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ネクロマンサーは泣かない  作者: あど農園
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第94話 弓術士サブンズの追憶③

「とりあえず、なにも着てないのはまずいよな。俺のでよかったら上着を貸しますぜ」

「ああ、頼む」

「上着だけじゃなく、ズボンも靴も全部渡しなさい!!」


 はぁはぁ言いながら上半身を起こすと、気丈にもそう言い放つビオラ。

 コイツ今余裕ないのな、鼻血が出ている。


「俺たちの身長差見ろよ。上着で十分膝まで覆うじゃねぇか」

「お嬢様に対して、『俺たち』って言葉使わないでください! 不潔、汚らわしい!!」


 ビオラを無視して、盲目の少女に上着を着せてやる。


「じゃあ、靴と靴下はお前が貸してやれよ。俺のじゃ大きすぎる」

「お嬢様の股の間でも飽き足らず、私の足指の間まで見るつりですか!? この変態、変態、ド変態!! お嬢様! 今すぐサブンズさんをクビにしてお里に返してください!!」


 ビオラは少女に詰め寄ると頬をもんだり、両肩を揺さぶり懇願した。

 目が血走っている。


「テンパりすぎだろ、おまえ。少し落ち着けよ」


 少女から引き離そうと俺はビオラの肩に手をかけ――瞬間、ガチン、と噛まれそうになって手を引っ込めた。今のはかなり危なかった。

 ビオラがギリギリと歯をむいて威嚇してくる。


「がるるるるる。私に指一本でも触れたら天も地も大旦那様も黙っていないわよ!」

「何様だよ、おまえ」

「……ビオラ。おじいさまは今どうしている?」


 上着のボタンを留めながら少女が口にする。


「大旦那様ですか? ……実はまた体調を崩されていて、ミレド医師とジーファ助手がつきっきりでお世話をなさっています。今は落ち着かれて眠っているようですが」

「……わかった。ビオラ。先に行って湯浴みの用意をしてほしい。おじいさまの元へ向かうにしてもまず湯浴みと着替えをしないことには始まらない。それにまだ両目がひらいていない。これではおじいさまの容態もわからない。癒着したまぶたを引きはがすにしても湯浴みの時にしたいものだ。頼めるか。手分けしてカムロ婆とエミリーにも手伝ってもらうんだ」

「エミリーは……えと、あ、はい。ここを出ましたらすぐにご用意します。ささっ、私の肩につかまってください。サブンズさんは先に外に出て、周りに人がいないか見てきてください」

「わかった」

「待て、サブンズ」


 ビオラは少女の脇に手を入れ身体を支えようとようとするが、少女はそれを拒み、やんわりと押さえた。


「お嬢様?」

「わたしはサブンズにおぶって連れて行ってもらう。ビオラ、お前は湯浴みの用意に行ってくれ。サブンズには今回の作戦の内々の話がある」


 そこで少女が俺たちのなかで行われている『指手話』を使ってビオラを遠ざけるように言ってきた。


「そういうことだビオラ。お頭は俺がおぶってでも風呂場に連れて行く。おまえはカムロばあさんに連絡しろ」

「ですが! こんな盗賊――悪漢――卑劣漢――いえ、将来性のない卑しい独身男性と、目の見えないあられもないお姿の高貴なお嬢様とを一緒にしたままにするなんて私にはできません! アリに蜂蜜をぶっかけるようなものです」

