あんしん連絡網
「これ、魔力の回復アイテムかなにかなのか?」
ためしに小瓶の蓋を開けてニオイを嗅いでみる――くんかくんか、臭くはないが、なんか静謐な病室のような無機質な空間を閉じ込めたようなニオイだ。
「知らねーけど、兄ちゃんが“魔力の予備タンク”だとか言ってたな。バーサーカーは馬鹿だから自分の魔力が切れるまで暴れまくるみてーだし、そいつを飲んどくと、消費されるのが自分の魔力じゃなく、その小瓶のやつからに自動的に切り替わるらしいぜ」
「…………んん? つまり、これって栄養剤とかそういうのじゃないのか?」
「違うみたいだぜ。食いもんじゃねぇから体内には吸収されねーってよ。魔力使えば消費されるらしいけどな」
ジェイルがきっぱりと言った。
ううむ。消費はともかく、消化されない物を腹の中に入れても平気なんだろうか。
「俺は魔力切れなんざなったことねぇけどよ。魔力切れ起こした奴は何人も知ってるぜ。魔力は少なくなるほど疲労回復が遅くなるって先公が昔言ってたか。だから魔力バランスを一度崩しちまうとまともに動けなくなるってよ」
「ああ、この倦怠感ってやっぱり魔力切れだったのか。どおりでまともに動けなくなってると思った」
疲労や睡眠不足でも、いきなり立ち上がれなくなったりはしないだろう。
めちゃくちゃ殴られたり、追憶見て精神汚染されまくったからだと思ってた。
「果蜜酒とか、結構飲んでたんだけどな」
「絶対量が違うみたいだぜ。それに、食いもんでも魔力が回復するやつを短時間に一気に摂取すると体内の魔力バランス崩して失神するんだってよ」
「でもこれは大丈夫なのか?」
「ロドルクしか飲んでる奴見たことねーけど、死んでねーし」
他人事のようにジェイルが言う。
果蜜酒をイメージしてた分、回復アイテムじゃないとわかると、ちょっと遠慮したい気分になってくる。
だけど、ジェイルの言うように“ソーマの滴”ってのが魔力の物質化なら、考えようによっては予備電源に切り替わるって事なんじゃないだろうか。なら、そっちから魔力を供給しつつ、俺自身の魔力の回復が出来るというわけか。
少なくとも魔力切れを起こしているらしい俺にとってはありがたい話なのだが。
「ロドルクしか飲んだことないのか、これ。仲良かったんならジェイルも一口ぐらいもらったんじゃないのか?」
「ねぇよ。ロドルクがスゲーまじいっていつも言ってるからな」
……。
小瓶を持つ手が汗ばむ。
ぴこぴこぴーん。いいこと思いついた。
「ロッド、疲れただろう。特別にお前にも“ソーマの滴”を一口分けて……」
「いいからとっとと飲めよクソマスター。俺は早く兄ちゃんの所に行きてぇんだよ。こんなことで世話焼かすな」
ジェイルはいきなり俺の頬を左手で掴み上げると、無理矢理口を開かせ、小瓶を口の中に捻り込んできた。
太いソーセージなら噛み千切ることも止むなしだが、ガラス製の小瓶では、『こんなに硬くて大きいのお口に入らないよぉ』的な行動しかとれない。
「んがっごっご!」
抵抗する暇もなく、琥珀色した液体ぺぺのようなものが喉の奥に50ccほどドクドクと注がれる。舌に触れなかったので『こんな苦いの飲めないよぉ』的な感想はない。
気管に入らなかったのは奇跡だったと思う。
倒れ伏してごほげほやってると、ロッドが近づいてきた。
また助け起こしてくれるのかなと思いきや、ロッドはその場でジッと俺を見下ろすだけだった。「……ほら、だからやめとけばいいって言ったのに。僕の言うことを聞かないから……」そんな暗く冷たい視線だった。
やめて、そんな目で見ないで。心折れちゃう。
「おら、いつまでも寝てんじゃねぇよ。とっととクソ猿に乗れ」
今度は背中を蹴られることはなかったが、襟首を掴まれ引き起こされ、俺はそのまま倒れるようにダダジムの背に身を任せた。
「どうだ? 少しは回復してきたのかよ、クソマスター」
回復アイテムじゃないのに回復とはこれいかに。
走り出すダダジム達の体温をうつ伏せで感じつつ、頬を伝う涙をその背で拭う。
高い位置からのジェイルの問いに現在のお腹の事情を簡潔に答えた。
「まだ。……ていうか、腹の中でさっきのがぐにょぐにょ動いてて気持ち悪い」
