1話 『マクライフ』
唐突に、ベッドにおいてあるぬいぐるみを見て思いついたんや……
「あぁ、もう! なんなんですのあの女! フランツの周りをうろちょろうろちょろ!
フランツが迷惑がってるってわからないんですの!?」
女。歳は14、5程の女の子。髪色は流れるような金で、肌はシルクのようなきめ細やかさと、真珠のような張りを持っている。西洋人形のような女の子。
その美しい顔を般若に変えて、機能美の機の字もないようなゴテゴテな制服を荒々しく床に投げ捨てた。投げ捨てられた制服――王立学園の女子制服――はすぐさま侍女が回収し、また別の侍女が女の子に布一枚、ネグリジェと呼ばれるそれを着せる。
女の子が怒り狂っていても平然と仕事をこなすプロ……もとい、ここ数日は全く同じ行為を繰り返しているが為の、一種の慣れである。
ネグリジェへと着替えた女の子は、淑女にあるまじきことに――ジャンプをしてベッドに寝転がった。侍女達は眉一つ動かさなかったが。
「フランツもフランツですの! あの女に鼻の下を伸ばして良いように扱われて、挙句に私が悪いですって!? どーみたってあの女が私に喧嘩吹っかけて来たんですの! 権力を振りかざしてるのはあっちですのー!」
ぎゅぅぅぅうう、と音が出るほどに枕を抱きしめて、愚痴を漏らす女の子。流石に叩きつけるようなことはしなかったが、たわわに実ったその双丘と枕、どちらもが変形するほどの力で抱きしめていた。
「……はぁ。本当に、本当にフランツはあの女と一緒にいることが楽しいのでしょうか……。そうであるならば、真に悔しい事ですが、本当に悔しい事ですが、身を引くべきなのでしょうね……」
先程までの癇癪はどこへ行ったのかという程、萎れ、しょんぼりと言った様子で枕に顔を埋める女の子。金糸と称されたその髪は乱れ、嘆いているようだった。
強く、強く枕へと顔を埋める女の子。侍女にすら泣き顔を見せぬように。
そのまま、すやすやと眠ってしまった。
「……おやすみなさい、エリザ様」
黙って様子を見守っていた侍女の1人が女の子に毛布をかけ、音を立てないように部屋を出て行った。
残されたのは、泣き腫らした顔を枕に埋めて眠る令嬢だけ。
純度の低い金の様な髪色の、キザな男が見える。
『――何をしているんだい、エリザ』
今度はなんだ、王子様。
『君の権力にジェシカが逆らえないことくらいわかっているだろう? それに、君は公爵家なんだ。大人の余裕という物を持つべきじゃないかな?』
お前だけには言われたくない。クソガキのお前だけには。
『……エリザ。どうして君は素直じゃなくなってしまったんだ? あの頃は可憐で、純粋だったのに』
お前は無垢すぎて虫唾が走るわ。
『……もういいよ、エリザ。すまないなジェシカ。ここは私の預かりとさせてくれ。
エリザには、ちゃんと言っておくから』
井の中の蛙どころか、タンスの中のもやしみてぇなお前が何を言うって?
『……エリザ。ジェシカに突っかかるのはやめてくれないか。彼女は繊細なんだ。君と違って、直ぐに手折れてしまうよ。守ってやらねばならない存在なんだ』
その目は節穴か? 蛆虫の巣か? 脳髄まで食い散らかされてんのか?