「それだとアリ死ぬだろ」

「目の見えないことをいいことにあんなモノを握らせたり、そんなモノを近づけたりするんですよ、きっと!」

「しねぇよ。いいから行けよ」


 俺はシッシッとビオラを追い払う。


「私は――」

「ビオラ。わたしは湯浴みがしたい。早く湯を沸かしてほしい」

「っ――。せめて、せめてお天道様の下まで一緒に向かいましょう。太陽の下でならよこしまな劣情も少しは――」

「ビオラ。わたしは今からサブンズと『仕事の話』がある。仕事仲間ではないお前には聞かせられない話だ。さあ、早く湯浴みの準備をしてきてほしい」


 食い下がるビオラに少女はぴしゃりと言い放った。

 メイドスカートの裾を震えるほど強く握り、ビオラはまだなにか言いたげそうな貌をしていたが、ぎろりと俺を睨むと俺たちに背を向けた。

 やや大股で螺旋階段まで進むと、螺旋階段を上り始めた。なにに対して怒っているのか、階段を踏む音が大きくうるさい。

 やれやれと思っていると、ふと、その音が止まる。


「少女の裸に上着だけというのはあなたの趣味ですか、サブンズさん?!」

「だったらお前のスカートよこせよ」

「変態!」


 ガンガンガンと激しい足音で螺旋階段を上がるビオラ。

 一周したところでその足音が止まる。


「おんぶの時にうっかりを装い、指を滑らせてお嬢様を傷物にしたら、許しませんからね!」

「さっさと行けよ」

「変態!」


 さらにガンガンと激しい足音で階段を上がるビオラ。

 変態はあの女だと思う。

 『手を出すな』っていう約束事がなければぶん殴っているところだ。

 螺旋階段を上り終えたビオラは手すりから勢いよくこちらをのぞき込み、


「お嬢様、悲鳴が聞こえるように回転扉は開けたままにしておきますからね!」

「いや、しっかり閉めておくんだ。出て行くときも誰にも見られないように細心の注意を払え。外に出たら立ち止まらず、まっすぐに風呂場に向かうんだ」

「~~~っ」


 ビオラは悔しそうに唇をゆがめると、もう少しで泣き出しそうな顔を見せたが、俺に視線を走らせ、「変態!」と一言叫び、ワッと顔を覆いながら走り去っていった。

 やがてわずかな外の光が差し入れられ、すぐに回転扉の閉まる音、ビオラの騒がしい足音も聞こえなくなった。


「あいつ、『変態あれ』が言いたいだけだったんじゃないか?」

「サブンズ、一階に戻ってフックから鍵の束を持ってきてくれ」


 ぽそりと言った俺の言葉には反応せず、お頭が言葉を発した。


「アレとると照明が消えるんじゃないですか? 真っ暗は苦手なんで」

「大丈夫だ。すぐに消えたりはしない。鍵の束を持ってまた戻ってきてくれ。わたし達は上とは別の出口から出る」

「わかりました」


 俺は螺旋階段を三段跳びで駆け上がると、フックから鍵束をとり、今度はそのまま螺旋階段を使わず、1階の手すりからひょいと跳んで地面に降りた。


「持ってきましたぜ。行きましょう。おぶりますから俺の背に乗ってください」


 少女に鍵束を渡すと、俺はそのまま少女に背を向けてひざまずいた。


「……たしかサブンズは右手で弓を引いていたな」

「ええ、ああ、はい。そうですけど?」

 

 俺はひざまずいたまま肩越しに少女をのぞき見た。

 少女は俺の上着の襟の部分の強度を確かめるようにぐいぐい引っ張っていたが、最後にぐりんぐりん首を回しながら言った。


「わたしのことは背負わなくてもいい。ただわたしの襟を掴んで物のように引きずっていってほしい。この上着はわたしを引きずっても特に苦しくないほどの丈がありそうだ」

「あん? 何でですか?」


 おかしなことを言い出すなと、俺は首をひねった。

 身体に触れられたくない等の羞恥心から言っているのなら、先ほどのおっぴろげの方がよほど性的だ。もっともその場合は二人っきり云々でビオラを戻したりするわけがない。

 だが、少女から返ってきた答えは意外なものだった。


「ただの警戒のためだ。このぬるぬるは無害な水溶性だが、やっかいな性質があって、水か湯で落とさない限り乾くということがない。拭えば少しはましになるだろうが、おそらくは数日そのままだろう。おぶっていけばぬるぬるが手について、いざというとき弓が引けなくなる。右手でわたしを引きずっていってもらうが、左手には弓と矢を携帯しろ。何か異変を感じたら右手を放して、すぐに『射』の構えをとれ。いくぞ、時間が惜しい」