「ははは。活きが良くてイイじゃねーか」
ソーマの滴の踊り食いってか。だから良くないっての。うねうねしてる。
「うう、吐きそうだ……」
「ああ? ったくしょーがねぇな。世話焼かすな」
そう言ってジェイルは俺を仰向けにひっくり返すと、右手で口元を塞いてきた。
いや、そういうことじゃなくてね。キミ、人に優しくしたことないだろ。
窒息の危機もあったので、頑張って右手を引っ剥がすと、
「それよりも、そろそろお頭達とマチルダさんが戦っていた場所に着くんだけど、ロッドが言うには場所を移動したらしいんだ。戦っている剣戟の音も止んでるし、シーフ的に何か感じないか?」
「死んでんじゃねーのか?」
「いや……。さっき鑑識で調べてみたけど、クグツの数は3から減ってない」
「3……。ああ、そのマチルダって言うクソババアと後ろのクソガキもか」
ジェイルが振り返ってベッと唾を吐いた。
ロッドがどんな反応をしたのか見えないけれど、ジェイルが指を卑猥なカタチにしながらスラングを吐いていることから想像は易い。
でも、“クソババア”なんてマチルダさんを前にして口にしたら、お仕置きパンチを腹に受けるんじゃないだろうか。
「クソマスター。テメェのクグツの行方ぐらいテメェで連絡取れねーのかよ。俺はクソマスターと繋がってるから、ちゃんと“連信”送れるぜ」
「“連信”……?」
と、右手の指輪に何か電気のようなものが走った。思わずジェイルの方を向くと、ジェイルは得意げにニヤリと笑った。
「ほらな。腐ってもお前は俺のクソマスターだ。おら、練習だ。俺にも送ってみな」
「ああ。……その通りだ。わかった。やってみる」
ジェイルの態度はムカつくが、言っていることは正しい。
マチルダさんは俺のクグツだ。そのクグツをマスターの俺が管理できていないのはおかしいからだ。
俺は目を閉じて意識を集中させると、ネクロマンサーの指輪に念を込めた。やり方は昨日クレイに習っていた通りだ。
――なにか、髪の毛を一本引っ張られたかのような感覚を感じた。皮膚からではなく、その下の……もっと深いところから、繋がっている一本の糸を引かれた。
クイクイ、クイクイ。
確かに感じる……。これはジェイルとの繋がりの糸か。
俺もその糸をたぐり寄せる感じで応えてみる。クイクイ、クイクイ……。
「お……。やれば出来るじゃねーか。上出来だ。じゃあ、次は後ろのクソガキだ。おーおー、すげー睨んでるぜ、あのクソガキ。意識は完全に俺に集中させてるみたいだぜ。
あれに連信を使って意識を繋いでみな。怒り狂っている以上、生半可な事じゃ応えねーと思うぜ」
「……わかった」
俺は再び意識を集中させる。
さっきはジェイルの方から自分はここだと繋がりを示してくれたから見つけることが出来た。
おそらくだが、その繋がりの易さは“指輪”の差だろう。ロッドは指輪を持っていない。そしてマチルダさんは蘇らせてから指輪をはめたクグツだ。
だけど、ふたりとも俺のネクロマンサーとしてのスキルから蘇った俺の眷属なのだ。
必ず俺との繋がりがあるはず。それを見つけ出す。
意識のレベルを深く掘り下げる。
深く深く。深淵に意識を沈め、ロッドとの繋がりの糸に手を伸ばし、ひた探る。探る。探る……。
と、何かが意識の指先に触れた。それはまるで、繊細な絹糸のようで、集中してなければ気づけない細さだ。
俺はその感覚に全意識を集中させ、近づく。触れる。そしてたぐり寄せた。
クイクイ。クイクイ。
「……トーダさん。今、呼びましたか?」
いぉし。俺は胸中ガッツポーズをした。
ジェイルもニカッと笑って手を伸ばしてきたので、景気よくパシンと叩いてそれに応えた。
ロッドが俺たちを恨めしそうな目で見ていたが、俺は気づかないふりで視線を合わせずに言った。
「ロッド、今お前に“連信”ってやつで呼びかけた。繋がりは糸のような感じだから、今後はやりとりのなかで使い方にメッセージ性を持たせられるように練習しよう。ロッドも俺に送れるかやってみてくれ」
「え、と……、どうやってですか?」
ロッドは不安げに言った。
俺は再度ロッドに向けて繋がっている糸に意識の指を伸ばした。くいくい、くいくい、と呼びかけるように引っ張ってやる。