『……今日はもういいよ、エリザ。今の君は、何を言っても聞いてくれなそうだ』
年がら年中そうなお前に言われたくねーよ。
『フランツ! ジェシカ嬢が、私の家をバカにしてきたのですわ!』
バカにはしてきたが、そこは交わして皮肉をいうべきだったな。
声を荒げるだけなら子供にもできる。
『権力を振りかざしたりなんてしてませんわ! そんな狡い事、絶対にしませんわ!』
あぁ、そうだな。だが、冷静に言うべきだった。図星を突かれた人間が声を荒げているように聞こえるんだろうよ。王子様には。
『……そんな、私は今まであなたに隠し事一つも……』
あぁ。コレは奴が悪い。泣かなかったのはベターだ。
『……なんで、なんでフランツは私が悪いみたいに言うんですの……?』
あのクソボケの中では決めつけられてるからだよ。多分、決定的な証拠を突きつけても信じゃしないだろうさ。
『……私だって、強くなんかありませんわ。私だって……繊細なんですのよ……』
尻すぼみになった事は頂けねぇが、それはプライドだからな。しょうがねぇか。
『どうして……フランツ。あなたは私を愛してくれてはいないんですの……?』
俺としちゃ早々に見限った方が身のタメにゃなると思うが……そう簡単な話じゃねぇよなぁ。
「エリザお嬢様。お食事の準備が整いました。ドアを開けてもよろしいでしょうか?」
ノックの音ともに、よく通る侍女の声が部屋に響く。
女の子――エリザは、泣き腫らした目を直そうと姿見を見て、その目が腫れていないことに疑問を持ちながらもネグリジェと姿勢を直す。
「えぇ、いいですわよ」
軍人である父親、騎士団員である兄、商会長である母親は、中々この家に帰ってくることがない。
家族がいない日に、あの大きな食堂で食事をすることが寂しかったエリザは、侍女に自身の部屋まで食事を持ってこさせるようにしていた。
「失礼します」
銀のワゴンに乗せられた料理。エリザのためだけに作られたソレは、味の好み、栄養バランス、分量全てがエリザの最も食べやすい形に調整されていた。
はしたないことであるが、ベッドに座ったまま銀のワゴンを向くエリザ。そのまま食べる事も、家族のいない日では珍しい光景ではない。
「……ユリアも、一緒に食べない?」
では、と出て行こうとした侍女に呼びかける。ユリアとは侍女の名前だ。
「私は侍女の身ですので。……ご命令とあらば、ご一緒させて頂きます」
冷たい声色で、無表情なままに。
「ッ……! いえ、いいですわ。下がりなさい」
これ以上の拒絶が怖くて、だろうか。エリザは少し焦った顔をして、ユリアを下がらせた。
カチャカチャと食器を打ち鳴らす音は、響かない。
令嬢としての教育は万全だ。ベッドに座ってワゴンから直接食事を取ることや、ベッドにジャンプして寝転がることの方が例外なのだ。
「ごちそうさま……」
言って、口を拭いて。
エリザはボフンと横になった。
涙はもう流れないが、世界で自分独りだけになったような虚無感がその身を襲う。
先程まで顔を埋めていたからか、頭に当たる枕だけが暖かくて、ソレを抱きしめた。
程なくして、ユリアではない別の侍女がワゴンを下げに来た。
それを言葉少なにあしらい、エリザは布団を被る。枕を抱きしめて。
「寂しい、ですわ……」
誰もいなくなったからか、普段は絶対に口にしない弱音がポツリと紡がれる。
愛する人に誤解され、愚痴を聞いてくれる友人は遠く、家族は帰ってこない。
抱きしめる枕から返ってくる温もりは、自分のもの。
1人ぼっち。そんな言葉がエリザの脳裏に浮かんでいた。
「エリザ様。湯浴みの準備が整いました」
ユリアの声。この屋敷には、ユリアを含め数十人の侍女が働いている。侍女だけでなく、コックや警備兵もいるが、エリザが普段から会うのは侍女だけだ。
1人じゃない。けれど、独りぼっち。
父や兄の様に他人の気配を察知できれば、また違ったのかもしれない。でも、ただの令嬢であるエリザにそのような技能は無かった。
「今、向かいますわ……」
枕を元の位置に直し、ドアへ。
嫌な事は全て湯に流してしまおう。
行ったか……。
どうも、枕です。
所謂転生、という奴だろうか。
前世の記憶はほとんど無ぇが、少なくとも枕ではなかったはずだ。
何の因果か俺の意識は枕へと宿った。
美少女の枕へとな!