 少女が指文字で『警戒レベル2』を示した。

 ここはあんたの家の地下だろうと、のど元まででかかった言葉を飲み込む。

 この少女が本当にお頭なら、ジョークや冗談で仲間内の指文字まで使って警戒を促してはこないはずだ。


「……わかりました。従いますが、さっきの『作戦報告』とやらの話を聞かせてください」

「わかった、追々《おいおい》にな。とりあえず、奥の鉄格子の扉の所まで向かってくれ。くれぐれもわたしには触れるなよ。ぬるぬるは湯か水で洗うまで取れないぞ?」


 俺は慎重に少女の襟を指で掴むと、ずるずる引きずり出した。指は鍛えているおかげでか、少女一人分の重さくらいは全然平気だったが、気は重かった。

 少女が言った鉄格子付きの扉の前まで来ると、俺は右手を放して鉄格子に手をかけた――が、ガチッとして鍵がかかっているのか開かない。


「鍵穴、なんてないよな……、お頭。ここは普通に横開きで通れますよね」

「いや。中央、右から二番目の鉄格子を上に持ち上げて横にスライドさせるんだ。それで開くはずだ」

「ははっ。ここもそんな造りですか」


 言われたとおりにすると、なるほど鉄格子付きの扉は横に開いた。


「右手側にフックがあるはずだ。鍵束を一度かけて通路に魔光灯をともすんだ」


 お頭から受け取った鍵束をさっきと同じようにフックにかけると、通路にも明かりがともった。

 鍵束は再度回収する。

 

「右奥に小部屋がある。そこまで引きずっていってくれ」

「わかりました。……作戦は、成功したんですか?」


 ずりずりと少女を引きずりながら俺は答えを待った。

 一拍の後、少女は小さく息を吐くと、言った。


「半分は成功したといえる。標的6人中、4人は殺せた。壊滅とまではいかなかったが、大きく力をそげた」

「残り二人は捕り逃がしたんですか?」

「ひとりは大怪我を負わせたものの、逃げられた。……と言うよりも、お互い攻め手を欠いた状態になったため、追えなかったというところだろう」

「もうひとりは?」

「その場にいなかった。そいつだと思っていたのは、がらんどうのヨロイに軟体間接を持った陸クラゲと魔石の混ざった粘土を詰めたゴーレムもどきだった」

「――つまり、半分は失敗したんですね」

「ああ。目当ての男は取り逃がし、要警戒人物は顔も名も探れず、といったところだ」


 俺は振り返りはしなかったが、少女はうなだれたように感じた。


「……奇襲は成功した。ミランダの“照明ライト”で視覚を奪ったところへのウィリアムの射がひとり目の頭に突き刺さったのが見えた」

「おー。さすがはウィリアムさん」


 複雑な気持ちを押さえ、とりあえずあこがれの弓術士への賛辞を送る。


「あとは選出――いや、ユーエンが先陣を切り、乱戦状態になった。わたしは“照明ライト”を遠隔操作するミランダ、それに後方支援担当たちと共にいた」

「さっき聞いた名前は、『神槍』ユーエンに『雷鳴』ウィリアムさん。『毒手』ホン、『炎の翼』ハジュン。『鉄杭』ロペス。『首切り姫姉妹』ミレアとアロマ。聞いたことのある“二つ名”揃いのそうそうたるメンバーでしたけど、相手はどんな連中だったんですか?」

「アシュレッド・ホーキンス。『閃光』の二つ名を持った剣士だ。後はその取り巻きのような連中だ。こいつがわたし達とは敵対関係にある人物だ」

「……『閃光』。聞かない二つ名ですね」

「だろうな。本人たちが流布してまわっているわけでもなければ、彼と剣を交えて生き残ったものはそう多くもないだろう。わたしの同志たちがそう呼んでいるのを聞いてわたしも使っているまでだ」