記憶スキルがあるので、一度ロッドと繋がっている糸を見つけてしまえば意識の指を伸ばすのは容易い。
「こうだ、こう。今自分の中で感じている場所に指を伸ばすんだ。手の指じゃないぞ、意識の指だ。繋がりを感じたらお前もやってみろ。俺は今からマチルダさんを探す」
「わかりました。やってみます」
「ジェイル。周囲の警戒とダダジム達の舵を頼む。マチルダさんは怪我を負ってる状態で、戦っていないのならどこかに隠れている可能性がある。お頭側もそれを探しているだろうし、闇雲に移動すれば接触する可能性だってある。それを加味して行動してくれ。向こうにはクグツ化した弓術士とシーフ、それに元槍術士のネクロマンサーがいる」
「元槍術士ってーと、ボルンゴ。それにサブンズとトルキーノの野郎か。さっきの話じゃ死霊の槍で強化されてんだろ? なら、とっくにトルキーノの野郎に【聴音スキル】で把握されているだろうぜ。隠れようがねぇ。もちろん、俺たちのこともな」
「……つまり、マチルダさんは捕まってるってことなのか?」
「今頃、拷問とかされてるんじゃねーか。手足切り落として壁に打ち付けて――って、そういや今回はあのサディストは来てねぇんだったか」
ケタケタと笑うジェイル。うちの眷属同士の友好度は皆無らしい。嘆かわしいことだ。
俺は拷問という言葉にゾッとする感情が胸に入り込む感覚と、ほぼ同時に、身体を押さえ付けられていたような負荷が溶けていく感じがした。どうやら魔力の供給源が俺から“ソーマの滴”に切り替わったようだ。
「どうした?」
「ちょうど今、魔力の流れが“ソーマの滴”に切り替わったみたいだ。ジェイルも俺の切り替わりに気づいたのか?」
「なんとなくな」
「ロッドはどうだ?」振り返って聞く。
「すみません。まだうまく……コツが……よく……」
いまいち繋がりの甘いロッドにはわからなかったようだ。
ただ、その魔力の切り替わりのせいだろう、平常心スキルが切れたのが分かった。思った通り、鑑識オンで自身を見てみると、一般スキルが全部はずれている。
それを平常心スキルと合わせてすべての一般スキルをオンにしておく。
魔力の供給源が腹の中にあるせいか、今までと魔力の流れが違うのだろう、微かな違和感を感じるものの、需要と供給のアンバランスから解放されて、少しずつ自身の魔力が回復しているような感覚に俺は安堵を覚えた。
角を曲がり、さっき俺たちがいた場所に戻ってくると、さっき見たときよりも数件民家が倒壊していてクグツ合戦のすさまじさがそこに現れていた。
「あん? あそこにいるのはロー公じゃねーか。へっ、あのハゲ置いてきぼり喰らってやんの。尋問がてらちょっと蹴飛ばしてくるぜ、クソマスター」
ジェイルはダダジムを降りると、自販機でタバコを買いに行くノリで、倒れ伏しているロー公に近づいていく。
「ジェイル。ロー公に暴行するなよ。ロドルクに殴られて首が折れてるかも知れない。それに――」
「コイツがそんなことで死ぬタマかよ。いいからクソマスターはババアの行方でも探ってろよ。おい、ロー公起きろ。殺すぞ」
俺が首が折れていると言ったのに憂慮してか、ジェイルはドカドカとロー公の腹を蹴っている。いつもいつもロー公がどういう地位にいるのかがよく分かる光景だった。
もはや何も言うまいと、俺は意識の淵に再度潜ることにした。
マチルダさんに呼びかける。
唯一の希望に縋ろうと、俺の手は神様じゃなくて、死してなお蘇った俺のクグツへと指を伸ばす。
今はあなたが必要だ。この状況を打破するために。今一度あなたの活躍に期待する。
応えてくれ。
自分の都合で死者をいいように使うこの俺に応えてくれ。
どれだけ他者に蔑まれようと、俺は俺の都合で蘇らせたクグツを信じる。この繋がりを信じる。
だから応えてくれ。
ネクロマンサーとして生き続けることを誓った俺に応えてくれ。
――何かが、指に触れた。
俺はそこに意識を集中させる。髪の毛より細い、そして軽い、蜘蛛の糸ほどの繊細な糸だ。
俺はふわふわと逃げようとするその意識の糸を両手で持って捕まえる。