最初に打ちひしがれていた絶望感から、使用者を見て天国に変わったね。
動かなくていい処か腹も減らん、夜になれば金髪美少女と添い寝? できる。
なにこの理想の生活。そう思ってたわ。
あぁ。地獄だったよ。
昼間、金髪美少女は学園に行くらしくていないし。
あのユリアとかいう暴力侍女はベッドメイキングと称して俺を水責めにしたり天日干しにしたりしやがるし。呼吸は必要無ぇが痛覚はあんだよ!
更に、金髪美少女には婚約者がいるらしく、そいつの夢ばっか見るんだ。
枕が全員? そうなのか、俺だけの特殊技能なのかはしらんが、俺を使って寝た時、使用者の夢を見ることができる。
エリザ嬢――金髪美少女のこと――に出てくるのは基本的にゃ2人。たまに3人だ。
なんでエリザ嬢の夢でエリザ嬢の姿が見えんのかは知らねぇが、1人はエリザ嬢。
もう一人はキザったらしい王子様だ。
後の一人は、エリザ嬢の友人だったり色ボケ売女だったりとまちまちだな。
エリザ嬢とは学園に入ってからの付き合いだが、過去の記憶を思い出してんのか『優しかった頃の王子殿下』の夢も見る。エリザ嬢の感情がダイレクトに入ってくるせいか、幸せいっぱい胸いっぱいだ。
現在の王子殿下を知ってる身としちゃ、アホたらしくしか聞こえねぇが、幼いエリザ嬢には甘く聞こえたんだろうな。
対し、今エリザ嬢が見ている夢はほとんどが『エリザ嬢にだけ厳しい王子殿下』だ。
こっちこっちでは負の感情がドシドシ流れ込んでくるから辛い。
ま、嫉妬なんて感情はほとんど無くて、自分の何が悪かったのかとか、見直さなければいけない点は無かったのかとかいう自責と、純粋な悲しみばかりでな。聞いてるこっちの胸は痛い――無いけど――が、慰めてやることはできるんだ。
そう、俺は夢に干渉できる。
起きたエリザ嬢はその事を覚えてないが、夢の中じゃずっと愚痴に付きあってんだ、俺。
エリザ嬢は俺を『枕さん』と呼び、俺は『エリザ嬢』と呼んでいる。
世辞にも丁寧な口調とはいえねぇ俺だが、エリザ嬢はそこを気に入ってくれたようで夢の間はずっと楽しそうにしてくれてるよ。
話のタネは基本、今日起こった事。
エリザ嬢が眠りにつくと、まず今日起こった事が動画みてーに流れんだ。俺とエリザ嬢はソレを見てんだけどな。逐一、一時停止みてーに場面を止める事が出来て、この時どうすりゃ良かったのかとか、エリザ嬢は何も悪くねぇよとか、色々話し合うのさ。
それが一頻り終わると、今度は過去の王子サマがどうだったとか、これから自分はどうするべきかとか、今日見かけた猫が可愛かっただとか、本当に雑談になる。
んなこと延々と話してるから、直ぐに夜明けが来ちまうんだ。
夢ン中で話し続けてたら脳が疲れちまわねーのかと思わなくもないんだが、夢の中で愚痴を吐き終わった日は大体快眠のようで、目覚めもいいらしい。
ならいいか。
ちなみに、エリザ嬢は起きたときに俺の事忘れちまうのが悲しいとか言ってたが、俺としちゃ覚えててもらっちゃ困るんだよな。
何故かって? 簡単だよ。
――枕に俺の意識があると思ってたら、顔を埋めたり胸に押し当てたりしてもらえなくなるだろ?
暴力侍女の時にも言ったが痛覚はあるんだ。触覚も当然ある。枕っつーカタチだからか、もうふわっふわでな。何がって? たわわに実った果実がだよ。
どういう原理なのかはわからんが、視界も良好でな。
着替えるエリザ嬢も見えるし、ネグリジェ一枚挟んで変形する果実も目の前さ。
マクライフ最高。
あとはまぁ、俺の特殊技能か。こればっかりは他の枕にもできねぇと思う。他の枕に意識があるのかは知らんが。
聞いて驚けよ? 俺は枕内部の湿度と温度を調整できるのだ!!