 同志? お頭とつながりのある“二つ名”の連中のことだろうか。


「それで。そのアシュレッドはどっちなんです?」


 表現を曖昧にして聞く。


「ああ。大けがをさせたほうだ。ユーエンが命と引き換えにアシュレッドの左腕を削り飛ばした。力量、レベルともにユーエンが上だと踏んでいたが、ふたを開ければウィリアムと組んで互角のようだった。やはり、もっとレベルの高い同志と数を集めてから挑むべきだったな。奇襲で不意を突いたまではよかったが、体勢と呼吸を整えられると、連携の取れない付け焼き刃の寄せ集めでは追い詰めることはできても、仕留めるまではいかなかった」 


 ユーエンは死んだのか。ボルンゴが聞いたらなんていうだろうか。


「それで、お頭が転移装置を使ってまでここに戻ってきたと言うことは、逃げた2名の行方を各地区のメンバーに通達し、捜索させるために、まさに飛んで来たってわけですよね。各町に雷鳴鳥を飛ばしましょうか。……鳥ぃ、何匹いたかな?」


 各地に住まわせている諜報員に一斉に指示を飛ばすにしても数百羽の鳥がいる。

 しかも抗争があったのはアルカディア支部がない隣国と来ている。何十カ所と各所をリレー形式で飛ばすにも人手がいる。

 この町にいる『魔物使い』は3人だけ――と、そういや内ふたりは連れて行ったんだっけか。生き残ってんだろうか。いても現地だろうし意味がない。

 なんにしろ町の事務方は徹夜仕事になるだろう。


「……いや。わたしは彼らのことよりもおじいさまのことが心配で戻ってきた。さっきビオラが言っていたがおじいさまの容態は悪いのか?」

「そう聞いていますぜ。お頭たちが町を出てって、わりとすぐに容態が急変したとかで医者が騒いでいるのを聞きました。命には別条ないみたいなんですけど、まあ、なんでか目を覚まさないらしいです」

「……そうか。やはりな」

「? だれかお頭に雷鳴鳥を送りましたか?」


 大旦那が寝込まれたという話は外に漏らさないほうがいいと、班長会議で医者と内々に相談し、お頭にも雷鳴鳥を飛ばさないと決めていたはずだった。


「…………ああ。おじいさまからの定期連絡が急に途絶えて、不審に思っていた。今回は外部からの応援と大人数だったこともあって強行したが、戻るという選択も残しておくべきだったな」


 少女の声は沈んでいる。反省と後悔が入り交じったような声だ。

 相当数の死者が出たと考えるべきだろう。


「一応、栄養剤的なものは摂らせているとか聞きましたけど、どうも原因がわからないらしくて。班長……ああ、今ケルヘドなんですけど、外からもっといい医者か薬術士か、それか治癒士を連れてくるかって相談していて……」