一瞬、千切れないかとヒヤヒヤしたが、引くと意外にも釣り糸のように硬質で芯のある堅さがあった。切れやすさで言うとロッドとの方が脆い気がする。
クイクイ、クイクイ、緩急を付けて引いてやる。
しばらくすると、力強くクイクイを返してきた。
「ジェイル、繋がったぞ。大丈夫だ、マチルダさんはまだ無事――」
途中で俺の言葉が凍った。
「ロドルクが二人を引きずってきたのかと思えば、ジェイル、おめぇかよ。まさかお前まで地獄から舞い戻ってきていたとはな。どうせ、向こうでも面倒を起こして追い返されたんだろうぜ」
いつのまに現れたのだろうか、ハルドライドが俺とジェイルとの間に立っていた。剣を抜き、それを肩に担いでいる。
「――へっ。俺はいい男だから特別に蘇っていいって言われたんだよ」
臆した様子もなく飄々と言い放つ。
「じゃあ、帰ったらあとでそいつらに言っておけよ。こっちじゃいい男は俺ひとりで十分だったってな」
「お前が代わりに言ってこいよ。お前が殺したババア共が礼がしたいって手ぐすね引いて待ってたぜ」
サブンズ、トルキーノ、そしてボルンゴがジェイルを取り囲むようにして現れた。それぞれの武器を構え、ジェイルを取り囲むように一定の距離を保っている。
「それで、どういうつもりなんだ、トーダ」
背後から声が聞こえ、ギョッとして振り返る。
「お前が長いトイレに行っている間に、ドルドレードは逃げ出したようだが、そいつが次のクグツ合戦候補か? だが、さきほどわたしは『次で最後だ』と言って、お前に了承を得たはずだ。このクグツ合戦、おまえ達の負けで構わないな?」
アーガスを引きつれて、お頭が悠々とこちらに向かって歩いてきていた。
うう、背後から撃たれなくて良かった……。というか、なんでクグツ合戦ルールを律儀に守ってるんだろう、この無法者は。
「ふん。……てっきり逃げ出したか、アンジェリカを呼びに行っていたかと思っていたが、よもやジェイルを蘇らせているとはな。さすがのわたしも予想できなかった」
お頭は歩みを続け、無警戒にずんずんと近づいてくる。
「ロッド、ここからは大人の話し合いになる。お前はあっちの倒壊した民家のそばにでも隠れていろ。邪魔になる」
「ぇ――、でも」
「早く行け。ダダジム、ロッドを頼むぞ」
「クルルルルル……」
俺が右手を振るうと、ロッドを乗せたダダジムが走り出した。何か言いたげに振り向くロッドに、俺はお頭とは反対側の目をウインクさせてこう告げた。
「自分の仕事をしろ」
それで分かったのか伝わらなかったのか、ロッドは落ちそうになっていた剣先シャベルを慌ててダダジム中央に引き上げていた。
お頭はサブンズ達を遠巻きに走り去っていくロッドに視線を向けると、
「……妙な物を持っているな。アレがお前がここから離れた理由か?」
「なんのことかな?」
俺はそうニヒルに笑ってみせるが、内心「早速バレた」と大混乱だ。
「それよりクグツ合戦の事だけど……」
「トルキーノ、あのガキの向かっている民家周辺にドルドレードがいないかすぐに調べろ。サブンズ、ネズミ一匹見逃すな。射殺せ!」
お頭が俺を無視して命令を出した。
すぐさまトルキーノが地面に伏せ、【聴音スキル】を発動させた。サブンズも弓を引いたまま時計回りに身体の向きをロッドの向かう民家に向ける。
「ああ?! テメェら、どこ向いてやがる!」
ジェイルが吼えると、風のナイフを抜き放ち、地面に貼り付くトルキーノに向かって疾走するが、一足飛びで回り込んだボルンゴに死霊の槍で牽制の一振りを受けた。
「っ?! ――っそが!」
ガキン、と風のナイフで死霊の槍の一振りを弾いたものの、力の差は歴然だったようで、受けたジェイルがその勢いを殺すため後転を二度行わなければいけなかった。
立ち上がったジェイルがベッと地面に唾を吐き、死霊の槍を構えるボルンゴと対峙する。
その間にハルドライドがジェイルの背後へと身を潜ませる。
腕を組み直したお頭は「どうしたトルキーノ、ドルドレードはその中にいたのか!?」と俺を無視して声を上げ、その後ろにいるアーガスは俺の一挙一動を凝視する。
一方、ロッドは俺が指示した倒壊した民家に向かって駆け――
――そして俺はマチルダさんと“連絡”を取っていた。
どうやってかって?