その程度か? と思った奴も多いと思う。しかし、そりゃこの能力の真価をわかってないにもほどがあるってもんだ。
つまり、この能力を使うことで……。
――泣き腫らした目を元に戻せるッッ!!
細やかなる俺からの応援って所だ。
起きてる時のエリザ嬢はこの能力に気付いちゃいないが。
夏の暑い日にはひんやり枕にもなれるし、冬の寒い日にはぬくぬく枕になれる。
水洗いされても一瞬で乾くしな。天日干しは痛ぇんだよ暴力侍女め。
お、そろそろエリザ嬢が湯浴みから戻ってくるな。
湯上り金髪美少女の香り、堪能させてもらうとしますかね。うけけ。
「はぁ……。今日はもう、寝ますわ。下がっていいわよ、ユリア」
頬を少しだけ上気させたエリザはユリアを下がらせて、ボフンと頭から枕に突っ伏す。
そのまま布団を被って、直ぐに眠りについた。
「ひんやりしてて気持ちいいですわ……」
「よぉ、エリザ嬢。さっきぶりだな」
「えぇ、枕さん。先程はお世話になりました」
真っ暗な空間に、映画館のような白いスクリーンが浮いている。
それを向いて座る、ネグリジェを着た金髪美少女と枕が1人?
「今日あったことはさっき見たが、他に振り返りたいシーンはあるか?」
「いえ、今日は大丈夫ですわ。湯を浴びながら考えましたの。フランツの言うとおりの意味かはわかりませんが、もう少し余裕を持つべきだったのは事実ですから」
見たいシーンは無いとエリザが言うと、スクリーンは姿を消す。
代わりに現れたのは、一輪の花。金色の孔雀草だ。
「ま、そう決めたんなら俺は何も言わねえよ。頑張んな。
だが、フランツの言うことを真に受けんなよ? エリザ嬢は十二分に頑張ってるし、悪い事なんて一つもしてねぇ。俺としちゃあんな男とっとと諦めて、他を当たった方が良いとは思うがね」
「……それも、考えていたんですの。今日のフランツを見て、私は身を引いた方がいいのではないかと思う様になりまして。フランツは私を愛でてくれましたけれど、愛してはくれていませんでしたわ」
エリザは顔を俯かせ、涙を流す。
この空間で感情を抑える事はできない。抑える必要はない。
孔雀草が、気遣う様に揺れる。
「……気付けるようになったのか。ほんのつい最近まで、愛してくれているはず、だなんて言ってたのによ」
「気付かせてくれたのはあなたですもの。……いえ、気付いていたのでしょうね、私は。
認めたくなかっただけで。フランツに甘えて、依存して、愛があると信じて。
努力を怠った結果、ですわ」
自責。だが、そこに絶望は無かった。
枕が落ち込むように傾く。多分。
「ま、自己分析が甘かったのは事実だな。観察眼も磨かれてなかった。経験が無ぇから仕方ねぇっちゃ仕方ねぇが、エリザ嬢はそれじゃ納得できねぇんだろ?」
「えぇ。私は誉或る軍団長とシオン商会長の娘にして騎士団副長の妹、何より公爵令嬢ですから。経験不足を言い訳に、落ち度を認めない事なんてできませんわ」
強い意思を瞳に宿してエリザは言う。
枕は敵わないとばかりに耳を振った。
「俺にゃ真似できん生き方だわ。お前さんはやっぱすごいよ、エリザ嬢。
だがな、強くはない。せめてこの場所くらいでは、弱音を吐いていいんだぜ?」
「ふふ、ありがとうございます、枕さん。
でも、本当はあなたにこそ、弱い姿を見せたくないのですわ」
空間を白い光が覆っていく。夜明け、ないしは現実世界のエリザ嬢が目覚めようとしているのだ。
金色の孔雀草はガラスの様に割れて空間に溶けて行った。
「俺にこそ見せてくれよ。そんで、思いっきり吐き出してくれ。辛いこと苦しい事、全部受け止めてやる。枕だからな」
「ありがとうございます、紳士な枕さん。それでは、ごきげんよう」