「ああ、わかっている。『わたしが許可しない限り外部の人間を町に入れるな』だろう。それでいい。おじいさまに関する情報を知るものは少ない方がいいからな」

「着きました」


 硬質な感じのするドアの前まで来ると、俺は足を止めた。

 ドアノブには鍵穴は付いていない。


「開けて大丈夫だ。そこはわたしの予備の指輪の保管場所にしているところだ。ドアを開けてすぐ左手に感応石がある。触れれば明かりが付くはずだ」


 ドアを開け、言われたとおり感応石に触れると、明かりが付いた。

 そこは小さな作業机と資料棚、それに指輪の保管棚が置かれているだけの簡素で小さな部屋だった。

 机の上に指輪が一つ置かれている。

 これのことだろうか。


「ああ言い忘れたが、机の上の置かれている指輪には決して触るな。持ち上げると罠が作動して指輪の石が魔力爆発する仕組みだ」


 ぎょっとして伸ばしかけた手を引っ込める。


「マジですか?」

「大マジだ。少なくとも触れた手は粉々に吹き飛ぶだろう。普段はわたししかここには入らないからな。考え事をしてうっかりしていた。許せ」

「……。お頭、捜し物の指輪はどこにあるんで?」

「ああ。右の棚の端にある黒い木箱が見えるか? その中だ。机の指輪以外に罠はない。ちゃんと埃はかぶっているか見てくれ」


 右の棚を見ると、確かに埃まみれの黒い木の箱が置いてあった。

 手に取ってみると、大きさの割にずっしりと重い。


「真っ白い埃まみれですぜ」

「ここは立ち入り禁止にして、掃除などさせたこともしたことがないからな、罠を作動させなくとも誰かが立ち入れば埃が動く。当然、箱など触れれば跡が残る」


 カラカラと少女が笑う。

 その笑いはジョークなのだろうか、俺にはわからない。


「中を開けて、銀色の魔石のついた指輪をとって渡してくれ。それが『錬金術師の指輪』だ。サイズは……そうだなM17といったところか。残りはふたを閉めて同じ場所に戻しておいてくれ」


 中を開けると、なんと三段重ね、ずらりと100以上もの指輪が種類とサイズ別にきれいに並べられていた。弓術士の指輪もあり、少し頬が緩むのを感じた。

 少女の指示通りに『錬金術師の指輪』をとり、少女の手に持たせた。


「ありがとう、サブンズ。お前がいてくれて助かったぞ」

 

 少女はねぎらいの言葉を口にし、右手の人差し指に指輪をはめた。ぶるっと身震いをする。

 そして小さく息を吐くと、よしっと呟いた。


「もうここには用はない。部屋を出てすぐ右手奥の階段を上っておじいさまの部屋に向かう」

「ぁ――、わかりました。っと、階段も引きずって上るんですか? 危ないですぜ」


 湯浴みを優先すると言ったわりには、大旦那を優先するのだなと、改めて感心する。


「そうだな。足の感覚と機能は戻ったようだからリハビリがてら自分で上ろう。手すりもつけてあることだしな。そこまでは引きずっていってくれ」

「了解」


 少女を引きずりながら部屋を出て右に曲がると、すぐに階段が見えてきた。そのことを少女に伝えると、少女はおぼつかない足取りで階段の手すりにつかまった。

 後ろから支えようかと進言すると、先行して安全を確保してくれと言われる。

 俺は一足先に踊り場まで上り、一歩一歩確かめるように上ってくる少女に向かって言った。


「そういや、お頭。先の研究施設は大旦那様が使っているんですか?」

「いや、おじいさまはもっぱら私室での研究だな。あの施設はいわばわたし用の転移装置と若返り装置の置き場だ。微調整は必要だろうが、もう長らく、おじいさまは下に降りてはいないだろう。それにもうすぐアルカディア7号店が完成する。そこにも同じような施設が造られているはずだ」

「転移装置ってのは、まあ、わかりますけど、若返り装置っつーのはどういった意味があるんですか?」

「お前にわかるように説明するのが難しいな。――簡単に言うと、転移先があのタンクの中で、中のぬるぬるが使用者を無理矢理若返らせるというか、転移の代償に“成長”を失うのか、消費するのか、つまりそういうことだ。

 言っておくが、わたしも好きで若返ったわけじゃない」


 少女はよちよちといった感じで階段を上っている。ぬるぬるで手すりが滑るのだろう。危なそうだ。

 それを尻目に階段を上りおえると、俺は一階の長い廊下にでた。窓はなく、廊下の左右にいくつか部屋があるようで、木製のドアノブがみえた。

 “集音”の集中を切らさず、矢をつがえながら少女の到着を待つ――間の雑談を続ける。


「聞いてもよくわからないってのが感想ですが、でもまあ、カムロばあさんあたりが飛びつきそうな装置ではありますよね」


 しわしわの骨董品みたいなばあさんが若返ったら、一体どんな女になる――戻るのだろうか、想像するだけで可笑しい。


「……そうだな。ただ装置自体はわたし専用に造ってある。利用もわたし以外にはできない。それに、一回の使用料がアルカディアの総売り上げの3年分くらいかかるがな」


 アルカディアの総売上が一体いくらになるかは想像も付かないが、ばあさんが少女に戻って金を稼ぎ始めても、おそらく今以上に年をとるまで支払いは終わらないだろうコトは断言できる。