先ほどジョブレベルが上がって『小玉』をひとつ余らせていたので、活用させて頂きましたー。どんどんぱふぱふー。
ネクロマンサー用スキル、【傀儡連絡】ってやつで、糸電話のように意識を繋いだクグツと会話することが出来るのだ。
レベルが上がったときからそういうスキルがあるのは知ってはいたが、ジェイルに連信方法を教えてもらわなかったら使い方が分からなかったスキルだ。
『もしもし、マチルダさん? 聞こえますかー?』
『はいはい、こちらマチルダ感度良好ですよー』
『(中略)というわけで、剣先シャベルを回収してですね、それを渡すのにロッドが近くまで来ているんですけど……っと、トルキーノの奴がたった今、【聴音スキル】でマチルダさんの居場所を探りました。気をつけてください』
『ありゃま。でしたら出口を変えた方がいいですねぇ。私は今、地下の洞穴にいまして、今からマスターの方へと向かおうと思います。できるだけマスターに近い地上への出口が見つかったところで待機するつもりですけど、ここからじゃ地上の様子が分かりかねますねぇ』
『わかりました。またすぐ状況連絡入れます。……ちなみに体調はどうですか?』
『悪党の血と殺戮に飢えていますかねぇ』
『ふふふ、頼もしいお方だ』
トルキーノは立ち上がると、お頭に向かってかぶりを振った。お頭が忌々しそうに舌打ちをする。
どうやら魔力を地面に伝わらせて生物を探知する【聴音スキル】も地面下数メートルまではその効果を現さないようだ。
これが地下構造を察知するスキルだったら所々横穴が空いてるのに気づいただろうけど、用途が『建造物、またはその周辺に人がいないか調べることが出来る』、だから、おそらく地上専門なのだろう。
アーガスが凝視してくる中、内心ぷくく、と笑う俺だったが、平常心スキルがうまく働いているので顔に出さない――ハズなのだが、頬が緩むのが自分でもわかった。なぜゆえ?
お頭が不快感を眉間に刻み込んだような表情で、組んだ腕から指をトントンしてきた。
「それで、ドルドレードはクグツ合戦を放棄していなくなった。死合い放棄として敗北宣言をしたらどうだ、トーダ」
「はてさて。マチルダさんはすぐ近くにいますよ。第三勢力の狼藉から俺の身を守るため負った傷を癒やしているところでしょうか。クグツ合戦のルールには時間制限なんて掛けていなかったはずです。この場合、見つけ出せない方がマヌケなのではないでしょうか」
「はん。それでもずっとこのままと言うわけにはいかないだろう。すでに朽ちていて、戦える状態でいるというのはお前の嘘かも知れないからな。いたずらに時間稼ぎはやめてもらおうか」
「おやおやおや。俺の見ていないところで『ソーマの滴』をクグツ達に飲ませてズルをしてたのはどこのどなたでしょうか。時間制限をかけるというのならボルンゴ達への魔力ドーピングはやめて頂きたいものですね」
お頭の目元がぴくりと動く。
「…………。はん。あのガキがお前に伝え、ジェイルが解説したわけか。いいだろう、今更ルールを追加するのも面倒だ。わたしは手持ちの『ソーマの滴』が枯渇するまで使わせてもらう。時間制限で不利なのはこちらだからな。ただし、日の出までドルドレードが現れなかったらお前の負けでかまわないだろうな」
「なぜですか?」
あくまで『負け』をこちらに押しつけてきやがる。
「当たり前だろう。ドルドレードは眼球の破損をものの数分で修復してのける『リジェネレーター』だ。だとするなら日の出までかかる傷なんて存在しない。死、もしくは逃亡以外はな。それで構わないだろう?」
『……って、言ってますけど、どうしますかマチルダさん』
『怪我自体はもう回復してますねー。っと、でも、んー、困りましたね。今いるところの出入り口が完全に埋まっちゃってますねぇ。素手で掘り進んで、飛び出すのに時間かかっていてはそれこそおマヌケちゃんになってしまいますから、どうしましょうか、ちょっと戻って今度は左側の通路に入ってみますかねぇ』