白い光が二人を完全に覆う。
エリザと枕は互いにニヤリと笑った。
多分。
「おう、またな」
パチリと、エリザは大きなまつ毛と瞼を開く。
昨日突っ伏して寝たはずなのに、仰向けだった。
「んーっ、よく眠れましたの……」
大きく伸びを一つ。こんなはしたない姿、家族にすら見せる事はないだろう。
支度を整えて、食堂に向かう。
部屋で食べるのは夜だけだ。着替えはしないが。
「エリザ様。 寝間着のままお部屋を出るのはお辞め下さいとあれほど……」
勿論、ユリアが止めに来る。いつもの流れであるから、他の侍女は気にも留めないが。
この家で働く者は、外にいる警備兵以外皆女性だ。そういうと、家長であるエリザの父親の趣味に聞こえるが、これはエリザへの配慮である。
父も母も兄も家を空ける事が多く、どうしてもエリザを屋敷に一人にしてしまう。よって、男性がいると落着けないだろうと父が配慮したのだ。幾割程か、愛娘を心配する自身を抑える意味合いもあるのだろうが。
「いいじゃないですの、今日は学園にも行きませんし。 父様や兄様も居ませんわ」
いつもの流れだ。今さらユリアの言うことを本気にするエリザではなかった。
ユリアも、形式上侍女として止めに入っているだけで、半ばあきらめている。
「せめて、枕くらいお部屋に置いて行ってください。 はしたないですよ」
ユリアが毎度止めにくるのはソレが原因だった。
余程抱き心地がいいのか、休日のエリザは家の中で枕を持ち歩く。
もう15になる娘が、寝間着姿で枕を抱いている歩き回る。
誰にも見せないとはいえ、公爵令嬢がして良い行為でないことは確かだ。
「むぅ……。気持ちいいのに……」
駄々っ子のように喚いたりしないところは流石というべきか、当たり前というべきか。
渋々とユリアに枕を渡すエリザ。本当に渋々とだった。
「報告があります、侍女長。と、エリザ様。 失礼しました」
食堂に向かう前だというのに、廊下で立ち止まっていた2人に声がかかる。
「いいですわ、ここで言いなさい」
この家にいる公爵家はエリザ1人である故に、報告諸々は最終的にエリザの所に上がってくる。多少の言い換えはあるとはいえ、ここで聴いても結果は同じだ。
ユリアは侍女に眉で許可を出す。
「では。先程、旦那様、奥様、ミカルス様がお帰りになると、文が届きました。昼頃には帰ってくるそうです」
直後、風がユリアと侍女を凪ぐ。ちゃっかりとユリアの手から枕も無くなっていた。
唖然とする侍女と、流石旦那様の娘ですと感心するユリア。
侍女に出迎えの支度を支持すると、ユリアは食堂へ向かっていった。
「おぉ、エリザ。寂しくなかったか? すまんな、もっと頻繁に帰ってきてやれればいいんだが……。最近のはどうにも気骨が無くてなぁ」
「あなた、愚痴は後で聞いてあげますから、今はエリザを可愛がりましょう? エリザ、いきなり帰ってきたけれど、何か困った事はないかしら? お母さんが手伝えることなら、なんだって手伝ってあげますよ」
「あぁ、癒される……。むさ苦しい騎士団にはない、癒しだよ。癒しだよエリィ……。フランツに、なにかされてないかい? 困ったことがあればお兄ちゃんを頼るんだよ」
偶然にも帰宅が被ったという3人を迎えて、エリザは困っていた。
自分の事を心配してくれて嬉しい。昨日、1りぼっちを強く感じただけに、この暖かさが心地いい。
けれど。
「だ、大丈夫ですわ! ですから、今日はゆっくりお休みになってくださいな」
3人はみんな忙しい日々を送っている。自分の事に手をかけてほしくなかった。
「む、気を遣わなくていいぞ。ユリアから聞いている。枕を手放さないほど寂しい夜を贈っていると」