「そりゃ無理だ。カムロばあさんにはとっとと生まれ変わった方が早いって、そう言っておきますぜ」

「ははっ。ああ、だが……わかっていると思うが、地下で見たことは『他言無用』(だれにもいうな)だからな。これは命令だ」

「わかってます」

「ならいい。今日のことは手当が出るから期待しておけ」


 お頭が手すりにつかまりながら最後の階段を上りきった。

 一階と地下へと繋ぐ通路には手すり以外遮るものはなにもなく、誰でも行き来できるようになっているようだ。使用人や住み込みの医者どもには「地下に降りるな」等のことは言われているだろうが、気にならないのだろうか。

 いや、先の小部屋での“指輪の罠”を鑑みるに手は打ってあるのだろう。


「長い廊下のようですが、また引きずって進みますか?」

「いや。一番手前の部屋がおじいさまの寝室だ。先にノックをしてミレド医師とジーファ助手がいるか確かめてみてくれ」


 そう言葉では言いつつも、顔の前で振るお頭の指は警戒レベル2のままだ。

 近くに人がいれば俺たちの会話はきこえるだろうし、同じように俺の“集音”なら周囲の音はある程度なら聞き取れる。

 少なくとも部屋の中からは人の気配はしない。


「わかりました」


 俺は警戒しつつ大旦那の寝室をノックした。

 やはり返事はなく、つきっきりだと言っていたビオラの言葉が脳裏をかすめたが、俺はもう一度ノックを繰り返した。


「もういい。わかった」


 少女の制止に、俺は4度目のノックをすんでの所で止めた。

 少女がよちよちとすり足でドアの前まで来ると、


「サブンズ。中をのぞいて、状況を確かめてくれ。左手側に感応石がある」

「わかりました」

「おじいさまの顔はくれぐれも見ないようにしてくれ」

「善処します」


 俺は中の気配を感じつつ、ゆっくりとドアを開けた。

 においと気配を確かめつつ、中に入る。血のにおいがしないことに安堵する。


「ミレド医師とジーファ助手はいませんね。手前の机には医療器具と鞄、簡易ベットには畳まれた毛布。奥にカーテンのかかっているベットがあります。誰かはわかりませんが、一人眠っているようです」


