかを聞きたがる枕の性癖が少し解ったような気がしないでもない。
「あー、いいよ。そんなら大丈夫だ。
あー、っと、もう一つお願いしたいことがあるんだが」
「そうですかー? よくわかりませんけど。
お願いしたいこと、ですか。叶えられることなら頑張りますー」
白い光が世界を覆い始める。
ペイティが起きかけているのだ。
「ユリアの言ってた猫ってな、群青と白の猫なんだけどな。
群青と白の猫って言葉を強く、強く思い浮かべていてくれねーか?」
「……? よくわかりませんけど……わかりましたー。群青と白の猫ってずっと思ってればいいんですねー?」
白い光が完全に2人を覆う。
「群青と白の猫、群青と白の猫、群青と白の猫、群青と白の猫、群青と白の猫……」
ペイティの声だけがずっと響いていた。
ちょっとだけ文字数もどったかな!