「ユリアが心配していたわよ、エリザが泣いているって」
「フランツだね? フランツだね? フランツだよね?」
キッ、とユリアも睨むも、涼しい顔をしているユリアには効かない。
少し怖い状態になっている兄はともかく、父と母に心配をかけていたのかと少しだけ反省した。枕は大事だけから手放さないけど。
「フランツ殿下とのことは、自分で何とかしますわ。安心してくださいまし」
それは何かありましたよ、と言っているようなものなのだが。
ユリアに本当に大丈夫か? という視線を向ける3人。
頷くユリア。
「私は勉学に励みますので、失礼しますですの」
いつももっと懐いてくれるエリザが余所余所しい! と男二人は崩れ落ち、母はふむと顎に手を当てた。
「んんっ……ちょっとお昼寝、ですの」
宣言通り、しっかり勉学に励んだエリザは伸びをする。部屋着とはいえ、豪華な装いのソレは肩が凝った。
昨夜の様にボフン、なんて音は経てず、ゆっくりとベッドに横になる。勿論、あの枕を抱いて。
「丁度いい温度で気持ちいいですわ……」
「よぉ、お昼寝か? 珍しい」
「えぇ、ちょっと目が疲れてしまって……。お父様達が帰ってきて少し緊張したのもありますの」
昨夜とは打って変わって、ログハウスのような空間。おしゃれなテーブルと椅子に、エリザと枕が座っていた。 多分。
「随分、落ち着いたみたいだな。こんなに明るくなったのはいつぶりだ?」
「お恥ずかしながら、家族に会えたということだけで、こんなにも舞いあがっているようですの」
この空間は、エリザの心境に大きく左右される。落ち込んでいる時は雨が降り、落ち着いている時は真っ暗な空間になり、今の様に楽しい事があった時は明るい空間となる。
枕は周囲を見渡して、見えない様にため息をついた。 多分。
「別に恥ずかしがることじゃねぇよ。家族に会えるってな、いいことだからな」
「枕さんにも、ご家族がいたんですの?」
エリザは、枕のことはあまり知らない。 わかっているのは自分の事を大切に思ってくれているということ。 口調は男であるが、声はよくわからないのでなんともいえなかった。
「はは、エリザ嬢も面白い事を言うな。枕に家族がいるように見えるか?」
「いえ、枕さんがあまりにも人間らしいので……、つい。さっきの言葉も実体験が伴っているようでしたの……」
うふふ、と上品に笑うエリザに、つぅー、と冷や汗を流す枕。 多分。
やましい事をしている自覚はあるのだろう。
「そりゃ1年半もエリザ嬢を見ていたらわかるよ。家族が来るたびこの世界は煌びやかになるからな。俺の世界はここだけなんだ、そりゃ覚えてるさ」
「ふふ、なんだか恥ずかしいですわね。出来る事なら、枕さんをもっといろんな世界へ連れて行ってあげたいですわ。外には沢山の綺麗な場所があるんですのよ」
と、そこで世界に白い光が入り始める。
自然な目覚めにしては少しだけ早い気もするが、そういうこともあるのだろう。
「んじゃ、また夜にな」
「はい、また夜に」
2人は笑って別れた。
「エリザ、余程いい夢を見ていたのね。抱きしめていた相手は、フランツ殿下かしら?」
ぎゅうと枕を抱きしめていたエリザが目を覚ます。目の前には母。
「お、お母様!? すみません、すぐに装いを整えます!」
そう焦るエリザを、母は止めた。
「あぁ、いいのいいの。むしろおこしちゃってごめんなさいね。少し、聞きたいことがあったから」
シオン商会の会長たる母が、自分に聴きたいこととはなんだろうと、首をかしげるエリザ。
シオン商会に集まってこない情報を、エリザが知り得ているはずがないのだ。
「エリザ。ジェシカ・ライカップって子、知ってるかしら?」
一応連載、します?