 俺は簡潔に状況を伝えた。

 広く品のよい造りの寝室だが、窓はない。だが、天井の魔光灯が淡く点灯しているため暗すぎるということはなかった。

 感応石に触れ、あかりを付けた。

 持ち込まれたと思われる場違いな白いテーブルには所狭しと医療器具と薬品が置かれていて、相応の処置を施された後というのがうかがえた。

 薄い中仕切りカーテンの奥からは静かな寝息が聞こえはするが、点滴をつるす器具が透けて見えた。


「わかった。サブンズ、外で待っていてくれ。奥で眠っているのはおじいさまで間違いないだろう。あとはわたしが行って確かめる」

「カーテンの外側で待ちますか?」

「・・・・・・そうだな。どうせ確認だけだ。わたしの足下になにもないかだけ確かめてくれ」

「わかりました」


 俺は躓きそうなものをどかすと、少女をカーテンの先まで導いた。

 少女は大旦那の容態でも看ているのか、ぺちぺちごそごそと衣擦れの音をさせていたが、


「今回の作戦での死者数だが――」


 おもむろに少女の声が聞こえてきた。


「28名だ」

「……ずいぶん」 思わず息をのみ、二の句が継げない。


 いずれ聞かされるだろうとあえて口にしなかったことだったが、かなりの数だ。一度の仕事で死んだ人数では今までで一番だと言っても過言じゃない。

 もっとも、俺やボルンゴ、ミランダの時のような『雇用選別』は別だとして。


「生き残りを……聞いた方が早そうですね」

「アーガス。ハルドライド。この二人だけだ。あとはハルドライドが死亡を確認している。ミランダも死んだ」

「――そうですか。でも、彼女は後方支援だったんじゃなかったですか」

「逆に言えば、そこまで一気に攻め込まれたということだ。連中のなかに『格闘王』ドルゲイがいて、こいつがまた大暴れした」

「ははっ。『格闘王』ドルゲイですか。……お頭、そいつは北の武術大会4連覇の生きる伝説じゃないですか」


 もう笑うしかない。お頭、あんた誰に喧嘩売ってんだっていうレベルだ。

 『格闘王』ドルゲイといったら、老人から子供まで誰でも知っている地上最強とも謳われた魔闘士の名前だ。しかも要塞都市ドルゲイの、そのドルゲイその人だ。

 『神槍』ユーエンですら槍術士部門での優勝者なのに、『格闘王』ドルゲイは無差別ジョブ部門での4連覇だ。

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「アシュレイの能力か、また別のヤツの能力か、ドルゲイは『わかったぜ、あっちだな。俺は相手の親玉を狙う』と叫んでこちらに突貫してきた。ドルゲイは後方にいたわたし達の位置はわかったようだが、誰が首領かまではわからなかったようだった。

 そこに恐慌状態に陥ったミランダが最大出力の『照明ライト』をはなった。目潰しのつもりだったのだろう。わたしはすぐさま身を隠したが、ミランダは殺された」


 少女はカーテンの向こう側で、淡々と話す。


「……ああ、そうか。サブンズはミランダと同期だったな。……ミランダはダンジョン組でしばらく働いていたが、数年前にわたしの命令で王都勤めの男と結婚して諜報員に転向した。そういえば結婚式でやらかして出禁との報告を受けていたが、今でも彼女とつながりがあったのか」

「アイツが結婚したのって、お頭の命令だったのか?!」


 思わず大きな声が出てしまう。

 少女はたしなめるように「静かに」と呟くと続けた。


「命令ではあったが、強制じゃない。詳細は省くが、遠回しに結婚してみたいと言ってきたのはミランダの方からだ。わたしの都合で王都の内情報を得たかったのもあって合致したわけだ。裏から手を回してミランダを教師見習いとして潜入させて、めぼしい男を選ばせた。

 あとは、ソイツの上司に金を積んで二人を強引に引き合わせたというわけだ」

「マジかよ。好きに選んであんな男かよ。趣味悪すぎだろ」


 呼ばれた結婚式で吊し上げた新郎を思い出してみるが、気弱そうな小太りのちびだった記憶しかない。

 命令であんなのと結婚させられたのなら俺が代わりに憤慨してやろうかと思ったが、自分で選んだっていうのなら……その、新郎をいじめて悪かったっていう自責の念にかられそうだ。


「口が過ぎるぞ、サブンズ。わたしもそう言ったのだが、本人がアレがいいと言ったのだからよかったんだろう。どこがいいんだかわたしにはわからないが」

「そうか。……まあ、そうか。死んじまったか、ミランダ」


 あのふくよかな人なつっこそうな顔をもう見れなくなったのかと思うと、少し寂しいような気もする。家族からの手紙はもう数年も見ていないが、ミランダからは毎年季節が変わるたび、花染めした手作りの封筒で長文が送られてきていた。

 そういえば、ついさっきボルンゴとミランダの話になって、彼女の新居を放火しに行こうとか言って笑っていたはずなのに。


 少女の「続けるぞ」の声に、俺は無言で頷いた。

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