『左……左……あー、たぶんそっちも民家の下敷きだと思います。そこよりぺちゃんこですね。もし全部の民家の下に出入り口があるのだとしたら一番近いのは……』
俺は辺りを見渡すフリでジェイルに声を掛ける。
「ジェイル。今の話を聞いてどうだ? 俺たちに不利はないか?」
「ああ? クソマスターの好きにすりゃいいだろ……って、兄ちゃん!? そんなところにいたのかよ。声かけてくれよ!」
「…………」
ジェイルはボルンゴと対峙したまま意識を切らせていなかったのか、アーガスの存在には今気づいたみたいだった。
「兄ちゃん! 兄ちゃん! 俺、蘇ってやったぜ! またずっと一緒だぜ、兄ちゃん!!」
場をわきまえず、飛び上がって喜びを表現するジェイルと、彼に一瞥すら向けようとしないアーガス。
そんな二人におろおろするフリで辺りを見渡すしたたかな俺。
一応釘を刺しておこうと、マチルダさんの連信網を一旦離してジェイルのを掴む。ぎゅむ。
『こちら良マスター、ジェイルよく聞け、兄ちゃんに再会できて嬉しいのはわかるけど、今は敵味方の立ち位置だ。そこんとこわきまえて行動するように』
『ああ? テメェに言われなくてもよっく分かってるぜ、クソマスター』
「んだよ、兄ちゃん、照れてんのかよ……」
「…………」
『マチルダさんは現在地下数メートルの抜け穴っぽいところにいる。抜け穴の出口はそれぞれの民家の軒下だ。だが、周囲の民家は軒並み潰されていて出口となる縦穴が埋まっている状態みたいなんだ。出口ルートが見つかるまでしばらく持ちこたえられそうか?』
『無理だぜ』
「兄ちゃん、俺が死んじまってて悲しかったんだろ? それがここにこうして蘇っちまったもんだから感情の行き場がなくて困ってんだろ? ならもう一回泣こうぜ、弟が蘇って嬉しいってよ!」
『え、無理なのか?』驚きだ。
『そのマチルダってババアがこいつら三人同時に相手してやがったって聞いたから俺もいけると思ってたんだがよ、せいぜいやれてトルキーノくれーだぜ。やり合ったらマジ死ぬわ』
「弟がこうして蘇ったんだぜ。なんか言ってくれよ兄ちゃん!」
『長くもたねーぜ、この会話もよ。結局何してーんだ、クソマスターはよ』
『マチルダさんにロッドが持ってる剣先シャベルを渡したいんだ。そうすればそのクグツ三人と互角以上に渡り合える』
『そうかよ。だったら言ってやる。参考にしろ。あのクソ女は【分割思考】の持ち主だ』
『分割思考……って何だ?』
『知らねーよ。兄ちゃんがそう言ってたんだよ。錬金術師サマ特有の脳みそなんじゃねーのか? あのクソ女の意識の何割かは【武器を運んでいるクソガキ】に向けられているぜ。ここには俺たち3人しか存在していねぇ。俺とクソマスターとクソガキだ。そしてそれぞれが何かの役割をおってるもんだって考えているだろうぜ。俺たちの目の動き、仕草、それこそ一挙一動に洞察して考察、分析、思考解析してきやがる』
『ならどうすればいいと思う?』
『自分で考えやがれってところだがよ、あのクソガキに伝えろ。今いる場所に剣先スコップ捨てて離れろってよ。そしてそこを一気にぶち抜いてババアの出口にしろ。トルキーノが「クソババアはいねぇ」ってお墨付きを与えたんだ、せいぜい利用させてもらおうぜ。俺たちの誰かが今いる位置から動いたら警戒されるし、俺に至っちゃ迂闊に動けねぇ。あのクソガキがせいぜい右から左に動ける程度だ』
『わかった』
「俺に“弟”なんていない」
アーガスが弟の目を見ずに言った。演技か素なのか、キョトンとした顔でジェイル。
「…………はぁ? 何言ってんだよ、兄ちゃん。冗談が過ぎるぜ」
「ダビソン家の恥さらしめ」
『…………』
『えーと、ロッドに連絡付けるから、一旦切るな?』
俺はちょっとだけいたたまれない気分になったりした感じなので、ジェイルの連絡網を手放すとロッドのに手を伸ばした。
『ハロー、CQ、聞こえるかロッド。今から作戦を伝える。一度しか言わないから心して聞けよ』